エピローグ
都の広場には多くの人々が集い、それを遠巻きに眺めている。広場の中央には簡素な台が設えられ、一人の若者の首が晒されていた。稀代の極悪人、世紀の虐殺者、絶望の体現者。様々な呼び名を与えられたその若者は今、人々の罵声を受け、石を投げられ、もはや元はどのような容貌であったのかさえ判別できなくなっている。この若者が魔王を滅ぼしたという事実すら、もはや人々の間では忘れ去られているようだった。それほどに勇者の暴虐が人々の心に鮮烈に刻まれている、ということなのだろう。
人々は勇者が為した理不尽を詰り、怨嗟を思いのままに吐き出してはいるが、勇者の首に近付こうとする者はいない。万一にでも呪われてはならないという怖れを抱いているようだ。勇者の名はもはや化け物と同じ、ゆえに首を切り落としたからと言って死んだとは言えぬ、と人々は思っているのかもしれない。
やがて日没を迎え、広場に集まる人々の姿も徐々に減ってくる中、一人の男が勇者の首に近付く。周囲の人々がギョッとした表情でその男を振り返った。その丸眼鏡に白髪交じりの初老の男は、首だけになった勇者を無表情に見下ろした。
「……ふ、ふふ」
こらえきれぬように初老の男は小さな笑い声を漏らした。虚ろな瞳に狂気を湛え、いびつな笑顔を浮かべて、初老の男は大きな声で笑い始める。涙を浮かべ、声を嗄らして、日が沈み、星が瞬き、月が夜空に君臨しても、男はただひたすらに、笑っていた。
勇者の死に世界は沸き立ち、祝賀の宴は各地で長く続いた。人々は解放を喜び、怯え暮らす日々の終わりに生を実感する。あらゆる場所が幸福に酔いしれる中、都の水路に一人の男の死体が浮かんでいた。その丸眼鏡に白髪交じりの初老の男は、どうやら橋から水路に転落したようだ。祝いの酒に酔い、誤って足でも滑らせたのだろうと、人々は憐れみの視線を男に向けた。勇者も、勇者に滅ぼされた小さな山村のことを知る者も失い、世界は新しい朝を迎えた。
彼ら、彼女らの想いを伝えるものは、何も残っていない。