甲子園まであと1勝
準々決勝が始まった。
初回、先攻の相手チームは監督の予想通り左が並ぶ。川上は昨日と同じで全力投球だ。セカンドから見てるけど球が昨日より走っているような。
真ん中に2球。ランナー出してもいいから、相手の出方を大胆に探る田所。そのまま勝負のインローへツーシーム。サインから一塁側へ一歩移動したのが正解でぎりぎり追いつき、ベースカバーの川上へ。まずワンナウト。
きっちり捉えてくる。
そして二番、三番も内野ゴロに仕留めた。
東原がキャッチボールを始める。次の回も川上で良さそうだけど袋井は交代を選択。
相手投手は背番号10。明日以降を見据え二番手投手を出すのは妥当なところ。
一番の黄田は数度バントの構えで三塁手を前に出させ、結局は殺したような打球で三遊間へ深いゴロ。楽々セーフ。
袋井は?
ノーサイン。
待つか。二度牽制が入る。黄田がわずかに頷く。
癖かタイミングか。
黄田の観察眼に舌を巻く。
初球は大きくはずれ、次は外側を見送る。
速いが…あの中学生ほどではない。
サインが出ないので決め打ち。内側を見せてくるはず。まだボールを使う余裕はないだろう。
あとはストレートのタイミングで変化球に合わせられるか。
初めて長打を狙い、振り抜くとほとんど感触のないままライトへ。
この感じは伸びる。積極走塁を…とファーストのあたりで歓声を意識する。
入ったようだ。
ホームからベンチに帰る前に次打者の沢村から
「目覚めの一発だな」
と声をかけられた。
沢村は左中間を割り二塁へ。驚いたことに田所に送りバントの指示が出て、サードコーチャーの袋井をみんなが見る。
バスター。
なぜか一発に美学を見出だしている田所だが、バットコントロールは人一倍。
…つまり打球はサードの頭を越え、詰まった当たりがゆえにレフト線を転がる。
ふざけたような二塁打だった。
さあ今日の宝くじ。
ここまでタイムをとる間もなく長打にさらされ、さすがにやっとマウンドに内野が集まる。
袋井は早くも勝負所と読んだのか、初球スチール。捕手がはずせと立ち上がりかけたが放ったあと。ボールは呼び込まれるように山形の好きなやや低めのゾーンに力なく半速球。
俺でもあそこまで打ち頃な速さは無理だと思う間もなく…ボールはレフトを遥かに超えていた。
圧倒的な先制点はかなりのプレッシャーとなっただろう。諦めず相手もこつこつと点を返し、こちらも手堅くワンナウトずつ稼ぐことにより8回表で5対4とリードしていた。
川上から東原、沢村、黄田、さらに東原と継投を繰り返し、あと1イニング。ここで6番からの下位が粘りを見せ、三番手投手から三つの四球。川上の代わりに入っていた東原がフルカウントからボールを見極め、貴重な追加点を押し出しで得た。
最終回は左が続く一番から。黄田ではなく俺に指名。延べ6人目だ。捕手は田所から袋井へ。
「監督が代われって」
サインの確認を…とすると
「全部ストレートでいいよ」
ほんとに?
「ただし全力で」
まあそういうことなら。
打者に対して上から本気で投げるのはいつ以来か。
ややコントロールはばらつきながらも、俺はゾーン内に打球を飛ばさせず、3人を三振に仕留めた。
でき過ぎだけど勝ちは勝ち。6対4の勝利。
あと一勝。




