02 セーラー服、後ろ姿
しかし、ここで突然、セーラー服の背中が止まる。
なぜか、少女が、歩くのをやめたのだった。
「えっ」
後ろにいる龍輝も驚いて、踏み出しかけた足を、とどめた。
そこは、ちょうどマンホールの上。ふたの、でこぼこが靴底を伝わってきた。
パラパラと、傘を打つ雨粒。やけに大きく聞こえるのは、立ち止まったせいだろう。
狭い歩道。ひっそりしている。
左は車道。手前から奥へ、巨大なタイヤが水しぶきを上げた。通ったのはトラック。太い鉄パイプを積んでいた。
右には、下りたシャッターが壁のように並ぶ。理髪店やラーメン屋だが、今は夜中である。皆、閉店したあとだ。
三メートル先に、女子高生の後ろ姿。
たたずむ少女は、もぞもぞと、体の前で両手を動かし始めた。
(どうしたんだ?)
その時、セーラー服の上着が、はらりと斜めに傾いて、下へズレた。
「ああーっ?」
何が起きたか理解するのに、一秒以上かかった。
信じられないことに、雨の中、少女は、着ているセーラー服を脱ぎだしたのだ。
あらわになった左肩は、街灯に照らし出され、色白の肌が、闇に浮かび上がった。
幸いと言うか、下着が見えたわけではない。
肩には、シャツの短めの袖口が、輪っかのように掛かっていた。どうやら、中に着用しているのは、ノースリーブ風のインナーらしい。
しかし、いずれにせよ、ただごとではない。
「……っ!」
――考えるより早く、つま先が、勝手に前へ出ていた。声もだ。
「――待て待て、ど、どうしたの?」
駆け寄って、片腕を伸ばし、女の子の背後から、龍輝は傘を差しかける。
次の瞬間。
女子高生の背中が……いや、全身が、はじけたバネの動きで、ビクッと跳ねる。カバンにも振動が伝わり、青い鈴が、リンと音を立てる。
上げた悲鳴も、「キャッ」という穏やかなものではなく、のどを鳴らし、ハッキリと、
「ヒイッ!」
であった。
真の恐怖、命の危険を感じた時の声だ。
少女は、とっさに両腕を交差させ、胸の辺りをかばって、前かがみとなる。
おびえた上目使い。体は、半ば、硬直しているようだ。
だが。
一方、龍輝とて、サラリーマンを二十年以上も続けた、社会経験豊富な大人である。
(まア、当然の反応だよな。夜道で、男から急に話しかけられたら、そりゃ怖いよな)
こういう時に、どのような言動を取るべきか、ある程度は分かる。
あわてて、目をそらし、横を向いた龍輝は、傘だけは少女の上に突き出したままで、
「驚かせて、ごめんなさい。何もしないです。本当に済みません。いや、偶然、近くを通っただけで、用があるわけじゃないです。ただ……その、ちょっと心配で。だい、大丈夫ですか?」
できるだけ、ゆっくりとしゃべった。敬語を使い、ソフトな口調で。
……ただし、声はうわずってしまった。おじさんが女子高生に話しかける行為への、自己嫌悪・後ろめたさであろう。
続けて、
「とっ、と、とりあえず、身繕いをしませんか? この傘、こうして、しばらく差してますんで……」




