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45 一時の気の迷い

 翌日。


 人生悪い日があれば、いい日もある。


 昨日はアリスはいないし、ヤギに一方的に消し炭にされるし、宿屋のおっさんには羽交い絞めにされるし、さらには宿屋の若女将ミリアさんに会うこともできなかった……。

 ろくでもなかったね。


 で、今日はログインして、いつものように絶と共にノートン村の出入り口に降り立つ。

 するとそこにはアリスの姿があった。


 いつもは勝気な彼女だが、今日は両手を身体の前で合わせて、どこかソワソワとした様子をしていた。

 もしかして、まだクイーンローパーのトラウマが抜けてないのか?


「絶ちゃん、スレイ」

 そんな彼女が、俺たちを見つけると、すぐに走って近づいてきた。


「アリスちゃん、もう大丈夫?」

「う、うん。さすがに立ち直り切れてないけど、もう心配させるほどじゃないから」

 ちょっと語尾が弱々しい。


 アリスがここまで変化してしまうとは、VR(仮想現実)の生き物とは言え、つくづくクイーンロパートとは恐ろしい生き物だ。

 あんなものがリアルに存在すれば、世の中破滅だよ。


 もっともローパーの元になった生物は、現実(リアル)のイソギンチャクで確定だ。そう考えれば、リアルに巨大ソギンチャクが生息してなくてよかった。



「それでな。スレイ……あの、その……」

 絶との会話もそこそこに、アリスが俺に話しかけてくる。


 だけどなんだ。これはまるで、デレじゃないか。

 もしかしてもしかすると、これはとうとうハーレムフラグが立ったのか。


 アリスの強固な外部装甲に守られた神秘の領域が、俺の前に晒される日なのか!?


 う、うおおおっ。

 ゲームの神様、ありがとう。

 俺は今日、男の子から、正真正銘の男になる!


「……」

 ――ゴンッ


 なんて邪な思いに囚われている俺の顔面に、アリスの鉄のグローブで守られた拳が激突した。


「ヒギャッ!」

 顔面陥没級の痛みに襲われながら、俺はその場からぶっ飛ばされる。


 ――お、俺が何をしたっていうんだー!!!



「……スレイ、お前に助けられたので感謝しようと思ったが、やっぱりなしだ。

 お前のその(よこしま)で、にやついて、邪悪な顔。……お前は頭の中で、私の体に一体何をした!

 妄想だけとはいえ、そんなことをする貴様は許せん!」


 ああ、またしてもあのにやついた顔をしてしまったか。

 ク、クソウ……


「スレイ……本当に進歩がないよね。はあ、エロ系VRじゃないって、僕も何度も言ってるのに」


 吹き飛ばされた俺は、初めてアリスに出会った日のように、体をピクリとも動かすことが出来ず、地面にぶっ倒れたまま。

 ただし、それでも話し声だけは聞こえる。


 う、動け俺の体!

 せめて口だけでも動いて、弁解なり、弁面をしなければ。


 このままだと、俺の好感度がまたしても最低なままになってしまう。



「絶ちゃんも、こんなのがご主人様で本当に大変だね」

「本当。スレイってどうして、ここまで頭が悪いんだろうね」


 動けない俺をよそに、アリスと絶の2人が好きかっていう。



 そしてその後二人は、いつもの日課である羊牧場の世話へ行ってしまい、俺はその場に一人取り残されてしまった。




「あんた、昼間からこんなところで寝てるとろくな人間にならんよ。というか、手遅れか?」

 動けない俺に、おっさん村長の声がした。


「よ、余計なお世話だ」

 何とか口だけは動かせるまで回復した俺は、泣きながらそれだけ言い返す。


 しかし倒れている俺を見るおっさん村長の顔は、可哀想な人間を見る、同情に満ち満ちたものだった。


「おっさんより、アリスに同情されたいー」



 無理だろうけど、それでもアリスは巨乳だから、同情してくれるなら、そっちの方が凄くいい。




 その後、何とか体も無事に動かせるまで回復した。

 アリスと絶のいる羊牧場に向かうと、ちょうど二人が羊の世話を終わらせたところだった。


 しかし、毎日毎日、よく飽きもせずに動物の世話なんて続けられるな。

 絶はともかく、アリスは学生だから飼育員でもしてるのか?


 いや、ないな。

 俺に対してあんなに暴力振るう女が、動物愛護精神にあふれているはずがない。



 で、世話を終えた二人が、俺の事を見つけて寄ってくる。


「お疲れさん、絶、アリス」


「モコモコしてて、フワフワデ可愛かったよ」

「……」

 絶は健気なのだが、アリスは沈黙。

 俺のこと、まさか完全に嫌いになってしまったのか?

 もしかして、アリスの中での俺は、視界に入れるのも嫌なぐらいの存在になってしまったのか?

 まさか、ゴキブリ並の扱いとか!?



「ア、アリスー」

 さすがに、虫は堪えるからやめてくれー。

 俺は豆腐メンタルなんだぞー。


「アリスちゃん?」

 絶もアリスの事を不審に思って、小首をかしげながらアリスを見る。



 そんな俺たちの前で、アリスは深呼吸を二度、三度繰り返す。

 何か言いたいことでもあるのか?

 しかし深呼吸するたびに、鎧の外部装甲が上下に大きく動くな。これは……


(と、いけないいけない。また殴られたら、今度こそ俺のHPが0になってしまう)



≪特定の条件を満たしたことにより、スキル虚弱体質がLv3からLv4にアップしました≫



 はっ?

 システムボイス先生、あなた今なんとおっしゃった?


 俺の心の中を読んでいるのか。

 そして、虚弱体質のレベルが上がる条件って一体何なんだよ!?



 俺、このスキル絶対に消してやる。




「なあ、スレイ……」

 心の中で虚弱体質スキルと戦っていた俺を、アリスの声が現実(ゲーム)に引き戻した。


「なんだ?」

「お前には助けられたが、その、なんだ……」


 両手を身体の前でモジモジさせ、顔は地面に俯くアリス。表情を見て取ることはできないが、耳たぶが真っ赤に染まっている。

 ということは、今の彼女の顔は、きっと真っ赤になっているはず。


「「!」」

 俺とアリスは、思わず互いに顔を見合わせてしまった。


(スレイ、落ち着いて。これはエロ系VRじゃないんだよ!)

(わ、わかってまヒィッ!)

 視線だけで絶と会話した俺。

 だけど焦った俺は、なぜかどもって舌を噛んじまった。

 口を動かさずに舌を噛むとか、どんな高等テクニックだ?


 いや、やったのは俺だけどさ。



「スレイ、お前はいつもとんでもなくエロイことばかり考えているのが丸見えだ」

「あ、ああっ」

 ……何かを期待した俺がダメだったんだな。

 う、うん、泣かないぞ。泣いてなんかない。


「性格もよくないし、このまま放っておくと、確実に将来ろくな奴にならない」

「……」


 疑問形でなく、確定で言い切ったぞ。



「今はゲームの中だから、女性に手を出しても犯罪にはならない。だが、お前はきっとPvPをしてでも、女性を襲う獣になり果てるはず……」

「えっ、PvPの何が悪いの?」


 ――ギロッ

 睨まれました。

 大人しくしておかないと、まずいよね。


 でもさ、俺、PvPに忌避感ないよ。

 自ら進んで初心者狩りして、鬱憤晴らしてた過去があるしね。



「お前がこれ以上道を外すのを黙って見ているわけにはいかない。お前が外道一歩手前とはいえ、それでも私の大切な友達の絶ちゃんの主なのだ」


 泣いていいっすか?

 泣かせてください。

 アリスの中での俺って、どれだけ変態裸紳士なの?


「お前がこれ以上おかしくなって、リアルで犯罪に走らないようにするため、これからは私がお前の事を監視してやる。そうしないと、絶ちゃんが可哀想すぎるからな。だから、有り難く思え」


 ……ゴメン、この子が何言ってんのか、全然理解できない。




「あのアリスさん、頭がおかしくなった?」

「ええい、だから私はお前と行動を共にしてやると言ってるのだ!素直にこれを受け取れ!」


 怒られたけど、アリスから俺に向けてフレンド登録の申請が飛んできた。

 俺は一秒も考えることなく、申請を受理してフレンドになる。

 何も考える必要がないもの。



「アリス、ついにデレたな」

「なっ、バ、バ、バ、バカなことを言うな!私がお前なんかにデレるわけがないだろう。この変態が、現実と妄想を見間違えるな!」

 顔を真っ赤にして、プンプン怒り出すアリスだけど、全然説得力がないな。


「またまたー。お前って普段はツンツンして暴力ばかり振るってるけど、やっぱり女の子だったんだな。お兄さんは嬉しいよ」

 そう言い、俺はアリスに両手を広げて近づく。


「さあ、俺の胸の中に飛び込んで……ゴフッ!」


 またしても顔面殴られて、俺は動けなくなってしまった。

 が、顔面が凹んでしまう。

 ゲームでなければ即死だぞ……。



「うっ、うううっ、イヤだ。私を助けてくれた時のスレイはあんなに格好良かったのに、やっぱりこいつのにやついた顔を見たら、ダメだ……」

 さっきまでデレていたと思ったら、今度は顔を両手で覆いながら、泣き出してしまった。


 ていうか、俺、格好良かったの!?

 なにその高評価、俺ってアリスからそんなに好かれていたのか~。



「落ち着いてアリスちゃん。スレイはこういう男なんだよ。ピンチの時に助けられて格好良く見えたからって、それで惚れられるほど、まともな男じゃないから!」


 絶が何かとんでもない事言い出したぞ。

 ぜ、絶ー。お前は俺の家のホームAIだよな。

 俺、お前の見た目を作ったお父さんなんだぞー。

 なのに、何、今のセリフ。


 俺の事を、そんな風に見てたの!?



「でも、絶ちゃん。私を助けてくれた時のスレイは、本当にすごく格好良かったんだよ……。今はあんなのだけど」

「アリスちゃん、それはただの吊り橋効果って奴だよ。一時の気の迷いでスレイに惚れちゃダメ。あれは幻覚、幻、ただの悪い夢を見ただけだから」


 俺、いま死にたいほど、すごく落ち込んだ。


「そ、そうだよね、絶ちゃん。やっぱり私、スレイの事なんてどうでもいいわ。それより絶ちゃん、私たちはこれからも仲良くしていこうね」

「うん、アリスちゃん。もしもアリスちゃんが気の迷いでスレイに惚れそうになっても、僕が全力で正気に戻してあげるから安心して」

「そうよね。あんなやけ面のダメ男、絶対に彼女なんてできるはずないもの」


 シクシク、シクシク。


「正気に戻ったら、なんだかスッキリしたわ。

 そうだ絶ちゃん、これからヒルドと一緒に、近くの平原を駆けましょう。

 平原の風が気持ちいいから、きっと心が清々しくなるわ」

「そうだね、草原を走って落ち込んでた気分を一蹴しよう」


 そんなことを言いながら、アリスと絶は平原へ向かって行った。

 地面にぶっ倒れたままの俺を放置して。



 ――もう、俺は何も言いたくない。


 このまま、地面の上で寝かせておいてくれ。

 心に傷口が盛大にできて、そこに塩とマスタードと辛子を塗りまくられて、グリグリと抉られまくるような痛みに襲われてるから……グハッ。


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