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隠された答えはこんなにも簡単だった

 門の前ではもう、たくさんの同級生がひしめいていた。満流がてつの姿を見つけたときにはてつはもう、満流の方に駆け寄って来ていた。

「どうだった?」

てつは泣きそうに笑って、ひじを曲げた両手を小さく上げて見せた。

「I高決定。」

あの、事故のせいだ。そう思うと、なんだか満流は後ろめたいような気がした。しかし、てつは、けなげにも、すぐに笑顔で

「でも、ユウちゃんも一緒だから、よかった」

なんて言う。

 職員室で芳村に報告すると、芳村は顔をくしゃくしゃにして笑いながら、満流の頭もくしゃくしゃにして、小さな眼を潤ませたので、満流は目を見ないでへらへら笑った。満流にとっては精いっぱいの、感謝のへらへら照れ笑い。


 廊下に出るとみんなの中に瞳もいた。同じタイミングで目が合って、瞳がまっすぐ満流に向かって歩いてくる。

「御利益あったやろ。」

そう言ってにっこり微笑んで、あのお守りをポケットから取り出して、振って見せる。満流も右ポケットから出しながら。

「仲野にもらったやつ?」

そう言うと、瞳は少し間を空けて、

「私がミカと一緒に行って、買って来たんよ。卒業式の予行演習の後。それも。」

そう言って満流のお守りを指さした。何か言おうと口を開けたら、下駄箱の方から歩いてくる祐二に出くわした。祐二と瞳とを交互に見て、どぎまぎしていると、

「ああ、東野君の方はミカからだからね。」

祐二は何?と言うように瞳を見たけれど、瞳は鼻にしわを寄せて思わせぶりに笑って、女の子の集団の方へ行ってしまった。

 祐二はひろしに報告に行ったら、大笑いされて、吹っ切れたと言う。瞳の言葉が気になったけれど、てつと一緒に祐二が担任に報告するのを待って、三人で校舎を出る。「ちょっとつき合って。」と祐二に言われて体育館の中に入っていくと、ミカがバスケットコートでボールをついてこっちを見据えていた。

「おっそーい!」

少しふくれっ面をして、それでも、なんだかうれしそうに、ミカがボールを投げてきた。

 祐二はミカに呼び出されて、しぶしぶ学校に来たのだった。

 体育館には誰もいない。今日は授業は午前中だけで、在校生はとっくに帰宅していた。


 2on2ね。そう言って、ミカは有無を言わさず満流らをコートに引っ張り込んだ。

 みんなバスケは大好き。部活を引退して、ずっとバスケから離れていたから、すぐさまボールを取ってドリブルシュート。満流のシュートは美しい弧を描いたものの、リングに当たって跳ね返った。くっそー。ムキになる。ミカがリバウンドを取ってシュート、鮮やかに決まる。そこから何となく、満流と祐二、ミカとてつの組になって、2on2の試合が始まる。ミカは体力もテクニックも上背も全て備えているので、四人の中で、圧倒的な強さを見せつける。しかし、満流らも、男としてのプライドがある。そうやすやすとワンマンショーをされてはたまらない。

 ミカからボールを奪おうと、祐二がミカの行く手を遮る。あっと思った瞬間、勢い余って祐二とミカは重なり合うようにして、ふたりで転んだ。先に起きあがった祐二が「大丈夫か」と言って、自然にミカの手を取って引き起こした。ミカの頬が一瞬ぱーっと赤くなる。だけど誰も気付かない。バスケに集中しているだけ。

 


 もう限界。一番先に音を上げたのがてつだった。それから満流。だけど、残った二人はなおも1on1で続けた。

「俺ら、コーラ買ってくるから。」

そう言って体育館から出ようとすると、入り口のところで瞳が座り込んで見ていた。

「あれ?開田、何してるの?」

てつが声をかけると瞳は笑いながら、

「ミカ、待ってるの。」と言った。

「でも、お邪魔そうだね。」

そう言って、二人の後を、ちょこちょことついて来た。しかし、門の正面にある自動販売機にコインを入れる頃になって、てつはもしかしてお邪魔なのは自分ではないかと、はたと気付いた。

「あ、俺、もう帰らないと。」

そう言って、コーラは買わずにそのままあたふたと走って行ってしまった。

「いる?」

瞳に聞いてみる。瞳は小さく首を振った。そして、自販機の脇のブロックの低い段に腰掛けた。

 取り出し口に手をつっこんでかがみ込むと

「ねえ、」

振り向いたら、仔鹿のようなまっすぐな黒い瞳が同じ高さで満流の目に飛び込んでくる。見つめられて思わずそらす。瞳が空を仰いでつぶやいた。

「自分の心って、自分でもわからんものやね。」

あの日、体育館の裏で、大弥を前にして、初めて「この人じゃない」って思った。頬をうっすら上気させた大弥に、「やっぱいいや。」って言ってそのまま置き去りにして走って帰ってしまった。気づかなかったわけじゃない。認めたくなかっただけ。でも、あの時、やっと心の鍵がカチッと開いた気がした。 

 空を仰いだままの瞳を横から盗み見るようにして、しばらく黙ったままでいたら、瞳が答えを求めるようにまたこっちを見た。視線を合わせて、でもやっぱりついそらして、満流も空を仰いで口を開く。

「…そうかも。」

瞳に呼ばれて家に行くまで、俺も自分で自分の気持ち、全然分かってなかった。

 誰が好きかなんて、試験問題のように、頭で考えて決めるものじゃないんだ。ただ、一緒にいたい、目で追ってしまう。それが答え。そしてその気持ちは自分でどうすることもできない。

 だから俺の視界には、あんなにいつも、瞳がいたんだ。なにも考える必要はない。こんなにも簡単なのに、心は何で答えを隠そうとするんだろう。

 瞳はまっすぐ満流を見てる。今度は満流もそらさない。沈黙が続いた。なんかお互いふっと笑って、なんとなく隣に座って、並んで前を見ていたら、体育館の出入り口から、祐二とミカがなにやらわめき合いながら出て来た。

 門の前まで来て、突然ミカは祐二に回し蹴りをする。祐二は大げさに後ろに下がってかわしながら笑っている。

「おもろいやつ。」

沈黙を破って、ふと口をついて出た。瞳も笑って言った。

「ミカらしいや。」


 「満流」

そう言って、ミカが体育館に置きっぱなしだった満流の上着を道路の向こうから投げた。そしてまだ祐二とふざけている。立って上着をキャッチして、満流は脇に抱えた。

 何かがきらっと光って道路に落ちた。瞳が拾い上げると、いびつな形のペンダント。片方がギザギザに欠けている。あのときの、ラブペンダント。

 満流は正面の祐二たちをぼんやり眺めながら、蓋をピシッと開けてコーラを飲み始めている。おいしそうにのどを鳴らして。

「ねえ、一口、ちょうだい。」

満流の顔をのぞき込むようにして、瞳は言った。あの時のように、西日に照らされ、きらきらと大きな黒瞳を輝かせて。


〈完〉

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