お昼休みとナイフ一本
俺は倉庫が空くのを待ちつつ、ギルマスたちと一緒にお昼を頂いた。
本体は霊体とはいえ、やどる肉体の維持に食事は必要。
それに昔からの習慣で何もなければ三食食べたい派だ。
「そろそろお腹空きましたね」と言ったらギルマスとサブマスに変な顔をされてしまった。
「貴方も普通に食事をされるのですね」
冒険者ギルド近く、大きなお食事処からの帰りで、ギルマスのレイチェルさんがそう言った。
煮込み料理がなかなか美味しかったな。
「みなさんとそう変わらないですよ?」
「それは、不勉強で申し訳ありません」
レイチェルさんが頭を下げ、また思い詰めた顔をするので俺は慌てて止めた。
「いやいや、普通知らないことですから」
此方の正体を明かしているとどうしても会話がぎこちなくなる。
それに、レイチェルさんは出会ってからずっと深く、悩んでいる様子だ。
無理もない。
神託を知って、ギルドマスターとして務めを果たす。
沈むと解っている船に乗り続けることは、普通の覚悟では出来ない。
立場があるのだから当たり前だ、なんて俺は思わない。
冒険者ギルドのマスタークラスは国に帰属していない。つまり彼女たちはアルカディア人ではないのだ。
逃げようと思えば逃げられる。
彼女たちが逃げずにこの場に止まる事で、何れだけ助かっているか。間接的にだが情報を流し、多少でも準備が出来れば生き延びる人が増えるだろう。
これは大分グレーではあるが、神々はあえて見逃してくださっている。
「考えて見れば供物や生け贄を捧げたり致しますものね」
「いや、生け贄を求めるような……」
会話の途中で嫌な感覚を覚えた。
表現するならば殺気だ、それを辿って目を向けると小柄な女の子がナイフを投げるのが見える。
大丈夫だとは思うが、一応レイチェルさんの背中を前に押してから後ろに少し下がった。
スコンといい音がして、すぐ横の民家の壁に投げナイフが突き刺さった。
「うわっ思ったより深く刺さりましたよ!」
これ、中の人大丈夫だよな?
たまたま裏側の壁に寄り掛かってたり、それでなくても壁に穴が……
あ、大丈夫そうだ。
慌ててナイフを抜いたが、思ったより壁が厚かった。
うん、でも次からは絶対に受け止めよう。
「何をしてるんですか? こっちを向くのです!」
「何をしてるはこちらの台詞です」
「ギルドマスターに向かってナイフを投げるとは、余程死にたいようだな」
俺が振り向く頃には、三人は武器を抜いて向かい合っていた。
サブマスターは長剣と短剣の二刀流、ギルドマスターのレイチェルさんは薙刀に似た長柄武器。
対するうさぎ獣人の少女は短剣を構え、腰を低くし何時でも飛び掛かれる体勢をとっている。
しかし、白昼堂々仕掛けてくるとは、何か考えが有っての行動か、もしくは自棄になっているのだろうか、近くに少年の気配はないが……
通りには既に見物人が集まり始めている。
ギルドマスターとサブマスターの戦闘だ、住民は祭りの前の余興程度に思っているのだろう。
「あんたらなんか関係ないのです」
目の前に立ちふさがる二人を、興味がないとばかりに素通りして、少女の視線は常に俺に突き刺さっていた。
憎しみのこもった視線を向けられるのは仕方がないが、もう少し周囲に気を配らないと……
「関係ないやつがでしゃばるなーなのですこのばぃ……」
武器を持って立ちはだかるレイチェルさんを指差し、罵声を浴びせかけようとしたことろで、うさぎの少女は後ろから走ってきた青髪の少女の飛び膝蹴りを背中に受けて、前のめりに倒れた。
「やめなさい! このばかうさぎ!!」
「何をするのです邪魔するなー」
青髪の少女、確かセーラと言ったか。彼女の下でうさぎの少女が暴れているが、体格差もあって抜け出せない様だ。
彼女は魔術特化にしていたけれど、どちらかと言えば格闘センスが高そうに見えるな。
「うちの奴隷がご迷惑をお掛けしました」
青髪の少女がその状態で謝罪すると、レイチェルさんとサブマスのアントンさんが刃の先を僅かに下げた。
「先の討伐が終ったばかりで、興奮してしまっていて申し訳ありませんわ」
「貴女の奴隷では無いようですが?」
レイチェルさんは、うさぎの少女が命令を聞かなかった事、今も指示を無視してジタバタと暴れていることを指してそう言った。
「私の所属するパーティーで所有している奴隷です、なにか問題でも?」
「問題大有りですな、そんな状態の奴隷を制限もつけずに出歩かせるなど看過できるものではない、怪我人が出ていたかもしれないのですぞ」
アントンさんが手を差し出したので、うさぎの娘が投げてきたナイフをそっと渡しておく。
それを見ていた青髪の少女の顔がひきつった。
この国の法律では奴隷が主人の見ていない場所で犯罪を犯した場合、即刻処分。
その主である持ち主も、厳しい取り調べの後、然るべき償いを求められる。
「その獣人奴隷の持ち主は彼ですか……」
レイチェルさんが解っている事を確認するように言って、頭を振った。
少しためてから「解りました」と頷く。
「ギルドとしてもこんな時に事を荒立てたくありません。しかし、奴隷の暴力行為は主人の罪になります時には重罪に……その奴隷はこちらで預からせて頂きます」
「仕方ないわね」
青髪の少女が了承すると、アントンさんが剣を仕舞い手枷の様なものを取り出した。
ギルド職員は、そう言う物も携帯しているんだな……
「仕方ないってなに言ってるのです!」
青髪の少女が押さえつける横から、アントンさんが手枷をうさぎの少女に嵌めて引き起こした。
その間もうさぎの少女は観念せず、抗議をやめない。
「セーラ範囲魔術を使って皆殺しにすればいいのです。皆殺しにするのです!!」
それを聞いてレイチェルさんは顔をしかめ、魔術を使えと言われた青髪の少女は頭を押さえる。
「戦闘奴隷とは言えどんな教育をしているのですか?」
「……」
青髪の少女は返す言葉もないのか沈黙してしまった。
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