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第十二章 キミに伝えたかったことがある

 ピ……ピ……ピ……。

 心電図の一定の波を確認しながら、ベッドの中の寝顔を見つめて深く息を吐く。ドアがノックなしに開いて、洗面台に向かっていたアリスは振り返り、ゆっくりとイスに腰掛ける疲れ切った顔を心配げに窺った。

「……起きてても大丈夫なの?」

「……。大丈夫です」

 ジュードは「……ふぅ」と深く息を吐いて情けなく笑った。

 ケイティ内、医療施設――。

 アリスはベッドに近寄ると、濡らしてきた綺麗なタオルで眠っているハルの額を軽く拭った。

「……たんこぶできちゃって……。……目を覚ました時、怒らないかしら」

「それよりも、記憶喪失になってないことを祈ります」

「そうね」

 アリスは肩の力を抜いて、ベッドを挟んだ向かい側の椅子に座った。

「……傷の痛みは?」

「ちょっと痛いですけど、痛み止めがあるから」

「無理しちゃダメよ。結構深かったらしいし」

 注意するような目に、ジュードは「はい」とうなずくと、少し真面目な顔を上げた。

「……みんなの様子はどうですか?」

「今、難しい話をしているわ。……考えるのがめんどくさいから逃げてきた」

「めんどくさがってていいんですか?」

「いいのよ。……私の答えは決まっているし」

 遠くを見つめるアリスに、「……そうですね」と、ジュードは呟き視線を落とした。


 ――敵艦艇が爆発と同時に消えた瞬間、全てが終わった。

 衝撃に巻き込まれた機体は吹き飛ばされてしまったが、数分後、すぐに機体回収機がやってきてケイティまで運んでくれた。敵機は全て抜け殻と化し、それらも全て跡形残さずケイティで回収。いずれ、まとめて処分することになるだろう。

 感傷に浸る間もなく、負傷者の手当と、敵艦艇の爆発の衝撃で装甲の剥がれてしまったケイティとその他の艦の修理を生き残ったクルーたちで手分けして作業した。――その頃に中型艦艇が彼らの前に現れた。地球の連邦の者かと思ったのだが、それはこの戦いの前に情報を提供してくれた艦だった。ドッキングをして、艦長であるサイモンとフライスが対面をすることに。

「貨物艦でして、やっと仕事を終えて来ましたが……遅かったようですな」

 握手を交わし言う。

「あなたがクリスですか?」

「……いいえ。……私はフライスといいます。……」

「……。……、そうですか……」

 その後、サイモンのクルーたちの手伝いもあって作業が進められていたが……


 格納庫、インペンドからやっと出てきたロックたちに、キーファーが近寄った……途端、ロックはいきなり彼を殴り飛ばした。リタは驚いて硬直し、ザックが「おい!!」とロックを睨みつつ、尻餅を付いたキーファーを立たせるが、キーファーは「いいんですよ」とそれを払い、自分で立ち上がってロックを真っ向から見つめた。

「……殴りたければいくらでも殴ってください。それで気が済むなら、いくらでも受けます」

 真っ直ぐな目と向き合い、ロックは真剣な表情でいたが、途中で「……けっ」と吐き捨ててどこかに行ってしまった。傍にいたタグーは視線を落とし、俯くキーファーの背中を撫でた。

「……ごめん。……あとで仕返ししておくよ」

「……いいんです」

 キーファーはゆっくりと首を振った。

「……ロックさんの気持ちはわかります。……みんなが同じなんです……」

 悲しげに目を細めるタグーに、ザックが「……早く治療をしろ」と腕の傷を顎で差し、キーファーは「……行きましょう」とタグーを連れて医療施設へ。その後をリタも付いて行った。

 一人たたずんで俯くアリスにザックは近寄り、ポンポンと肩を叩いた。

「……よく頑張ったな。……お疲れさん」

「……」

「……全てが終わった。……これで良かったんだ」

 労いと慰め、両方を含んだ言葉にアリスは顔を歪め、ザックにしがみついてすすり泣いた。ザックは視線を落とし、彼女の背中を優しく撫でると、「……行こう」と、休憩室まで導いた。――その後、インペンドの中に入ったクルーが「……人が倒れてるぞ!!」とすぐにハルを救出。どうやらロックの操縦に途中で気を失い、そのまま体中打撲、その上頭まで強打したらしい。微かに血を流す彼をすぐにみんなで運び出し、医療施設へ担ぎ込んだ。


 クルーたちが作業に懸命に取り組んでいる頃、戦いが終わって数時間後、交信が入った。――地球の連邦からだ。対応したフライスとアーニーは冷静だった。

 彼らの言い分を略するとこうだ。

「あの者たちには我々もほとほと困っていた所だったのだよ。どうやら軍事部門の下の者が何かを企てていたようでな。彼らの処分を検討していた最中だったんだが……。情報が遅れ、キミたちに協力ができず誠に申し訳ない。キミたちにはできる限りの援助をしていくつもりだ。先日から申し込まれているノアという地球擬似惑星だが、改めて地球の保護惑星として認可した。キミたちの功績には我々も感謝の言葉もないくらいだ。このような立派な艦艇が地球に在籍しているというのは我々にとっても」ウンタラカンタラ……

 延々と誉め言葉を並べる連邦の重役の言葉など誰も聞いてはいなかった。そもそも、地球と交信をしようなどという気はもう彼らにはなかったのだから。「一度地球に戻ってきてはどうか」という連邦の誘いに、返答を待たせ、みんなで話し合っている……。



「地球に戻ったら、きっと手厚く歓迎されるでしょうね……」

 アリスがため息混じりに呟いた。

「このことは地球でも大きな話題になりそうだし。……私たちは地球の危機を救ったヒーロー、って称えられる。……真実は隠されて」

「……アリスさんは……もう地球には帰らないつもりですか?」

 対面からそっとジュードに聞かれ、アリスは「……そうね」と目を合わすことなくうなずいた。

「私が欲しいのは名誉でも栄光でもない。ただ……平和に暮らせる場所と時間が欲しい……。楽しく過ごせるひとときが欲しい……」

 ゆっくりと目を閉じて告げる言葉に、切実な感情を込める。疲れている様子に、ジュードは「……そうですね……」と、眠っているハルを見つめた。

「……あなたはどうする?」

 アリスは目を開けて彼を窺った。

「もう、地球に戻っても充分やっていけるわよ。あなたたちの生活の保障はされるし、仕事だってちゃんと与えられる。……もう、自由よ」

 笑みを浮かべるアリスを見つめ、ジュードはハルに目を戻した。

「……どうしたらいいのか、正直わからないんです。……地球に戻りたくないって気持ちと……けど、これからのことを考えると戻った方がいいのかなって。……コレって、すごく大事な分岐点でしょ? ……簡単に答が出せないです……」

「……あなたの進みたい道を進めばいいわよ。あなたはこれからなんだし。……軍隊なんか辞めて、普通の生活を送るのもいい。……幸せになれる道を選んで」

 ね? と笑顔で相槌を問われ、ジュードはそっと上目で窺った。

「アリスさんは……ノアに残って幸せになれると思う?」

「んー……そうねぇ……」

 アリスは天井を見上げて考え込み、苦笑した。

「わからない。でも……あそこには私の大切な人たちがいるから。……一緒にいたい」

 微笑み俯く姿を見つめ、ジュードはためらい、目を泳がせた。

「……もし……ここで地球に戻ったら……、ホントに、普通に暮らせるのかな? ……何かの時に狙われたり……、……変なことにならないかな。……それがすごく怖いんだ。……みんなのように、って……」

 地球に帰還した途端、命を落とした仲間たち――。

 きっと、安心していただろう。なのに、天国から地獄を味わったに違いない。

 不安と恐怖を滲ませて俯くジュードに、アリスは励ますような笑みを向けた。

「……もう大丈夫よ。地球に戻りたいっていうクルーのために、フライは譲ることのない交渉をする。世界にも発信する。ヒューマも今度何かあったら本格的に地球に警告をするって言ってるし、……何かあった時は、助けに行ってあげるわ」

 ジュードが顔を上げ、アリスはにっこりと笑い掛けた。

「よく考えて。……選んでね」

 タオルを持って椅子を立ち、部屋を出るアリスの背中を見送ることなく、ジュードはじっとハルへと視線を落とした。


 その頃、ケイティ内格納庫では――


「タグーさん、ケガの方は大丈夫なんですか?」

「コレくらい平気だよ」

 すれ違うクルーに声を掛けられて笑顔で答え、回収されてきた機体の“分別”作業を進める。役に立ちそうな部材は取っておき、いらないものはスクラップだ。

 細かい部品を手で取って集めながら、残り、大きな部品に手を掛けるが「……重いっ」と持ち上げられず、背後を振り返って……しばらくそこを見つめ、部品に目を戻した。グッと何かを堪えると、痛む傷を我慢しながら「フンッ!」と精一杯の力で持ち上げ、移動する。それを下ろして「……ふうっ」と一息吐く頃、そっと後ろから覗き込まれた。

「手伝ってあげようか?」

 背後からの声にタグーは振り返ることなく「いいよ」と答えた。

「こっちより、みんなの手当の方をやって」

「もう終わったよ。あとは医務官の人たちだけで充分なんだって」

「じゃあ、みんなのために食事を運んであげるとか、そういうことやってたらいい」

「今はそういうことをやってる場合じゃないと思うよ?」

 リタは言いながら品定めをするタグーの隣りに立つ。

「手伝う。何をやったらいいのかわからないし」

「手伝ってもらうことなんかない。あっちに行ってろ」

「いいじゃない。いろいろ運んできてあげるよ」

「いいって言ってるだろ。邪魔になるからあっちに行ってろ」

 目を合わすことなく突き放す。

 リタは少し頬を膨らませ……ガンッ、といきなり足を蹴り飛ばした。タグーは「いて!」と背中を丸めて足を押さえ、不愉快げに睨み付けた。

「なにするんだ!」

「……どうして私のこと遠ざけようとするの? どうしてなの?」

 拗ねて口を尖らせるリタに、足を撫でながら目を据わらせた。

「そうじゃないだろっ。邪魔になるって言ってるだけじゃんか!」

「どうして邪魔なの? 何が邪魔なの? 一人で何かやってるタグーの方がおかしい」

「おかしくないっ」

「おかしいもん。……ヘン。……だから手伝う」

 意地でも傍を離れないリタに、「あのなぁ……」と、タグーは背を伸ばしてため息混じりに肩を落とした。

「リタがいたってホントに何もないんだから。何か手伝いたいなら、もっと軽い仕事がどこかにあるはずだし」

「……タグーだけじゃないんだよ」

「……なにが?」

 リタは少し視線を落とし、部品に触れる。

「……空いてしまったスペースを埋められない。……埋められないんだもん……」

「……」

「……どうやって埋めたらいいのか、……わかんないんだもん……」

 それ以上何も言わないリタを見て、タグーは彼女が触る部品を見つめた。

 ……空いてしまったスペース……――

「……。……それはいらないもの」

「……」

「だから、あっちに持っていって。重い物は置いといていいよ。あとで僕が運ぶから」

 再び振り分けに励む。リタはタグーを見て、「……うん」と小さく笑みをこぼして手伝いを始めた。



「ボーっとしてるヒマがあるなら、作業を手伝ったらどうなの?」

 呆れるような声に、深く息を吐く。

「うるせぇ。何をどうしようが俺の勝手だろ」

「あんたの勝手は許せないの」

 アリスはため息混じりにロックの隣りに腰掛けた。

 司令塔の近くの休憩室――。

 強化ガラスに沿ってカウンター席になっているそこから外の様子を見つめる。

「……まだ細かいゴミが残ってるわね……。……清掃局が綺麗にしてくれるといいけど」

「……放っといてもそのうちなくなるだろ」

「それはそうだけど」

 アリスは再びため息を吐いてテーブルに腕を乗せると、椅子の背に深くもたれ座って宇宙をじっと見つめるロックの横顔に笑い掛けた。

「……お疲れさま。よく頑張ったわね」

「なにもしてねーけどな」

「そんなことないわよ。……よくがんばった。ホントにそう思う」

「お前に言われたって嬉しくもなんともねーや」

 ツンとした無愛想さにアリスは「……ったく」と肩の力を抜き、テーブルに肘を突いて顎をのせた。

「……いつまで拗ねてるの? いい加減、機嫌直したら?」

「拗ねてないだろ」

「拗ねてるわよ。イジイジしてるもの」

「放っとけ」

 フンッとそっぽ向くロックに、アリスは横目を向けた。

「こんな時はおとなしくしてるより動いてる方がいいわよ?」

「そうやって気を紛らわせるのか? ……ケッ、どーせその後でみんなしてメソメソするんだぜ。くっだらねぇよなぁ」

「いいじゃない。……その時はみんなでメソメソすれば。……みんなでメソメソして吹っ切れば」

「やだね」

「……。あんたってホントに嫌なヤツね」

「うるせぇ」

 愛想のないロックを睨み、宇宙空間へと目を向ける。

 ――しばらくそのまま沈黙が数分間続き、アリスは頬杖を突いたまま目を細めた。

「……これで、よかったのよね……」

 表情もなく呟く、その目は宇宙空間のどこを見ているのかもわからない。

「……終わったんだから……、……これで良かったのよね……」

 ロックは深く息を吐いて胸の前で腕を組んだ。

「何が良かったんだよ?」

「……。いろいろ……」

「俺はそうは思えねぇけどな」

「……どうして?」

「どうしても」

「……喜べない?」

「何を喜ぶんだよ?」

「……戦いが終わったわ……」

 じっと宇宙を見つめたままの冷静な声に、ロックは「ハッ」と少し鼻で笑った。

「戦いが終わったって? バカじゃねぇの? 肉弾戦が終わったってだけで、ホントの戦いはこれからだろ」

「……。かもしれない。……けど……いつか終わりが来る」

 無愛想な言葉に対しても反応することのない、そんなアリスをチラッと見て、ロックは宇宙に目を戻した。

「……そうやって思えるだけマシだな」

「……。そうやって思わなくちゃやってられないじゃない。……平気な人なんかいないわよ……」

「じゃあ、堪えてるのか?」

「……」

「なんのために堪えなくちゃいけないんだ? 堪えるのがそんなにいいことなのか? そんなに立派なのか?」

「……。そうじゃないわ。ただ……」

「堪えるだけ辛くなるってコトを、いつになったらお前たちは学習するんだよ」

 アリスは、宇宙をじっと睨むだけのロックを見て、少し悲しげに俯いた。











 真っ暗な宇宙空間にいると、時間の経過がわかり辛い。特に忙しい時には。あの戦いが終わって、どれだけの時間が過ぎただろうか――。

 クルーたちの食事の用意を手伝っていたアリスは、近寄ってきたメリッサに気付いて顔を上げ、少し疲れた表情を見せる彼女の腕を軽く撫でた。

「……大丈夫? 少し休んだ方がいいんじゃない?」

「平気よ。もう一踏ん張りだし」

 苦笑気味に首を振ると、持っていたファイルを上げてペンを握る。

「……みんなに聞いて回っているの。……アリス、どうする? ……地球に戻る?」

 その様子に、アリスは気付いた。

 ――そっか。……みんなの感情を受け止め歩いているから……。

 なんとか笑みをこぼし、アリスは首を傾げた。

「メリッサは……どうするの?」

「……私は、地球に戻るわ」

 悲しげな笑みで、メリッサは少し視線を逸らした。

「家族もいるし……、私の力を、もっと別のことに役立てたい。……そう思えるようになったから」

「……。そう」

 と、アリスは少し視線を落とした。笑顔で返事をしたつもりだったが、ちゃんと笑えていなかったのだろう。メリッサは寂しそうな彼女を抱きしめ、優しく背中を撫でた。

「……そんなに悲しそうな顔をしないで。……あなただって、これからの人生を考えなくちゃいけないのよ?」

「……うん。……」

 うなずくアリスの肩を撫でて体をそっと離し、メリッサはじっと窺った。

「……じゃあ……あなたは地球には戻らないのね……?」

「……、うん……」

「……、ホントにいいのね?」

「……。……うん」

「……、わかったわ」

 うなずいてファイルに挟んでいる紙に何かを記入する。

「……地球に戻る人たちには……保証は?」

 アリスが不安げに聞くと、メリッサはファイルを小脇に抱えてうなずいた。

「大丈夫。……生活の全てが保証される。政府が完全にバックアップするように定められたから」

「……そう。……よかった」

「ただ……話じゃ、ノアは地球の独立国としての申し立てを引き下げたみたいよ。……地球の保護を受けないみたい。……ヒューマの保護惑星としてこれからを過ごすみたいね……」

「……、うん」

「そうなったら……、……ホントにもう二度と、地球には戻れないかもよ?」

 アリスは少し視線を落としたが、それでも顔を上げて笑みをこぼした。

「……もう、地球には未練はないから」

「……。わかった」

 メリッサは少し肩の力を抜くと、再びアリスを抱きしめた。

「……離れてしまっても、あなたは私の親友よ」

「……私も」

 アリスも同じように彼女を抱きしめる。

「……今までありがとう。……ずっと、一緒にいてくれて」

「……何言ってるの。当たり前でしょ」

「……うん……」

 二人で少し鼻をすすり、そして離れる。

「……地球からシャトルが来るの。……数時間後。……それでお別れね」

「……。うん……」

「……今度こそは、ロックを離さないようにね」

 ポン、と肩を叩いて励まされ、アリスは指先でこぼれた涙を拭って少し笑った。

「……がんばってみる」



「みゅみゅ。タグーはノアに残るみゅ?」

「……当たり前だろ。僕はノアの住人なんだから」

「みゅーっ。良かったみゅーっ!」

 笑顔でピョンピョンと跳ねるフローレルにカールは苦笑した。

「フローレルさん、タグーさんいないと寂しがるッスからねぇ」

 リタはピクッと眉を動かした。鋭い視線に気付いたフローレルは慌てて首を横に振る。

「フ、フローレル、タグーのことは嫌いみゅ! 大っ嫌いみゅ!!」

 タグーはじっとりと目を据わらせ、ため息を吐いてカールに目を向けた。

「……それじゃ、大体の話は決まったんだね?」

「そうッスね。地球に戻りたい人間はシャトルに乗っていくみたいッスよ。あとはそのままノアに帰るッス。……地球にはみんな帰りたがらないかと思ったッスけど、結構帰るみたいッスね……」

「……誰かが待っていれば、そこに帰りたくなるよ」

「タグーさんのことは地球では誰も待ってないッスか?」

「……さぁね。……けど、ノアに帰らなくちゃいけない。……それは確かだから。……僕はもう、ノアの人間だね」

「……。そう言ってくれると、オレとしては嬉しいッス」

 笑顔を見せるカールに、同じように笑顔を見せる。

 格納庫の一画――。

 ザックが「地球に戻るか?」という質問をクルーたちに聞き回り、それに答えるついでに各自休憩を取っている。

 タグーは紙のコーヒーカップを両手に持って、深く息を吐きながら天井を仰いだ。

「……早くノアに帰って……たくさん眠りたいな」

「帰ったらまだまだやることはあるッスよー。ヒューマがもっと住み易い環境を作ってくれるって言ってるッスからね、ノアコアも大改造するらしいッス」

「……はぁ。休む間もないのかぁ……」

「頑張るッス」

「みゅー。そういえば、アリスとロックはどうするみゅ? ノアに行くみゅ?」

 首を傾げるフローレルから、リタは「……そういえば」と、思い出したようにタグーを見上げた。

 タグーは俯き少し考え、鼻から息を吐きながら首を振った。

「……どうするかはあの二人が決めればいいことだよ。僕が口出しするコトじゃないし」

「みゅ。アリスはきっとノアに残るって言うみゅ」

「かもね」

 素直に返事をするタグーに、リタは心の中で「うっ……」とためらう。

「ロックはどうみゅ?」

「……どうかな」

「けど、前みたいに地球に誰かが待ってるってワケでもないっしょ? だったら地球に帰らずにノアに残るんじゃないッスかねぇ……」

 カールが目線を上に向けて呟くと、フローレルは「みゅーっ!」と、嬉しそうに飛び跳ねた。

「だとしたら楽しくなるみゅーっ!」

 リタは「……の、残ってもらわなくちゃ!!」と心の中で焦る。

 カールはコーヒーを飲み干したタグーに首を傾げた。

「ロックさんとはちゃんと話したッスか?」

「……まだなにも。どこにいるのかもわからない」

「話を聞いてみた方がいいッスよ。シャトル来るまでまだ数時間あるッスけど、地球に帰るなんて言ったら、また……大変なことになりそうッスから」

 そろっと囁くようなカールの忠告に、タグーは「……ハッ」と顔を上げた。

 ――それもそうだ。“あの二人”の間に立たされたらたまったモンじゃない。

「そ、そうだね。ちょっと話をしてくるよ」

 タグーは紙コップをクシャッと潰すと、「捨てておいて」とそれをリタに渡してそこから歩き出した。



「……なんだ? まだ目ぇ覚まさないのかよ?」

「そろそろだとは思うんですけどね」

 様子を見にやって来たロックにジュードは苦笑した。

「こいつ、一度寝るとなかなか起きない体質なんで」

「寝る子は育つってヤツか」

 ロックはため息を吐きながら対面の椅子に腰掛け、ハルを見守るジュードを窺った。

「傷は? 大丈夫なのか?」

「はい。平気ですよ」

 笑顔でうなずかれ、「そうか」と、ロックも少し笑みを見せた。そして、ゆっくりと息を吐き、そのままの笑みで腕を組んだ。

「……お前はよく頑張ったな。偉かったぞ」

 褒められるとは思っていなかったジュードはキョトンとし、すぐに恥ずかしそうに目を逸らして苦笑した。

「そんなことないですよ。……何がなんだかわからないくらいで。……情けないです」

「仕方ねーよ。いきなりコレじゃあな。……けど、お前はよくやった。俺はそう思うぜ?」

 どこかいたずらな笑みに、ジュードは少し笑う。

 ――そのまましばらく、二人ともじっとハルを見つめていたが、ロックが静かに切り出した。

「……で、どうするのか決めたのか?」

「……。はい。……、オレ、地球に戻ります」

「……そうか」

「……不安なことばっかりだけど……生活さえできたら、後は……自分と同じ境遇の奴らとか助けたり……、……いろんなコトを試したいんです。できること、全部。……やれることがあるなら、全部やりたい。……だから、軍隊も下りるつもりです」

「……ああ、その方がいい。……戦闘員になんて、なるモンじゃねーさ」

 目を逸らして答えるジュードにうなずき、「ただ……」と、続けた。

「……間違えるなよ? ……トニーとロマノの分まで生きようとか、そういうことは考えるな。……お前はお前なんだ。お前のためだけに生きろよ。……それが、二人にしてやれる一番いい報告だ。……お前が楽しく生きなきゃぁな」

 どこか寂しげな笑みを浮かべるロックに、ジュードは視線を落とし、「……、はい」とうなずいた。そして、そっとロックを窺う。

「……ロックさんはどうするんですか? ……地球には戻らないでしょ?」

「ああ。地球に戻ったって、俺の居場所はないからな」

「じゃあ……ノアですか」

「とりあえずはそんなトコだろ」

 答えながら椅子にふんぞり返って天井を仰ぐ。――と、コンコンとノックと同時にドアが開いてそこからタグーが顔を覗かせた。

「……あ、いたいた」

 中に入ってドアを閉めると、まずはベッドの足下からハルを窺った。

「……まだ目が覚めないか……」

「はい。……、タグーさん、お疲れさま」

「……キミの方こそ」

 笑顔のジュードにタグーは苦笑した。

「キミがいなかったら、僕は間違いなく死んでたよ」

「それはこっちのセリフです」

 ジュードは情けなく笑った後、一息吐いて顔を上げた。

「……オレ、地球に戻ることにしました」

「――え!?」

 タグーは驚きを隠せずに目を見開いて身を引く。

「なんで!? ノアに行くと思ってたのに!!」

「……地球でイチからやり直します。……そう決めました」

 申し訳なさそうな笑みで俯く彼に、タグーは残念そうに眉を寄せた。

「……そ、そうなのか……。……アリスには言った?」

「いいえ。けど……気付いてると思います。勘がいいですから」

「そうか……。じゃあ……ハルも?」

「……それは、こいつが決めることだから。……シャトルが来るまでに答えを出すと思いますよ」

「いいじゃん。このまま連れて帰れよ」

 ロックの言葉にジュードもタグーも顔をしかめる。

「起きないこいつが悪いんだ。それに、こんなやつノアに行ったってみんなと協調性取れるとは思えねぇし」

 「キミ程じゃないと思うよ」と、タグーが突っ込むがロックはそれを無視。

「お前みたいなしっかりしたヤツが傍にいないと、こいつはダメだね。強制的に連れて帰れ」

 無愛想に顎をしゃくられ、ジュードは「ハハ……」と微妙に笑った。

 タグーは「ったく……」とため息を吐いたが、間を置いて、そっと切り出した。

「ロック……、話があるんだ」

「あン?」

「これからのこと。……全然話してなかったろ?」

「ああ」

 ロックは「よいしょ……」と椅子を立つとジュードを見下ろした。

「じゃあな」

「……」

「見送りできても、話すことはできねぇだろうから。……元気で暮らせよ」

 ベッドを挟んで手を差し出す。ジュードはそれを見て、立ち上がり強く握った。

「……ありがとうございました」

「礼を言われるほどのことをやった覚えはねーけど」

 お互い笑顔で握手を離し、ロックはハルを見下ろして彼の頭に手を置いた。

「……お前らはこれからだ。きっと楽しく過ごせる。そう信じてる」

 そう笑顔をこぼして、ベッドを回りジュードの肩を叩いて部屋を出た。

 タグーはその背中からジュードに目を向けた。

「短い間だったけど……、キミたちと過ごせて良かったよ」

「……オレもです。……ありがとうございました」

「……元気で。……ハルと仲良くやっていくんだよ」

「……はい……」

 握手を交わし、「……それじゃ」とタグーはロックの後を追う。

「タグーさん」

 呼び止められて、タグーは「ん?」と足を止めて振り返った。ジュードは彼に近寄ると、ズボンのポケットから何かを取り出し、タグーに向けた。タグーが首を傾げながらも手のひらを向けると、ジュードはそこにそっと何かを乗せた。

「……ガイさんからです。……、お守りだって」

「……」

 タグーは手のひらの上のペンダントをじっと見つめた。

 ――お守りの意味を知らなかった彼に、「それを身につけている人には不幸がないとか、怪我をしないとか。贈ってくれた人の優しい思いが込められてて、それが力になって護ってくれる」と教えた。「心配する気持ちが形になる」と――。

 タグーは見つめていたそれをそっと包むように手を丸くし、ズボンのポケットに入れた。

「……ガイさんのこと……。……」

 言葉を濁して俯くジュードに、タグーは間を置き、少し笑顔を見せた。

「ガイはいつまでも僕の親友だ。……探しに行くし……待つよ」

 ジュードは顔を上げて「……。はい」と笑顔でうなずいた。その笑顔に応えるようにタグーは微笑み、部屋を出た。そして通路の壁にもたれて待つロックの傍に行く。

「……よく考えてみたら、キミとはゆっくり話す機会ってなかったね」

「ま、ゆっくり話す暇がなかったからな」

 肩をすくめるロックに「うん」とうなずき、深く息を吐いてから間を置き見上げた。

「それで……、これからどうするか、決めた?」

「ああ」

「そうか。……で、どうする?」

「どうするって?」

「……だから……ノアに行くんだろ?」

「連れて行くんだろ?」

 何気ない表情で首を傾げるロックにタグーは目を据わらせた。

「そういう言い方やめろよ。……ノアに行きたくないのか?」

「さぁなぁ」

 口をへの字に曲げてそっぽ向く、どこか投げやりな彼にタグーは顔をしかめた。

「なに、その……無気力な言い方」

「そりゃ無気力にもなるだろ。役目が終わったんだから」

「……。……え?」

 ――タグーの表情がなくなる。

 ロックは何事でもないように彼を真っ直ぐ見た。

「俺はこの戦いのためだけに作られたアンドロイドだ。戦いが終わればもう用はない。そうじゃなかったのか?」






 アリスは息を切らした状態で部屋の中に飛び込んだ。先に来ていたカールとフローレル、そしてリタとフライスが彼女を振り返った。そしてタグーとロックも。

 アリスは困惑気味に近寄り、ロックを見上げた。

「……なに? なんなの? どういうことなの?」

 ロックは「ったく……」と深くため息を吐いて訝しげに腕を組んだ。

「だぁーからぁー。お前たちはいったい何をゴチャゴチャ言ってンだよ」

「どういうことなのっ?」

 戸惑いを露わに身を乗り出して問うアリスに、ロックは口を尖らせた。

「どういうこともなにも、役目が終わったんだから機動を停止しろって言ってンだよ」

「……。役目、って……」

 アリスは少し目を見開き、慌てて首を振った。

「なにワケのわからないことっ!」

「もう忘れたのか?」

 ロックはもう何度目かわからないため息を吐いて顔をしかめた。

「俺の役目はこの戦いのためにお前らに力を貸すこと、それだけだった。戦いも終わったし、俺の役目はもう終わった。そうだろ? なのに、それが役目じゃないとかどーとか。お前らの言ってることの方がワケわかんねーよ」

 不服そうにみんなを見回す。

 アリスは愕然とタグーを振り返った。「……どういうことなの!?」と目が訴える。

 タグーは戸惑いながらも真剣にロックへと腕を広げた。

「ロック、言ってるじゃないか。確かに最初の目的はそれだったかも知れない。けど、キミには考えることもできるし、選ぶことだってできるんだ。生きようとすることだってできる。それを止める権限は誰にもない。……キミが全てを決めたらいいんだよ」

「そういうの、わかんねーよ」

 フン、とそっぽ向かれ、「わかるだろっ?」と睨み聞くが、ロックは更にフン、とそっぽ向いた。

「わかんねぇ。考えるのもめんどくせーし」

「ちゃんと考えろっ!」

 睨み怒られて、「うーんっ……」と悩み考えた後、「よし!」と顔を上げた。

「じゃあ機動を止めてもらうっ!」

 ふざけた態度にタグーはムカッ! と眉をつり上げた。

「あのなぁっ!」

 突っ掛かろうとしたタグーの肩をフライスは掴み止め、ツーンと愛想なく遠くを見ているロックを窺った。

「……どうしてなんだ? 訳を聞かせてくれ」

「ワケ?」

 ロックは顔をしかめた。

「だからさっきから言ってるとおり」

「そうじゃないだろう」

 フライスは彼の言葉を遮って首を振った。

「……どうした? 何か不安でもあるのか? 何かためらうものでもあるのか?」

 問い質すわけでもなく優しく聞くと、ロックは少し拗ねるように視線を斜め下においた。ただそれだけで何も言わない。

「……ロック、言わなくちゃわからないだろ。……お前が生きていくことに誰も反対してない。むしろ、生きてくれれば嬉しいと思ってる。……納得の行く説明が欲しいんだ。辛いなら辛いでもいいんだ。……役目が終わったからっていう理由は誰も信じないぞ?」

 まるで子どもをなだめる親のよう。

 ロックはしばらくして「……チェッ」と舌を打った。

「なんなんだよ、いったい……。別にどうだっていいじゃねーか。決めろって言われたから決めただけだろ。俺がそう決めたんだ。俺はもう眠る。スクラップしろよ」

 拗ねて駄々を捏ねているようなその言葉だが、アリスは悲しげに目を見開いた。

 フライスは少し呆れて息を吐く。

「……ロック」

「いいじゃねーかっ。何がダメなんだよっ」

 フライスの言葉を遮って不愉快げに文句を言うと、リタが「駄目だよっ」と身を乗り出した。

「ちゃんと寿命で死ななきゃ駄目なのっ」

 口を尖らせるリタをロックは「ハッ」と鼻であしらって腰に手を置いた。

「寿命? 俺は人間じゃないってーのっ」

 睨み下ろされてリタは頬を膨らませた。

「けど、ちゃんと成長するし、ちゃんと心臓あるんだよ? 私たちと同じように食べるし、寝るし」

「だからなんなんだよ?」

「……だから、……」

 リタは言葉を詰まらせて目を泳がせるとカールの後ろに隠れた。

 フローレルは「みゅー」と悲しげに首を傾げた。

「ロック、どうしたみゅー? どうしてそんなこと言うみゅー? どうして生きたくないみゅー?」

「そうッスよロックさん。これからって時に」

 カールにも心配げ訊かれ、ロックは鼻から息を吐いた。

「これからって時だからだろ」

 そう答えて近くにあったテーブルに腰を下ろした。

「これからが再出発なら、今、この時に決めた方がいい。あとで機動を止めたいって思うより、今の方がいい」

「……辛くなるからか?」

 フライスが真顔で問い掛けるがロックは答えない。代わりに肩をすくめた。

「俺はお前らとは違うんだ。確かに人間のように作られてる。ひょっとしたら似たような寿命ってヤツも仕組まれているのかもな。けど、本質は変わらない。俺はアンドロイドだし、お前らは人間だ。もしなんらかの戦いがあった時、お前らはきっと、今回みたいに戦うアンドロイドとして俺に頼るだろ。丈夫だからな」

 タグーは愕然と目を見開いて「……そんなことない!」と慌てて身を乗り出した。

「戦うアンドロイドなんかじゃない! そうじゃないって!!」

「じゃあ、俺はなんのためにここにいるんだ? なんのために起動させた?」

「……だからっ、最初はそうでもっ!」

「その最初が肝心なんだ。俺にとっては」

 今までとは違った神妙な顔で、言葉を切らすタグーを真っ直ぐ見つめた。

「その命令に従うように最初にインプットされている。だから、お前たちの言うことをちゃんと聞いてきたんだろ。お前がそうインプットしたんじゃなかったのか?」

 タグーは戸惑い目を泳がせていたが、「……けどっ」と、悲しげに眉を寄せて腕を広げた。

「どうして考えようとしないんだ? どうして自分で選ぼうとしないんだ?」

「選んでどうなる? 俺に選ばせてお前らは何をしたいんだよ? お前らはどうしてそこまでして俺を生かそうとするんだ? なんでなんだ? ……たくさんの奴らが犠牲になった。……誰もクリスを止めなかったのに、どうして俺は止められなくちゃいけないんだ?」

「……お前が死んでも誰も喜ばないし、誰も幸せにはならないからだ」

 フライスが冷静に答える。

「……クリスの死は無駄じゃない。……他のクルーたちの死も。……けれど、お前の死は無駄だらけだ。違うか?」

 優しく問い掛けるフライスに、ロックは少し目を逸らし、俯いた。

「……違う。……俺はアンドロイドだ。……人間の世界にいちゃいけない」

 今までの威勢をなくして、視線を落とす。

「戦うために生まれた。……俺はもう、ここにはいられない。……何をしたらいいのかもわからない……」

「……生きて、……誰かを好きになればいい」

 フライスは軽く首を振った。

「何をしたらいいのかは後から付いてくるんだ。生きていれば、それこそ山のようにやらなきゃいけないことがたくさんある。歩いていれば、いろんなトコに行ける。立ち止まってちゃ何もわからないさ」

「……」

「確かにお前を戦うために呼んだ。……けれど、誰もお前をそんな風には思っちゃいない。お前の気持ちを汲んでやれないだけかも知れないが、オレたちにとってはお前はロックだ。アンドロイドだとか人間だとか、そんなものに縛られちゃいないんだぞ。現に、カールとフローレルは見た目は一緒だが、生態系も違うし言葉だって違う。でも、こうして一緒にいることができる。……仲間だからだろ?」

「……」

「お前も同じなんだよ。仲間なんだ」

 カールとフローレルが「うん」とうなずく。

 ロックは俯いたまま目を細めた。そんな彼の肩に、タグーはポンと手を置いた。

「……一緒にノアに戻ろう、ロック。……一緒に生きていこう?」

 優しく声を掛ける彼の方は見ず、ロックはしばらく間を置いて深く息を吐いた。

「……条件がある」

「……、なに?」

「俺のメモリを全てクリアにしろ」

 タグーは表情を消した。

「全ての記憶を無くせ。ロックって名前もなく、お前らの記憶も完全になくして別の人格としてメモリに書き込め」

 タグーは少し悲しげに眉を寄せた。

「……なんで? なんでそんなコトしなくちゃいけないんだ? このままでいいじゃんか」

「するのか、しないのか、どっちだ?」

「……。しない」

「そうか」

 ロックはため息を吐くと、無表情にタグーを見た。

「創造主、知ってるか? 俺は自分の意志で機動を止めることができるんだぜ。お前の手がなくてもな」

 タグーは大きく目を見開いた。

「お前は俺が機動を止めれば復活させるつもりかも知れないけど、それこそ、お前になんの権限があって俺を呼び覚ますんだって話だ」

「……」

「迷惑なんだよ、お前らに良いように起動させられたり、ああしろこうしろって言われるのは。俺を引っかき回して楽しいのか?」

「引っかき回してるつもりはないよっ。僕たちはただっ……、その……」

 睨むロックにタグーは困惑して身振り素振りで訴えるが――

「……そんなに……イヤなの……?」

 じっとしていたアリスが、俯いたまま小さく問い掛ける。

 ロックは肩をすくめた。

「イヤだね。お前ら人間のわがままに付き合うのは。戦うために起動させられたり、コレで終わりかと思ったら生きろって言うし、自分で決めろって言うから決めたのにダメだって言われたり。自由って感じを振りまいておいて、全然自由なんてありゃしねぇよ。自分たちの都合のいいアンドロイドでも作ればいいんじゃねーの?」

 突き放すように文句を吐いて、フンっとそっぽ向く。

 アリスは俯いたまま。――少しずつ視界がぼやけてくる。

 ロックは「……よっ、と」とテーブルから下りると、みんなの横を通り過ぎた。

「俺は誰の命令も聞かないからな」

 そう言葉を残して部屋を出ていった。

 ――残されたみんなは何も言えずに突っ立っていたが、タグーはグッと歯を食い縛り、俯いているだけのアリスの手を掴んだ。

「……追いかけるよ」

「……」

「追いかけなくちゃ」

 真顔で誘うタグーに、アリスは俯いたまま、首を横に振った。

「……もういい。……好きにさせたらいい」

「なんで? このまま放って置いたらホントに」

「……それでいいよ。……それを望んでるんだから」

 声が震えると、握っている手も震え出す。

 タグーは真剣な表情で首を振った。

「ダメだ。……それじゃ、また繰り返しになるじゃないか」

「……」

「繰り返しちゃいけないんだ」

 タグーは有無を言わさず、アリスを引っ張ってロックの後を追いかけた。カールとフローレルは不安げに目を見合わせ、リタは部屋を出た二人の背中を見送り、フライスを不安げに見上げた。

「……ロック兄ちゃん、……いなくなるの……?」

 フライスは悲しげに問い掛ける彼女を見下ろし、そっと肩を抱いた。

「……タグーとアリスに任せよう。……三人に決めさせたらいい」

 ――ロックの背中を追いかけ、そのまま個人部屋へと消えた彼の元へと急ぐ。ドアの前で足を止めると、タグーは引っ張られるまま付いてきたアリスを振り返った。――彼女はまだ俯いている。

「……後悔したんだろ? ロックをなくした時に」

 必死な顔で、アリスの腕を掴んで揺さ振った。

「だったら、今度はちゃんと引き留めなくちゃ。自分の気持ちを伝えなくちゃ」

 説得するような言葉に、アリスは少し視線を落とした。

 タグーは彼女の腕から手を離すと、ドアを見つめ、チャイムを鳴らした。しばらくするとそこが自動で開き、静かに足を踏み入れる。

 殺風景な部屋――。ただ寝るためだけのベッドと、隅にカフェテーブルがあるだけ。その奥、強化ガラスに背を付けてロックは腕を組み深くため息を吐いた。

「……お前らなぁ……。ホンット、しつこいぞ」

 不愉快そうな言葉にタグーは応えることなく、アリスを引っ張って彼の傍に近寄った。

「言って置くけど、俺の気は変わらないからな」

「……ロック、何度も言ってるだろ」

 タグーは真顔で彼を睨んだ。

「キミは僕たちの仲間なんだ。仲間がいなくなるっていうのを黙って見過ごせるワケないんだから。それくらい、キミにだってわかるだろ。……クリスがいなくなるのを止めようとした、それと同じコトなんだ。……ここでキミをなくしたくないんだよ」

 真剣に訴えているのに、ロックは「ふうん」と鼻で返事をしてそっぽ向く。

 タグーは「……ったく」と呆れてため息を吐いた。

「……なんでそうやって意地を張るんだ……」

 そう呟くと、「……ほら」と、アリスを引っ張ってロックの前に立たせた。

 つまずくようにそこに近寄ったアリスは、ためらって視線を斜め下に向けていたが、意を決し、顔を上げるとそっぽ向いているロックを真っ直ぐ見つめ、何かを言おうとして口を開けた――が、結局そこから言葉が出ることはなく、また視線を落とす。

 そのままじっと俯いて黙り込む彼女と、ただ窺うだけのタグー。……静かで重い空気が漂った。

 そっぽ向いていたロックは段々と目を据わらせ、「……あぁー! もぉ!!」と自棄気味な言葉を吐いて二人に背を向け、ガラスの向こうを睨んだ。

「ったく! どいつもこいつも!!」

 背を向けたままで苛立ちを露わにする。

 タグーは「……どうすンの?」と横目でアリスを見た。――だが、彼女はやはり俯いたまま、悲しげに目を細めて何も言わない。

 ロックは「……はあ」とため息を吐いてガラスに手を付け、項垂れた頭のおでこもゴンッとガラスにぶつけた。

 そして――

「……お前らが何言ったって、俺の気は変わりゃしねぇよ……」

 タグーはロックの背中を、ガラスに反射した項垂れた顔を見つめた。

「……お前らの言ってることはわかる。仲間だって言ってくれるのは嬉しいし。……けど、なんて言うか……違うんだよな、やっぱり。人間に似せて作られてても人間じゃない。そう感じるんだ。……お前らとは違う」

「……そりゃ違う。中身のデキは僕たちとは全然違うよ。……けど、ほとんど僕たちとは変わらない。……キミがそれを認めないだけなんじゃないの?」

 タグーは神妙に言葉を続けた。

「アンドロイドだっていうことを罪のように思ってるだろ。だから、人間に近くっても受け入れられないんだ」

「……かもな」

 ロックはそう認めて、目を細めた。

「けど、それだけじゃない。……俺は、……前にもう一人の俺がいたはずだ」

 タグーはピクッと目蓋を動かした。

「……そいつがどんな生活を送っていたかはわからない。けど……そいつが死んだ時に全てが終わっていたはずなんだ。俺は今まで何度、生と死を繰り返してきたのか、それさえも知らない。そのたびに誰かに会って、そして、そいつのことを忘れてまた別人になる。……終わってるはずなのに、終わりがない。……こうやって思ってても、また違う何者かとして起動すれば、このことも忘れる。……また繰り返す。……死んで、生き返って、新しい自分になる。そしてまた死ぬ。……二度とそんなことがないっていう保証はどこにもない。……オレがアンドロイドである限り」

 タグーは目を細め、足下へと視線を落とした。

 ロックはゆっくりと顔を上げて宇宙空間を見つめた。

「勝手に機動を止めてしまおうと思えばできてたんだぜ?」

「……」

「そうしようかと思ったけど、……それじゃ駄目だもんな」

 ロックは少し視線を落とし、間を置いて二人を振り返った。

「お前らに、……お前らの手で俺を止めて欲しいんだ」

 タグーは眉を寄せ、アリスは俯いたままで目をギュッと閉じた。

「そして、二度と起動することのないよう……永遠に弔ってくれ。……人間と同じように」

「できるワケないって!!」

 タグーは身を乗り出し睨み上げた。

「どこに仲間の息の根を止めるヤツがいるんだ!? そんなことできるワケないじゃんか!!」

 顔を紅潮させて息を震わせる、興奮状態のタグーにロックはそれでも冷静な目を向けた。

「……お前らだから、俺は言ってるんだ」

「……、そんなっ……!!」

「他のヤツじゃ駄目なんだ。……お前らだから言えるんだ」

 どこか落ち着いた雰囲気のロックに見つめられ、タグーは歯を食い縛って不愉快げにそっぽ向いた。

「……ヤだよ、そんなことできない」

 ギュッと拳を作ってそれを震わせると、手のひらに爪が食い込んだ。

「……生きて欲しいって思ってるのに。……なんでそんなことできるんだよっ」

「やれ。それがお前らの最後の役目だぞ」

「勝手に決めるなよ!!」

 タグーは怒りを露わに怒鳴ると、顔を上げて、俯いているアリスを肩で押しやりガッとロックの腕を掴んだ。

「僕たち仲間だろっ!? ずっと仲間なんだろっ!? ……キミは生き続けることができる人なのに!! 離れて生きてたって、幸せに過ごしてるって願うことができてたのに、それさえもできないなんて!!」

 睨み訴えるタグーの目に段々と涙が浮かぶ。

「生と死を繰り返すのはこれが最後だよ! 後はもう普通に生活できるんだから!!」

「……、タグー」

 強く腕を掴んで必死に見つめるタグーの腰の服を掴んで、ロックは穏やかな笑みを向けた。

「俺は、最初に死んだ時に終わってたんだ」

 タグーは愕然と目を見開くが、ロックは笑みを消すことなく軽く首を振った。

「今のこの俺は、お前らの理想の愚物なんだよ。本当の俺じゃない」

「……ロックはロックだろ!? そうなんだろ!?」

 タグーがすがり叫ぶが、ロックはまた首を振った。

「そうインプットされただけだ。……違うか?」

「このまま生き続ければそんなのは消えてしまう!!」

「……お前らの中からはな」

「……」

「俺の中からは消えない。……一生消えないんだ。付きまとうんだ。……人間じゃないことも、お前らと違うことも。……誰かが死んだ時、俺も同じように死ねるのかって考えた時、同じようには死ねないだろうなって思う瞬間、……人間じゃないことを知るんだ。……だから、……人間のように弔ってくれ。それが望みなんだ。……人間として、最期を遂げたいんだ。……お前らにやって欲しいんだ。……、仲間だから」

 微笑み言う、その顔を見つめていたタグーは、気力をなくしたかのように彼の腕から手を下ろして視線を落とし、項垂れた。

 ――アリスの目から涙がこぼれた。

「……これで……、……さよならってコト……?」

「……ああ。そうだ」

「……。……もう、会えないってコト……?」

「……ああ」

「……。……、けど、私たちの手であんたを止めてしまったら……、……あんたはアンドロイドとして死んだってコトになるじゃない。……人間として弔って欲しいんでしょ……? ……アンドロイドの死に方になっちゃうじゃない……」

「……それでいい。……俺はアンドロイドだから」

「……」

「……ただ、最後にしたいだけなんだ。……弔って欲しいんだ。……ダグラスたちみたいに」

「……」

 ポト、ポト、と涙が床に落ちる。

 ロックは視線を落としたままのタグーの腕を撫で、手を伸ばして俯いて泣くアリスの頭をグリグリと撫でた。

「そんなに悲しむなよ! コレでやっと願いが叶うってのに! お前らにメソメソされたんじゃ後味悪いだろ!?」

 冗談っぽく笑う。

「ま、俺様がいなくなって戦いが起こった時は、てめぇらでがんばれよってコトになるけどなっ。そん時ゃそん時でなんとかなるだろ! 負けそうになった時はロックがいてくれたらなって、俺を思い出して感謝でもしてろよ!」

 ふざけた様子で冗談めいた台詞を元気よく言うが――、二人は笑わない。

 ロックは「……ったく」と、呆れてため息を吐いた。

「いつまでもシケた面すンなよ。ただでさえ女々しい奴らなのに」

 そう言って少し間を置き、二人を引き寄せギュッと抱きしめた。

「――お前らには感謝してる」

 小さな声が近くに聞こえた。

「……最後にお前らと会えて、良かったよ」

 穏やかで、優しい声……。

 アリスは顔を歪めて肩を震わせ、息を詰まらせた。

 グッと歯を食い縛っていたタグーは力一杯目を閉じ、そしてそっと開けると、ロックの背中に手を回し彼を抱きしめた。

「……お前らは俺の大切な仲間だ。……ずっと。……、ありがとう」

 アリスは大粒の涙をこぼしてロックの背中に腕を回した。――ちょうどタグーの手と重なる。

 ロックは二人を抱きしめたまま、少し笑みをこぼして目を閉じた。

「……お前らのこと、見守ってるよ。……寂しくなった時は上を見ろよ。……俺はそこにいるから。――刻んだあの星に」

 ――その言葉に、アリスは目を大きく見開いた。

「……タグー、……アリスのことを頼む……――」

 咄嗟に涙に濡れた顔を上げ、ロックをすがり見上げた。

「ロック! 私っ……!!」

 彼の顔を見たと同時、重ねていたタグーの手が動いた。それを感じたアリスは「……」と目を閉じているロックを見つめ、小さく首を傾げた。

「……ロック……? ……、……ロック……?」

 呆然とした表情で名前を繰り返し呼ぶ。

 タグーは目を閉じると、ロックを支え腰を下ろした。アリスは立ったまま彼らを見下ろす。

 ――穏やかな顔のロック。

 タグーは彼を抱き支えたままじっと見つめた。

 もう、動くことはない。笑うことも、怒ることも、話をすることも。

 そっと撫でた頬がまだ温かくて、柔らかかった。――でも、もう目を覚まさない。タグーは顔を歪めてポロポロと大粒の涙を流し、ギュッと頭を抱きしめた。「う……、っ……」と、震える背中の奥から声が漏れ、愛おしむように何度も何度も頭に頬をすり寄せる。

 アリスは新たな涙をこぼすと、ガクンッと力なくひざまづき、二人を包むように腕を広げて抱きしめた……。











「……」

 星が頭上に広がっている。

 涼しい風が吹き抜け、それに合わせて草が優しく揺れ動く。

 アリスは荒れたままのひまわり畑で足を止めた。

 ――地球に帰るクルーたちを見送り、それから数日、何事もないことを確認するように宇宙に停滞し、やっとノアに戻ってきた。住人たちみんなが彼らの帰りを喜んでくれた。

 キッドはすぐにフライスとリタを探し、その無事を確認すると涙して喜んだ。

「ジェイミーがずっと泣いていたの。……泣きやまなくて、ひょっとしたら何かあったんじゃないかって。……無事で良かった。本当に良かった」

「……。……クリスが死んだんだ」

「……」

「……死んだ。……ガイも、……、……ロックも。……大勢死んだ」

 俯いたまま、小さく報告するフライスに、キッドは息を詰まらせて涙を流し、ただ彼と抱きしめ合っていた。

 リタはそんな二人を見て悲しみに目を細めていたが、「いあーっ!」と、遠くから走ってくる姿に顔を上げ、泣き出しそうな笑顔で駆け寄って抱き上げた。

「ジェイミー!!」

「いあーっ!」

「リタ、でしょっ? ……ンもーっ、相変わらずなんだからー!」

 呆れながらも顔は嬉しさで一杯。ジェイミーも嬉しそうにリタの首に腕を巻いてはしゃいだ。

 ――その後、宇宙での出来事を全ての住人たちみんなを集めて話し、その日はそのままで終わった。

 みんなが久し振りにくつろいだ。だが、その日の夜は、ほとんどの者が眠れなかった。――体は疲れ切っている。疲労感に襲われて眠れるだろうと思っていたが、すぐに目が覚めてしまう。そして、誰かの姿を探す。一人じゃないことを確認する。いつまでこんなことが続くのかと、不安と恐怖に包まれて――。

 ……そして翌日、昼から犠牲になったクルーたちの出棺式が執り行われた。遺体のない者も含め、みんなで見送った。――ロックも、ガイも。そしてクリスも。彼らはいずれ、北の霊園所に安置されるだろう。

 フライ艦隊群は、この日を以てフライスの手で終艦となった。

 残された母艦ケイティ、そしてその他の艦はノアコアの周辺に着艦し、同様に管理される。戦闘機類は、いずれヒューマが引き取り、処分していくだろう。

 ノアに来た約半分ほどのクルーたちは涙に暮れた。悲しみに暮れ、みんなで沈んでいた。何も考えることができなかった。

 だが――

「……こんな時は騒ぐに限るみゅーっ!!」

 と、フローレルが早速無事にノアに帰って来れたことを祝杯。それは彼女から次第に周りに広がり、夜になる頃にはノアに住むみんなに広がった。バカ騒ぎをするまではいかないが、それでも、互いの無事を労い、そして語り合う。……そんな彼らの中を抜け出し、アリスはここまでやって来た。

 ……ポツンとひとつ、ひまわりが立っている。

 空を仰ぐ“顔”が、まるで星空を見上げているよう。

「……元気になったんだね。……応急処置が効いたかな……」

 茎を優しく撫で、そして夜空を見上げた。

 いつ見ても変わらない星空――。だが、そこには恐怖を映し出すようなものは何もない。

 ゆっくりと、何かを探すようにそこを見つめ続けていたが、ふと、人の気配にそちらを振り返った。

「……ジェイミー」

 デコボコ道をヨタヨタと歩いてくる姿にアリスは「またぁー」と苦笑した。

「こぉーら。こんなトコに来たらパパとママに怒られるって言ってるでしょ?」

 ジェイミーは首を傾げると、「あいうーっ」と笑顔で走ってくる……途中でつまずいた。アリスは「うわっ」と少し顔を歪めたが、当の彼女はなんでもなかったかのようにすぐに立ち上がり、スカートに付いた土を払う。

 アリスは小さくため息を吐いた。

「……ケガしてない? ……こんな所に一人で来ちゃ駄目よ?」

 口で言いながら、心の中でも同じように呟く。すると、ジェイミーは「うー」と少し拗ねるように口を尖らした。そして一本のひまわりを見つけると、笑顔でそこに近寄って茎を掴む。

「ああっ、だ、駄目よっ!」

 ブンブンッと大きくひまわりを揺らす彼女を見て、慌てて上からひまわりを掴んで固定した。

「やっと元気になったばかりなんだからっ。いじめるようなコトしちゃ駄目なのっ」

 め! と軽く怒ると、ジェイミーは「うーっ……」とふてくされながらひまわりを放した。

 アリスは「……もう」と肩の力を抜いて少し笑う。

「……ほら、このひまわりがたくさん種を蒔いてくれて、もっともっと花を咲かせてくれるからね。……大切にしなくちゃ」

 ……そう……。ロックが残したものだから……――

 アリスは一息吐いて再び夜空を見上げた。

 ……また聞けなかったな……。……答え……――

 夜空を見回すアリスを見上げてジェイミーは首を傾げるが、ふいに「?」とどこかを振り返った。そこをしばらく見つめて、たまに顔をしかめ、たまに考え込む。何かをボソボソと呟き続け、そして数分後、アリスを見上げた。

「……ありすー」

 アリスは目を開いて「……え?」とジェイミーを見下ろした。

 ジェイミーは彼女と視線が合うとニッコリ笑う。

「すきだったー」

「……」

「ありすー。すきだったー」

 笑顔で告げるジェイミーを見ていた目にブワッと涙が浮かび、アリスは唇を震わせ少し息を詰まらせると、顔を歪めてそっぽ向くように夜空を見上げた。

「……、……遅いわよっ。……バカ!」

「ありすー。すきだったー」

「……、……」

「すきだったー」

「……」

 ――目尻から涙がこぼれる。後から後から涙が伝い落ち、息を震わせた。

 視線の先には、一際輝く明るい星……。

『……お前らのこと、見守ってるよ。……寂しくなった時は、上を見ろよ。……俺はそこにいるから。――刻んだあの星に』

「……」

 アリスは鼻をすすると深く息を吐き、そして、笑みをこぼしながらしばらく星を見つめ続けて心の中で何かを呟いた。ジェイミーはじっとアリスを見つめていたが、首を傾げ、にっこり笑うと「うんっ」と言わんばかりに強くうなずいた。心の声を聞かれてしまったか――。

 アリスは「……ふふっ」と笑い、ひとつ、深呼吸をして体の力を抜くと、間を置き、ジェイミーを見下ろしてすっと手を差し出した。

「……、行こうか?」

 ジェイミーが嬉しそうな笑顔で腕を伸ばして手を繋ぐ。その小さな手を握り返し、アリスは振り返ることなくひまわり畑を後にした。

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