うん、分からん
自分の中に誰かいると御地以来初めて千種は語った。
その人と対話を重ねて今日は譲ることにしたと言う。
「悲しい気持ちがずっと続くなんて耐えられないとあたしは思ったから」
そんなものかね?
「あたしが今ここから消えても何も思ってくれないの?」
いいや、そんなことは。
「噛み切るわよ」
身を削って生涯を。
「バカ」
と言うわけで。
一応千種の得体の知れない誰かさんは鳴りを潜めている。
墓参りの帰路姉は遊佐家に顔を出すとのことで、そこで晴さんと姉と別れた。
どうやら晴さんと千種は友達と言う関係に落ち着きそうだ。大学生と高一とじゃだいぶ差があるようにも思えるけど、千種の過剰なまでの思いやりに溢れる面(中の人の影響だと信じてる)は、きっと晴さんをして良い関係を築けるようになるんだろう。理解者ってことならヒメさんや橋本でも関与できない部分だし。
俺?
残念だけど俺は当事者であって関係者じゃないんだ。千種と中の人にとって。
帰ってから千種は俺を求めた。今までになく激しく。
抱いているのか、抱かれているのか、いつからか分からなくなった。
そして千種が願いを口にしたのは、なんか途轍もなく巻き込まれているイメージをしながら千種の髪を撫でていた時だった。
「あなたを等身大で見られるのはあたしかゆな(橋本)くらいだよ」
「橋本は…いらん」
「あんな傷つきやすい娘に面と向かって言ったらダメだからね」
「橋本が?」
とにかく…彼女は大切にしなければならないと千種は言う。
「愛人のすすめ?」
んなわけあるかと噛みつく千種。痛いって。
「こう言ったらなんだけど…美樹や北さんだってなにかを抱えて生きてるんじゃ」
「みんなそうだけど…。あたしはゆなが大切だから」
「テストも宿題も泣きついてくるもんな」
群れのリーダーとして自覚か芽生えたか?
「バカ」
本気で噛みついたな、今。痛いっす。
盆も明ければ初秋…になるはずもなく。
相変わらず午前中に俺はバッティングピッチャーを務めていた。
相変わらず中三トリオには軽々と外野の向こうまでとばされ(それでいいんだけど)、捕手の田所やバスケ部の山形にもたまに大きな当たりを打たれ、沢村、黄田には鋭い打球で野手間を抜かれ、心の友は川上だけとなって夏休みは終わろうとしていた。いったい何千球投げたのか。
「夏休みにみんなよく頑張った」
そう沢村は評した。
ならバイト料請求してもいいんかな。
と、阿呆なことを考えてると
「マネージャーズにも感謝しよう」
おー沢村らしくもなく優しいこと言うじゃん。
「なあ折井。なんか希望あれば言ってくれ。できる範囲で叶えるぞ。もちろん山門さんも坂田さんも」
なぜかヒメさんとキントキさんも野球愛好会の練習にずっと出ていた。ヒメさんは水泳教室、キントキさんはウェイトリフティング部在籍じゃありませんかね。
「じゃあ…」
と言って若葉は考えてからヒメさんたちと相談を始めた。そして放たれた言葉は
「こーくんの球を打ってみたいです」
と。
うん、分からん。