クリストフ・ミラージュランド
受け取った鍵を回し、扉を開く。
そこは、日も登って大分経つというのに薄暗い部屋だった。どうも雨戸が閉じられているらしい。
部屋中を引っ掻き回したような跡、誰かが滅茶苦茶に暴れて調度品を壊して廻ったのだろう。
片付けてはあるのだが、どうにも動かせない家具や壁紙はそのままだ。
そして、部屋の真ん中には縛り付けられ、椅子に拘束された人がぐったりと座っていた。
「……………」
「なんて事を……大神官様!」
そう、その人物こそ大神官その人だった。
酷い……まるで拷問を受ける犯罪者のような扱いだ。
「言っておきますが、我々も好んでこの様にしている訳ではありませんよ」
本当かと疑わしく思ったが、一応治療も施された形跡があるし、自由にする方が危険なのは何と無く解った。
納得した訳では無いけど。
「あ、騎士団長様」
世話係なのだろう、僕たちに気付いた下男が陶器の欠片を集める手を止めて顔を上げた。
「少し外してくれ」
「は、はい」
エイツ騎士団長が命じると、男は朝食だったのだろう床に散らばっていた残骸を素早く拾って外に出ていった。
「………………ブツブツ……」
大神官様は此方に気付いていないのか、床を眺めて何事かブツブツと呟いているみたいだ。
「大神官様……」
セルジュは服が汚れるのも構わず両膝を床に付けると、肘掛けに括り付けられた大神官様の白い手に触れた。
元々荒事が得意そうには見えなかった大神官様の腕はすっかり窶れて、拘束による擦り傷が目立つ。
「……ぃ……女神…………私は……です」
「慈悲深き天空の女神よ私の祈りを聞きたまえ……」
煙る長い睫毛に縁取られた紅の瞳を伏せて、セルジュは大神官様のために祈りを捧げる。
高められた魔力がキラキラと雪の花弁の様に輝いて、陰鬱に沈んでいたこの部屋を照らしだす。
「私は敬虔なる信徒にして魔力を捧げ御力を請い願う者なり……」
彼女の白い髪も、まるでそれその物が光の魔力を発しているようだった。
幻想的で、何時もながらに夢のように美しい、天空に座する女神様本人が顕現したかのようだ。
いや、真実そうなのだろう、セルジュは僕の女神だ。
聖女の神聖な力で悪魔の呪いから大神官様は救われる、正にその時だった。
「私、真なる聖女に宿りし……きゃっ!」
セルジュが最後の呪文を唱えきる前に、正面から蹴りつけられてよろめいた。
「な、何を!?」
そう正面から蹴りつけられて。
「何をするのですか大神官様!」
思いがけない攻撃で、祈りも魔力も霧散してしまう。部屋には再び薄暗がりが戻ってくる。
僕はセルジュに駆け寄って、彼女を抱き起こし大神官から距離をとらせる。
僕が迂闊だった。
暴れて手が付けられないから、拘束していると解っていたのに、でも普通こう神聖な儀式とかって邪魔が入らないものなんじゃないのか?
「何をするは此方の台詞だ、この売女め!」
何時から僕たちに気付いていたのだろう、大神官が落ち窪んだ鬱々とした目で此方を睨み付けていた。
「ああ、この売女め! 私は騙されたこいつに騙されたのだ!!」
過剰に革ベルトで椅子に縛られていると思っていたのに、哀れにこそ思っていたのに、大神官はセルジュを口汚く罵って唯一自由になる足をバタバタと打ち鳴らした。
「そうだ、私は騙されただけだぁーー!」
セルジュや僕の話を聞いて、相談にのってくれた。
人々を包み込むような眼差しで、穏やかに微笑む大神官様はそこにはもう居なかった。
「女神様! ここです、こいつだ! この女こそが悪の中の悪、罪の中の最も忌まわしきモノ」
ああ、何て事だ。
これが悪魔に取り憑かれた人なのか、こんなに変わってしまうと言うのか……
これではもう別人ではないか!
信仰は、大神官様の信仰心は悪魔に負けてしまったのか?!
「女神様! いらっしゃるのでしょう! あなた様は正しく存在している、私は見たのだ確かに見た、畏れるべき存在を、そして聞いた女神様の声を……」
大神官はそれでも天空の女神様に救いを求めていた。
「愚かだった、私が蹴落としてきた者達にこそが信仰がっ!」
大神官様の皮を被った悪魔は、しかし尚もセルジュを睨み付けて、拘束椅子ごと狂ったようにギシギシと揺らした。
「がぁあああぁぁあーー!」
「ひっ!」
セルジュが僕の腕に縋り付いて悲鳴をあげる、これはもう回復術を使うとか出来る雰囲気じゃない。
「おのれ……偽物め、穢れた化物めお前はそうやって聖なる者のふりをして男を騙す妖女だ」
「待て!」
僕の近くでエイツ騎士団長が制止の声を上げる。
それと同時に僕の腰の辺りから、チキッと剣が鞘に押し戻される音が響いた。
僕が抜きかけていた剣の柄頭に騎士団長の手がいつの間にか乗っていた。
「待って下さい」
チラリと騎士団長は大神官を一瞥した。
「部屋を出ましょう」
「……そうですね、解りました」
お読みいただきありがとうございました。




