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第九章 「力をください……」

 翌日、ヒューマと異人クロスたちがやって来た――。

 一日経っても、クルーたちの動揺は収まらない。そんな彼らに、そしてノアに住むすべての人たちに対して、ノアの現状と地球の現状、そして自分たちが置かれている立場をクリスは数時間かけて語った。自由な場所でクルーたちは真剣に話を聞きながらも、時に困惑げな顔をして、時に悔しげに顔を伏せた……。

「……わたしたちはヒューマの力を借りてノアの番人と決着を付けるべくここを発つことに決めた。……いかなる戦いが待ち受けているかはわからない。結末も見えない。……そのような場所にキミたちクルー全員を、キミたちの意思を無視して引っ張っていくことはできない。……しかし、それでも共に戦う者がいるなら……ぜひ力を貸してくれ。……強制はしない。ここに残りたい者はためらうことなくここに残って欲しい。一人でも多くの者が生き残り、そして……戦いと離れた生活を送ることをわたしは望んでいる。……ノアの番人たちと戦うのは……これで最後だ」

 ――クルーたちの多くは悩まなかった。「これで最後なら……最後にしよう」と、固い決意を抱いて。

「……僕はみんなと一緒に行くよ」

 ケイティの影、艦体に背を付けて告げるタグーをガイは見下ろした。

 偽物の太陽が真上に昇る頃、ヒューマと異人クロスたち、そして戦うため道を決めたクルーたちとで旅の準備を始めている。

「タグー、あなたの決めたことにわたしは賛否を唱えることはできません。……しかし、相手はノアの番人です。地球連邦とも手を組み、新たな戦力を付けています。ヒューマとクロスの方々の力を拝借できるとは言っても、ヒューマの方々は傍観するだけでしょう。地球人の問題は地球人で解決するべきだと、その考えは変わっていないようですから。そうなると……あなた方は敗北するかも知れません。あなた方が敗北して……地球は壊滅の一途を辿るでしょう」

 みんなが思ってはいても口にしないことをはっきりと告げる。そんなガイにタグーは少し笑みをこぼした。

「……うん……そうだね……。……きっとそうだと思う」

「それでも行かれるんですか?」

「……うん」

「ロックとアリスが行くからですか?」

 タグーは少し間を置いて、笑みを消さぬまま青空を見上げた。

「そうかも知れない。二人が行くから……僕も行く。……仲間だからね」

「このノアで生活してきた方々とも仲間のはずです」

「……そっか……そうだね」

 タグーは情けなく笑って少し俯いた。

「……うん、みんな仲間だよ。……僕の大切な仲間。……けど……、……行くよ、僕。……ロックと、アリスと一緒に」

 ガイはタグーを見ていたが、その顔をゆっくりと動かして遠くへと目を向けた。

「リタはどうするんです?」

 唐突な質問にタグーは顔をしかめて見上げた。

「なんでリタのこと?」

「リタがタグーに好意を抱いているのはわかっているはずです」

「……。そりゃ……まぁ」

 少し照れくさそうに額を掻いて目を逸らすが、ため息混じりに肩の力を抜いて苦笑した。

「けどやっぱりさ、リタは妹みたいなモンだし。……うん、ここに残って……あの元気を振りまいていて欲しい」

「では、リタはここに残すのですか?」

「もちろんだよ」

 タグーは真顔で強くうなずいた。

「リタは絶対に連れて行かない。……危険なトコには連れていけない」

「……わたしはどうしましょうか?」

 いつもと変わらぬ声だが、なんとなく戸惑っているような雰囲気もする。そんなガイをじっと見上げ、タグーは俯いた。

「それは、ガイが決めたらいいんだよ……」

「……タグーは、わたしにどうしてほしいですか?」

 タグーは、遠く、真っ直ぐを向いているガイを見上げると、少しずつ視線を落とした。

「……正直、一緒に来て欲しいのと、ここに残って欲しいのと……半々。リタもキッドもジェイミーもここに残るし。……フライは一緒に行くからね。……あの三人を誰かに託せるとしたら……ガイくらいだ。……あの三人のことを考えたら、ガイにはここに残って欲しい」

 真顔で告げた後、「……けど……」と悲しげに目を細めた。

「……友人として、一緒にいたいっていう気持ちも強い……。……ずっと一緒だったしね。……。これって、やっぱりキミに甘えてるのかな?」

 「へへ……」と、情けなく笑って足元の地面を爪先で撫でた。

「……ガイが決めたらいいよ。自分で考えることができるんだからさ。……好きな道を選んで、……好きなように歩けばいい。僕は、ガイの意思を尊重するよ」

 そう言って、タグーは背を付けていたケイティ艦から離れ、深く息を吐くと同時にガイを見上げた。

「ただ、これだけは忘れないで」

 ガイがゆっくりと見下ろすと、タグーはにっこりと笑った。

「僕たちは親友だ。……ずっとね」

 ガイは間を置いて、表情のない顔でうなずいた。

 ――みんなが意気揚々としてるわけではない。意気込みは、弱い気持ちを隠すためだけの物。ただ、今はその前向きな気持ちが支えであることには変わりなかった。

「……なんだか大慌てね……」

 キッドはクルーたちを見守るフライスの傍に立って同じように見回した。

「急にバタバタしちゃって……」

「……そうだな」

 フライスは行き来するクルーたちからキッドへと目を向け、少し視線を落とした。

「……、すまない」

 その一言にどんな意味が含まれているのか――。

 キッドは、またクルーたちに目を向ける彼に微笑み首を振った。

「私も、リタとジェイミーがいなかったら付いて行くんだけど」

「……その時は行かせないけどな」

「あら? 私も頑固なのよ?」

「……それでも行かせない」

 不愉快げな横顔にキッドは少し笑い、そしてクルーたちを見つめた。

「……みんなが無事に戻ってくることを祈ってるわ……」

「……ああ」

「……あなたも、絶対に戻ってきてね」

「……そのつもりだよ」

「絶対にそうじゃないと困るわ」

 キッドは見下ろした目の先、お腹に手を置いた。

「高齢出産は支えてくれる人がいてくれないと大変よねー?」

 誰に話し掛けているのか。どこか冗談っぽい言葉に、フライスは少し笑みをこぼし、彼女の肩を抱いた。

「そうだな。……絶対に戻ってくる。キミやリタ、ジェイミー……そしてこの子のためにも」

 キッドは「ええ」と微笑みうなずくと、彼の肩越しに頭を寄せた。

 ――生きていれば、恐ろしいことだってたくさんある。今は“そのひとつ”にぶつかっているだけ。これさえ乗り越えれば、また、しばらくは笑い合える日が続く。今を耐えれば、きっと。

 クルーの中には、ここに残ることを決めた者もいた。けれど、そんな彼らを誰も責めなかった。逆に、「勝利を祈っていてくれ」と笑顔で思いを託した。

 ……戦場へ赴く者の方が“重い”のか、それとも、残ることを決めた者の方が“重い”のか。

 その答えは、その時にならないとわからないだろう。

「……」

 腰を下ろし、そっと花を添えるクリスと並んでアリスも花を添え、目を閉じた。心の中で長く言葉を続け終えると、少し間を置いて目を開け、墓石を見つめる。

「……キミを連れて行くと怒られそうだな……」

「……じゃあ、怒られないためにもみんなで無事に戻ってきましょうよ」

「……そうだね」

 クリスは優しい笑顔で墓石を撫でた。

「……付いてきてくれるクルーたち、全員を連れて戻ってこよう……」

 微かな笑みを浮かべて告げ、墓石から手を離すとアリスを窺った。

「……ロックとはどうなんだ?」

 墓石を見つめていたアリスは「ん?」と、苦笑しているクリスを見て首を傾げた。

「どうって?」

「上手く行きそうなのか?」

「……さぁ」

 軽く首を振って、少し視線を落とす。

「……それに、今は戦いのことで頭の中が一杯だから」

 渋々、そんな雰囲気で肩をすくめるアリスにクリスは苦笑した。

「この戦いが終わったら、ちゃんと繋ぎ止めるんだよ」

「……。……けど……」

「キミもそろそろ落ち着いた方がいい。わたしが相手になってもいいけど、それじゃますますセシルに怒られそうだしね」

 ポンポンと肩を叩かれ、アリスは少し笑い、穏やかな目で墓石を見つめた。

「私……いつかセシル教官を追い越そうって思ってた。……絶対に追い越せるって。……けど、追い越せないまま……。……」

「……キミはセシルを追い越してるよ。……とっくの昔に」

「……そうかな……」

「そうだよ……」

「……じゃあ、ディアナに乗ってもいい?」

「それとこれとは別。……まだ諦めてなかったのか?」

 訝しげに眉を寄せるクリスを見てニッコリ笑った。

「諦めが悪いの」

「はぁーっ。また頭痛の種が……」

「これが最後なんだからいいじゃない。ね?」

「……セシル、なんとか言ってやってくれ……。この出来の悪いの、キミのトコの生徒だろーに」

 額を押さえて冗談交じりに首を振る姿にアリスはクスクスと笑う。

「お。密会現場発見」

 とぼけた声に二人は振り返った。地下階段からロックが白い花を手に近寄ってくる。

「二人して何してんだよー?」

「お墓参りよ」

「誰の?」

「……私の教官だった人。……ディアナの初代パイロット」

「ふうん……」

 ロックは鼻で返事をしながら墓石を見下ろしていたが、持っていた花束から小分けして、墓石の前に置いた。

「ついでだからくれてやるよ」

 素っ気ない言葉にアリスは目を据わらせる。

 クリスは少し苦笑して、腰を伸ばしたロックを見上げた。

「それで、お前は何しに来たんだ?」

「同じくお墓参りってヤツ」

 言いながらロックは別の場所に行く。二人は顔を見合わせ腰を上げると彼に付いていった。そして立ち止まった墓石の名前を見て、少し言葉を詰まらせる――。

 クリスは腰を下ろして花を綺麗に添えるロックを真顔で見下ろした。

「……誰だか知ってるのか?」

「ああ、聞いた。ダグラスって人だろ? グランドアレスの初代パイロットだって。フライの上官だっていうのも聞いた」

「……そうか……」

「グランドアレスの初代パイロットだもんな。縁担ぎでここはひとつ、挨拶でもしとこうかと思ってよ」

 言いながら立ち上がって墓石を見つめ、ゆっくりと目を閉じる。

 アリスは墓石を見つめた。

 ……ダグラス教官、見てますか? ロックですよ、……あの悪ガキの。……。……また……護ってやってください……。

 ロックは目を開けると、気を取り直すように小さく息を吐いてクリスを窺った。

「準備は進んでるみたいだな」

「ああ」

「ま、俺に任せとけよ。ノアの番人なんかギャフンと言わせてやっからよ」

「言わせられるの間違いじゃないのか?」

「へっ。絶対に勝ってやる。なぁ、ダグラス!」

 墓石をポン、と叩く。アリスは「……なんてことするのよ、こいつは」と彼を睨み付けた。

 ロックは笑顔で「ささっ」とクリスとアリスの背を押した。

「さぁ! こっからが本番だぜ! 俺の実力をたっぷりと拝ませてやる!」

「……その元気が空回りしなけりゃいいけどねぇ」

「お前はしっかり指示を出せよ!」

「ロック、クリスは総督なんだからね。一応」

「一応で悪かったね。……ホント、問題児たち相手にするのは疲れるよ……」

「私は問題児なんかじゃなかったわよっ」

 墓地から地下へと下りていく。クリスとアリスがいなくなった後、ロックは振り返った。――しばらくそこを見つめたまま、少し笑みを浮かべ、背を向けた。

 ――宇宙に飛び立ったその時から、“戦闘員”という使命は背負っていた。初々しい“覚悟”は、長い年月を過ごせば過ごすほど“臆病”に変わっていく。

 ここに残ると決めたクルーの多くが、長い時間を宇宙で過ごした者たちだ。――上官たちのほとんどが、余生をここで過ごすと決めた。

「アリスさん!」

 ケイティに乗り込もうと歩いてやって来た彼女の姿を見つけるなり、ロマノが駆け寄ってきて体当たりをカマしつつしがみついた。アリスは一歩足を後退させながらも踏ん張って、彼女の背中に手を回し優しく撫でるとその頭に軽く頬を寄せた。

「……ロマノ、……今までいろいろありがとうね」

「そ、そんな最後みたいな言い方しないで!」

 遅れてやって来たトニーが焦るように身を乗り出して腕を広げる。アリスは苦笑すると、ロマノを片腕で抱いたまま彼の腕を撫でた。

「トニーもありがとう。……すごく楽しかったわ」

「な、何言ってンの!? オレたちこれからじゃん!」

「ふふ。……素敵な彼女を見つけてね」

「オレの気持ちわかってるクセにーっ!」

 悔しそうに口を尖らせるトニーにアリスは少し笑うと、傍に立つジュードへ目を向け、微笑んだ。

「……みんなをよろしくね」

「わかってます。……アリスさん、……ここに戻ってこなくちゃいけないってコト、忘れちゃ駄目だぜ?」

「うん。わかってる」

 アリスは笑顔でうなずくと、ジュードの斜め後ろにいるハルを見た。

「……ハル」

「……わかってます」

 アリスは「……ん?」と顔をしかめた。

「なにが?」

「……次に会った時は一発殴ります」

「……。なんでそうなるのよ?」

「……オレたちをここに置き去りにする罰です」

「……。あのね、キミにビンタもらうほど私は甘くないわよ」

「……絶対殴ります。待っててください」

「……。食らわないわよ、そんなもの」

 アリスは目を据わらせ睨むと、ロマノの腕を掴み、彼女を離した。そして、優しい目で俯く顔を覗き込む。

「……ロマノ?」

「……」

「……あなたたちはこれからなんだから。……これからたくさん幸せになって、……たくさん楽しいことを増やして。……いいわね?」

 ロマノはこぼれた涙を手の甲で拭って「……うん」とうなずく。アリスは彼女の腕を優しく撫でると、それぞれを見回した。

「……じゃあね。……ホントに今までありがとう。……キミたちがいなかったら、私パイロットにはなれなかった。……キミたちにはたくさん支えられた。……ホントにありがとう」

 言葉にすると涙が浮かんでくる。アリスは軽く鼻をすすって、ごまかすように笑った。

「無事に戻って来れたら、一緒にお酒でも飲もうね」

 ロマノは「……っ」と息を詰まらせて顔を歪めると再びしがみついた。トニーも「アリスさん!!」とその上から抱きついてくる。ジュードも少し苦笑しつつ、アリスの肩を抱くように腕を回した。ハルは――じっとアリスにしがみつく三人を見ていたが、近寄ると手を伸ばし、アリスの頭を撫でた。

 アリスは少し目を据わらせる。

「……ディアナに乗ったら往復ビンタです」

 頭を撫でられながらアリスは更に目を据わらせた。

 ――今までいくつの困難を乗り越えただろう。両手の指では数え切れないほど。でも、それは本当に“困難”だったのか。

 乗り越えられたのなら、困難じゃなかったのかもしれない。乗り越えられる力が自分にはあった。ただ、立ち向かうか、立ち向かわないか。立ち向かわない者は“困難な壁”だと目を逸らすだろう。立ち向かう者にしか、その先は見えない。

 けれど、無傷ではいられない。

 “勲章”だと胸を張れればいい。たとえ、傷だらけの体を曝しても。……癒やせない傷跡は、後々に疼き出す。

「ヒューマがいる限りここに手が伸びることはないと思うけど、……念のために用心をして」

「わかりました」

 真顔で注意するフライスにキッドは微笑みうなずいた。そんな彼女に、クリスは申し訳なさそうな笑みを向けた。

「悪いね、キッド。こいつを連れて行くことになってしまって。……ホントは役立たずだから連れて行きたくないんだけどね」

「いいのよ。伝達くらいはできると思うから」

 フライスは不愉快そうに二人を見る。

 クリスは少し笑うと、キッドの足下、みんなを見上げるジェイミーの前に腰を下ろし、笑顔で頭を撫でた。

「……ジェイミー、……いい子にしているんだぞ?」

 ジェイミーは少し首を傾げて「うー、……ういー」と言葉を漏らし、腕を伸ばしてクリスの首に抱きついた。クリスは少し笑みをこぼし、その背中を優しく撫でる。

 その様子を見下ろして、リタは不愉快そうにタグーを睨んだ。

「……また私を置いていくんだ?」

「……。そんなこと言われても、リタを連れて行ったって何もできないだろ?」

「そんなことないよっ。フローレル以上に私、手先は器用なんだからねっ」

「フローレルが不器用すぎるんだよ」

 情けなく笑うタグーに、今度は拗ねて口を尖らせた。

「なんで私、一緒に行けないの? こんなのおかしい。仲間外れ」

「違うって。仲間外れになんかしてるつもりはないよ」

「仲間外れだもん。……ガイも行っちゃうし!!」

 いきなりムカッと眉をつり上げてビシッとタグーの横に立つガイを指差す。ガイは自分の胸に手を当てた。

「すみません、リタ。わたしは自分の意志で決めました」

「ずるい! 私だって自分で決める!!」

「リタ、わがまま言うんじゃない」

 フライスが注意するように声を掛けるが、リタは尚、首を強く振った。

「パパだって行くのに!! みんな行くのに!!」

「リタ、いい加減にしなさい」

 キッドも注意するが、リタはイヤイヤ! と首を振る。

「私だけ除け者にして!! ……悪い子になってやる!!」

「リタ」

 タグーは呆れてため息を吐いた。

「みんなリタのことが心配だからここに残ってもらいたいんだよ」

「そんなのみんなの勝手じゃない!」

「うん。勝手なんだ」

「納得行かない!!」

 握り拳を作って上げるリタに、タグーは身の危険を感じてサッとガイの後ろに回った。

 遠くからクルーが一人やって来てクリスの傍で立ち止まると、「準備ができました」と告げ、敬礼して戻っていく。

 クリスはジェイミーを離すと、頬に軽くキスをして頭を撫で、立ち上がった。

「……キッド、……悪いけど頼むよ」

「ええ。心配しないで。……ちゃんと戻ってこなくちゃ駄目よ?」

「わかってる」

 クリスは笑顔でうなずくと「……じゃ」と軽く手を上げてためらうことなくケイティに向かった。その背中を見送り、フライスはキッドを見る。

「……それじゃ」

「……ええ。……気を付けて」

「ああ」

 引き寄せ抱きしめ合う。数秒そのままでいてフライスはキッドから離れると足下のジェイミーを見下ろし頭を撫でた。

「……ちゃんと戻ってくるから」

 ジェイミーは「あぁー」と腕を伸ばす。フライスは少し腰を下ろし、優しく抱きしめ離れ、膨れっ面のリタに目を向けた。

「……リタ」

「……。ずるいっ」

「……二人のこと、頼んだぞ」

「……。頼まれたくないモンっ」

「リタ」

「……。……。わかった……」

 リタは顔を歪めて鼻の頭を赤くするとフライスに抱きついた。

 タグーはガイの後ろから出てきてキッドをそっと窺った。

「……キッド、またガイを連れて行くことになっちゃって……」

「いいのよ、ガイがそう決めたんだもの。私はその方が嬉しい。……ガイ、タグーのことお願いね」

「はい」

 うなずくガイにキッドは優しく微笑む。

 タグーは腰を低く曲げてジェイミーの頭を撫でた。

「じゃあね、ジェイミー……」

「あぅうー」

「タ・グ・ウ、だよ。……いい子にね」

「あぅー……」

 寂しげな顔を見せる彼女の頬を笑顔で撫でると、フライスから離れたリタを見た。

「リタ、おとなしくしてるんだよ」

「……。うるさいっ」

「……。戻ってきたらたくさん遊んであげるから」

 リタは拗ねるように下を向いていたが、腕を伸ばし、タグーに抱きついた。タグーはため息混じりにリタの背中を撫でる――が、ドスッ!!

 タグーは「うっ……!」と息を止め、背中を丸めた。ガイがすぐ地面に倒れかけたタグーを捕まえ、肩に担ぐ。

 キッドは「まったくこの子ったら……」と呆れ気味に拳を握るリタを見て、「うぅー……」と唸っているタグーを肩に乗せているガイを見上げた。

「……ガイ、……。……タグーのこと、お願い」

「わかりました」

 ガイはうなずくと、小さく唸るタグーを抱えたままケイティに向かった。

 フライスはその背中を見送り、眉をつり上げているリタにため息を吐いた。

「そんなことをしていたらタグーに嫌われるぞ?」

「……タグーなんて嫌いだもんっ」

 フンッ、とそっぽ向く。

 フライスは苦笑するとキッドに目を向けた。

「……それじゃ、行ってくる」

「はい。……帰りを待ってます」

「ああ」

 軽くキスをすると、ジェイミーとリタの頭を撫で、ケイティに向かった。

 それぞれが艦に乗り込んでいく、その様子を見てキッドは小さく息を吐き、口を尖らせているリタの頭を撫でた。

「いつまでも拗ねてちゃ駄目よ」

「……拗ねてないもん」

「もう、これが最後なんだから」

「……、この最後が危ないんじゃない!」

 リタは目に一杯の涙を溜めて、睨むようにキッドをすがり見上げた。

「この最後が危ないのにっ……! なのにっ……」

 息を詰まらせ顔を歪めると、ポロポロと涙をこぼしてキッドにしがみついた。

「……みんな……いなくなっちゃう……」

 声を震わせる彼女を、キッドは優しく抱きしめた。

「……。大丈夫。きっと戻ってくるから。……大丈夫……」

 息を詰まらせ泣くリタを見上げたジェイミーは、彼女の足にしがみついて顔を寄せた――。






「……あ」

「お」

「あら」

 クルーの行き来の少ない通路でばったりと出くわす。

 アリスはタグーの隣のガイを見上げて笑い掛けた。

「一緒に付いてきたのね」

「はい」

「ガイがいると、なんだかすごく心強い」

 「でしょ?」と、タグーも苦笑した。

「僕もちょっと安心したんだ」

「ケッ、弱小ものめ」

 タグーはムッと、そっぽ向くロックを睨み付ける。

 ガイは三人を交互に見た。

「これからどうなさるんですか?」

「私は管制塔の方に行こうと思ってる。何かの熱反応を捉えるのは、感覚的に私が早いから」

「俺はグランドアレスの整備だな。それが終わったら……寝る」

「僕は格納庫の方にいるよ。ザック教官たちと一緒に作業に掛かる」

「ヒューマの技術を移行するんでしょ?」

「うん。どこまで進むかわからないけどね。クロスたちの機体も手を加えなくちゃいけないし。やることは多いよ」

「私に手伝えることがあったら言ってね」

「ありがとう。人手不足だから助かる」

「ロックもこき使っていいわよ」

「人の都合を勝手に決めるな」

「寝るヒマがあるなら働きなさいよ」

 アリスに睨まれて、ロックは「チェッ」と舌を打つ。

 タグーは少し息を吐いて二人を見た。

「……どうなるかわからないけど……力を合わせて乗り切ろう」

 アリスは「うん」と笑顔でうなずき、ロックはめんどくさそうに頭を掻いてガイを見上げた。

「ヒューマの艦はどれくらい付いてくるって?」

「三隻付いてきます。うち一隻はクロスたちが借りるようです」

「ここはケイティとサブレットが出るだろ、……ってコトは計五隻宇宙に出るってコトだな。……ま、数が多けりゃそう簡単に何者かが攻撃しかけてくるってコトはないか」

「これで攻撃しかけてくるところがあったら、間違いなくノアの番人たちの手先だろうね」

「奴らの居場所は掴めてないんだよな?」

「ヒューマが探してくれているらしいよ」

「……そういうことだけは協力するのか」

「みたいだね」

「あとは高みの見物ってヤツなんだろ? ……技術の提供だけじゃなくてちょっとくらい戦いに参加しろってんだよなぁ」

「仕方ないよ、彼らは無駄な争い事を好まないし。僕たちがいなかったら何かしてただろうけど」

「ったく。なーんか、いいように使われてるって感じだぜ」

「……確かにね」

 ロックとタグーの話を聞いて、アリスはため息を吐く。

「技術を提供してくれるだけでもありがたいと思わなくちゃ。ねぇ、ガイ?」

「はい。アリスの言うとおりです」

 ロックとタグーはお互い肩をすくめ合う。

 しばらくそこで立ち話を続けていたが、艦内放送が鳴り、離陸準備に備えるため、一緒に近くのミーティングルームへ。クルーたちと「そろそろだね」と言葉を掛け合いながら、窓に寄る。そこからノアの大地を見つめ、アリスは隣のタグーをそっと窺った。

「……リタ、泣かなかった?」

「泣くどころか……殴られたよ」

「情けねぇやつだなぁ」

 アリスの横に立つロックに呆れられ、タグーはムッと眉をつり上げた。

「リタは凶暴なんだっ。なぁ、ガイっ」

「タグーが甘やかしすぎたんです」

「教育だってばっ」

 タグーは不愉快そうに訂正し、クスクスと笑うアリスに横目を向けた。

「アリスの方こそ、ハルとはちゃんとさよならできたの?」

「……。タグー、勘違いしてるわよ」

 アリスはじっとりと目を細めた。

「ハルとは何も関係ないんだから。それに……言われたわ。……次に会う時は一発殴るって」

「ってコトは……」

「……次に会う時は絶対に逃げなきゃ」

「はは……。……ハルって……なに考えてるのかイマイチわかんないモンね」

「そんなことねぇんじゃないの?」

 え? とタグーとアリスは大地を見下ろすロックを見る。

「ハル坊は嘘がねぇんだよ。嘘を吐かないし、嘘が通じない。何考えてるのかイマイチわかんねぇってのは、そりゃ嘘を吐くのにも、嘘に騙されるのにも慣れたせいじゃないのか?」

 タグーはロックを見て「……そうだね」と窓の向こうに目を移した。

「……そうかもしれない。……。これが大人になるってコトなのかな?」

「そういうヤツに限ってガキなんだよなぁ」

「どっちもどっちね」とアリスはさらりと言い切る。ガイも「はい」とうなずいた。

 しばらくすると、少しずつ機体が揺れ出す。クルーたちみんなが窓から外を見た。

「……。……戻ってこなくちゃ……」

 アリスの言葉にタグーはうなずく。

「うん……。必ず」

 低い轟音が響き、ゆっくりと、それでも確実に地上から離れていく。クルーたちは何かを話すこともなく、ただ見つめ続けた。遠くなる大地に別れを告げるように――。






「ワープ完了。第一、第二エンジン停止」

「ヒューマ第一艦とのドッキング準備掛かります」

「電波傍受開始します」

 オペレーターたちの言葉を聞きながら、総督席でクリスは宇宙空間の状況をチェックしていく。ノアを出てすぐにワープに入り、他の艦隊と接触のない空間へとやって来た。

「……アーニー、地球の艦隊とは連絡は取れないか?」

「まったく取れませんね。完全にこちらからの通信を遮断しているようです」

「そうか……」

「続けますか?」

「……いや。労力の無駄になる。……クルーには常時厳戒態勢にて、戦闘機の改善作業に当たるように指示を出して置いてくれ」

「わかりました」

「わたしも作業に加わる。あとは君に任せるよ。何かあったら連絡をくれ」

「ええ。……あまり無理をしないでくださいよ。これからって時にあなたに倒られたら、私じゃ責任は持てませんから」

 いたずらっぽいアーニーの言葉に、周囲のオペレーターたちが少し笑う。クリスも「はいはい……」と苦笑しつつ力無く返事をしながらゆっくりと椅子を立った。

 その頃格納庫では、全員が残ったエンジニアたちと、手の空いているクルーたちが協力して作業に取りかかろうとしていた。

 作業着に着替えたタグーはガイを従えながら、クルーたちに指示を出すザックに近寄った。

「アポロンはパイロットの状態に合わせてこのままでいいと思う。あと……グランドアレスを一部改善に集中して、次にインペンドだね。インペンドたちは平均的に取り掛かろうか」

「クロスたちの機体はどうする?」

「カールたちが中心にがんばるって言ってたから、あっちはあっちでがんばってもらうよ。お互い、できるトコをやらなくちゃね。カールたちの方が早く終わるだろうから、終わったらこっちの手伝いに回ってもらえるようには頼んである。ヒューマのほうからも数人、手伝いに回ってくれるらしいから」

「重力装置をオフにして置いた方がいいか?」

「ううん。彼らがこっちに合わせてくれるからいいよ。それに……“人間じゃない姿”でウロウロされたら怖い気がするしね」

「……そうだな」

 外部ハッチの向こうで鈍い音が微かに聞こえだした。ヒューマ第一艦とのドッキングだ。

 ガイはタグーを見下ろした。

「ゲートシールドの装着はどうなっているんでしょうか?」

「ヒューマの方のシールドが結構いいのを使ってるみたいだから、そっちの技術も取り入れてみようと思う。……全機にまでは手が回らないと思うけど」

「そうですね。……わたしが手伝えることはありますか?」

「うん。たくさんあるよ。体、痛めないように作業を手伝って」

「それはタグーも同じです」

「はは。そっか」

 ザックは苦笑するタグーを見た。

「オレはエンジニアたちに指示を出して回らなくちゃいけない。ここはお前に任せていいか?」

「了解」

「……くれぐれも壊すんじゃないぞ」

 疑うように鼻先を指差され、タグーは少し目を据わらせた。

 そして、その頃管制塔では……――

「……しばらくはこのまま停滞し続けることになるだろうな」

「何か少しでも反応を捉えることができたらいいんですけど……」

「無理をすることはない。……長期戦になるだろうから」

「はい」

 空いた席でフライスが周囲の状況をチェックする。その隣りにアリスは腰掛け、強化ガラスの向こうを見つめた。

「……緊迫した雰囲気を感じるんですけど……、それは艦内の空気でしょうか……」

「そうだろう。みんな急いで作業に当たらなくちゃいけないからピリピリしている」

「……。地球とは全然連絡が付かないんですね」

「ああ。……一時帰還したクルーたちがどうなっているのか、……心配だな」

「……そうですね……。……協定がしっかり守られていれば問題はないんですけど……。どこまでそれが生きているか……」

「連邦内部でも、全ての組織がノアの番人たちと手を組んでいるわけではないと思うんだ。……誰かが悪事に気が付いてくれれば……」

「……連邦は、もう頼りにならないです……」

 アリスは悲しげに息を吐いて視線を落とした。

「……私の生徒の中でも優秀な子がいたから、その子たちから何かが送られてこないかと思ってるんですけど……」

「そうだったな。キミたちには意志の交換ができるからな」

「ええ……」

 顔を上げてモニターに映るデータを見つめ、また目の前の宇宙空間へと目を移した。

「地球からここまであまり混線している様子じゃないので、何かあったらすぐに感じると思います」

「……とにかく、彼らの無事が知りたい。……クリスも相当気にしている様子だから」

「そうでしょうね……。……けど、これはクリスのせいじゃない。……予想外の事態ですから」

「あいつは責任感が強いからな。それが負担にならなければいいと思うが……」

「……フライも気を付けてください」

「ん?」

「体調、あまり良くないって聞きましたから」

 心配げに窺うアリスにフライスは少し微笑んだ。

「薬も飲んでいるし、それは大丈夫だ」

「……その言葉は、あまり信用できないです」

「はは。……まぁ、無理はしない。……ここで倒れるワケにはいかないからな」

「キッドさん、ですか?」

 笑みを浮かべる彼女を見て、フライスは少しキョトッとする。

「……聞いたのか?」

「いいえ。キッドさんの様子を見ていればわかります」

「……そうか」

「楽しみですね」

「ああ」

 フライスはようやく笑顔をこぼした。

「彼女に似てくれるといいんだがな」

「ふふ。きっと二人に似てすごく元気な子どもが生まれてくると思いますけど」

「男の子だといいな。リタとジェイミーがいるから」

「そう言ってると、女の子になっちゃうんですよ」

「そうだな。……どっちでもいいか。元気に生まれてきてくれるなら」

「そうですね」

 優しい笑みを浮かべるフライスを見ていたアリスは、宇宙に目を向けて微笑んだ。

「……フライもキッドさんも、……ノアにいたみんなはホントに幸せそうだった。……あの雰囲気だけはなくしたくないですね……」

「……この戦いが終わったら、キミたちもノアにいるといい。……クリスはこれが終わったら、正式にこの艦隊を終艦させるらしいから」

 静かな声に、アリスは目を見開いて彼を見た。

「……そう、なんですか?」

「ああ。……この戦いがどういう結末を迎えるのかはわからないが……、ただでさえクルーたちには気の休まる暇もなかったし。地球にはもう戻れないかも知れないし。ノアでのんびりと余生を過ごすつもりなんだろう。……オレとしてはその方がいい。……あいつももう疲れてる。最後の大まとめがこれだしな……」

「……。そうですね……」

「タグーたちも今まで通りノアに残るだろうし、キミもロックを連れて残ったらいい」

 笑顔で勧められ、アリスは苦笑した。

「ロックがどうするかは私が決めるコトじゃないですよ。それに……頑固者だし。たぶん、この戦いが終わったらさっさと眠っちゃうと思います」

 冗談交じりに肩をすくめると、フライスは呆れるような笑みを向けた。

「それでいいのか?」

「……。どうでしょう……」

 寂しげな笑みを浮かべて視線を落としたが、深く息を吐いて顔を上げ、宇宙空間を見回した。

「……ロックに任せます。……あいつの人生ですから」

「……そうだな」

 言葉が途切れ、それぞれモニターを確認し、宇宙空間に目を向けていたが、アリスは「……あ」と不意に言葉を切り出した。

「そう、ロック……、ダグラス教官のお墓参りしてましたよ」

 フライスは顔を上げた。

「そうなのか? いつ?」

「ノアを発つ前に。縁担ぎだって」

「……、そうか……」

 フライスは遠くを見つめ、そして少し笑みをこぼした。

「ロックがダグラスの墓参り、か。……ダグラスのことだから気味悪がってるだろうな」

「ふふっ。あっちに行け、ヒヨッ子、とか言ってそうですよね」

「ホントだな」

 二人で少し笑っていると、「フライスさん」と、少し離れた席にいる背後のオペレーターが声を掛けた。

「内線入ってます。16番です」

 フライスはヘッドマイクの位置を整えて近くの内線スイッチを入れる。

「はい、フライス。……ああ、どうした?」

 話をしだした彼を見て、アリスは宇宙空間へと目を向けた。

 ……こんなこと、早く終わればいいのに……――

 フライスは通信を切ると深く息を吐いて椅子を立った。その気配に、アリスは「ん?」と彼を見上げる。

「どうしました?」

 フライスは不愉快そうな顔でアリスを見た。

「……格納庫に行って来る」

「……、何か事故ですか?」

「……。ああ。事故だ」

「……え?」

「……リタがいる」

 アリスは顔をしかめた。

「……ついでに言うと、ジュードたちもだ」

 アリスは「はぁっ!?」と眉間にしわを寄せ、慌てて身を乗り出した。

「ど、どういうことですかっ?」

「……カールを脅してクロスたちと一緒に紛れ込んでいたらしいぞ。さっきドッキング完了したら出てきたそうだ」

「……えっ」

「クリスたちが輸送船でノアに返そうとしたらしいが、機材庫に隠れて出てこないらしい。……行って探してくる」

「……す、すみません……」

 なんとなく肩身が狭くなって頭を下げる。

 ……あ、あいつら……!! あんなお別れまでしたのに!!

 フライスは深くため息を吐いた。

「リタがそそのかしたんだろう。……監禁室を作って閉じ込めておくよ」

「……お、お願いします」

 歩いていくフライスに、申し訳なく深々と頭を下げた――。



「リタ!! 出てこい!!」

 タグーは怒り顔で叫び、ガイを見上げた。

「ガイ! 動体反応は!?」

「ガイを使うなんてずるい!!」

 どこかからの声に「じゃあ出てこい!!」と大きく怒鳴る。

 薄暗い機材庫――。天井からの明かりだけでは隅々までを照らし出すことはできない。ただでさえ忙しい時に、「構ってられるか」とザックはタグーに全てを任せた。……任された方もいい迷惑だがそんなことを言っている場合じゃない。

 タグーは出入り口で仁王立ちしながらガイを見上げた。

「ガイ、ここに立ってて。捕まえてくる」

「鍵をかけて閉じ込めておけば、そのうち食欲に堪えきれずに観念するのでは?」

「いつ何が起こるかわからないんだから、早く見つけてノアに返さないと」

「帰らないからね!!」

 と、どこからか声が響いてくる。

「絶対に帰らない!! 帰らないったら帰らない!!」

 タグーは「ったく!」と、眉をつり上げて腰に手を置き、ため息を吐く。

「ジュード! キミたちもいるんだろ!? 出てこい!!」

「ここに残らせてもらえるなら出ます!!」

「何言ってるんだ!!」

「オレたちだってみんなの役に立ちますから!!」

「そういうことを言ってるんじゃないだろ!! こんなことするならどうして最初っから反発しないんだ!!」

「反発したって連れて行ってもらえないでしょ!!」

「当たり前だ!!」

 怒鳴るタグーの隣り、ガイはふいに斜め後ろを振り返った。フライスが呆れ気味にやってきた。

「すまないな、ガイ」

「いいえ。どうなされますか?」

 ガイが問い掛けると、タグーは不愉快げに身を乗り出しフライスに訴えた。

「隠れて出てこないんだっ!」

 フライスはため息を吐いて倉庫内を見回した。

「……リタ、出てこい」

「……。……いや!! 怒るモン!!」

「……出てくるんだ」

「……やだ!!」

「もう一度言う。……おとなしく出てこい」

「……。やだっ」

「……これが最後だ。……出てこい」

 堂々とした態度に冷静な声。――倉庫内が静かになる。

 フライスは深くため息を吐いた。

「……みんながどういう想いでお前たちをノアに残したと思っているんだ? お前たちはみんなの想いを裏切ったんだぞ。……お前たちが一緒に戦いたいという気持ちもわからないでもない。けれど、お前たちのその思い以上にみんなの想いの方が強いんだ。……意地悪じゃない。大切だから、これからを託したいからお前たちを残したんだぞ」

 タグーは淡々と言うフライスから、倉庫の方へと目を向けた。

「……ここで戦うよりも、これからを築き上げる方が大変で辛い。……お前たちは目先のことばかりを考えすぎだ。好奇心ならそれでいいだろう。けれど……真剣ならもっと先を見なくちゃいけないはずだ」

 静まり返る倉庫内。

 ガイはフライスを見た。

「輸送船の手配をします」

「……ああ、悪いな」

 フライスがうなずくと――

「あぁーっ! くっそー! かったりぃなぁー!!」

 太々しい声が近付いてくる。

「装甲を全部剥がすンだとよ! くっそー! 他にも出力機の交換とか!! こんな短時間で何ができるってんだよなーっ!?」

 ロックはすでに油にまみれた黒い格好でガリガリと頭を掻き、タグーの肩に手を置いた。

「おいっ、作業用ロボット作れよ! やってらんねーって!」

「……それどころじゃないんだよ」

 タグーは力なく首を振った。

「リタとジュードたちがこっそり乗り込んでて隠れてるんだ……」

 ロックは「へぇーっ!」と愉快そうに倉庫内を見回す。

「ってコトは作業用員が増えるってコトか!」

「……ロック、そういうことじゃないって」

「なんでだよ!? いいじゃん! ただでさえ人手不足してんだ! せっかく来たんだし手伝ってもらわなくちゃ損だろ!」

 こき使う気満々の笑顔に、タグーは呆れてため息を吐いた。

「あのね、ロック……。リタたちをノアに残そうとした意味が」

「そんなモン今更どーだっていいじゃんか! なぁフライ!」

 ロックは笑顔でフライスに近寄り肩を抱く。

「こんなトコでブツブツ言ってる場合じゃねーんだ! 早く作業終わらせなきゃ、いつ敵襲があるかわかんねーんだし!」

 な!? と相槌を問われ、フライスは目を据わらせつつ顎をしゃくった。

「ロック、あっちで作業をしていろ」

「じゃあ、下っぱ連れて行っていいんだな?」

「いいや、ノアに返す」

「せっかく来たのに!」

「……ここにいて危険が迫ったらどうするんだ?」

 フライスが睨み付ける。それを受けて、ロックは少し間を置いて苦笑した。

「いーじゃん。だって、それを承知で来たんだろ? 俺たちが何を心配しなくちゃいけないんだよ?」

「……彼らはまだ」

「クルーだろ? 立派な。リタは知らねーけど」

 フライスの不愉快そうな視線を受けてロックは肩をすくめた。

「なんなんだよ? 大人ブって。俺たち、この艦に乗ってるクルーだろ? みんな同じだ」

「……同じじゃない。彼らはまだ未熟な」

「でも、クルーだ」

「……あのな」

「なんだよ? あいつらが遊びでこんなトコに来たとでも思ってンのか? ノアの番人の奴らと戦うってのがオママゴトだと思ってやってきたとでも?」

「……そうじゃないが」

「だったらあいつらを縛る理由なんてねーだろ。自分の意志で来たんだ。それを追い返すことがどうしてできるんだよ。あついらも勝手ならお前らも勝手だ。勝手同士で何ブツブツ言い合ってンだよ。そんな時間があるなら働けよ」

 生意気に睨むロックに、フライスはため息を吐く。

 タグーは「ったく……」と呆れ気味にロックへ首を振った。

「……けど、もしホントに彼らに何かあったら」

「それはあいつらだけじゃない、みんなが同じはずだぞ」

「……。それは……」

「生きて帰らなくちゃいけないのはお前たちだってそうじゃないのかよ? お前らの話聞いてるとイライラすンだ。ここで死んでもいいからなんとか勝って、ノアに住む奴らが幸せになればって感じの言い方。すっげー腹が立つ。そういうのはな、迷惑なんだよ。恩着せがましいこと考えやがって」

「そ、そんなつもりじゃないだろ!」

 なんて言い方! と、不愉快げに、拗ねるように突っかかるが、逆にロックにギロッと睨まれた。

「じゃあ、お前とあいつらと何が違うんだよ!?」

「……、それはっ……」

「お前程じゃなくてもあいつらだってちゃんと仕事をこなせるぞ!? ハル坊とジュードなんかはクロスの機体を動かせる! 何が違うんだよ!? お前ら、みんなノアの番人をブッ潰すって目的は一緒じゃないのか!? 生きて帰るって目的も一緒だろーが!!」

 タグーは「……うっ」と身を引く。……反論する言葉が見つからない。

「こいつらの無事を願う前にてめぇの無事も考えろよ! こいつらはこいつらでてめぇのコトぐらいなんとかすンだろ! いつまでもガキじゃねーんだ! 反対されて、怒鳴られるのを承知でここに来たこいつらをお前らの心配だぁなんだぁで追い返すなら、お前らは今まで以上の覚悟を背負えよな!! あとでこいつらがいれば良かったって嘆く前によ!!」

 ロックは怒鳴り吐き捨ててズシッズシッと不愉快げに歩いていった。その背中を見送り、タグーは納得いかなげにガイを見上げる。

「……、なんか、僕らがすごく悪者みたいだ」

「……そうですね」

 ガイはうなずいて、じっと聞いていただけのフライスを見下ろした。

「どうしますか?」

 問い掛けられ、フライスは深く息を吐く。――と、倉庫の奥からゆっくりとジュードたちが現れた。彼らはフライスたちに近寄り、その手前で立ち止まる。

「……心配かけてすみません。……それは反省すべきだと思います」

 ジュードは深く頭を下げ、顔を上げた。

「けど、オレたちはここに残ります。……みんなと一緒に。……ここで最後までクルーとして戦います」

「……ここは、オレたちの家みたいなモンだから」

 トニーがそろっと不安げな上目遣いで続く。

「だから、ここに残ってみんなと一緒にがんばりたいんです……」

「足手まといにならないように気を付けるし、絶対、絶対たくさん働きます」

 ロマノは意気込みを露わにグッと拳を作った。

「ホントにがんばりますからっ」

 フライスは再び深く息を吐く。

 ハルはじっと足下に目を向けていたが、顔を上げて小さく切り出した。

「……オレたち、まだ未熟だし……役立たずかも知れないです。……けど、ここに来たのは目先のことばかりを考えてた訳じゃありません。……オレたちはオレたちで、皆さんのことが心配だったし、……一緒に、帰りたかったんです。……待ってるのは……辛いです」

 タグーは表情を消し、少し視線を落とすハルを見た。

「……何が起こるかはわからないですから……ひょっとしたらということがあるかも知れません。……けど、……オレたちはクルーですから。戦闘員なんです。……命の危険とは背中合わせだということは百も承知です。……それでも……ここに来たかったんです。……ここで、皆さんと一緒に戦いたかったんです。……クルーとして」

「オレたち、ハンパな気持ちでここに来たワケじゃないんです。……だから、残ります」

 ジュードは真っ直ぐフライスを見据えた。

「誰になんと言われても、意地でもここに残ります」

 フライスは再び深く息を吐いた。そして彼らの傍にいるリタを睨む。リタはその視線に気付くと、「……う」と少し身動いだが、後退するのを堪え、グッと足を踏ん張った。

「わ、私も残るっ。お兄ちゃんたちと一緒!」

「……お前はクルーじゃないはずだぞ」

「それを言うならタグーもガイもそうだもん!」

「……こじつけるな」

「残るったら残る! みんなと残るの!!」

 訴えるだけ訴えて、ササッとハルの後ろに回る。

 フライスは今までで一番大きく、深く息を吐いた。そして、しばらくして何も言わずに背を向け歩いていく。タグーが「フライっ?」と声をかけるが、

「……あとはお前に任せる」

 そう低く言ってその姿を消した。

 タグーは「……そんなぁ……」と情けない表情で口をへの字に曲げ、ガイを見上げた。

「……みんなして厄介ゴトは全部僕に押しつける……」

「厄介事ですか? わたしにはそうは見えませんが?」

「……へ?」

「リタはクルーの皆さんに食事を運ぶことくらいはできるでしょう。ロマノも片付けくらいはできます。ハルはエンジニアと同じ作業ができますし、ジュードとトニーも力仕事は難なくやってのけます」

「……。ガイ?」

「彼らも思考を働かせて来たのですから」

 庇っているつもりはないのだろうが、「許しては?」と雰囲気が伝えているよう。

 ガイと、そして五人のすがるような視線に射貫かれ、タグーはため息を吐いてがっくりと肩を落とした。

「……わかった。……もう僕は何も言わない。……知るモンかっ」

 投げやりに言い放つと、ジュードたちは「よし!」と笑顔で顔を見合わせた。

 ――管制塔に肩を落として戻ってきたフライスを見て、アリスは「はは……」と微妙な笑みを浮かべる。

「フライ……す、すみません」

 フライスは力無くイスに腰掛け、そしてため息を吐いた。

「……十年前のキミたちもそうだが、……、……どうして心配してるのが伝わらないのか」

 愚痴をこぼしながら目を据わらせる横顔に、アリスは苦笑した。

「心配しているのはすごくわかってます。わかってるんですけど……。……そうやって心配してもらえるのが嬉しくて、だから余計なんです。……余計にこの人とがんばろうって思えるんです。……フライ艦隊群のクルーって、そうやってみんなが集まってきてるんだと思いますよ?」

 にっこりと笑われ、フライスは「……はあ」と呆れてため息を吐いた。

「……喜んでいいのか、……複雑だ」

「喜んでください。いいクルーに巡り会えて」

 アリスは「ふふふっ」と、愉快げに笑った。











[キミたちの知っていることを教えてもらいたいんだ]

[なんのことだかわかりません!]

[これはいったいなんのマネなんですか!?]

[キミたちが登録されている艦隊は連邦の規則を犯しているんだよ]

[……そんなはずはありません!]

[キミたちクルーが関与していないだろうとは思うが……]

[待ってください! 私たちはいきなり攻撃をされたんですよ!?]

[キミたちはその攻撃を防いだんだね? どのような手段で防いだんだ?]

[……どのようなって……]

[それはどうやって作られたものだね? 発案者は? それは人間か?]

[……とういう意味ですか?]

[ここから出してください!! 宇宙安全条約に違反しますよ!!]

[答えるんだ、キミたちのいた艦隊には人間以外の何者かが一緒だったのか?]

[何を言っているんですか!?]

[キミたちは彼らに何かをされたかね? 注射を打たれたり、眠らされたり]

[なんのことなんですか!! 私たちはただ!!]

[白状するんだ。……おとなしくいうことを聞けばすぐに解放する。いいかね? わたしたちだってこんなことはしたくはないんだよ]

[キミたちのいた艦隊が問題を起こしたばかりに、クルーのキミたちにまで迷惑が。……キミたちは知っているのか? キミたちが地球に帰還されたのは、見捨てられたからなんだよ]

[反逆罪として重罪を課せられるのをわかっていて、キミたちを放り投げたんだ]

[……そんなことありません!!]

[かわいそうに。キミたちの面倒は我々がしっかりと見ることになっている。安心するといい。……だから、キミたち大切なクルーを無下に扱う艦隊が、いったい何をしていたのか、教えてくれ]

[……。私たちにはなんのことだかわからないんですっ……!]

[突然攻撃をされてっ……。何が起こるかわからないから、安全のために地球に戻ってきただけなのに!]

[ここから出してください! 家に帰らせてください!!]

[……。そうか……。……よし、わかった。……。……しかし、だ。……ファイルによると、キミたちはいずれも特殊能力が使えると記録されてある。……特殊能力とはどのように身につけたのかね?]

[……生まれつきです!]

[嘘を吐け]

[本当です!!]

[宇宙病に掛かっている可能性もあるから、キミたちには検査を受けてもらう]

[やめてください!! わたしたちはここに来る前に保健局から!!]

[さぁ、こっちに来るんだ]

[訴えますよ!!]

[訴えたければ訴えればいい]

――できるものならな。











 アリスは「っ……!!」と大きく目を見開いて息を止めた。肩を震わした彼女の傍、そっと肩から毛布を掛けたつもりだったオペレーターは「あっ……」と小さく声を上げた。

「すみません、……起こしちゃいましたか?」

 アリスは愕然と目を見開いたまま体を硬直させ、ゆっくりと、唇を震わせつつここがどこなのかを視線だけで確認する。何かに怯えるような雰囲気の彼女を心配して、オペレーターは少し首を傾げて背中を丸め、顔を覗き込んだ。

「……どうしました? 少し顔色が悪いですよ?」

 そっと伺うが、アリスの怯えた様子は変わらない。

 オペレーターは戸惑い、彼女の背中をさすった。

「……大丈夫ですか? ……医務官をお呼びしましょうか?」

 問い掛けても、震える唇からはなんの言葉も漏れず、そのうちに背中を撫でる手に彼女の震えが伝わってきた。オペレーターは「寒いのかしら」と、毛布を引っ張り上げて彼女を包み肩を抱きながら、背後で仕事をしているクルーを振り返った。

「すみませんっ……、医療スタッフを呼んでもらえますかっ?」

 彼女の申し出に、様子を察したクルーがすぐに内線を入れる。その間に別のオペレーターたちが「どうしたの?」「大丈夫?」と訝しげに近寄ってきた。

「わからないんですっ……、体が震えちゃっててっ……」

「宇宙風邪かしら?」

「熱は?」

 そっと額に手を当てたオペレーターは訝しげに眉を寄せた。

「すごく冷たくなってるっ……」

 戸惑う声に傍にいたもう一人もアリスの頬に手を当てた。

「本当だわ……、どうしたのかしら」

「そんなに寒かった?」

「薄着をしていたのかもしれないわ」

 口々に不安を漏らしていると、ドアが開いて医療スタッフとクリスがやって来て場所を空けたオペレーターたちの間、アリスの前に腰を下ろした。

「アリス?」

 クリスが怪訝に見上げて声をかけるが、アリスの方はまだカタカタと体を震わせて、定まらない目をウロウロと動かすだけ。

「安定剤を打ちましょう」

 医療スタッフが持ってきた鞄の中から注射を取り出し、クリスはアリスの肩を抱くオペレーターに目を向けた。

「……突然?」

「……はい。……眠っていたので、寒いかと思って体に毛布を掛けたんですけど、その時に目を覚まして……それからずっと……」

 クリスは戸惑うオペレーターからアリスに目を戻し、毛布の中から見えている手を握った。すぐに彼女の震えを感じ、その震えが、まるで氷水の中にでも入っていたのかと思えるほどの冷たさから来ているのだろうと認識した。

「……冷たくなってるじゃないか。……どうした? 何か感じるのか?」

 真顔で問い掛けてもアリスは何も答えない。――いや、もしかしたら凍えて答えられないのかもしれない。

 クリスが手を温めようと握り締めたり擦ったりしている間に、医療スタッフが「すみません」と断って毛布を下げてアリスの腕を掴み取り、袖を捲るが、彼女の腕がピンと突っ張っていて、肘から曲げようとしてもまるでいうことをきかない。

「……こんなに緊張していては……」

 医療スタッフが困惑していると、クリスはアリスの手を離して鞄の中からペンライトを取り出しそれを付け、アリスの目の前で左右に行き来させた。――瞳孔が反応しない。まるで意識のない状態だ。

 ペンライトを仕舞うと鞄の中から小瓶を取り出し蓋を開け、それを鼻の下に近付けて振る。途端、アリスはいきなり目を見開いて「ゲホッ! ゲホッ!!」と大きく咳き込んだ。オペレーターが背中を撫でている間に、クリスは瓶に蓋をする。

「……目を開けてる人に気付け薬を使ったのは初めてだよ」

 そう苦笑すると、心配そうに周りを取り囲むオペレーターたちを見回した。

「心配掛けたね、もう大丈夫だ。キミたちは各自持ち場に戻って」

 彼女たちは後ろ髪引かれながらも「……はい」と返事をして広がっていく。

 医療スタッフは念のため、戸惑いを露わに荒々しく呼吸を繰り返して目を見開いているアリスの脈を測り、軽い検査を始めた。

 クリスはずれて落ちた毛布を隣の椅子に置き、うっすらと目に涙を浮かべるアリスに目を戻した。

「……大丈夫か?」

「……。ク、クリス……」

「どうした? 何かあったか?」

 問い掛けにアリスは戸惑いながら視線を動かすが、検査を続けている医療スタッフを見ると、呼吸を整えながら首を振った。

「……あ、ありがとう、ごめんなさい……。もう、大丈夫だから……。……怖い、夢を見てしまって……」

 言葉を詰まらせながらも申し訳なさそうな笑顔で告げるアリスに、医療スタッフは「そうですか」と苦笑し、検査機材を彼女から外して鞄にしまっていく。そして「それでは」と、気を利かせてその場を離れる背中を見送って、心配げに窺うクリスに目を戻した。

「……ごめんなさい。……、すごく……嫌な夢を見て。……何か、変だった?」

 状況を覚えていないのだろう。

 不安げに問う彼女にクリスは少し笑みを浮かべて首を振り、まだ冷たい手を握った。

「嫌な夢って? どんな?」

「……うん。……」

 アリスは視線を落として眉を寄せ、何かを言葉にしようと口を開き掛けたが、それを止めて俯いた。

「……とにかく……酷い夢。……もう、思い出したくもない……」

 悲しげに項垂れ拒む様子に、深追いは駄目だと感じたクリスは腰を上げて肩に手を置いた。

「無理はしなくていい。……少し、部屋に戻ってゆっくり横になったほうがいいな。……何かあったら、すぐに連絡を入れて」

 気遣いを見せるクリスに「……はい……」とか細く返事をし、彼に支えられて立ち上がると、気にするオペレーターたちに「……ありがとう」とか細い笑みを向けて礼を告げ、クリスに連れられそこを出た。

 そんな彼女の状態は、すぐにケイティ内に広まった。「また何かの衝撃波を食らってしまったんじゃないか?」と。

 格納庫で休憩に入るクルーたちに飲み物を用意していたロマノは、彼らの話を聞いてすぐに作業を手伝っているジュードたちへ駆け寄った。

「アリスさん、大丈夫かな」

 不安げに目を泳がすロマノに、ジュードは「……ふう」と額の汗を拭いつつ顔を上げた。

「アリスさんがそういう目に遭うと、何か恐ろしいことでもあるんじゃないかってビクビクしてしまうな」

「ただ怖い夢を見ただけなんだろ? 大丈夫だよ」

 トニーが肩をすくめて元気よくスパナを振った。

「オレが添い寝でもしてあげよっかなー。なーんてねっ」

「……余計悪い夢を見そうだ」

 作業の手を止めることなくぽつりと呟くハルをトニーはギロッと横目で睨み付けた。

 ロマノは「んー……」とどこか納得いかない様子で首を傾げていたが、遠く、一際目立つ大きな姿を捉えると、「……あっ」と目を見開き走り寄った。

「ガイさんっ!」

 呼ばれたガイは大きな鉄板を脇に抱えたままで足を止め、傍に立ち止まったロマノを見下ろした。

「どうしました?」

「う、うん……。あの……。アリスさん、また倒れた?」

 そっと見上げて問い掛けると、ガイは首を傾げた。

「アリスですか? わたしにはそのような情報は伝わってきてはいませんが?」

「そ、そう……」

「どなたがそのようなことを?」

「みんながね、話してるの。管制塔でアリスさんが……怖い夢を見たとかどうとか。ものすごく顔色が悪かったって言ってたから、何かあったのかなって思って。……ガイさんのトコに話が来てないなら、大したことないのかな……」

 心配げに少し視線を落とすロマノをじっと見つめ、ガイはしばらく間を置いて「少々お待ちください」と断って歩き、指定の場所へ鉄板を置くと戻ってきた。

「様子を見に行ってみます。どこにいるかご存知ですか?」

「ううん。……知らない」

「わかりました。オペレーターの方に聞いてみます」

 では、と、さっさと歩いていく、そんなガイの背中をロマノは振り返り、慌てて追いかけた。

「ガ、ガイさん、私も行くっ」

 ガイは歩く足を止めることなく後を付いてくるロマノを振り返ってうなずいた。途中、内線で管制塔に連絡を入れ、アリスが個人部屋に戻っていることを確認して足早にそこへ向かう。

 ロマノはソワソワと目を泳がせ、斜め後ろからガイを見上げた。

「この前のことがあるからすごく心配。……また寝込んじゃうのかな?」

「大丈夫でしょう。……ただわたしが気に掛かるのは、夢の内容ですね」

「……内容?」

 キョトンと繰り返すと、ガイは足を止めることなく「はい」とうなずいた。

「アリスほどの特殊能力の持ち主ならば、あなた方人間が無意識のうちに見てしまう夢というものにもなんらかの影響があるのではないかと思います。特に今はこのような時期ですから。……アリスの場合、何かが生じても自らの内に閉じ込めてしまう傾向が強いので、できる限り、感情を吐き出させたほうがいいでしょう」

 淡々と語るガイの背中を見上げて、ロマノは「……。うん」とうなずき、そのまま踏み出す爪先を見つめた。

「……アリスさん、……無茶しなければいいんだけどな……」

 呟く声に、ガイは軽く彼女を振り返った。

「あなたはなぜ、アリスをそんなに心配するのですか?」

 不意に問われてロマノはガイを見上げ、「……はは」と情けなく笑った。

「んー、なんて言うか……、お姉さんみたいな感じ。優しくて、いつも気にしてくれて。……あんな年上の人、初めてだから。だからね、……んー……、失いたくないんだ。これからも、仲良くしていたいんだ」

 どこか照れるような明るい声に、「……そうですか」とガイは返事をした。

「アリスもきっと同じです。いつまでも仲の良い親密な状態を保っていてください」

 どこか堅苦しい言葉にロマノは少し吹き出し、「了解」と、愛想よく背中にうなずいた。

 居住区画にあるアリスの部屋に来ると、ガイが呼び鈴を鳴らす。少し間を置いてドアノックが外れ、自動でそこが開かれたが、廊下に立つ二人を見てアリスはキョトンとした。

「……珍しい組み合わせね」

 どこか訝しげな顔で「どうぞ」と道を空けて中に通す、見た限り平気そうなアリスに、ロマノは早速にじり寄った。

「アリスさん大丈夫なのっ? なんともないのっ?」

 心配さを剥き出しにしてジロジロと目で確認しつつ迫るロマノに、「……え? な、なに?」と、アリスは戸惑って後退し、壁に背を付けた。

「聞いたよっ、クルーの人たちが、アリスさんの顔色が悪かったって話してたんだからねっ」

「……ああ、うん。……ちょっとね。もう大丈夫よ」

 ニッコリと笑顔で答えるが、「それより……」と、逆に今度はアリスはロマノに詰め寄る。

「あなたたち、よくも勝手なマネをしてくれたわね?」

 鼻先を指差されながら睨まれたロマノは「……しまった!」とヤバげに目を見開いた。まだ「ごめんなさい」してなかったっけ!!

 「あ、あのっ、そのぉっ」と、うろたえて目を逸らし、なんとか誤魔化そうとするロマノにアリスは「ったく……」と目を据わらせため息を吐く。ガイは二人を交互に窺っていたが、その顔をアリスに向けた。

「体調はもうよろしいのですか?」

 アリスはガイを見上げると、少し微笑んで見せた。

「うん。ちょっと居眠りをしていてね、……怖い夢を見てしまったの。現実がどっちかわからなくなっちゃって、みんなに心配を掛けたみたい。……もう大丈夫よ」

「どのような夢だったんですか?」

「んー……まぁ……大したことじゃないから」

「でしたら言えるはずです」

 笑顔で言葉を濁すが、無表情な鉄仮面で催促されるとなんとなく心苦しい――。

 アリスは肩の力を抜くと同時に深く息を吐き出した。

「……大したことないのよ、ホントに……」

 軽く首を振って視線を落とすと、間を置いて小さく切り出した。

「……クルーの子や、候補生の子たち、みんなが……、……捕虜になった夢を見ただけよ」

 深刻そうに目を細められ、ロマノは少し眉を寄せた。

「……捕虜?」

「あ、夢だから気にすることはないわよ」

 不安げな空気を感じて、アリスはすぐに笑顔で首を振った。

「生徒たちのことが心配だったから……、気にしすぎて嫌な夢を見たんだと思うの。だから、心配しないで」

 ね? と相槌を問われ、ロマノはなんとか笑顔を取り繕うとして笑えず、目を泳がせた。

 ガイはピクリとも身動きせずにアリスを見ていたが、首を傾げていた頭を真っ直ぐに伸ばすと、やはり無表情なその顔で言葉を発した。

「本当にそう思いますか?」

 アリスは「……え?」と、表情を消して彼を見上げた。

「夢か現実かわからなくなるほどのものを、そう簡単に片付けられますか?」

 真っ直ぐなガイの顔を見つめていたアリスは少し目を見開いて唾を飲み、感情を隠すようにそっと目を逸らした。

「……そうね。……気にならないわけじゃないわ」

 答えながら部屋の奥へ赴き、備えられているベッドに近寄る。ガイとロマノもその後を付け、彼女がベッドに座るとロマノは近くにあった椅子に、ガイは壁際に立つ。

 アリスは軽く背中を丸めて膝に肘を付き、手を組んでそこに視線を落とした。

「……リアル過ぎて怖かったの。……でも、それがなんなのかは誰にもわからないし、確かめようがないでしょ? ……夢だと信じたい。……、……夢であって欲しい……」

 願うように声を細めて段々と俯くアリスに、ロマノは困惑げに眉を寄せて視線を斜め下に向けた。

 彼女は不思議な力を持ってる。“ただの夢”をこれだけ気にしているということは……――

「捕虜になっただけですか?」

 ガイの質問にロマノは顔を上げ、アリスに目を向けた。アリスはじっと顔を下に向けたままで何も答えない。

「アリス、大事なことです。クルーたちは捕虜になっただけですか?」

 声は単調だが、急かすような雰囲気にロマノは心音を速めた。

 ガイが「アリス」と、再び名を呼ぶと、アリスは更に背中を丸めて項垂れた。

「……いろいろ、話を聞かれてた。……いろいろ……」

 力のない声に、ロマノは目蓋をピクッと動かして訝しげに眉を寄せた。

「……尋問、されてた。……クルーたちに、地球へ帰還されたのは……私たちが見捨てたからだ、って、言ってた……」

「誰ですか?」

「……わからない。……スーツ姿とか、軍服とか……。……地球人は地球人だけど……」

「連邦の人間ですか?」

「……。この艦のことを、いろいろ聞いてた。……ゲートシールドのことも、……この艦に、地球人以外の何者かが乗っていなかったかってことも」

 ロマノは顔をしかめて軽く首を傾げた。……地球人以外の、って――

「……クルーたち、みんな……何も知らないって、言ってた。……早く解放して欲しいって。……けど、解放されなかった」

 項垂れているアリスの背中が微かに震えだし、それに気付いたロマノは少し目を見開いた。

「……ライフリンクの候補生たちが、別室に連れて行かれた。……そこでまた、質問されて……、特殊能力があるのは、何者かに力を授けられたんじゃないのかって、言われてたわ。……あの子たち、みんな……、……人間だって反発してた。……。……人間だ、って……」

 声が震え、組んでいた手を解くとその両手で顔を覆う。ロマノは悲しげに顔を歪めて近寄り、隣りに腰を下ろすと震える肩を抱いて優しく撫でた。

 アリスは少し鼻をすすって小さく息を吐くと、ロマノに支えられながら静かに続けた。

「……そのあと、……ライフリンクの子たちだけ、また別の所に移動された。……強引に連れて行かれて……。……」

「……アリスさん……」

「……。閉じ込められたの。……白い部屋に。……何もない部屋だった。……。……みんな固まって……怖がって……。……。扉が開いた。……、奥から誰かがやってきて、嫌がるみんなを一人一人連れて行った。……油と、鉄の匂い……。……暗くて。……けど、ぼんやりと光ってる……。……」

 顔を覆う手が震え出す。

「……たくさん……。……たくさんある。……ぼんやりと光ってる……、……人が一人入れるほどの……カプセル……」

 ガイは少し顔を動かした。

「みんな……閉じ込められて……。……ここから出してって、叫んでた。……何が起こるのか、わからなくて、怖くて……。……泣いてる子もいた……。……諦めてる子も……祈りを捧げる子も……命乞いする子も……。……寒くなって……。……一瞬のうちに、冷たくなってしまった……」

 語尾を小さくしながら体を丸める。ロマノは戸惑いアリスを抱きしめ、焦り気味にガイを見上げた。ガイはどこかをじっと見ていたが、二人の方を見て言葉を発する。

「それはクリスかフライスには言いましたか?」

 アリスは少し間を置いてゆっくりと首を横に振った。

「アリス、あなたはわかっているはずです。その現実は黙っていることじゃありません」

 ロマノは大きく目を見開いて困惑げに少し身を乗り出した。

「げ、現実じゃないよっ? 夢だよっ?」

「そのカプセルがなんなのかわかっているはずです。それがもたらす危険も。それを黙っているということは、皆さんを危険に曝すことなるのですよ?」

 否定するロマノを無視して、ガイはロマノの腕の中で震えているアリスに続けた。

「あなたは誰よりもあの恐ろしさを知っているはずなんですから。そのあなたがここで怯えていてどうするのです?」

 ロマノは表情を変えないガイの刺すような言葉にためらいながら、それでも何かを庇うように口を尖らせて首を振った。

「ゆ、夢で見ただけなんだし、怖い夢を見たら誰だって怖いよっ。それに、現実じゃないんだからっ」

「クリスに報告してきます」

 ロマノの必死にすがる言葉を遮り、ガイはそのまま静かに部屋を出ていった。ロマノは「……もぉっ」とふてくされ、体を震わせるアリスの背中を撫でた。

「アリスさん、気にすることないよ。……ガイさんもあんな言い方しなくったっていいのにっ」

 愚痴をこぼすが、腕の中、背中を丸めたままで首を横に振ったアリスに、ロマノは「……え?」と目を見開き、戸惑って目を泳がせた。

「……アリスさん? ……。……え? ただの夢なんでしょ? ……そうなんでしょ?」

「……。……信じたく、なかったの……。……信じたくなかった……」

「……」

「……。……あの子たちの泣き声が耳から離れない……!!」

 体を強張らせると同時に大きく吐き出し、顔を覆っていた両手で耳を塞いで声を漏らし泣く。

 ロマノは彼女の震えが伝わる腕を解くことなく、愕然と「……まさ、か……」と呟いていた。そして、ハッと気を取り直すと、すぐになんとか笑みを取り繕ってアリスの体を強く抱いた。

「で、でもっ、そんなっ……、夢でしょっ? 夢だったんでしょっ? 夢だったのにっ……」

 ロマノは何かを否定しようと必死に言葉を掛けていたが、不意に声を切らした。

 ――彼女が候補生たちから慕われていたことは知っている。自分もそのひとりだから。その候補生たちの最期を見てしまったのなら……

 ロマノは呆然と俯いていたが、鼻の奥が熱くなり、視界がぼやけると、何度も瞬きを繰り返しながらアリスの背中を撫でた。

 無口になって、ただ背中を撫でる。そんなロマノの沈んだ空気を感じてか、アリスは鼻をすすり、深く息を吐いた。

「……ガイの言うとおり、……しっかりしなきゃ、いけなかった……。……。こんなところで、メソメソしてる場合じゃなかったね……」

「……。そんなことない……。……メソメソしたくなる……」

「……ふふ。……ごめん。……、……もう、大丈夫」

 小さく笑い、声にも明るさが戻るが、ロマノは悲しげに目を細め、それを否定するように首を横に振った。

「……大丈夫なワケない。……。そんなわけ、ない……」

「……」

「……、みんな……、……助けられない……?」

「……そう、ね……。……たぶん……、……、ううん……、もう、……駄目、みたい……」

 背中を丸めたまま、耳を押さえていた両手を下ろし、また顔を覆った。

「……私、……ホント情けない。……情けないっ……」

 強く自分を責める声に、ロマノは悲痛に顔を歪めて首を振った。

「何言ってるの? そんなことないよ。全然そんなことない」

「……大切なものを、どうして護れないんだろ……。……どうして、護ることができないんだろ……。……いつも、何もできない……。……何もできないで……。……私の力は、なんのためにあるの……。この力で、みんなを救えて、たら……」

 自責の念に駆られているのか、怒りにも似た口調で肩を震わせるアリスに、ロマノは「……ううん」と首を横に振った。

「でも、アリスさんは……私たちを助けてくれたよ?」

「……」

「私たち……私やジュードやトニーやハル……、アリスさんが助けてくれたから、私たち、ここにいるんだよ。……他のみんな、いなくなっちゃったけど……、でも、私たちはアリスさんに助けてもらった。……アリスさんが持つ、特別な力なんてものには頼ってない。……私たちが頼ったのは、アリスさんだから。……だからね……その力があるのに誰も救えないとかって、考えないで。……上手く……言えないけど」

 ロマノは俯いて、少し視線を落とした。

「……施設でね、誰かが先生に体罰受けてた時……、怖くて何もできないのに、後でね、すごく後悔するの。……もしかしたら、あの時先生にやめてって言えたら、あの子はひどいケガをしなくて済んだのかも知れないって。……だから、次こそはがんばって先生にやめてって言おうって。……けどね、ジュードはそれをしちゃ駄目だって言うの。……それを言って、もし、私に矛先が向いたらどうするんだって。……私じゃどうせ堪えられないんだからって。……言われた時、すごく……イヤだったの。じゃあ、黙って見てなくちゃいけないのかなって。……見てろって言われたよ。……見てるだけでもいいんだって。……でもね、代わりにね、ジュードがやめろって言ってくれた。ジュードは……ケガしちゃったけど……」

 ロマノは情けなく笑い、目を細めた。

「……私は、見て、それを忘れないようにする役目。……ジュードは逆。……反発して、痛みに堪える役目。……トニーはね、いろいろ見つけたら教えてくれるのが役目。……ハルは、ケガした子とか寂しそうな子を慰める役目。……みんな、役目って決まってるのかも知れないね。……ん……と、……、アリスさんはね……、……私と同じで、見て、忘れないように……それをバネにする役目。……。バネにしちゃいけないか。……んーと……、見て、忘れないように……優しさに変える役目。……私の場合は、見て、忘れないように……、やっぱり怖がるだけ。……ここが違うんだね、うん。……、……あ、なんかワケわかんないこと話してるねっ」

 慌てて顔を上げると、ロマノはセカセカと目を泳がせた。

「ん、んーとっ、だからつまりっ……、そのっ……。……何もできない人なんていないんだよっ。みんな、役目があるのっ。だからねっ、えーとっ……、……そう! みんなでノアの番人をギッタンギッタンにしちゃうんだ!!」

 グッ! と勢い付いてニヤリとしめた顔で拳を作るが、途中でキョトンとした。

「……あれ? なんか……話が変わってきてる?」

 訝しげにパチパチと瞬きを繰り返す、まるでひとり芝居でも演じているようなロマノに、アリスは「……プッ」と吹き出し笑った。そして、手で頬や目元を拭うとゆっくりと顔を上げて目を細め、足下を見つめながら小さく笑みを浮かべた。

「……ありがとう、ロマノ……。……そうね、……ノアの番人を叩き潰さなくちゃね。……やらなくちゃ」

「う、うんっ」

 うなずきながらも「……これでいいんだっけっ?」と心の中で戸惑う。

 アリスは深く息を吐き出すと、ゆっくり立ち上がった。

「……クリスの所に行ってくるわ。……見たことを全部話さなくちゃ……」

「……、大丈夫?」

 遅れて立ち上がって心配げに問い掛けると、アリスは目を赤くしたまま振り返って微笑んだ。

「うん。……泣いてスッキリした」

 ――それでも悲しげな笑顔。

 ロマノは直視できずに目を逸らして「う、うん……」とうなずいたが、「……ロマノ」と声を掛けられて顔を上げた。

「……、あなたたちは、絶対にいなくならないでね」

 真剣に願うアリスをじっと見つめて、ロマノは笑顔で大きくうなずいた。

「大丈夫! だって、私たちここのクルーだもん!!」

 なんの根拠もないが、元気のいい返事にアリスは少し笑い、「……行きましょ」と二人で一緒に部屋を出た。途中まで肩を並べて歩くが、お互い特になんの会話もなく、アリスは司令塔にいるだろうクリスの元に向かい、ロマノは再び格納庫へと向かいながら俯いた。

 ……アリスさんがあんなに泣いちゃうなんて……。なのに、私ったらなんであんなことしか言えなかったんだろーな。……うーっ、何言ったのかもよく覚えてないしっ。……サイアクっ!

 口を尖らせ、心の中で「私の馬鹿っ!」と叱責しながら「ハァ……」とため息を吐く。

 ……私にも、力が欲しいな……――

 トボトボ一人で格納庫に戻り、中断させていた手伝いに再び取り掛かろうとした時、グイッと首根っこを掴まれ引っ張られ、息苦しさに慌てて後ろを振り返った。

「休憩はとっくの昔に終わってるのに、どこに行ってたんだよ?」

 目を据わらせ睨みながら、ジュードは襟首から手を下ろした。

「心配しただろ。……ヒューマにさらわれたんじゃないかって」

 冗談か本心か。その意図は掴めないが、ロマノは「はは……」と少し情けなく笑った。

「ご、ごめーん。ちょっと……アリスさんのトコ行ってた」

「呼び出し食らったのか?」

「う、ううん。そういうんじゃないけど……」

「あっ、いたいたーっ」

 トニーとハルがやって来て二人の傍で止まると、トニーは早速ロマノの頭を軽く弾いた。

「どこ行ってたんだよっ。探しただろっ!」

「ご、ごめーん」

 頭を撫でつつ口を尖らせて謝る、そんなロマノにジュードは腕を組んで首を傾げた。

「それで、アリスさんのトコって? 大丈夫だったか、アリスさん?」

「ん? んー……。まあ……、ね」

「なになにっ? すっげー気になる!」

 言葉を濁して俯くと、トニーが訝しげに身を乗り出す。

 ロマノは「んー……」と視線を上に向けると、微妙な笑みを浮かべた。

「えーと……、アリスさんが怖い夢を見て、……怖がってたからちょっと慰めてたの」

「どんな?」

「……。え、と……。うーんと……。怖い夢……」

 また有耶無耶にして目を逸らす彼女に、ジュードとトニーはじっとりと目を細めた。

「なんだ? オレたちには言えないことなのか?」

「そうだよっ、白状しろよっ」

 ロマノは二人の迫力に「うっ……」と息を詰まらせて背中を仰け反らせ、ハルの後ろにサッと隠れてそこから顔を出した。

「だ、だって……その……」

 ハルはゆっくりとロマノを振り返った。

「……で、どんな夢だって?」

「ハ、ハルまでーっ」

「……慰めなくちゃいけないほどの怖い夢って……なんだ? ……気になる」

「だ、だからーっ、……そのー……。……つまり……」

 三人に「ほら言え! 白状しろ!」と目で脅され、ロマノは少し首を縮めた。

 教えたいが、言ってはいけない気がする。さすがに口外しちゃいけない気がする。

 そんなためらいを見せていると、

「そこの下っ端共!! サボるんじゃねぇ!!」

 四人固まるその姿を見つけたザックに遠くから怒鳴られ、四人はビクッと肩を震わせ、ジュードは「はい!」と返事をしてロマノを睨んだ。

「あとでちゃんと話してもらうからなっ」

「け、けどー……」

 「けどはナシっ」と、トニーは指差し念を押して走っていく。ジュードもその後を追いかけた。

 ハルは二人の背中から、がっくりとため息を吐くロマノに目を向けた。

「……で、夢って?」

 まだ問い掛けるハルに、ロマノはキョトンと見上げ、頬を引きつらせて笑った。

「ハ、ハル? 作業に戻らないと怒られるよ?」

「……怒られるから早く教えて欲しい」

 そこから動こうとする気配がない。このままじゃあ、ザックからまた怒られるだけだ。

 ロマノは観念して深くため息を吐いた。

「……あんまりみんなに言わないでね?」

「……うん」

「……地球に帰ったみんなが、捕虜になって……死んじゃった、って……」

「……」

「……ライフリンクの候補生たちが死んじゃうのを……見た、みたいなの、ね。……夢なんだからって思うんだけど……夢じゃないみたい。……総督とお話しするって言ってた。……すごく泣いてたの。……なのに私、全然ね、上手く慰めができなくてね、……ああ、なんでもうちょっとマシなことが言えなかったのかなー」

「……それ、ロックさんたちは知ってるのか?」

「んー……どうだろ。ガイさんと一緒に行っただけだから。……知らないと思う」

「……うん。わかった」

 そううなずいて歩き出す。ロマノは顔を上げると「ハルッ」と声をかけ、彼が振り返るとためらいがちに目を泳がせて切り出した。

「あの……ね、……アリスさんが、……絶対にいなくなるなって……そう、言ってたよ……」

 ハルはしばらく間を置いて「……うん」とうなずき歩いていった。特になんの反応も見せなかった彼に、ロマノはがっくりと項垂れて深く息を吐いた。











 ――“光の柱”に対する警戒が強まっていた。

 緊張した雰囲気が強まる中、作業は進み、その結果を知るためのテスト飛行も随時行われている。

 管制塔の強化ガラスの向こう、厳戒令の中、飛び交う機体を見つめながら床に座っているアリスは膝を抱えた。

 ……あの夢を見てから地球時間の二日が過ぎた。その間何もなく、ただ作業のためだけに忙しなくクルーたちが動いている。

 もし、あの夢がライフリンクの候補生から送られたものなら……また何かが送られてくるかも知れない。……できるなら、助けを求める何かであって欲しい。……場所を教えて欲しい。そう強く願うが、それはずっと届かずにいる。

 インペンド、そしてアポロンとグランドアレスがテスト飛行で交わり、光剣ライトソードを振りかざす度にその光に視界を奪われる。たまにダーグバロンがふざけて管制塔の窓まで近寄ってきて覗き込むようにそこでピタっと止まり、その度に背後の席にいるフライスが「あっちに行け!!」と通信で怒った。アリスは「……馬鹿ね」と苦笑するだけ。

 ――昼時になると、席を外せないみんなのために「お食事でーす」と、リタが人数分の食事を運んでくる。それぞれのデスクに「どうぞーっ」と笑顔で差し出すと、オペレーターたちは「ありがとう」と笑顔で礼を告げてしばらく休憩を取る。

「はい、パパ」

 フライスはデータモニターをじっと見つめていたが、開いているデスクに食事を並べ置くリタに目を向けると軽く眉を上げた。

「みんなに迷惑はかけてないか?」

「いい子にしてるでしょーっ」

 今までの行動のせいでみんなからマークされているのはわかっている。だからこそ、常におとなしく、常に逆らわずに言うことを聞いている。リタが頬を膨らませると、フライスは少し笑って「アリスはあっちだ」と軽く目で差した。リタは「……もうっ」と口を尖らせ、アリスの分の食事を持って強化ガラスの前へ赴く。

「アリスお姉ちゃん、お食事でーす」

 愛想のいい声に、アリスは傍に立つリタを見上げて微笑んだ。

「ありがとう、リタ」

 受け取って足下にそれを置くと、またガラスの向こうを見つめる。

 リタは「んしょ……」とアリスの隣りに腰を下ろして膝を抱えた。

「何か感じる?」

「ううん。……とくには何も」

「私はいっつも感じてる。……監視するような視線」

 背後からの気配に目を据わらせると、アリスは少し笑った。

「贅沢言わないの」

「アリスお姉ちゃん、ママみたい」

「そう?」

「作業場に行ったら行ったでみんなに邪魔者扱いされるし。私だって作業のひとつやふたつ手伝えるのに誰も信じないんだよ?」

「仕方ないわね」

「ぜーったい納得行かない」

 リタは不愉快げに頬を膨らませるが、ガラスの向こうを横切ったグランドアレスを見てため息を吐いた。

「ロックお兄ちゃん、グランドアレスがちょっと軽くなったからって大喜びだよ。キーファーさんは、アポロンをもっと速くして欲しいって駄々捏ねてるみたいだし」

「アポロンをあれ以上速くするのは危険だわ……」

「みんなそう言ってるんだけどねー。ハル兄ちゃんが言うには、キーファーさんは自惚れが強いから一度死んでもらえばいいんだって。バカは死ななきゃ治らないって」

「……。そういうこと言っちゃ駄目よ」

「ハル兄ちゃんが言ってたんだもん」

 あっけらかんとした顔で肩をすくめるリタに、アリスは「……はあ」とため息を吐いた。その時のハルの様子が目に浮かぶようだ。

「ジュード兄ちゃんたちもカールたちの機体を借りて乗るんだって。今、調整に入ってる」

「……そう」

「アリスお姉ちゃんはどうするの?」

「……どうって?」

「またディアナに乗るの?」

 コホン、と背後からの咳き込みに、アリスは少し苦笑した。

「……乗らないわよ。……乗っちゃ駄目なんだって」

「ふーん……。じゃあ、ここでお留守番?」

「インペンドにライフリンクとして搭乗することになると思うわ」

「じゃあ、タグーはエンジニア?」

「さぁ、どうだろうね」

「いいなー。私も乗りたいなー」

 コホン! と再び咳き込まれ、リタは目を据わらせると、アリスにそっと寄り添った。

「前に一度ね、カールを脅してクロスの機体を動かしたことがあるんだよ」

 囁く声に、アリスはキョトンとし、目を据わらせた。

「……リタ?」

「簡単だった。私、パイロットの素質もあるのかもしれないね」

「……。けど、あなたはここでお留守番してなさい」

 厳しい表情で命令されて「……チッ」とリタは舌を打ち、再び窓の向こうを見つめるアリスに首を傾げた。

「アリスお姉ちゃんって、いつもここにいるの?」

「……そうよ」

「……。退屈しない?」

「……そんなこと言ってる場合じゃないからね」

「そう? ……私だったら、ずーっとこんなトコにいたらお尻痛くなっちゃってすっごくイヤ」

 素直な言葉にアリスは少し笑うが、その目は真っ直ぐを向いているだけ。リタも同じようにガラスの向こうを見つめる。

 ――しばらくそのまま沈黙が続き、リタは「……はあ」とうんざり気味に肩の力を抜いた。

「やーっぱり退屈っ」

 アリスは少し苦笑した。

「お仕事に戻ったら?」

 そう勧めるが、「んーっ……」と、何やら不満げに考え込む。

 アリスは居座り続けるリタをチラリと横目で窺って笑みを浮かべ、再び宇宙空間を見つめて目を細めた。

「……静かね……」

「全然静かじゃないよ。みんな、ブンブン飛んでるし」

「……見た目じゃなくて……空気よ」

 アリスはそう答えてゆっくりと立ち上がり、ガラスに近寄った。目の前を過ぎる機体たちを目で追うことなく、どこか遠くを見つめる。リタも立ち上がって傍に寄ると、ガラスに両手を付けた。

「空気、ねぇ……。……けど、静かなのはいいよ。静かじゃなかったら大変だもん」

 ガラスに顔を近付けて目を凝らし外を見回していると、突然、上からグランドアレスが現れ、「うわ!!」と驚いてアリスの背中に隠れた。

 アリスは「ったく……」と目の前に停滞するグランドアレスを睨んで腕を組む。

 リタは心臓をドキドキさせながら後ろから顔を出した。

「な、なにしてるの、ロック兄ちゃん」

「……さっきからよく覗きに来るのよ」

 呆れてため息を吐くが早いか遅いか、背後でフライスが「管制塔の前に来るなって言ってるだろう!!」と怒った。グランドアレスは「はいはい」と応えるようにそこから上昇していなくなる。リタはホッとして背中から出てきた。

「……ロック兄ちゃん、やることがホント、ムチャクチャだね」

 「困った人だ」と言わんばかりに首を振るリタにアリスは少し笑い、鼻から息を吐いて気を取り直し、ガラスの向こうへ再び目を向けた。――瞬間、ゾッと腕に震えが走った。間近にいたリタにもその雰囲気を感じ取り、「ん?」とアリスを見上げた。

「……アリスお姉ちゃん?」

 アリスは目を見開いて咄嗟にフライスを振り返った。

「フライ!! 何かが来るかも知れない!! 嫌な感じが……!!」

 そう訴えるように身を乗り出すと同時に、外部感知センサーが警告音を発する。一気にオペレーターたちが慌ただしく情報を収集しだした。

「クリス!! 前方で磁場の歪みがある!!」

 フライスがすぐに内線で伝える。

 一瞬にして緊張が走るその中、リタはうろたえながらアリスの服を掴んで寄り添い、アリスは強化ガラスに手を付いてどこかを凝視した。すぐに警報が至るところで鳴り始め、宇宙空間で飛び交っていた機体たちにもなんらかの連絡が入ったのか、一斉に戻ってくる。



「熱量確認!!」

「前方広範囲にて何かがワープしてきます!!」

 オペレーターたちの慌ただしい声にクリスはモニターとデータを見比べる。

「シールドディスチャージ!」

「艦隊が現れました! 戦闘機は見られません!!」

「艦艇三隻! 中央が母艦だと見受けられます! 砲撃口確認!」

「総督! クロスから通信が入ってます!!」

 クリスが「繋げてくれ!」と伝えると、すぐにモニターにカールの顔が浮かんだ。

《ウッス! 見えてるッスか!?》

「どこの艦かわかるか!?」

《アーサーの話じゃ、アレは間違いなくノアの番人たちの艦らしいッスよ!》

 言葉を聞きながらクリスは外部モニターに映る三隻を見た。

《アーサーたちが交信を試みるって言ってるッス!》

「しかし……!」

《アーサーたちも交流が途切れてから彼らがどうなったのか気になってるッス! 話し合いで解決するなら、穏便に済ませたいようッス!》

 確かに、話し合いで済めばこの上ない。しかし……上手く行くとは思えない。

 クリスは歯がゆさを感じながらも「……わかった!」とうなずいた。

「それまでこちらは手出しはしない! アーサーに伝えてくれ!」

《了解ッス!》



「アリス!」

 フライスはデスクから身を乗り出して、強化ガラスの前に立ち尽くすアリスを見た。

「あの艦には……!」

 リタは言葉を切らすフライスからアリスへと目を向けた。

 アリスは少し間を置いてゆっくりと首を横に振る。

「……あそこにはみんなはいない……。……感じない……」

 フライスはうなずくとそのことをすぐにクリスに伝える。

 けたたましく警報音が鳴り響き、リタは顔を歪めながらアリスを見上げた。

「……これからどうなるの……?」

「……。わからない。……リタ、シェルターに避難して置いた方がいいわ」

「ヤダっ。ここにいるっ」

 ギュッ、と服を掴む。アリスは「駄目よ」と険しい顔で彼女を見たが、その視界の片隅に何かが映り、そちらへと顔を向けた。

 みんなが固唾を呑んでモニターを見つめる中、対面の艦隊から、続々と小型戦闘機が現れだした。

 アリスは目を見開いてフライスを振り返った。「どうするの!?」という切羽詰まった視線に、フライスは真顔で正面を睨み付けた。

「……出方を見よう。……相手次第だ……」

 リタはフライスからアリスへと目を向けた。……やるせない表情で歯を食いしばっている。

「……交信を傍受してくれ」

 フライスの言葉にオペレーターが「了解」とスイッチを入れる。すると、すぐにわからない言葉がスピーカーから流れ出てきた。――ヒューマの言葉だろうか。諭すかのように優しく言葉を続けている。

「……何言ってるんだろ……」

 リタが不安げに目を泳がす。

「……説得してるのかな……?」

「……雰囲気的にはそんな感じよ……」

 ヒューマ側の言葉が終わると、間を置いて違う声が発せられる。しかし、ヒューマと同じ言葉だ。

「……ノアの番人かしら」

「……ヒューマの言葉をしゃべれるんだね……」

「……逆を言うと、それだけヒューマとの交流が深かったってことよ。……技術力もどれだけ盗んでるか……」

 真剣なアリスの声に、リタは「そ、そっか……」と真っ直ぐを見つめた。

 彼らが何を話しているのかわからないまま、時間が過ぎていった。お互い冷静なようで、言葉の節々に企みを含めているのがわかる。時に脅すような低い声。そして時に馬鹿にするような鼻に掛かる笑い声――。それらの多くがノアの番人側からのものだ。ヒューマ側はとても冷静だ。

 内容を掴めずに、みんなが不安な時間を耐えていた。この後、どうなってしまうのか。上手く説得できるのか。――その時、ノアの番人側の戦闘機が動き出した。艦に戻るんじゃない。「どうしたんだ?」とみんなが凝視する中、ミサイル口に何かが見え、それを捉えたアリスは咄嗟にリタの腕を掴んで押しやった。

「シェルターに避難していて!!」

 悲鳴のようなその言葉が終わるか終わらないかのその時、閃光が襲って「!?」とみんなが声を上げる間もなく顔を背けた。どこかから低い爆撃音が聞こえ、目を向けると、ケイティのシールドが波打った後。それをきっかけに、ノアの戦闘機が旋回しだし広がりを見せた。



「砲撃手待機!! 艦艇接近者には射程距離範囲内に限り警告射撃を!!」

「了解!」

 慌ただしくなってきた司令塔内、オペレーターたちに指示を出しながらクリスは送られてきたデータを素早く目で追った。その視線が止まり、内容を頭の中で確かめる。

「……アーニー!! この情報は確かか!?」

「間違いありません!! 外見は多少食い違ってますけど一致しています!!」

 クリスはすぐに内線のボタンを押し、「アリス・バートン! アリス・バートン!! 至急司令塔へ!!」そう言って切ると、顔を上げた。

「ゲートシールド準備!!」

「了解!」

 強化ガラスの向こうで再び閃光が走り、一瞬怯むが、すぐに任務に掛かる。

「カール! ヒューマの様子はどうなんだ!?」

《ウッス! 話し合いを持ち掛けたけど無理だったみたいッス! クリスさんたちとノアに住む地球人の身柄引き渡しを要求されたッスけど、アーサーが断ったッス! 話し合いの場所を用意するって言ってるンすけど、相手が聞かないッスよ! どうするッスか!? こっちはいつでも出撃出来るッス!! アーサーの情報だと、あっちも無人機ッスよ!! ヒューマの技術を盗んでるッス!!》

「待機していてくれ!!」

 遠く、そして近くで威嚇するように爆撃され、それぞれのシールドでそれらを弾く。それでも、衝撃と閃光が襲い、精神的なストレスを感じる。オペレーターたちが「出撃の命令を!!」とすがり振り返るが、「まだだ!!」と、クリスは真顔でそれを止めて舌を打った。

「クリス!! 出撃は!?」

 司令塔のドアが開き、走ってやって来たアリスがそのままの勢いで近寄る。クリスは横に立つ彼女を見上げた。

「悪い、ちょっと確認したいんだっ」

「何!?」

 クリスはデスク上のコンピューターのスイッチを押し、モニターを変える。そこに映し出されたのは敵母艦だ。

「外観は変わっているが……データ上、この艦は十年前に撃った艦と同型らしいんだ」

 アリスは眉を寄せてモニターを見つめた。

「つまりそうなると、あの艦の中枢には光の柱を撃ち放つコアがある」

 コンピューターに装備されているキーボードを打つと、モニターが変わった。十年前に引き上げた敵母艦の仕様図だ。それを現在の敵母艦と合わせると、確かにほぼ一致する。

「見てくれ。……ここに大きな砲撃口がある。……以前に比べると口径が大きい」

 クリスに指し示されたその場所を見て、アリスはゴク、と唾を飲んだ。

「……そうね……」

「さっきフライからの連絡で、あそこにはみんなはいないって聞いた。……それは確実か?」

 確かめるように見つめてくる。そんな彼を見てアリスは顔を上げると、強化ガラスの向こう、小さく映る母艦を見つめた。

「……それは間違いないわ。……あの子たちの気配はない。……。例え霊力のみを蓄えているとしても、あの子たちのものじゃない。私は何も感じない」

「じゃあ、もしかしたら別の誰かの霊力は蓄えられているかも知れないんだな?」

「……知らない誰かのものだったら、私にはそれを感じることはできないわ。……あの艦が十年前と同じ物で、これだけ大きな砲撃口を持っているなら……可能性は高いと思う」

「そうか、わかった」

「総督!! ゲートシールド100%準備完了しました!!」

 オペレーターの言葉にアリスは焦るようにクリスを見た。

「……。……防げないかも知れない……」

 以前よりも大きな砲撃口――。この艦隊を充分に飲み込める。いや、飲み込むだけじゃ済まないかもしれない……。

 戸惑いを含んだ悔しそうな目で見上げられ、クリスは少し笑みを浮かべた。

「……だとしても、このままでいるわけにも行かないでしょ?」

「……」

「ゲートシールドディスチャージ!!」

「了解!!」

 オペレーターの返事で次第に強化ガラスの向こう側に薄い膜が張られていく。



「ゲートシールドだ!!」

 別の小窓から外を見ていたトニーが大きく言いながら駆け寄ってきた。

「あいつら、タイムゲートを放つつもりなのかな!?」

「有り得るでしょうね」

 ガイが冷静に答える。

「身柄の引き渡しを要求していたのなら、強制的にそう踏み切るでしょう」

 出撃庫の一画、いったんグランドアレスを下りたロックはメットを小脇に、ハルと一緒に何かを作っているタグーの手元を覗き込んだ。

「まだできねーのかよっ?」

 「そう急かさないで」と、ハルの隣でジュードが軽く注意する。

 彼らの側の小窓から外の様子を見ていたロマノは、時々眩しいほどの閃光に肩をビクつかせ目を閉じ、オドオドしく隣の小窓のいるトニーを窺った。

「す、すごく数が多いね」

「無人機だからレールに流せば大量生産できるんだ。使い捨てみたいな感じなんだろ」

「……。ビットを思い出すよ」

 タグーが手を動かしながら呟くように言う。

「……そうやってなんでも都合良く作ってたら、いつか罰が当たる。人間は神様なんかじゃないんだから。……あいつらはホント、ナメてるよ」

 精密ドライバーを動かして真顔で愚痴をこぼすタグーに、「……同感です」とハルもうなずく。

「しかし、一丸にそうとは言えません」

 ガイが言うと、タグーは顔をしかめて彼を見上げた。

「なんで?」

 「手を止めるなよ」と、ロックが睨み付けるが、それを無視してガイは続けた。

「確かに機械を無下に扱う彼らのやり方には、わたしも多少不快に思います。しかし、もしあの小型機に人が乗っているとすれば命に関わることになる。何も考えず戦いのことだけを考えているのか、それとも、生命を持つ何者かを犠牲にすることを避けて無人機にしているのか、そこが問題です」

 タグーは「うーん……」と訝しげな顔をしながら手を動かす。

「……あいつらが人を犠牲にしないために、なんて考えるとは思えないよ。……実際、人の命を奪って光の柱を撃ち放ってるわけだしね。そういうことを考える連中が戦闘を始めるとは思えない。ヒューマたちの機体も無人だけど、彼らの場合、犠牲者を出さないための機体だってよくわかる。この差だね」

「そうですね」

 ガイも素直にうなずく。

「何かが出てきたよ!!」

 ロマノの大きな声にみんなが顔を上げる。

「さっきと同じ戦闘機じゃない!! ……機動兵器!! 出てきた!!」

 ロックはタグーを見た。

「おい! 急げ!!」

【非常事態発生!! 戦闘クルーは直ちに搭乗手続き後、出撃してください!!】

【クロス機援護します!! 高速機動体十数機確認!!】

 警報と一緒にオペレーターたちの声が響く。

 タグーは「……できた!!」と額の汗をそのままに笑顔でロックを見上げた。

「確認しよう!!」

「そんなヒマがあるか!!」

 グイッ! と奪うように持ち抱えると、他のクルーたち同様、機体へと走って向かう。……途中、足を止めて振り返った。

「ジュード! ハル坊! 死ぬんじゃねーぞ!!」

 名前を呼ばれた二人が顔を上げると、ロックはニッと笑った。

「まだいじめ足りねぇからな!!」

 いたずらっぽく指差して走っていく。その背中に、ハルはため息を吐き、ジュードは苦笑してタグーを見た。

「んじゃ、オレたちも行きます」

 「オレは!?」「私は!?」とトニーとロマノが訝しげに近寄ってくるが、ジュードは「駄目だ」と首を横に振る。

「お前らは留守番だろ」

「またかよ!?」

「ずるい!!」

「ずるいもクソもあるか」

 ジュードは迫る二人を放ってハルに顎をしゃくった。

「行くぞ」

 ハルは「……うん」とうなずいて走り出したジュードの後を追いかけ、トニーとロマノは「くそー!!」と悔しげに拳を握りしめた。

 ロックは機体に乗り込むクルーたちの間を走り、壁際にいるグランドアレスに向かう。その途中でキーファーとすれ違ったが、キーファーは彼が抱える“鉄製の箱”に顔をしかめて足を止めた。

「ロックさん!! ……それ、なんですかっ!?」

「秘密兵器だ!!」

「……秘密兵器っ?」

「いいかキーファー!」

 ロックは足を止めて彼を振り返り睨んだ。

「俺は敵母艦に近付く!! お前がギャーギャー騒ぎ立てるとうるさくてたまらねぇ!! 忠告だ!! もし俺のトコに交信してみろ!! お前の“羽”をもぎ取ってやるぞ!!」

 真顔でギロッと睨むロックに、キーファーは素直に口を閉じる。

 それぞれの機体に行き、分かれると、ロックはあらかじめ用意していたスペース、グランドアレスの足首に空けたスペースに抱えていた箱を押し込んだ。落ちないようにしっかり固定すると、「よし!」とうなずき足掛けに捕まってハッチまで向かう。隣のアポロンが先に動き出し、出撃口へと向かい出す中、ロックもすぐにシートに滑り込みハッチを閉め、準備を整えるとグランドアレスを起動させた。

《ロック聞こえるっ? 私よっ》

 その声にモニターを入れる。

「いよぉっ、おとなしくしてるかっ?」

《相手の機動兵器がどういうタイプなのかわからないけど、かなりスピードがあるのは間違いないわっ》

 アリスが真面目に身を乗り出す。

《いいっ? アポロンをバックアップしてっ。グランドアレスの機動性を良くしたと言っても敵わないっ》

「駄目だ。アポロンの相手をしてるヒマはねぇ」

 断りながら操縦桿を握ると、低い機動音が鳴り、機体が少しずつ振動し始める。

《ロック、ちゃんと言うことを聞いてっ》

「お前もうるせぇヤツだな! 黙って俺の活躍を見てりゃいいんだよ!」

《黙ってたらあんたは勝手なことばかりするでしょ!?》

「当たり前だ!!」

《……バカァ!!》

 プツンっ、と通信が切れ、ロックは少し笑うと操縦桿を動かした。



「小型機は無人ですが、あの機動兵器は無人ではありません! 生命反応あります!!」

「地球人か!?」

「生体感知機の反応では90%地球人の形態をしているようです!!」

 アリスは焦りを浮かべてクリスを振り返った。

「ノアの番人が連邦と手を組んでいるのなら……連邦の戦闘員が加勢に来ているのかも知れない……」

「……そうだな。だとしたら……こちらが悪者だと知らされているだろう。……クルーたちにそう教えたように」

「……どうするの? ……相手は何も知らずに、嘘を教え込まれているだけだとしたら……」

 ためらうアリスの言葉を聞きながら、クリスは少し唇を噛んだ。

「……各クルーに伝えろ。相手への致命的攻撃は避けるように。……相手は地球人で、何も知らずに戦っている可能性がある」

「……了解!」

「各戦闘員クルーに告ぐ!」



《敵機戦闘員は地球人だと思われます! 何も知らずに参戦しているものと思われるので致命的攻撃は避けてください!!》

 ロックは舌を打つと操縦桿を手早く動かし、戦渦へと飛び込んだ。外に出た途端に閃光がモニターを越し目を襲ってくる。段々と荒れてきているのがわかる。カールたちの異人クロスの機体は無人機を集中して攻撃し、そしてインペンドはノアの機動兵器と向き合う。ノアの機体の、思った以上の機敏な動作にクルーたちは戸惑い焦るが、そんな中をアポロンが劣らないほどのスピードでノア機を撃ち、その姿を見て志気を高めていく。

 光弾銃を撃ち放たれたグランドアレスは、それを避けながらアックスを手に襲い掛かった。機体にのしかかる弾倉を残したままの状態では、グランドアレスは相手に追いつくことができない。改善したとは言ってもこれが限界だ。アックスの攻撃を避けられると、すぐに銃器を向けて撃ち放った。機動を弱めるために足や腕を狙うが、相手はそれを馬鹿にするように簡単に避け、そして逆に襲い掛かってくる。

 いっそのこと銃弾を全部使い切って“素手”でやり合おうかと思ったが、

《ロック! 敵母艦に致命的ダメージを与えてくれ!! グランドアレスならそれができる!! 相手の戦意が失われればそれでいい!!》

 クリスの声にロックは気を逸らさないよう操縦する。

《敵母艦の大型砲撃口! あれを塞いで欲しいんだ!! あそこから光の柱が放たれるかも知れない!!》

 ノア機がグランドアレスに光弾を数発放つ。それを避けると銃弾を撃ち放った。

「あそこまで行きたいのは山々なんだけど行かせてくれねぇんだよ!!」

 舌を打って怒鳴るように吐いた。

「しつこいったらありゃしねーぜ!! 殺さねーからいい気になってんだ!!」

《……あんたがバカにされてるだけでしょ》

 そう言葉が聞こえると同時に真横を異人クロスの機体が通り過ぎていった。

 ロックはムッ! と眉をつり上げるが、

《ロック! 今はケンカしてる場合じゃないわよ!!》

 察しよくアリスが間に入った。

《グランドアレスは他より目立つから狙われやすいのよ!! 気を付けて!!》

「……人気者は辛いねぇ!」

 ふざけた口調でニヤリと笑いながら敵に攻撃を仕掛ける。

 相手に致命的な攻撃をできずにいる味方機たちが次々に狙い撃ちされ、時折、異人クロスの機体がその盾となり崩れていく。ヒューマが相手になっていたときは、負傷者は出ても、死亡者は出なかった。だが、今回は……――

《敵機の数が減りません!!》

《急所を外して撃っても、まだ戦ってきます!! どこを狙えばいいんですか!?》

《コクピットの下!! 動体を切り落とすんだ!!》

《接近戦は危険です!!》

 口々に言うクルーたちの言葉を聞きながらも、グランドアレスは攻撃を仕掛け続ける。小型弾道ミサイルで敵機の脚部を狙い撃ち、相手が怯んだ隙にアックスで動体を斬り離す。

 ……くそー!! バンバン撃ち込んでやりてぇ!!

 苛立ちがと怒りを後押しする。

「……こんな奴ら殺してもいいんじゃないのか!? そんなに庇わなくちゃいけないモンなのかよ!?」

 攻撃を避け、逆に仕掛けながら、たまらずそう大きく言う。

「騙されてここに来てるか何か知らねぇけど戦場にいるってことがどういうことかくらいわかるだろ!!」

《ダメよ!》

「……十年前の戦いだって相手は地球人だったんだろ!? その正体を知ってるか知らないかの差で、なんでここまでしなくちゃいけないんだ!! 相手が誰であろうと戦いを挑んでくるのならそれ相応に相手をしねぇと、こっちがいいようにやられちまう!!」

《……駄目!!》

「……この……クソ女!!」

 ムキになってノア機を追い回し、アックスを振り回す。



「インペンド、ナンバー21! 被弾!!」

「救助に向かいます!!」

「後方左翼砲撃手が負傷しましたっ!!」

 アリスは情報が流れるモニターをチェックしながら焦り気味にクリスを窺った。

「このままじゃ追いつけないっ……。みんなが傷付くだけだわっ……」

 クリスはデータを目で追う。アリスはそんな彼の腕を掴んだ。

「……私をディアナに乗せて!」

「……」

「ディアナならミサイルを操れる! 相手のパイロットを死なせることなく機体だけを破壊できる! ディアナならそれができるのよ!?」

 クリスは険しい顔でアリスを見た。

「……確かにそれはそうだ。……けど、キミは乗せない」

「どうして!?」

「キミは夢を見るのを怖がってあれから寝てないだろ?」

「……」

「そんな状態でディアナに乗せられるワケがない。……パイロットの資格を持つライフリンクを探して、ディアナ搭乗手続きをさせるよう伝達してくれ」

 クリスの言葉に間近のオペレーターが「了解!」と大きく返事をする。アリスは悲しげに唇を震わせ、何も言えずにゆっくりと視線を落とした。

「今のキミにできることは、ロックに注意を促すことだ。……それだって大きな役目だろう?」

 諭すように言われ、アリスはおとなしくクリスの隣の座席へと深く座った。

「……総督!! 大変です!!」

 オペレーターが慌てて振り返る。

「今、出撃庫からの連絡で、ディアナが動き出したと!!」

 クリスとアリスは顔を上げた。

「動き出したって……誰が許可したんだ!?」

「わかりません!! みんなが止めているようなのですが……勝手に!!」

 クリスは舌を打つと、すぐに交信のスイッチを押す。

「ディアナのパイロット!! 誰だ!?」

 少しするとプツッ、と交信が入る。

《ディアナ、出まーす!!》

 アリスは愕然と目を見開いて立ち上がった。

「リタ!?」



 ケイティから勢いよくディアナが飛び出すと、その側に二体の異人クロス機が近寄る。

《リタ!! 何をやってるんだ!!》

 モニターに映るクリスの怒った顔に、リタは目を合わさないように操縦桿を握った。

「任せてよ! がんばるからね!!」

《戻ってくるんだ!! 乗り方もわからないだろ!!》

「わかるよっ。だてマニュアル読んだもん!」

《……そんなもの渡した覚えはない!!》

「見つけた! 総督執務室で!」

《……。戻ってこい!!》

「嫌だって言ってるでしょ!」

 リタは不愉快そうに答えると、《リタ!!》と何度も名を呼ぶクリスの顔を、スイッチひとつで消し去った。

「……よーし。初の実戦……。……カバーしてよーっ」



《ロック!! リタがディアナで飛び出した!!》

 敵を追いかけながら、「え!?」とモニターを見る。

《庇ってあげて!!》

 アリスの悲痛な声に、「……くそ! あのガキ!!」と眉をつり上げた。

《リタだけじゃない!! リタの守備にトニーとロマノがクロスの機体でついてる!!》

「……あいつらぁ!!」

《こっちは心配無用です!!》

 トニーの真剣な声が伝わってきた。

《オレらもパイロットですよ!! リタの守備は任せてください!!》

《リタはちゃんと護ります!!》

 ロマノも続く。

 二人の声に、ロックは眉をつり上げて舌を打った。

「バカか!! 実戦の経験もねぇくせに!!」

 怒鳴るが、そんなグランドアレスの真横を次々とミサイルが通り越し、それは見事に敵の急所を外して撃ち抜いていく。

《リタはディアナをマスターしてます!! 敵機を動けないようにミサイルで狙ってくれるから、あとはみんなで深手を負わせてやってください!!》

 トニーの声にロックは舌を打ち、三人のいる方を常に気にしながら、ミサイルで撃ち抜かれた敵機を動体から斬り落とす。

 ディアナの登場で、ノア機たちがそちらへと攻撃を仕掛けるが、異人クロス機の二体が見事にそれを追い払い、そしてディアナのミサイルポッドが開くと、それに合わせて敵機に向かいミサイルが撃ち込まれると同時に動体を切り裂く。完全にリタの守備についた二体、そしてその間で集中して攻撃のできるディアナに、味方機たちが果敢に挑みだした。

《ロックさん!!》

 グランドアレスはディアナの攻撃で動きの鈍くなった敵機の動体部に銃口を向け発射すると、傍に寄ってきたアポロンを見た。

「俺に交信したら羽をもぎ取るって言わなかったか!?」

《そんなこと言ってる場合じゃないでしょう!? ディアナのカバーがあるうちに敵艦を叩きましょう!!》

「お前はお前で行けよ!! イチイチ俺に声をかけるな!!」

《グランドアレスの攻撃力が必要なんです!!》

「だったらお前が俺をカバーしろ!!」

《……わかりました!! グランドアレスに近付く敵は一掃します!!》

「敵母艦の砲撃口を最初に狙う!! 突っ切るぞ!!」

《了解!!》

 ロックはグッ! と操縦桿を引いた。グランドアレスの背後のジェットエンジンが勢いよく付き、その巨体を猛スピードで進ませる。アポロンがその後に続き、その背後からはディアナの援護ミサイルが尾を引いて付いてくる。それでも向かってくる敵機には、アックスを振りかざし、そして銃口を向け足や腕打ち抜く。その後で味方機がトドメを刺す。

 艦に近付けまいとしてノア機が一斉に向かってくるが、異人クロスたちの機体がそれに合わせてフルスピードでやって来て対峙する。所々で起こる爆撃、そして勢い余ってぶつかってくる機体の衝撃で操縦桿が大きくブレるが、そこから手を離すことなく敵母艦に向かった。操縦桿の脇にあるカバーを外し、レバーを引くと、グランドアレスはバスターレーザーを取り、構える。ほぼ無防備状態の彼に敵機が向かってくるが、アポロンが光剣ライトソードを振りかざして攻撃を未然に妨いだ。

 ロックはモニターを睨んだ。――標的となる砲撃口。そこに標準を合わせた。



 外部モニター、インペンドたちから送られてくる様々な映像を見ながら、グランドアレスがバスターレーザーを敵母艦に向けて構えたのを見てクリスはグッと拳を握りしめた。だが、その隣り、アリスは不意に顔を上げる。

 ――ゾクッと何かが背筋に走った。沸き上がる恐怖を感じた瞬間、咄嗟に叫んでいた。

「ロック!! そこを避けて!!」



《光の柱が放たれる!! そこから逃げてェ!!》

 それぞれのスピーカーから聞こえるアリスの大声に、パイロットたちみんなが息を止めた。

 敵機たちが一瞬にしてそこから引いて、気が付いた時には砲撃口には明るい光が浮かんでいた。ロックは「チッ……」と舌を打つ。モニターが真っ白になり、「ダメか!?」と思ったが、《ロックさん!!》とアポロンがフルスピードでグランドアレスに体当たり。その衝撃で体が座席の中で大きく揺れ、それを堪えた。アポロンに救われて光の柱から逃れられたが、ロックは軽く首を横に振るとそれが伸びる方をすぐに振り返った。

「――アリス!!」



 目の前が真っ白になり、みんなが顔を伏せた。微かな振動が体に伝ってくる。何が起こっているのかはわからない。……きっと、“飲み込まれてる”。そう誰もが思った。

 だが、振動が止み、目を開けると……

「……現距離変わりません!!」

「総督!! 防げました!!」

 オペレーターたちの嬉しそうな声に、クリスも、そしてアリスも深く息を吐く、が――

「ゲートシールドのパワーダウン!!」

 クリスは目を見開いて身を乗り出した。

「どうした!?」

「わかりません!! パワーが急激に落ちています!! ……70!! ……50!! ……このままではシールドが消えてしまいます!!」

「次の砲撃まで時間があるはず!! 急いで原因を究明するんだ!! 他のシールドのチャージ力をゲートシールドに回せ!!」

 焦るように告げるクリスの傍、アリスは顔を上げて目を見開いた。

「……今のは光の柱じゃないんだわ……」

「……」

「……ゲートシールドを崩すために……作られたものだったのかも知れない……」

 だとしたら……――

 クリスは咄嗟に交信マイクに顔を向けた。



《次が本物のタイムゲートだ!!》

 ロックは「くそ!!」と顔を上げた。敵艦の砲撃口に再び光が溜まっている――。

「……撃たせるかァ!!」

 操縦桿を引くと、グランドアレスは砲撃口前まで突っ切った。

《ロックさん!! 危ない!!》

 キーファーの声に反して、グランドアレスは砲撃口の前でバスターレーザーを構えた。銃口にエネルギーが集まってくる。味方の機体たちがそこから逃げ出す中、大きな砲撃口の前で光を感じながら、グランドアレスはバスターレーザーをギリギリ最大出力までチャージし続け、100%に近いチャージ率でそれを撃ち放った。ドゴォォーン!! とそれはグランドアレスを遠く後退させ、砲撃口の奥へと突き進む。バランスを崩したグランドアレスに異人クロスの機体が近寄ってきてその体を掴み取ると、すぐにフルスピードでそこから逃げた。その直後、砲撃口から勢いよく爆風と光、そして炎が吹き出る。逃げていたはずの各戦闘機にも届く勢いでそれは広がり、犠牲になるものは犠牲になり、そしてギリギリ避けられても深手を負う。

 崩れるように傾く敵母艦を見て、ロックはグランドアレスの体制を整えた。

「ハル!! バックアップしろ!!」

《……了解》

 支えてくれた異人クロス機を従えて、まだまだ爆発の尾を引く敵母艦へと突っ込む。ハル機が敵艦の“欠片”を片付け、そして向かってくる敵機には銃弾を撃ち放つ。グランドアレスは完全に周りを任せながら、足首に装着していた小さな箱を器用に掴み取った。

「……絶対に逃がさねーぞ!!」

 母艦に近寄ると、掴んでいた箱をグッ、と握り、拳を振り上げて艦に殴り込んだ。グランドアレスの手が艦の中にめり込み、そこから火花が散る。

「ハル!! 退くぞ!!」

 グランドアレスが艦から手を引き抜くと同時に言う。――と、その時一瞬、……いや、無数に、そして不定期にモニターが白く輝いた。

 ――何が起こったのかわからなかった。敵艦から何かの攻撃がされたのだとはわかったが、“最後の悪あがき”程度のものだろうと思った。そして、いきなり側にいた母艦が振動をしだし、ロックは「チッ!」と舌を打つ。

「ワープするぞ!!」

 グランドアレスとハル機がすぐにそこから引く。それと同時に敵機も、そして敵艦隊もワープ体制に入り、そのままどこともわからない場所へと逃げてしまった。

 ロックは荒く息をしながらモニターで辺りを見回した。……様々な機材が浮かび混ざり合い、ぶつかり合っている。中には数体のインペンド、そして異人クロスの機体が状況がわからずに停滞している。

「……みんな、無事なのか?」

 そう問い掛ける。だが、誰も返事をしない。

「……おい、……? ……どうなんだ?」

 しばらくしてプツッと内線が入った。

《……ロック、……、戻ってこい》

 クリスの疲れ切った声――。ロックは少しホッとし肩の力を抜いて安堵の笑みをこぼした。

「なんだよーっ。無事なら無事で早く声を出せってんだよな!」

《……。……ああ、無事だ。……、……一部はな》

「……は?」

《……クルーたちの半分が……光の柱に飲まれた……》






 すぐにケイティに戻ってグランドアレスを下りる。被弾した機体から立ちこめる異臭に不愉快さを感じたが、今はそんなことに構っている場合じゃない。

「タグー!!」

 クルーたちが慌ただしく走り回る出撃庫の一画にある休憩室に入り込むなり、肩を落としている彼に近寄ってグッと腕を掴み上げ、険しい顔で睨み付けた。

「何が起こったんだ!?」

 タグーは視線を落とし、少しの間口を噤んでいたが、「……うん」とうなずくと小さく口を開いた。

「……キミが砲撃口を撃った後、……別の艦から光の柱が」

「……。母艦だけじゃなかったのかっ?」

「……。一発じゃなかった。……すごくたくさん……。規模的には小さかったんだ。だから……ケイティとか、艦は助かったんだけど……。……インペンドとかに乗ってたみんなが、そのまま……飲まれちゃって……」

「……かなりさらわれたのかっ?」

「……半分は……」

「……。それで、……あれは? 上手くいってるのか?」

「……まだ電波が乱れているからわからない。……もう少ししたら、はっきりとしてくると思う……」

「よし」

「タグーさん!!」

 慌てた様子でジュードとハルが戻ってくる。

「あの光!! あれが……!!」

 タグーは二人を見て間を置きうなずいたが、悲しげに目を細めると、少し視線を落として俯いた。

「……トニーとロマノも、消えた……」

 ロックは大きく目を見開いて、顔を背けるタグーを見た。

「……リタを庇ったんだ。……。……二人も、光の柱の中に……」

 ジュードは愕然と目を見開いて息を震わせていたが、グッと拳を握るとガンッ!! と近くの壁を殴った。

「だからここでおとなしくしてろって言ったンだあいつら!!」

 くそォ!! と、怒りにまかせて今度は壁を蹴り上げる。

 ハルは表情を消して俯いていたが、ゆっくりと顔を上げて、真顔でどこかを睨むロックを見た。

「……あれは……上手くいったんですか?」

「ああ……。まだわからねぇって」

 ロックはそう答えて、悔しげに、怒りを露わに顔を歪めるジュードの震える肩に手を置いた。

「まだ諦めるなよ。……いいな?」

 なだめるような冷静な声に、ジュードは気を落ち着かせようと何度も深呼吸をし、「……はい」と小さくうなずいた。

 タグーは悲しげに目を細めていたが、少し息を吐いて顔を上げた。

「……司令塔の方に行こう。……アリスの様子も気になるから」

 導き歩き出したタグーの後を、ロックたちが「……行こう」と追う。


 その頃、格納庫の隅では――


「……」

 ディアナから下りたリタは、俯いた。立ち止まったままのガイの隣り、フライスは何も言わずにそんな彼女を見つめる。無断でディアナを乗り回した彼女を叱りつける、そんな姿はない。怒りもなければ、呆れている様子もない。

 リタはギュッと、ぶかぶかの戦闘服バトルスーツのズボンを握りしめた。段々と視界が歪み、唇が震える。目からポト……ポト……と涙が落ちると、「……うっ」と息を詰まらせ、ダッと走ってフライスにしがみついた。

 何も言わずに、ただしがみついて泣き続ける。その姿に、足早に横を通り過ぎるエンジニアたちが悲しげに目を背けた。

 フライスは、ゆっくりと深く息を吐くと、その頭を軽く撫で、ガイを見上げた。

「……傍にいてくれるか? オレはクリスの所に行く」

「わかりました」

 ガイはうなずくと、泣くだけのリタの肩を掴み、静かに抱き上げた。フライスは「……頼んだよ」と声を掛け、二人に背を向けて司令塔へと向かった。






「……アリス」

 タグーは、テーブルに肘を突いて両手で顔を覆ったまま項垂れているアリスの肩に手を置いた。

 次々に指令を出すアーニーに総督席を任せ、司令塔の裏手にある会議室に集まっている。

 ――泣いているわけではない。悔しさと悲しさを噛み殺しているのだろうアリスの隣に、タグーは腰を下ろした。

「……落ち込まないで。助かったみんなもいるんだ。……ここで挫けるわけにはいかないんだよ」

 慰めるタグーの傍、ロックは強化ガラスからじっと宇宙空間を見つめるクリスを振り返った。

「……これからどうするんだ?」

「……ヒューマたちと修理に当たる。……いつ何が起こるかわからないからな。……準備だけは整えておかなければ」

 声に力はないが、深く息を吐いて彼らを振り返った。

「ヒューマ側で敵機の情報を集めていた。対抗できる機体の改善を行っている。作業効率がいいから、すぐにこちらにもヘルプが回ってくるはずだ。……のんびりはしてられないぞ」

 ロックがうなずくと、それと同時に部屋のドアが開いてフライスが入ってきた。ドアを閉め、顔を伏せたままのアリスを見ると、そこに近寄って軽く頭を撫で、そして壁際に立つジュードとハルに目を向けて、悲しげに視線を落とした。

「……すまない。……トニーとロマノがリタを庇ってくれた……」

 ジュードは顔を上げると、真顔だが、どこか不安そうなフライスを見て小さく首を横に振った。

「……謝らないでください。……それが、あいつらの役目だったから」

 アリスはピクっと肩を動かす。

「……それより、リタは……大丈夫ですか?」

「ガイに面倒を見てもらっている。……あいつも、これで戦いがどんなものなのかよくわかっただろう……」

 フライスは厳しい顔で答えながらクリスに近寄った。

「……オレにできることは?」

「今のところはない。……あとで機体の修理を手伝ってもらう」

「ああ……」

 言葉を交わす二人を見ていたハルはロックを見た。

「……言わなくていいんですか? あのこと」

 彼のそのセリフに、クリスとフライスは「……あのこと?」と怪訝に眉を寄せてロックを見る。ロックは腕を組んでテーブルに軽く腰を下ろした。

「実は、敵母艦に探知機を仕込んだんだ」

 クリスは顔をしかめた。

「……探知機?」

「ああ。速攻でタグーに作ってもらった。グランドアレスで母艦の奥まで突っ込んでやったから、そう簡単には取れないはずだ。それに、特殊な構造してるから相手に何を突っ込まれたのかはわからないはず。精々、爆弾でも突っ込まれたって警戒する程度だろ」

「……いつそんなものを」

「クルーが奴らに捕まったって、アリスがそう言ったンだろ? そいつらを助けたくても場所がわからないンじゃ動けないモンな。だから、現れたら探知機を忍ばせてやろうと思ってたんだ」

 フライスは目を見開いて身を乗り出した。

「それじゃっ、居場所がっ?」

「まだ電波が乱れててはっきりわからないんだ……」と、タグーが深刻そうに軽く首を振ると、

「ちゃんと出来上がってるかもわからないしな」と、ロックがため息混じりに付け加える。

 フライスは真顔で腕を組んだ。

「けど、それが上手くいったら……」

「奴らの居場所が断定できるから、すぐにブッ潰しに行けるぞ」

 ロックはニヤリと笑って、拳にした右手を胸の高さまで上げて見せた。

 クリスは「……そうか」と、どこか安心したような笑みを少しこぼす。

「よくやったな。……さすがだ」

「だろ? ま、ここのデキだな」

 得意げに自分の頭を指差すロックを見てタグーはため息を吐き、クリスとフライスを交互に窺った。

「とにかく……、さっき光の柱に飲まれたみんなも心配だ」

 フライスも「ああ……」とうなずき、クリスに目を向けた。

「連邦に交信してみよう。……聞き入れてくれるとは思えないが、何もしないよりかはいい」

「……そうだな。やってみよう」

 クリスは真剣な表情で足早に部屋を出た。

 ロックはその背中を見送って、顔を伏せたままのアリスを見下ろしため息を吐いた。

「おい、いつまでメソメソしてんだよ」

「そういう言い方するなってば」

 と、タグーがロックを睨み、注意の一言でも口にしようとした時、部屋のドアが開いてみんなが振り返った。――ガイだ。

 タグーは彼を振り返って「……リタは?」と、小さく問い掛けた。

「部屋で眠ってます。安定剤を軽く打ってもらったので、しばらくは目も覚めないでしょう」

「……そうか」

「反省しています。ディアナを出さなかったら、トニーとロマノがいなくなることはなかったと」

 ジュードは少し視線を落とす。その姿に、ロックは腕を組んで小さく息を吐いた。

「けど、ディアナが出てきたから被害が大きくならずに済んだんだぜ? 砲撃口だって破壊できた。あれが生きてたら、それこそここにいる奴らみんなが消えてたはずだからな。あのガキには腹が立つけど、とりあえずは結果オーライでいいと思うぜ? そうだろ、ジュード」

 ジュードは顔を上げると、間を置いて小さくうなずいた。

「……ああ。……リタが出なかったら犠牲はもっと多かったはず。彼女が出たのは正解だと思う。……な、ハル」

 隣のハルに相槌を問うが、うなずきもしなければ何も言わない。

 タグーは少し肩の力を抜くとガイを見上げた。

「……探知機の方はどうだろ?」

「状況を見てきましょうか」

「うん」

「ここに機材を持ってきたらどうだ?」

「そうだね。そうしようか」

「上手く電波が届くといいけどな」

「……だから確認しようって言ったンだ」

「いちいちそんなモンしてられるかよ」

 ロックとタグーが睨み合っていると、ドアが開いてアーニーが顔を覗かせた。

「フライ!! 来て!!」

 焦りを浮かべる彼女に尋常じゃない空気を感じたのだろう。フライスはすぐにそちらに向かう。ロックも「なんだ?」と後を追い、ジュードとハルも追いかける。ガイに見下ろされ、タグーはためらうようにアリスの肩を揺すった。

「……アリス。……いつまでもこうしていても始まらないよ。僕たちはやれることをやらなくちゃいけないんだから」

「タグーさん!!」

 ドアからジュードが顔を出す。

「連邦と連絡が付いてますよ!!」

 その言葉にタグーは「え!?」と振り返る。同時にアリスも目を見開き顔を上げ、すぐに立ち上がって部屋を出た。タグーとガイもその後を追う。

《キミたちは条約違反を犯している。わかっているのかね?》

「条約違反っ? いったいなんの話ですかっ? 我々は違反を犯すことなどまったくしてませんよ!」

 クリスの荒々しい声に静まる司令塔内。その中央前に大きなクリアスクリーンが下ろされ、軍服を着た男が映し出されている。

 フライスはクリスの隣から身を乗り出して通信カメラを見た。

「わたしたちが何をしてきたか、あなたたちだって知っているはずでしょう」

《キミはフライス・クエイドだな?》

「そうです。わたしたちは報告だって怠っていませんし、あなた方に協力要請しました。条約違反を起こしているとしたらそれはあなた方の方でしょう? 権限を上手く利用しているのでしょうけど、上層部に知れたらあなた方は犯罪者として軍法会議に出てもらう羽目になりますよ?」

《キミのそういう反発的な態度は変わらんな。……それが命取りになるということをどうしてわからないのかね?》

「反発ではなく意見です。大体、わたしたちがなんの条約違反を犯しているって言うんですか。言い掛かりも甚だしい。違反を犯しているとしたら、それはあなた方の方でしょう。ノアの番人と手を組んで」

《ノアの番人? キミはいったいなんのことを言っているのかね?》

「とぼけないでください」

《キミたちは何か勘違いをしているんじゃないのか? ノアの番人といえば……前にキミからの報告にもあったな。彼らは殺されたという話じゃないか。ヒューマという地球外生物から》

「その時はそうだと思いました。けれど実際は」

《キミたちはそのヒューマという輩と手を組んでいるようだな? 地球人の仲間を殺した奴らと》

「……何を言ってるんですか。彼らは」

《キミたちは我々と、そのヒューマという奴らの言うこと、どちらを信じるのかね?》

「……」

《キミたちは洗脳されてしまったんだ。条約違反どころの問題じゃない。我々にとっても驚異だ》

「何を言ってるんです!」

 クリスは愕然と目を見開いて身を乗り出した。

「実際に我々は今し方ノアの番人たちに攻撃を食らったんですよ! クルーも犠牲になりました! ヒューマは我々と共に戦ってくれたんですよ!?」

《……キミたちが戦ったという相手は、わたしたちだ》

「……」

《キミたちは、我々連邦軍に攻撃を仕掛けてきたのだよ》

 室内のみんなは顔を見合わせ、戸惑いザワつく。

 クリスは悔しげに睨んでグッと拳を作った。

「……攻撃を仕掛けてきたのはあなたたちの方でしょうが。それに、私たちはあなたたちのパイロットに危害がないようにと急所まで外して攻撃をしていたのに」

《なぜそのようなことを?》

「……同じ地球人だとわかったからですよ。仲間同士で戦い合う事なんて」

《しかし、キミたちは充分に戦っていたではないか》

「それはあなたたちのやり方に抗戦していただけで!」

《同じ地球人だとわかり戦いを避けようと思うなら、まずわたしなら何もせず素直に降伏して言うことに従い、その後、お互いの理解を深めるがね?》

「……。だからそれは!」

《我々が攻撃を行ったのは、地球外生物、地球人を殺したというヒューマがいたからだ。キミたちはそのヒューマと手を組んでいる。……地球人の恥さらしめ》

「ふざけんなよ!!」

 ロックが大きく怒鳴って詰め寄った。

「恥さらしだと!? お前らの方はどうなんだよ!! ヒューマと最初は仲良くしてたくせに嫌われた途端それか!? ヒューマの技術を盗むだけ盗んで置いて!!」

《まったく……、キミたちのところにはロクなクルーがいないようだな》

 男はため息を吐いて軽く顎をしゃくった。すると、カメラの位置が変わり、白い部屋、一画に固められた十数名のクルーたちの姿が映った。壁際に立たされて俯いているその姿に、みんなが息を飲んだ。――映っている画像の隅に、複数の銃口が……。

 クリスは目を見開くと、鼻息を荒くして真剣な顔で静かに切り出した。

「……条約で決まっているはずです。……例え捕虜として彼らが捕まっているとしても、彼らには生きる権限があり、人として最低限の生活を支給されなければならない。……おわかりですね?」

《ふむ。……地球人であればな》

 男はまた顎をしゃくる。――と、再びカメラの位置が変わった。

 ――アリスは目を見開いて息を止めた。別の場所に立たされている数名の姿が……

《こいつらは地球人じゃない。違うか?》

「待て!! そこにいる二人は地球人だろ!!」

 ロックが焦りを露わに身を乗り出して指差す先に、強ばった表情で俯くトニーとロマノがいる。

「市民番号だってあるはずだ!! ちゃんと調べろよ!!」

 みんなが呆然とする中、フライスも焦りの色を濃くして額に汗を浮かべ、なんとか声を振り絞った。

「……彼らはクルーですっ。その二人だけではないっ。そこにいるみんなが私たちの仲間ですっ……!」

《吐いたな、ヒューマの仲間だと》

「違うだろ!! お前は耳が聞こえねぇのかよ!!」

 ロックが怒りで顔を紅潮させていきり立つ。だが、男は「フンッ」と鼻であしらうだけ。

《地球人のクルーたちは、まぁ……生かして置いてやらんワケでもない。……しかし、それ以外は別だ》

 横一列に並ぶ異人クロスたちの顔色が変わった。トニーとロマノも。

 クリスは怒りに満ちた表情で目を細め、グッと歯を食いしばった。

「……何が望みなんです? ……取り引きをしましょう……」

 タグーは目を見開いてクリスを振り返った。

《望みか……。まずはキミたちの地球帰還。おとなしく投降することだ。そしてキミたちの技術力を我ら地球の軍事のために貢献すること》

 クリスは怒りに顔を紅潮させて拳を震わせた。――その時、

《総督!! こいつらの言うこと聞いちゃダメですよ!! こいつら本当は!!》

 トニーが眉をつり上げ身を乗り出し訴えるが、すぐに兵士が近寄って彼の腹部に膝蹴りを入れた。トニーは声を上げることなくそのままお腹を抱えて座り込み、ロマノが《トニーっ!》と腰を下ろそうとして兵士に銃を向けられ、目を見開いて体の動きを止めた。

 その姿を見ていたアリスは、息を、体を震わせた。脳裏で「……やめて。……お願いやめて」と言葉を何度も繰り返す――。

 クリスはゆっくりと拳を解き、表情もなく顔を上げた。

「……わかった。……。言うとおりにしよう。……だからクルーたちを解放してくれ。一斉の暴力は許さない……」

《よし。いいだろう》

 男は笑顔でうなずいた。その表情にみんながホッと息を吐く。が――

《しかし、それは地球人のクルーのみに対する配慮であって、地球外生物に対しては無効だ》

 そう言うと同時に《パァーンッ!!》と発砲音が響き、オペレーターたちが数名悲鳴を上げた。

 壁に飛び散った血の跡と、倒れ込んだ異人クロスの一人……。

 クリスは愕然と目を見開いて身を乗り出した。

「なにをやってるんだ!! やめろ!!」

「そいつらだって地球人の血を継いでるんだぞ!!」

 フライスも焦るように訴える。

《パァーン!!》

 再び銃声が鳴り、また一人倒れた。オペレーターたちが「いやぁ!!」と肩を震わせ、耳を塞いですすり泣く。

 ロックは「くそ!!」と戸惑い吐き捨て、慌ててカメラに向かった。

「やめろよ!! 無意味に人を殺すな!! そいつらにはなんの罪もないだろ!! そいつらは何もしないだろ!! お前らのクルーの命だって奪わなかったじゃないか!!」

《パァーン!!》

 ドサッ……とまた倒れる。次に回ってくる異人クロスは顔を強張らせ、怯えた顔で目を泳がせた。唇を震わせ、息を止め――《パァーン!!》という発砲音と同時に倒れた。

 フライスは「やめるんだ!!」と身を乗り出し怒鳴った。

「オレたちはなんでも言うことを聞く!! やめてくれ!!」

 強く訴えるが、しばらく間を置いて《パァーン!!》と発砲されて倒れた。

 ……そして……――

 アリスは息を詰まらせた。大きく見開いた目が動かない。

 ロックは「くそ!!」と悲痛な顔で通信カメラを睨んだ。

「やめろ!! そいつは人間なんだ!! 地球人なんだ!! クロスの機体を借りていただけで地球人なんだ!!」

 焦るように訴える。

 トニーはお腹を押さえて座り込んだまま、悔しげに顔を上げた。そして……

《ジュード、ハル!! 絶対にこいつら許すな!! 絶対に許すなぁ!!》

《パァーン!!》

 壁に血飛沫が飛び、ドサッと倒れた。――その横に立つロマノは無表情なままで目を閉じる。その目から涙が伝い落ちた。

「やめるんだ!! ……子どもにまで……!!」

 フライスが愕然とした顔で首を振る。

「やめてくれ!! もう!!」

《パァーン!!》

 ドサッ――。

 耳を塞ぎ、顔を背けたままのオペレーターたち。そして、それを最期まで見届けた司令塔のクルーたち……。

《キミたちがおとなしく降伏しなければ、残りの捕虜がどうなるかもわかっただろう?》

 クリスは怒りで体中を震わせた。

《さぁ、おとなしく降伏するな?》

 嘲笑しながら問い掛ける男を、みんなが怒りのこもった顔で睨み付けるが――

「……本当は、……もういない……」

 呟くように言うアリスをタグーはゆっくりと振り返った。アリスは無表情にスクリーンを見ている。

「……本当は……もういない……。……。トニーが言いたかったこと……。……この人たち……本当は……もう、みんなを殺してる……。……何も伝わらない……。……何も……感じない……」

 スクリーンの男の眉が少し動いた。

 クリスは怒りで顔を紅潮させると身を乗り出して強く腕を振った。

「お前らは絶対に許さない!! 叩き潰してやる!!」

 大きく怒鳴った途端、男は不愉快げな表情を露わにし、そしてプツンッと一方的に通信を切った。

 ――静かになった広い部屋、オペレーターたちの泣き声だけが響く。

 クリスは息を震わせて、ガン!! とデスクを強く殴った。

「なんでこんなことに……!! 何をしたって言うんだ!! ただ!! ただ……っ!」

 言葉を詰まらせ、肩を震わせてドサッと力無く椅子に座り込むと、額を押さえて項垂れた。――フライスは視線を落としたまま。ロックは目の前のスクリーンを見つめていたが、突然、近場にあったマイクを鷲掴みすると、コードを引きちぎってスクリーンに向かって勢いよく投げつけた。

 ガイはボー然としているタグーを見下ろした。

「……タグー」

「……」

「探知機の様子を見ましょう」

「……」

「……、タグー」

 肩を掴まれ、タグーは「……えっ」と目を見開いて顔を上げ、戸惑うように目を泳がせた。

「……な、なに……?」

「探知機の様子を見ましょう」

「……。……あ……、……う、ん……」

「わたしが持ってきましょうか?」

「……う、ん……、……そうして……くれる、かな……」

 気が動転しているのか、目を泳がせて言葉を詰まらせる姿に、ガイは「わかりました」と一人動き出して司令塔を出た。その後は誰も口を開かないし、誰も動かない。

 司令塔の中、一番奥の壁際にいるアリスは表情もなくゆっくりと目を動かした。

 ……泣いているオペレーター、項垂れたままのクリス、肩を震わしているフライス、スクリーンを睨んでいるロック、そして――

 ジュードはぼんやりと俯いていたが、誰かを見ることなく、ドアの方に体を向けてハルの腕を軽く掴んだ。

「……機体の修理に行こう」

 そう静かに誘うが、ハルは俯いたまま、それを振り解いた。

「……、ハル」

 ジュードが顔を上げて再び腕を掴むが、やはりそれを力尽くで振り払う。

「……。……ハル、……オレたちにはやることが」

「……知らない……」

「……ハル」

「……知らない」

 ハルはグッと拳を握った。下を向いていた顔からポツン……と涙がこぼれ、ジュードはそれに何かを言うことなく、少し間を置いて再び腕に手を伸ばした。

「……、……ハル……、……オレたちがやらないと」

「知らないって言ってるだろ!!」

 初めて聞く大声――。

 ハルはジュードを睨んで食って掛かるようにそう言うと、涙を拭うことなく走って司令塔を出ていった。「ハル!!」と、ロックがその後を追う。ジュードはその場で立ち止まったまま、目を細めて俯くだけ。

 タグーは悲しげに目を細め、呆然としているアリスを振り返った。

「……、……アリス」

「……」

「……ジュードは僕が見てるから。……、……ハルを」

「……」

 アリスは目を潤ませて顔を歪め、言われるまますぐにハルとロックの後を追いかけた。

 ――司令塔を出て、涙を拭いながら走る。何も知らずに作業に励むクルーたちが「?」とそんな彼女を振り返った。

 二人の気を探り、そして――男子トイレ。戸惑いながらも、そこを開けて中に入った。すぐに一室の前に立つロックと目が合う。

 ロックは静かに近寄ってくるアリスから一室に目を向けた。――閉められたドア、確かにそこに誰かの気配がする。

 アリスは悲しげに視線を落とした。

 ――あの時、感じた。……ロマノが撃たれる時、誰よりも強い想いを発していたのは……――

「……おい、ハル坊」

 ロックがドア越しに声を掛け、ゴンッと軽くドアを蹴った。

「……いつまでも泣いてンなよ。……女々しい」

 中から返事はない。

 ロックは深く息を吐くと、ドアに背もたれて腕を組んだ。

「……お前がここに居続けるンなら俺も居続けてやる。……こんなくっせートコ、ほんとはイヤだけどな」

 ため息混じりに憎まれ口を叩いて天井を見つめる。

 ――しばらくの間、ずっと無口な時間が過ぎた。

 数秒、数分、数十分……。……そして……――

「……、……護れなかった……」

 震える声が、微かに届く。

「……護れなかった……。……、……護れなかった……。……」

「……、……ああ、……そうだな……」

「……。……、オレに……力をください……。……オレにも……力をくださいっ……。……っ、……なんで……なんでオレには力がないんですかっ!? なんで! ……なんで他のヤツは癒せるのに!! ……なんでオレはあいつを護れなかったんだァ!!」

 怒りか、後悔か――。叫んだ声が室内に響いた。「……うっ……う……」と息を詰まらせる声も……。

「……っ……力を、ください……、……オレに……、……、……助けて、ください……、……。たす……。……っ」

 言葉を詰まらせると、そのまま小さく声を上げて泣き出す。

 ロックは真顔で、目に涙を浮かべるアリスに「出て行け」と顎をしゃくった。アリスは悲しげに眉を寄せ、目を細めると、静かにそこから出ていった――

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