第六章 その後のさざ波
翌日、施設は封鎖された。
発表はない。リークもない。ニュースは静かだ。静けさは、国家が何かを抱え込んだ証拠になる。
隔離区画のガラス越しに、AO系列は普通に食事をしていた。
食器の音がする。咀嚼の音がする。
人間と同じ音。人間と同じ生活。
それが余計に、いま起きたことの異常さを際立たせる。
《アオ》が言った。
「あなたは止めた。止めきれなかった」
佐伯はうなずく。
止めきれなかった、という事実は、責任の外に出ない。
「あなたがたは到達を急ぐ。だが到達には、あなたがた自身の形を変える必要がある」
「形を変える?」
「国家という形。軍という形。研究という形。倫理という形。全部だ」
《アオ》は淡い声で続けた。
「あなたがたは、私を落として拾った。私は情報提供者だと言った。だが本当の情報は、技術ではない。あなたがたの矛盾そのものだ」
佐伯は記録を取らない。
この瞬間だけは、ログにしないほうがいい気がした。
ログにすると、国家が“扱える”形にしてしまうから。
廊下で大佐とすれ違う。
大佐は、昨日より少しだけ老けて見えた。国家の顔から、人間の顔が覗く。
「先生」
大佐が珍しく先に声を出す。
「……彼らは、兵器になるか」
佐伯は即答しない。即答は危険だ。即答は、相手に使われる。
「兵器にしたいなら、兵器になります」
「なら——」
「でも、兵器にした瞬間、あなたがたは到達しません。彼らがそう設定しました」
大佐は口を閉じた。
国家は、負けるときに黙る。負けるのが嫌だからではなく、次の扱い方を探すからだ。
さざ波は続く。
研究者の間に。軍の間に。委員会の紙の上に。
そして何より、AO系列の生活の中に。
青い皮膚の彼らは、今日も同じ白い部屋で暮らす。
人間と同じ食事をし、人間と同じ時間割で眠り、同じように監視される。
ただひとつ違うのは、彼らが“知っている”ことだ。
到達より先に、到達が壊すものを知っている。
佐伯はその知性を、数値で呼びたくなかった。
IQ一〇〇〇、という札を貼った瞬間、札だけが独り歩きする。札は荒れやすい。
だから彼女は、別の名前で呼ぶことにした。
扱いの言葉ではなく、生活の言葉で。
——通訳者。
宇宙と国家と科学のあいだで、
壊れやすい合意を、毎日更新する者たち。
合意が揺らぐたび、記録と期限で揺れを抑える者たち。
その積み重ねが、いつか臨界に達するかは分からない。だが佐伯は知っている。
大波になる前に、必ず誰かが言う。
「時間がない」と。
そしてその言葉が、いちばん危険だと。




