知らない子供に「ママ」と言われた話
駅のホームで電車を待っていた。
いつも通りの時間。
いつも通りの場所。
ただ電車を待っていただけだった。
事件は突然起きた。
小さな手が、私の指をぎゅっと握った。
え?
何が起きたのか分からず、隣を見る。
そこには、小さな子どもがいた。
そして満面の笑顔で一言。
「ママ」
……。
時間が止まった。
いや、違う。
私はあなたのママではありません。
もちろん声には出せない。
突然すぎて、頭の中の処理が追いつかないから。
目の前の子どもと私、何故だか見つめあう。
数秒の沈黙。
たぶん、子供にとっても「知らない人の手を握ったのに反応がない」という状況だったのだろう。
次の瞬間。
泣かれた。
大きな声で泣かれた。
いや。待って。
泣きたいのはこちらです。
なぜ私は今、駅のホームで突然「ママ認定」され、そして泣かれているのでしょうか。
周囲の視線が集まる。
痛い。視線が刺さりまくる。
頭の中に浮かぶ嫌な未来。
「知らない子どもを連れている人」
「誘拐犯」
という誤解。
いやいや違います。
私は本当にただ電車を待っていただけです。
まだ何もしていません。いや、する予定もありません。むしろされた側です。
そんなことを考えていると、少し離れたところから慌てた様子の人が近づいてきた。
パパらしい。
「あ、ごめんなさい!」
その一言で、全身の力が抜けた。
よかった。本当によかった。
ありがとう。救世主。
人生で初めて、「親が見つかってよかったね」と実感した瞬間だったかもしれない。
パパさんは子どもに向かって、
「似てないね。びっくりしたね」
と優しく声をかけていた。
その言葉を聞きながら、私はどういう顔をすればいいのか分からなかった。
似てない。
うん。
知らんがな。何故間違えた。
私もびっくりしてるんだよ。
たぶん子どもからすると、何か雰囲気が似ていたのだろう。
人違いとは恐ろしい。
でも、少し考えてみると面白い。
世の中には、道を聞きたくなる人。
話しかけやすい人。
なぜか子どもに選ばれる人。
そんな人がいるのかもしれない。
私はどうやら、その中の一人らしい。
ただ、一つだけお願いしたい。
私はママではない。もうちょっとだけ確認しておくれ。そして、駅のホームで突然泣かれると、こちらの心臓にもかなり負担がかかります。なんかごめんよ。
たぶん、あの子にとって私は一瞬だけ「安心できる人」に見えたのだろう。
そう考えると、悪い気はしなかった。




