代行
「さくら姉」
「なあに、ご飯作ってくれないの?」
「あなたの方が作るの早いでしょ」
「カップラならうまいよ」
「それで済ませたら一晩お小言だけどいい?」
結局長女さくらと三女由麻は母が余り物を持ち帰るまで我慢した。
母は灯台下暗しと結菜に対してため息を零すのであった。
「まさか結菜が一番頼りになるなんてねえ」
そして次女結菜まで流れ弾に当たるのだった。
・・・
幸平が今日も日本一のバッピを目指して投げている放課後にマリーは一人やってきた。大使館を通じ在留資格の延長、新たに取得すべきものを手配、またはお願いして「大丈夫」のお墨付きをもらっている。おまけに実質上の家族は日本国籍を有する。彼女が希望すればおそらく妨げるものはないだろう。
玲には今日の来校を告げてある。
『今日はありがとう』
『よくいらっしゃいました。高良の住民を代表して…』
『あなたも数ヶ月前に住みだしたばかりじゃ?』
軽い冗談を交わし二人は歩む。
意外なことに背は玲の方が高い。
『こちらに住まわれるのですか?』
『もう現役から退いたから』
『ではいよいよご家族で』
『トムが嫌がってたわ』
『そんな…。一番待っていらっしゃったのは息子さんよりご主人では?』
マリーは家族制度を否定しない。それどころか割と保守的であるとさえ自認している。だがそれは強制されるべきものではなく、選択的でなければならない。真に柔軟と言うのは他者に寛容であるべきだ…。競技生活から学んだことは糧である。
『この間約束したことを果たしにきたわ』
『私の…先生は誤解なさらないはずですが…私の所属するチームのメンバーを紹介するってことでよろしいですよね?』
『そうね。楽しみな子たちだわ』
『本当に「還元」なさるのですか?』
『分かりやすく言いなさい』
『こちらで教育に関わると?』
『雇ってくれるところがあれば』
とマリーは笑う。
『それなんですけど…。実は校長先生を通じて理事会に先生のことを打診してみました』
『あら』
『そうしましたら、教師や水泳のコーチではなくぜひ校長として来てくれ、と』
『なにか聞き間違えましたか?』
『いえ、本当にそのように』
『でも校長先生がいらっしゃるのでしょう?』
『「さっさと現場だけに集中させろ。代行なんか飽きた」と申されています』
『代行…』
『実質上は教頭先生が取り仕切っていらっしゃいます。事務方を長く務められた方で、分は弁えているので早いところ顔を見つけてくれと要望されているようです』
『なんだか日本らしいわね。譲り合い?』
『いえ、それぞれに個々の信念をお持ちのようで』
『志のないものをお飾りに?』
『日本らしい、とは私がいうべきではありません』
『…そうね。ごめんなさい、玲』
『ところでその代行の方のお名前は?』
『泉田さん、とおっしゃいます』
外国人の滞在資格等は作中で濁しています。明らかな間違いがありましたらご指摘ください。




