青髪の少女
俺たちは何とも言えない気分で、うさぎの少女が連れていかれる光景を後ろから眺めていた。
冒険者ギルドは目と鼻の先だ。
ふと、沈黙している青髪の少女と目が合う。
彼女が先程からチラチラと、こちらを見ていたので、タイミングが合ってしまった。
少女はきゅっと唇を噛み。
話し辛そうに何度かした後、意を決して口を開いた。
「ポーターさん少し打ち合わせしたい事があるの、お付き合いいただけません?」
努めて普段通りに振る舞おうとしているのだろうが、少女は緊張で震えながら俺にそう言った。
若い女の子を一方的に苛めているようで、罪悪感が辛い。
だから、これ以上怖がらせない様に出来るだけ優しく答えたつもりなのだが。
「解りました、いいですよ」
青髪の少女は俺の返事を聞いて、びくりと盛大に肩を跳ねさせた。
◇◇◇◇◇◇
もう二度と見付からないかと思った相手は、街中に普通に居た。
馬鹿なうさぎの妨害が入ったが、私が話をしたいと言うと天使はすんなりと承諾する。
人など敵ではないんでしょうね。
でも、私とのやりとりを隣で聞いていたギルドマスターの方は、険しい表情をしたままだわ。
アホうさぎのせいで、私も不信に思われたみたい。
ギルドマスターにはギルド所属であり、他国の契約ポーターである彼を守る義務があるし、当然ね。
実際は私には、天使を害する力などないのだけれど。
「先ほどの件もあります。ギルド内の部屋を貸し出しますからそこで行ってください」
「解ったわ」
冒険者ギルドに盗聴される心配はあるけれど、これは仕方がない。
あの頭空っぽうさぎめ!
私たち三人は、連れだって冒険者ギルドの入り口を潜った。
田舎の街のギルドは、作りはしっかりしているが設備が古い。
カウンター奥の壁に掲げられたギルドの紋章が埃をかぶって掠れている。
同じ紋章が付いた、玄関ホールの片隅にある祠も年代物ね。
青い盾と焔の印に交差した白黒の剣、家を出て初めてこれを見た時はあれほどわくわくしたのに、今は気まずさで正面から見ることが出来ない。
バカうさぎはもう奥に連れて行かれたのか、ここには居ない。
それどころか、宴の準備のためなのかしら、普段たむろしている冒険者も殆ど居なかった。
ギルド職員もこの騒ぎに駆り出されてカウンターの中も、人が少ないみたい。
それでも、ギルドマスターが直接指示を出したので、部屋は直ぐに用意された。
「解っていると思いますが、くれぐれも馬鹿な行為はされないように」
部屋の扉を閉める前にギルドマスターが念を押す。確認されなくてもこれ以上愚かな事をするつもりはないわ。
「しないわよ」
「シンさま何か有ったらすぐ言ってくださいね」
それでは失礼します、と言ってギルドマスターは扉を閉じた。
「シン……」
そう言えば天使はそんな名前だったわね。ファミリーネームは聞いていない、と思う。
いえ、聞いたかしら?
そもそも、偽名かもしれないけど。
「……」
二人だけになると、部屋に沈黙が落ちた。
私が黙っているので相手も黙っている。
私が話があると呼び出したのだから当たり前だけど、相手も急かすつもりがないみたい。
もっと言えば敵意も感じなかった。
加護のない私の感覚なんて高が知れているけれど、どうせその気になったら一瞬で私を殺せるのでしょう。
実力に差がありすぎて、警戒も、敵意すら向けられないのかも知れない。
ただ、こちらが何か言うのを待っている。
私の説得次第で運命が決まる。
天使と上手く話す方法なんて知らない。
神学の授業なんてサッパリ覚えてないわよ。
でも私がなんとかしなければ、ラサイアスが窮地に立たされてしまう。
いいえ、もう立たされているのね。
彼は国王のご落胤、ただし母親が卑しい生まれの下女、そのためずっと私の家に預けられていた。
そんな彼が王族として認められるには、聖剣の勇者で居なくてはならない。
まして、この国に一振りしかない聖剣を持ち出し、壊したなんて知られたら……。
私が長く考え込んでいると流石に飽きたのか、天使は部屋の中をゆっくり歩き出した。
そして私に背を向けて、テーブルセットに近付いて行く。
その背中には当然翼はなかった。とても強そうにも見えない。
「座りませんか?」
まだまだ時間が掛かると思われたのか、振り返ると、椅子を勧められてしまった。
遠回りしても仕方がない、私は椅子の横に立って待つ天使の数歩前で座り込み、地面に両手をついた。
「ごめんなさい、私が聖剣をラサイアスに盗ませました!」
申し訳ありませんと言って頭を下げた。
今まで生きてきて、こんな屈辱的な姿勢をとるのは始めてで、私の頭は思ったように下がって行かない。
ぎこちなく、視界が揺れた。
「ちょ、ちょっと……」
相手が慌てた素振りを見せるも、私は頭を下げ続けたわ。
正式だと額が地面に着かなくてはならない。
まだ遠い、とても辛い。
「お願いしますラサイアスを許して下さい。聖剣を彼に返してあげて下さい。何でも……わ、私を貴方の……す、好きにしていいから」
「……」
そこで相手の雰囲気が変わったのが、下を向いていても解った。
食い付いたかもしれない、そう私は期待と恐怖を半々に顔を少し上げ。
私はその時、初めて天使の瞳を見たのよ。
変装のためか、長く伸ばされた前髪の隙間から、真っ黒な眼がこちらを見下ろしていた。
「ひぃっ」
私は知らず、ひきつった悲鳴を上げる。
それは隠さないとならないような、醜い容貌だったとか、そんな訳ではないわ。
むしろ、普通に整っていると言えたのだけれど、その視線は酷く恐ろしかった。
先の見えない、奥に永遠と続く闇の様な、真っ黒な瞳は……
だが、視線を外されると、相手もまた返答に困っているらしい事も解った。
私の提案に暫く悩んだ後、天使は口を開いたわ。
「自分に自信がある事は良いことだとは思いますが……」
その台詞に、私はカッと頭に血を昇らせて俯いた。
天使は、私を断る台詞を探して、数秒悩んで居たらしい。
お前には、その価値はないと遠回しに言われてしまった。
「私じゃ駄目だって言うの?」
「そう言う問題ではないです」




