届いた手紙
一方その頃。
地上ではまだ混乱が続いていた。
動きの早いものは避難の準備や、不安からの買い占めに商店に走り、いたるところで王城前で起こった事が噂される。
たまたまあの時処刑を観に行かなかった人々はその突拍子のない話しに驚くのだが、首都の中心であり誰の目にも隠しようがない場所に、破壊された巨大ゴーレムが晒されているのだから信じざるを得なかった。
だからこの混乱は治まるどころか、時間が経過するごとに大きくなっていくだろうと予想されている。
しかしそれでも日が上る前の早朝は静けさに包まれていて、エイツはそんな薄明りの中、城壁の周りを走っていた。
修理中のために何時もの鎧ではないが、鎧を想定した重りをあちこちに着けた巨漢が疾走する様は迫力のあるものだ。
シワが目立ちつつある顔も真剣そのもので、彼を見かけた警備の兵士が挨拶を躊躇うほどだった。
シンと戦ってからエイツは一時も落ち着かず己を鍛えたいと言う気持ちに追い立てられ、まるで新兵の様に走り込みをし、愚直に剣を振っていた。
あの戦いで掴んだものを忘れぬように、自分の身に刻み付けるように。
超高速の戦闘の中で引き上げられたあの感覚は、与えて貰ったものであって、少し目を離しただけで彼の中から滑り落ちてしまうだろう。
もう二度と手合わせが叶わないような相手が齎したそれは、もしかしたら今にも失ってしまうのではないかと、エイツを恐怖させた。
惜しむらくは、自身の実力が今少しでも高ければもっと何か明確に理解できたのだろうと言う事だ。
今更遅いのではないかと思いながら、後悔するのは力を磨くことを何時しか怠る様になっていた慢心で、ここで何もしなければそれを繰り返すだけだと言う焦燥感が彼を突き動かしていた。
エイツが広大な城を何周かした時、進路上に一人の人影が現れる。
ローブに身を包み、エイツには効果の解らない装飾品を大量に付け、大きな魔石の填め込まれた曰くがありそうな杖をついた老魔術師オリヴァー・ボンパールであった。
稀代の天才魔術師は共も連れず、ただの老人の様にぼんやりと壊れたゴーレムを眺めていた。
進路上に立っているため、無視する訳にもいかずエイツは速度を緩めると声を掛ける。
「おはようございます」
「……これはエイツ殿お早いですな」
オリヴァーは、一拍遅れてエイツの声に気が付くと、疲れた様子で返事を返してくれた。
お互い実力でラミエール王に取り立てられた身の上、得意とする分野は違えどオリヴァーはエイツを同僚として認めてくれている。
「お疲れのようですね」
「まあ、そうじゃな…」
そう答えてオリヴァーはまたゴリアテへと視線を向けた。
アルカディアの最大戦力であった巨大ゴーレムは、王城の城壁を中ほどまでその重みで崩し、上下に割かれた腕の残った部分が地面に突っ張る形でバランスをとっている。
その姿は、急ごしらえでそれ以上倒れない様に支えになる木組をそこ等中に着けられて、まさに崩れゆくアルカディアの威信そのものの様であった。
「修理は難航しているのでしょうか?」
「そうじゃな……直すだけなら出来るじゃろう。幸いにして、否狙ってかも知れんが各関節に埋め込まれている魔法陣が刻まれた魔石が無事じゃ、じゃが直ぐに動くようにするのは無理だろうのう」
老魔術師は重いため息を吐いた、ラミエール王は今すぐにでも修理せよ、それが叶わなければ撤去だけでもすぐにしろと命じていた。それをエイツも聞いていたのだ。
気持ちはわかる、王国の恥そのものが王城の前面に引っかかっているのだ、早くどうにかしたいと誰でも思うだろう。
しかし、動かない巨大ゴーレムなど今の技術で移動させるのは、それこそ多大な時間が掛かるだろうことはエイツでも想像出来た。
「分解すれば、それだけ修理が困難になってしまうのじゃ」
「……」
エイツはそれこそ専門外の事でなんと声を掛けたらいいのか解らず、難しい問題に眉間の皺を深くし腕を組み言葉を探した、そうしていると小さな羽ばたきの音が彼の耳に聞こえる。
何事かとエイツが顔を上げると、一羽の鳥が真っ直ぐにオリヴァーに向かって飛んでくるところだった。
オリヴァーもエイツに遅れてその存在に気付き、魔石が付いた指輪を何個も填めた手を差し出して、飛んできた鳥を出迎える。
「それは?」
「ふむ……どうやら返信の手紙が来たようじゃ」
それは密書を携えたゴーレムの鳥の様だった。




