アパート探したの?
…気が進まないけど。
母親か由麻か。どちらにかけようか迷ったけど、普通に母親か。気持ちはお互い疎遠なだけで、仲違いしてるわけではない。それほどに無関心なだけ。
しばらくのコール音の後、母が出た。
「あら、お腹空いたの?」
遠くで一人暮らししてる娘が初めて電話する用事がそんなわけないでしょ。怒気を込めて
「由麻。こっちの学校説明会に参加したって聞いたから」
「ああ。それ」
沈黙。
「?…だからなんで?」
「決まったらびっくりさせようと思って」
「普通先に言わない?」
「落ちたらみんな気まずいでしょ」
あ、それは確かに。
「あたしが受かるくらいなんだから由麻が落ちるわけない」
重ねると
「あの子本番弱いの知らない?」
…いやまあ知ってるけど。
「あなたほっといても生きていけるから」
また、だ。
そうやっていつも由麻だけを見てる。
そうやってあたしは高校も一人で行かされた。
「また勝手に思い込みしてない?」
どこを?
「由麻もそっちに行けるように決まったから」
あ、そう。決まったんだ。
良かった…のかな、あたしが妹を祝えない理由…ないよなあ。
「…そう。良かったじゃない」
「冷たいこと言わないで。来年の春にはまた家族で住めるわよ」
え?
「仕事は?」
夜の接客を営む母の生業をあたしは仕事と呼んでいた。
「この街のお客さんもだいぶ絞り取ったから、そろそろ新しい環境を開拓しないとね」
「…お金…大丈夫なの?」
「借金も返し終わったし、あなたたちが手のかからない高校へ行ってくれるから、少し余裕できたの」
「それなら今のところで良くない?」
はあ…と母はため息を吐いた。
「この街が嫌い。由麻を心配するのはあと三年とちょっと。新しい街に住む理由には足りない?」
よくわからないけど。
「あなた、友達できた?」
それなら胸を張って言える。
「素敵な友達いる」
「…そう、良かった」
「あなたには寂しい思いをさせたけど…。あと二年だけ母親やらせてくれないかな」
そんな母らしくないことを言った。
前はもう少し強気だったと思う。
「なにかあったの?」
「結菜に心配されるようになったのね」
「そんなことじゃなくて」
「あなたたちがいないと寂しいの」
そんな理由?
たぶんなにかあったんだ。
ちぐさちゃんなら…ちぐさちゃんならなんと言うだろう。
うん、彼女がいる。幸平くんもいる。
なんとかなる。
なんとかしたい。
「アパート探したの?」
まずは一歩。受け入れてみよう。




