1stステージ
パークの入り口に立つと、目の前の流体可変グラス製のドアーが四方に広がった。アキがパーク内に足を踏み入れると、そこも多くの人でにぎわっていた。
ホロモニター上で遊ぶゲームから、体を使うものまで様々なゲームがあったが、やはり最大のものは、『V-ウォーズ』の設備だ。見上げるほどの高さに、看板のような巨大なホロモニターがあり、そこでもV-ウォーズの様子が映し出されている。
パーク内にたまっている人たちは、モニターを眺めたり、休憩所で合成物のコーヒーをすするだけのギャラリーも多く、受け付けにたどり着くのも、ひと苦労だ。
「すいませ~ん。ちょっと、通してくださ~い」
声をかけながら進んでいたアキは、やっとのおもいで受け付けカウンターにたどり着いた。カウンターには、珍しく愛想のよさそうな受付嬢がいる。
「いらっしゃいませ」
アキは、物珍しげに受付嬢の前に立つと、ホログラスをはずしながら、声を掛けた。
「あのお、『V-ウォーズ』の受け付けってここですよね?」
「はいそうです。お客様ほ初めてでいらっしゃいますか?」
アキがこくりとうなずくと、受付嬢は笑顔のまま続けた。
「それでは、個人登録ナンバーの確認してもよろしいでしょうか」
アキが「はい」と答えてうなずくと、受付嬢が手元のパネルを操作する。
するとカウンターの周囲に流体可変グラスで構成された、スモークグラスタイプの防音壁があらわれた。アキは左手をかざしながら、
「登録ナンバー、19700912-O-14620、クラス10の来島アキです。確認願います」と言った。
受付嬢は自分の左手の甲に右手の小指をあててから、右手をアキの方に向ける。受付嬢の右手とアキの左手が触れ合うか否かの距離で止まった。よく見ると、アキの左手と受付嬢の右手の中心付近で、薄い光の線が走ったように見える
数秒の間があって、受付嬢が口を開いた。
「確認プロセス、終了しました。あなたが、登録ナンバー19700912-O-14620、来島アキ、であることを正式に認めます」
そう言って、受付嬢がほほえんだ。
機械にリンクする場合はリンクフリーなのだが、リンクするのが人間同士のときは、リンク作業は当事者どうしの合意がなければ行えない。
通常、人間同士でリンクする機会は、そう多くない。犯罪に直結するからだ。
この『V-ウォーズ』の受付嬢は、国で審査をしてパスした人間のみがなれる。一種のステータスにもなるほどの資格なのだ。
受付嬢自身が体内にネットリンクシステムを持っていて、すぐさま回線を開けるようになっている。
また、アキたちのような、スチューデントクラスの人間でも体内にトークフォンを埋め込んでおり、左手に簡易的なリンクシステムがある。それによって登録ナンバーを確認できるのだ。
確認ができないと、社会システムを利用することができなくなり、生活することすら難しくなる。そのぐらい重要なものなのだ。
確認作業の終わったアキは、『V-ウォーズ』の参加登録の口頭説明を聞いていた。
「以上が規則となっております」
「思ってたより資格が厳しくないんですね。うん、わかりました。じゃあ登録をお願いします」
「かしこまりました」
受付嬢がカウンターのパネルを操作する。
数秒の間をもって、笑顔がかえってきた。
「参加登録終了しました。トレーニングシートはNO.41になります。それでは、快適なプレイをお楽しみください」
そう言って、受付嬢はお辞儀した。
アキは、ありがとう。と、お礼を言って、カウンターを離れた。
トレーニングシートは登録時のみ、一時間だけ無料で借りられるものだ。
アキはホログラスを掛け直すとパーク内の案内を呼び出し、ビギナーズトレーニングルームに向かってグレーの通路を歩きはじめた。
ほかのゲームルームを眺めながら、グレーの通路をしばらく歩いていたアキは、『Vウォーズ ビギナーズ』とブルーで書かれた白いドアーを見つけた。左手をかざすとドアーが、中心から広がるように開いていく。
通路と同じく、グレーに塗られた、広いホールの中には、100席ほどのトレーニング用のシートがあり、半分ほどのシートには稼動中を示す赤ランプが光っていた。
「え~と、よ、ん、じゅう、い、ち、四十一っと」
アキはシートの番号を一つずつ確かめながら歩いていた。38、39、40と番号がつづいて、41の数字が視界に飛び込んできた。
「あった♪」
アキは、小さなたからものを見つけたように、よろこんでしまった。それほどにワクワクしていた。
「えへへっ☆」
アキは、はやる気持ちを抑え切れずに、ニコニコしながら、シートの開閉スイッチを押した。
軽い空気音とともに、シートの正面側のカバーが前へスライドして口を開いた。広さはそれなりにあって、シート自体はやわらかいふかふかした材質でできている。長時間座ることを考慮されているようだ。左のひじ掛けにはネットリンク用のリンククリスタルが据え付けてあり、正面には簡易型のキーボードと、ヘッドマウントタイプのセンスリアクトシステムがあった。
ふんわりと、つつまれるようにしてシートに座ると簡易キーボードを操作してカバーを閉じた。センスリアクトシステムに手を伸ばして、頭にかぶると、左手側のリンククリスタルに左手を置く。
リンクが開始されると、アキは白い裸体のまま、景色のない仮想空間内にほうりだされた。初登録なので衣服データがオートセットになっていないのだ。リンクをコントロールし、とりあえずの衣服を出現させる。
正面に『WELCOME TO V-WARS』の文字が浮かび、操作手順が表示された。アキが名前を入力し終えると、正面にリストと、等身大のVarmが浮かび上がる。リストの中には、各パラメーターをおおまかに数値化したデータも表示される。
防御力の低い軽量タイプから、パワーのある重量級まで幾つかあり、カーソルをあわせるたびに、目の前のVarmの形が変わる。
アキは少し迷っていたが、当たり障りのない標準タイプのVarmを選んでみた。Varm自体は全身をくまなくつつみ込むもので、顔もフルフェイスで覆われている。
印象としては無骨な感じがするシロモノだ。
続けてメインウェポンが表示される。ビームライフルやバズーカ等が、やはりおおまかなパラメータとともに表示される。
アキは、眉根を寄せていたが攻撃力の高いバズーカを選んでみた。さらにサブウェポンとして、投射型の爆雷を選び、特殊装備は付けなかった。選んだ武器がVarmの基本装備位置に現れる。
「ま、とりあえずこんなもんかな?」
アキは、そうつぶやいてうなずく。
それから、コーディネイトパネルを呼び出して操作し、Varmや武装の色を白系統でまとめて塗りたくる。作業を終えたアキは、Varmを装着してみた。
標準的な女性サイズのVarmがアキのボディラインにそって細く補正されていく。その事実に、まん然と不満を感じながら、作業が終わるのを待っていた。
数秒でVarmが補正され、アキのからだに装着された。右手にバズーカが収まり、左腕の外側に爆雷投射装置が装着される。しかし、アキはパネルを操作し、武器の装備のみをいったん解除した。
おもむろに、からだを動かしてみて全身の具合を確かめる。
手を組んで、ひじを伸ばしながら、頭上へと上げていく、そのまま全身を右にひねってから、右足を思いっきりけり出す。そのまま、ストレッチを開始し始め、さらに動きが激しくなる。サイドステップしてみたり、側転してからゆっくりと倒立をへと移行する。しなやかな肢体がゆるやかに動いてピタリと静止した。そこから、背面にゆっくりと足をおろしていく。地に足が着き、からだがゆっくりと起き上がる。
ヴァーチャルリアリティの世界においては、本人のからだの動きに対する明確なイメージが大切になる。
動きに対するイメージが明確なら初心者でも熟練の動きを見せる。反対に、イメージができなければ、歩くことすらおぼつかない。
アキの動きはまさしく熟練者の動きだ。
ひとしきりからだを動かし終えたアキは、武装を装備し直す。
「トレーニングメニューON」
アキの声に反応して、正面にメニューが表示された。その中から、簡易チュートリアルを選択して説明を読む。
簡易チュートリアルを読み終えたアキは、しばらくほかの項目を眺めていたが、おもむろに実戦モードを選択した。アラームが鳴って、警告メッセージが表示され、音声が流れる。
『実戦モードは各チュートリアルモードをクリアーしてから選択することをおすすめします』
「いいから、プログラムをドライブしてちょうだい」
アキがそう言うと、すぐさまプログラムがドライブされた。いきなり、真っ黒だった周囲の景色が荒野に変化した。
「さってっと、サーチモード起動。各武装ウェイクアップ、レディセット」
アキの口から流れるように指示が出され、各装備が起動する。ヘルムの内側にある、モニターに警告が出され、アキは、その場から素早く移動した。サーチ内容から、二十体ほどのエネミーキャラが展開している。トレーニングモードでのバランスなのだから、これくらいの勢力は普通なのだろう。
アキは、ニッと笑って、手近な相手に襲い掛かっていった。
五分としない内にエネミーキャラは壊滅していた。
「う~ん、いまいちかな?」
トレーニングバトルを終えたアキは首をかしげると、Varmの選択画面を呼び出した。攻撃を当てようとする際に、相手の攻撃を受けることが多い事に気付いたアキは、Varmの防御力の低さが気になったようだ。標準タイプのものから重量級の防御力と安定性に優れたVarmに選び直した。回避はしにくくなるが、そこは自分でカバーするつもりらしい。
武装もバズーカの反動の大きさが気になったため、反動が小さく精度の高い、レーザーライフルを選択した。サブウェポンは変えずに、そのままにしておいた。
「実戦モード再ドライブ」
アキが、そう指示を出すと、こんどは周囲が森林地帯になった。
「へぇ~、けっこうバリエーションあるのかな」
アキは、楽しげにつぶやく。第二ラウンドが開始された。
このバトルでは、アキは生き残ることができなかった。森林地帯だったため、相手の接近を許してしまったのだ。
「接近戦に弱いのは致命的よね」
アキは、先ほどの戦闘を思い返しながらつぶやいた。
このようにして、こまめにトレーニングバトルと装備選択をくりかえしたアキは、しだいに、自分に合った装備を選び出していた。
そして、終了十五分前には、装備の選択もトレーニングバトルもやりつくしていた。防御を重視した重量級のVarmに、レーザーバズーカと、プラズマランチャーと呼ばれるプラズマエネルギー凝縮投射装置を装備していた。パラメータ的に重いはずのそれらの装備を振り回すその動きは熟達者のそれである。
アキは残り時間を確認すると、トレーニングモードから、ゲームモードへの切り替えをおこなった。トレーニングモードをかんぺきにクリアーすると、その手順が表示されるのだが、最初の一時間で、ここまでこられる者は、極めて少ない。
ゲームモードに接続したアキの目の前に、各モードが表示される。バトルロイヤルモード、ストーリーモード、VSモード、トライアルモード、と、四つのモードがあり、アキは少し考えてから、バトルロイヤルモードを選択した。最大20人のプレイヤーが同時に戦うモードだ。
プログラムがドライブすると、周囲が青空の広がる広い荒野になった。サーチモードを起動し、その場から移動する。
戦場全体に何人の相手がいるのか見当が付かなかったが、レーダーには、二人ほど映っている。間もなく片方の輝点が消え、もう一つの輝点が、アキの方に向かって移動を始めた。
「さて、どうしたもんでしょね」
アキは、近付いてくる輝点を見ながらつぶやくと、おもむろにレーザーバズーカを構えた。
ロックオン。
すると、相手の挙動が変化した。ロックオン警報に反応して、回避機動をとりはじめたのだ。さらに、アキのヘルムバイザーにロックオン警報が表示される。アキは、かまわずにトリガーを引いた。
チリなどに干渉して、レーザーの光条が見える。瞬間的にレーザーそのものが到達するが、それだけでは移動目標に当てる事はできない。アキは、冷静に二発、三発とトリガーを引いた。
その間、アキの瞳は相手の回避機動の軌跡を読んでいた。そして、
「そこ」
ポツリと言ったその一言とともに、レーザーの光条が閃くと、その線上に相手のからだがあった。
胴体部分のアーマーを灼れ、ダメージを負った相手は体勢を立て直す必要があるとふんだらしい。軽く後方に跳躍すると肩口に装備されたランチャーから、電子かく乱用のチャフスモーク弾を射出した。チャフとは、電波をかく乱するためのアルミ片をまき散らす弾頭の事で、それに視界を遮る煙幕を付加したのが、チャフスモーク弾というワケだ。
複数のかるい破裂音とともに、二つの弾頭が炸裂して、アルミ片の混ざった煙幕が張られる。アキは、視界を奪われた上にレーダーもかく乱されていた。
「見えないか。条件は相手もおなじ……はずないか」
相手も視界が効かないはずだが、アキは油断なく、ゆっくりと移動を開始した。レーダーや視界が効かなくとも相手の位置を知る手段はいくつかある。
音や、熱反応といったものだ。当然、それに対応したセンサーが存在する。
「しまったなあ。センサー系のこと、すっかり忘れてた」
アキは、だれに対するでもなくぼやいた。しかし、すぐに表情を引き締めて、周囲を観察する。
「たしか……音響センサーには、大掛かりな装置が必要になったはず、シルエットではそんな物、見当たらなかったし、だとすれば熱源センサーかな?」
ぶつぶつと、相手のセンサーの種類を読んでいたアキは、突然の警報に身を硬くする。次いで、左側からビーム弾が射ち込まれた。
閃光が拡がり、肩口のアーマーが融けた。
「ッ!」
鋭く舌打ちしながら、反射的に射ち返す。だが、手ごたえはない。アキの表情が渋くなり、余裕がなくなる。その顔がふと、何かを思い付いた。
アキは、プラズマランチャーを起動すると、おもむろに足元に射ち込んだ。次いで、少し移動しながら、プラズマランチャーのプラズマ弾をあちこちに次々射ち込んでいった。
グレーカラーのVarmを着込んだウォリアーは、突然に急上昇した周囲の温度にへき易した。
先ほどまでは、熱源センサーに相手の熱分布が白く映っていたのだが、周囲の温度が上昇したため、センサーの情報が真っ白になってしまったのだ。もっと精度の高い物ならわかるかもしれないが、彼のVarmではエネルギーが不足してしまうため、現在装備しているセンサーに落ち着いたのだった。彼はしかたなく、スモークの晴れるのを待った。
スモークが晴れてきて、いくらか視界が回復すると、そこかしこの地面が高熱で融けているのがわかった。
グレーカラーのVarmは、悪態をついた。思っていたよりも頭の回る手強い相手だと確信したからだ。片ひざを着いて姿勢を低くすると、油断無く周囲を見回した。
ジリジリとする緊張感に彼は身を焦がされた。それは長く続かず、イキナリ響いた警報が彼の耳朶を打つ。ほとんど同時に彼の真下から高熱の塊が飛び出した。
「!」
よける暇も無く、胸部に直撃をもらって後ろへのけぞる。それを追うようにして地面の中から、白いVarmが飛び出し、レーザーの輝きが閃いた。
胸部へのレーザーの着弾と同時に、Varmのダメージ許容限界に達したらしく、セーフシステムが作動して、グレーカラーのVarmの姿が消え去った。
「…………」
アキは今までグレーカラーのVarmがあった場所を凝視した。緊張で固まっていた身体が融けて熱くなる。
「やたっ!」
アキは、小さく喝さいした。はじめての対人バトルで勝利をおさめたのだ。うれしさもひとしおであった。




