誰かいるんだ
少しずつ足りない心の隙間を千種が埋めてくれている。そんな夜を過ごして俺は朝を迎えた。
横で寝る千種の髪を手櫛ですくい、柔らかさにありがたさを思う。
らしくありたい。
そう願うのはいつからだったか。
千種が目を覚ます。
「温かい。生きてるんだ」
不思議なこと言うんじゃないよ、ほんと。
早朝の廃校に晴さんは待っていた。
それからチーム早名と晴さんは4つの種目を終えた。
なんて言うかタフネスな女性だ。
最後の800mを全力で走り終えて、それじゃ午後に葉さんと遊佐家、羽田家の墓地に行きましょうと約束をして一旦別れた。
姉は昼頃こちらに着くはず。
「一年半も会わないと思えば、この半年で姉ちゃんと会うの何回目かな」
「3回目…かな」
「忙しいはずなのにな」
「嬉しいんでしょ?」
「たいがい驚かされることばっかりだからなあ」
「あたしも会いたいけど…」
珍しく千種が言い淀む。
なに、この違和感。
「なんかあるの?」
ううん、と頭を振って千種は背を向けた。
嫌悪感ではないはずだけど、どこか千種らしくない。表情も浮かない様子だ。晴さんと朝からいた時とは明らかに違う。
昨晩の包容力からは相当離れた、理解しがたい感情が俺を包む。
そう言えば。
先月の茶番みたいな結納の時、千種は姉ちゃんとどうであったか、ふと気になる。
あれ?
血の通った会話があそこでなされたろうか。
「洗脳した」とまで姉が言うほどに千種に執着(語弊がある言い方だけど)したはずなのに、どうして集大成とも言える場において、俺に対した時と違い、姉にはその姿をみせなかったんだ?
もっと簡単に言えば、千種は姉に感情を吐露していないのではないか?
そもそも他人とは言え、姉妹よりも強い絆の二人が他人行儀とも思えるようにいたのはなぜだ?
他人。
姉ちゃんを待つ駅舎で不意に粟立つ。
千種の他に誰かがいる?
「千種…」
「ん?」
「おまえさ…誰?」
無言のまま千種は俺を無表情で眺める。
「…なんかおかしくないか、おまえ」
「………」
肌を何度か合わせた千種が急に見知らぬ誰かに見えてきた。
「あれだけべったりくっついてたのに結納から割とあっさり別行動するようになったよな。初めて野球部に顔を出した結納の日、おまえ俺がどこに行ったか興味なかっただろ」
今さら気がつく俺も鈍い。
「あなたには誠実だよ」
「分かってるけど…も」
…ああ、そうか。
千種の中に誰かいるんだ。
葉の危機感再び。ホラー風味ですが次話からどうしても必要な話になります。