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はじまりのはなし


 アザとー様の「仕上げの一文祭り」に乗っからせて頂きました。

 企画者のアザとー様、読者様にはいつもいつもお世話になっておりますという感謝を籠めて。


 楽しんでいただけたら光栄です。






吾輩は蛇である。

名前はまだ無い。

……尤も、吾輩に名を与えてくれる輩が居ないだけのこと。

吾輩は誰に飼われることのない、忌み嫌われた存在。


吾輩は孤独なのだ。


――そう、蛇とはそういう生き物。

吾輩はそう思っていたし、それは今も変わることはない。

きっとこれからも変わらないのだろう。



家族や多くの仲間達を人間に殺され一人孤独になった吾輩は、どうしたことか未だにこの烏森に独りきりでひっそりと暮らしている。

勿論生き残った数少ない仲間達は何度も吾輩にこの森を出ようと説いたのだが、吾輩が首を縦に降らなかったからなのである。

仲間達は人間が来たら、次こそ自分達は殺されてしまうだろうと言っていたのだが、吾輩は他の輩の様に奴らを毛嫌いするようなことは無かった。


――そう、吾輩は人間という生き物が嫌いではない(奴らが好んで吸うタバコ、なるものは嫌いだが。あれは臭い)、勿論好いている訳でもないのだが。

それは何故だ、とよく尋ねられることがあるが、吾輩にもとんと見当がつかぬ。


しかし好いている訳でもない人間に、家族や仲間を殺されて憎まずにいられるとは、感情喪失しているか、余程家族や友が酷い奴らだったのかと問われることがあったが、全くそんなことはない。

両親はこの森で生まれた5人(此処は『匹』と言うべきか)兄弟の末っ子であった我輩を殊更可愛がってくれていたし、他の兄弟のことも吾輩は大好きであった。

森の仲間達とも仲良くしていた。

では何故、となる訳だが、敢えて考えられるとするのならば、家族や仲間達を喪った時に吾輩が抱いたのが怒りや怨みの感情ではなく哀しみの感情であり、黒い色をした我らのことを「悪だ」と言って狩っていく人間と、まだ幼かった吾輩を見て咄嗟に逃がしてくれた人間とがいて、人間という生き物に興味を持ったからかもしれない。


しかし、吾輩にだって苦手なものくらいある。

『子供』と呼ばれる幼き人間、あれはどうも苦手だ。時々山に入ってくるのだが、遠目で見ていてもわかる。

汚いし、すぐ泣くし、そして何より喧しい。

あの輩の姿が現れる度に吾輩は寝座ねぐらへと逃げ帰る有様。

大変迷惑している。



こんな吾輩だが、もう長いこと生きてきた。

やり遂げることも、やり遂げたいことも、もう無い。

白くぼんやりとしてきた頭の隅ので最後に少しだけ残念に思えたのは、独りきりで誰に看取られることなく逝かねばならぬのかということだけだ。

吾輩も皆と一緒に逝くことが出来たのならば、こんな気持ちにはならなかったのだろう。

――なのに何故、最後まで吾輩は吾輩を独りにさせた奴らを恨むことが出来ぬのだろうか……こんな吾輩こそ少々恨めしい。


遂に、吾輩の弱った身体に血肉を求めてやってくる煩い蝿共(人間の使う『五月蝿い』とはよく言ったものだ……尤も今は五月ではないわけなのだが)や、黒光りする吾輩自慢の鱗をせっせと剥がしていく小さな蟻共でさえも払いのけることが出来なくなった。

体の自由どころか感覚さえも失われつつある意識の中で、このまま土に還ることが出来るのならば、逝ってしまった仲間達にもう一度会うことが出来るかもしれない、などとくだらない感傷に浸っていた吾輩にまた不快感が蘇る。

……ほら、また喧しい奴が来た。




「――母さん、蛇だ。蛇がここにいる!」



まだ伸びきっていない身長に似合わない大きな籠を背負った少年とそんな少年の後を行く女が山に来た。

少年は生まれて初めて見た存在に興奮して親である女に呼び掛ける。

それに対し女は指を口に当て、ふっと悲しげに微笑んだ。



「しってるよ、そっとしておやり……その蛇はねぇ、とっても可哀想な蛇なのさ。私ら人間によって住みかを追われ、仲間を殺されてしまったんだよ。その時この蛇が小さかったもんで死んだあの人も殺すことが出来なかったんだろうねぇ。で、何処かにいなくなるかと思えばこんな人里近い山の麓なんかに来ちまって……だからもうこの森にはこの蛇しかいないのさ」


女が言うのを聞いていた少年がポツリと呟きを漏らす。


「……母さん。俺はさ、村の皆が言うようにこの森にいた蛇達が悪いやつらだったとは思えないんだよなぁ。――だって、稲に付く害虫を食べてくれたりだとかはするけど茸や山菜なんかは食べたりしないし、脱け殻は金を呼ぶって言うだろ? それにこの鱗、とても綺麗だ」



その言葉を聞いて女は一瞬驚いた表情をしたが、すぐに目元を綻ばせて「あんたはやっぱり父さんに似たねぇ」と言った。

そしてすっかり冷たくなってしまった蛇を持ち上げ、その美しい姿のまま仲間達の元へ行けるようにと大きな梅の木の根元にその亡骸を葬り、その標に石を積み上げた。少年の最後の呟きを聞いていた一匹孤独な蛇は、(やはり子供は苦手だが……人間は面白い)と笑いながら空へと昇っていった。




そして二人の人間が込めた温かで良質な願いが神の元へと届き、その類い稀なる純粋な心を持ち人間を恨むことなく一生を終えた蛇に興味を持った神が、烏森を守る神として生まれ変わらせ、もう一度蛇があの山へと戻ることになるのは、もう少し先の話となる。







 予定ではあと一話……です。



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