時ばかりが
夏の夕暮れに吹く風は少し涼しく。
走高跳びと砲丸投げを終えた頃には汗がひいていた。春さんはゆっくりとダウンを行う。
「うーん、気持ちいいねえ。久しぶりに競うのが楽しかったよ」
驚くべきは二人の身体能力だろう。今日初めて出会った晴さんは、そもそも二番になったことがあるって言ってたし。
…あれ、なんの二番なんだっけ?
「春さん、二番て県の?」
「ううん。日本の」
「その年のランキング2位ってこと?」
千種も呆気にとられたように繰り返す。
橋本や美樹がいるせいで、やたら日本が身近にある環境ではあるけど、なんかここにもすごい人が現れた。
地区大会のみで中学生ランキング2位ね…。
「まわりの人に望まれませんでしたか?」
「家族は兄貴ばっかりだったからなあ。正直どうでも良かったんじゃないかな。それ以外は聞く気なかったもん」
あっさりしたものの考え方をする人なんだなと思う。
につけても。
むしろ驚かされたのは千種だ。春さんにハードルも高跳びもいい勝負をしてた。さすがに砲丸だけは非力な見た目通りで、代わりに俺が投げたけれど。
「もう足がパンパン」
そう言って千種は腰を下ろした。
「運動不足の体だとここらあたりが限界かなあ」
足の速さも体のバネも普通の高校生とは格段の違いだ。十分に規格外だよ、おまえも。
「今から陸上始めてもいいとこいくんじゃないか?」
千種に声をかけると、スポーツドリンクを飲みながら座ったまま上目遣いで
「興味ないよ」
と静かに答えた。
どうやら千種と春さんは似た価値観を持ってるらしい。
「千種ちゃん、明日も付き合ってくれないかな」
「明日はたぶんダメダメですよ?」
「あなたと競うと楽しいのよ」
それとも、と。
「弟くんと今晩仲良くしちゃうのかな?」
「「なっ…」」
二人で絶句した。
・・・
駅近くのホテルに宿泊するため俺は千種と向かう。
「お義父さんの実家ってもうなかったんだよね」
父の両親は既に亡く、家も取り壊して更地になっているらしい。過疎の進む山あいの田舎町など、今の日本にありふれた風景だろう。父母はこの地に静かに眠っているはずだ。
明日姉に思い出があれば聞いてみよう。俺にはここと父母が結びつかない。
「お墓掃除に間に合わなかったね、ごめん幸平」
「気にすんな。姉ちゃんだって明日来るんだし」
「幸平がバッピしてるって聞いたらお義父さん、なんて言うかな」
「…笑ってるんじゃないかな。母さんの方があれこれやかましいこと言うと思う」
静寂がぽつりとやってきた。
ふと、寂しくなる。
下を向いた俺を千種が前から優しく包みこんでくれた。
背中を撫でながら
「このままでいよ」
失われたもの。
ついこの間得たもの。
時ばかりが誰にでも平等であることを知った。