第11話 そして、契約へ・2
春風との「契約」をかけた勝負(?)の末、見事、その権利を勝ち取ったオーディン。
そんな彼の様子を見て、
(ど、どうしよう。『やっちまった感』が半端ないんだけど)
と、今になって神々に対してとんでもなくふざけた提案をしてしまったことに対する「後悔」と「罪悪感」に駆られる春風と、
『うぅ、契約ぅ……』
と、今も涙(もしくは血涙)を流して悔しがるアマテラスら他の地球の神々を前に、
「さぁ春風君、契約する神が決まったところで、早速契約を始めようじゃないか」
と、パァッと表情を明るくしたオーディンが、春風に向かって笑顔でそう声をかけてきたので、
「お、お願いします!」
と、春風は後悔と罪悪感に塗れた表情を変えてビシッとした姿勢でそう返事をすると、それを聞いたオーディンは、
「ふふ、そんなに緊張する必要ないよ。ほら、肩の力を抜いて」
と笑いながらそう言ったので、春風は「は、はい」と返事した後、すぐにオーディンの言葉に従うように肩の力を抜いて、ゆったりとした姿勢になった。
それを見てすぐ、オーディンは「よし」と頷くと、真面目な表情になって、
「いいかい春風君。君を僕の『分身』にする為に……まずは君の肉体を、一旦分解させてもらう」
と言った。
その言葉を聞いて数秒後、
「え? ぶ、分解!?」
と、春風はオーディンのまさかのとんでもないセリフにショックで目を大きく見開いたが、
「驚くのも無理はないだろうけど、これは必要なことなんだ。その辺りのこともちゃんと説明するから、どうか落ち着いて聞いてほしい」
と、オーディンは更に真面目な表情でそう言われてしまったので、春風は「え、えぇ!?」と怯えながらも、
「わ、わかりました」
と、どうにか表情をキリッとさせてそう返事した。
それにオーディンが「ありがとう」とお礼を言うと、
「春風君。今の君の肉体には、『エルード』の住人が行った『不完全な異世界召喚』の術式が刻まれている。まずはこの術式を一旦君の肉体から切り離さなきゃいけなくて、その為には君の肉体を分解する必要があるんだ。ああ、大丈夫。分解自体に痛みはなくて、寧ろ『気持ちいい』と思えるものだからね」
と、最後に何やら別の意味で不穏なことを言ってきたので、
(え、それはそれで大丈夫なんですか!?)
と、春風は表情には出さないように、心の中でそう呟いた。
そんな春風を前に、
「おっと、話がそれてしまったね。そして、肉体を分解した時に取り出したその術式を、僕達の方で調べた『エルード』という世界の『情報』と『理』を組み合わせて、君の新たな体の材料にする。それと僕の力の一部を混ぜ合わせて、君の体を再構築する。これが、君を僕の『分身』にする、契約の手順なんだ」
と、オーディンは真っ直ぐ春風を見ながらそう説明した。
その説明を聞いて、春風はタラリと汗を流しながら、
「は、はぁ、なるほど……」
と、返事すると、
「ただし、これには君の協力も必要なんだ」
と、オーディンがそう言ってきたので、
「え、それどういうことですか?」
と、春風が首を傾げながらそう尋ねると、
「さっきも言ったけど、君に刻まれた『異世界召喚』の術式は不完全なもので、それに加えて僕達が調べた『エルード』の『情報』と『理』も確かなものとは言えない。だから、このまま実行すると契約の最中に変な不具合が起きてしまうかもしれないし、最悪、君の存在自体が危うくなるかもしれないんだ」
と、オーディンがそう説明を続けた。そしてそんなオーディンに続くように、アマテラスをはじめとした他の地球の神々も、皆、「うんうん」と頷いたので、それを見た春風は、
「え、えぇマジですか!? だ、だったら、俺、どうすれば……!?」
と、ショックでオロオロしだすと、オーディンは「落ち着いて」と言って、
「大丈夫。体の再構築の最中、僕は君に幾つかの質問するから、君はそれに答えるだけでいいんだ」
と、優しい口調でそう言った。
その言葉を聞いて、
「え? し、質問……ですか? 体、分解されてるのに?」
と、春風は再び恐る恐るそう尋ねると、
「心配しないで。器である肉体は分解されても、中身である『魂』はそのままだから、肉体の再構築中は、言ってみれば君は『幽霊』みたいな状態になってるんだ」
と、オーディンは真面目な表情でそう答えたので、
(え? えぇ、それホントに大丈夫? 俺、ホント大丈夫なの!?)
と、顔を真っ青にした春風は心の中でそう呟きながら、更にオロオロしだしたが、すぐにハッとなって首を左右に振るった後、
(……いや、考えても仕方ないか。俺はもう、『エルード』って世界に行くことを決めたんだから)
と、心の中でそう呟いて、最後に自身の両頬をパンパンと叩くと、
「わかりました。オーディン様、お願いします」
と、真っ直ぐオーディンを見ながらそう言った。
その言葉にオーディンはニヤリと笑うと、
「それじゃあ、始めようか」
と言って、自身の右目につけてる眼帯を外した。
その眼帯の下にあるものを見て、春風は思わず「う……」と驚いた。
何故なら、眼帯を外したオーディンの右目が、とても「神様」の右目とは思えないくらい、不気味な赤い光を放っていたからだ。
その後、春風はハッとなって「す、すみません!」と大慌てでオーディンに謝罪したので、
「ああ、気にしなくていいよ。僕自身もこれはないだろって思ってるから」
と、オーディンは笑顔で春風を許した。
それからオーディンはその赤く輝く右目を自身の右手で覆い隠し、左手で春風の右目に触れると、
「契約、開始。雪村春風君を、僕の『分身』に」
と、穏やかな口調で静かにそう言った。
次の瞬間、春風とオーディンを中心に赤い魔法陣のようなものが展開された。
「うわ、眩し……」
と、突然のことに驚いた春風が左手で顔を覆い隠そうとすると、
「え? これは……!?」
なんと、自身の左手が、指先から赤い光の粒子のようになっていたのだ。
いや、左手だけじゃない。右手も左手と同じように光の粒子になっていた。
そして、足にも何かを感じた春風は、すぐにそれを確かめようとして、
「ちょっとすみません」
と、オーディンに一言そう言って足で上履きと靴下を脱ぐと、
(げ、こっちもかよ!)
なんと、両足までもがつま先から少しずつ赤い粒子となっていたので、
(うわぁ、ホントに俺分解されてるよ)
と、春風はタラリと汗を流しながら、心の中でそう呟いた。
するとそこへ、
「怖くなったかい?」
と、オーディンがそう尋ねてきたが、春風は穏やかな笑みを浮かべながら、
「いいえ。寧ろ……気持ちいいです」
と、オーディンに向かってそう答えた。
そして答えた後、春風の全身は粒子となって消え、その場には春風が着ていた学生服と上履きが残され、その上ではプカプカと青白く燃える火の玉が浮かんでいた。