是非もない
「誰って御地で出会ったでしょ」
唐突に響く女性の声。
うぉ!
「なんだ、姉ちゃん」
姉の葉が不意に声をかけてきた。
視線をやると、姉はふぅと息を吐き千種に向かい
「私は敵じゃないわ。分かるよね?」
と話しかけた。
いくらかの沈黙の後、千種は
「私が分かるのか」
と返した。
「ここを出ましょう」
駅舎からの移動を提案した。
歩けば数十分の道もタクシーは速い。廃校の横を抜け田舎びた山あいのふもとに着いた。地元ならここから墓参りだと容易に想像がつくだろう。異常事態でも姉は冷静であった。
登りかけの途中に均された猫の額ほどの休憩地。
ぽつんとベンチが二脚並んでいる。年配者が墓地へ向かう道に用意されたものだろう。
今は登る人も下る人もなく、日差しだけが痛い。
「さてと…ここならいいか」
姉は一人腰を腰を下ろす。
千種は俺の右腕を緩やかに抱きしめ、二人で別のベンチに座った。
「女子会ね。言葉を覚えたの?」
なんだ、女子会って。
…確か御地のとき、あの小難しい言葉を話すなにかとの邂逅のあとにそんなことを言ってたな。
「この娘は聡い。ずいぶんといろんなことを覚えさせてもらった」
隠す気もないのか、いつもより低い声の誰かが姉に返す。
「そう。それなら会話も弾むかしら。えっと…ヒメさんって呼んだらいいかな?」
「この娘の友達がそう呼ばれている」
「あら…じゃあ有名な名前の方が…」
「あれは好かぬ。おかしな漢字を宛てられて心外だ。心を閉ざしていたときのミコで良い」
巫女?御子?(後で調べたら神子などともあるらしい)
「ミコさん、か。あなたも女なのね」
「性別の概念こそわたしの知るものとは違うが…この人はな、わたしの夫となる人の…」
「生まれ変わりとでも?」
「違うがそんなものかもしれぬ」
「じゃあ幸平。あなたは?」
どう答えりゃいいんだ。
とりあえずこう返す。
「千種は千種、だ」
姉は諦めたように言う。
「受け入れちゃうのか」
出会う前の千種を知らないもの。
俺はそれから左手で千種のリボンを握る。
「離れたくない。放したくならない」
「こら、カッコつけてんな、幸平のくせに」
姉ちゃんに逆らうつもりはねえよ。
「それじゃミコさん。弟に同意でいいのかしら?」
「是非もない」
なんか信長みたいでわけもなくカッコいいね。
「説明…できるかしら?いろいろなこと」
千種は目を閉じしばらく考えてから
「そなたたちの親に謝れなければならぬのかもしれぬが…今分かることを」
姉はぐっと言葉を飲み込む仕種を見せたが、微笑むと続けた。
「ええ、お願いします」
同じ瞬間、違う方向から声がした。
「あっ、葉さん。もう着いてたの」
こんな時に…晴さん登場。
さて、どうしよ。