絶対に負けられない理由が、また一つ増えた
「取引?」
私は怪訝そうな顔をする。
この期に及んでなにを取引するというのだ。
「ええ、『ヴェルダンティア記念』でヴァングロリアに負けてください。それさえしてくだされば、わたくしは貴方に協力を求められたら何でもやってみせましょう。それこそ結婚の段取りや、王宮の仕来り、ひいてはシルヴァーレイスの療養場所も提供しましょう。しかし、断るのであればわたくしはあらゆる手段を用いて貴方の大切な先輩がどうなってしまうか、お見せしなければならなくなるわ。」
その言葉を聞いて、私は頭に温かいものが上っていくのを感じた。
「ハンナ先輩にも、そうやって取引を迫ったんですか?」
シビュラは不敵な笑みを浮かべた。
「学が無いと自称する割には相わず妙に勘どころが良いのよね。貴方…。」
ふっ、と鼻で笑う。
「でも、取引を迫っただなんて人聞きの悪いことは言わないで欲しいわね。彼女の弟さんが国立大学への進学を目指しているそうなので、手助けを提案させてもらったのよ。わたくしは『ヴェルダンティア記念』で長距離のスペシャリストの力を借りたい。彼女は弟を国立大学へ進学させたい―。お互いの利害が一致している良い取引だと思いませんこと?」
どこまでも卑劣だ。
恐らく、私につきつけたきた条件から察するに、取引を飲まなかったときに弟の人生を揺るがすような悪い条件も共に提示したのだろう。
そう考えるとハンナが急に私を厳しく批判したり、隠れて泣いていたことにも合点がいく。
「私は貴方の取引には乗らない。ヴィクトリアといい、先輩といい、貴方の取引に乗ってどれだけの人が涙を流しているか…私が一番知っている!お前のやり方はいつでも卑劣だ。今こそ王族が見ている前でお前の鼻っ柱をへし折ってやる!」
すっかり頭に血が上り切った私は思わず後先考えずに啖呵を切ってしまった。
彼女はそんな私の姿を見て、冷淡に構えていた。
「田舎出身の何も知らないお前が、この高尚な争いの中に土足で足を踏み入れた結果でしてよ。恨むのであれば、愚かな己を恨むのね。」
このまま話をしても、彼女のペースに乗せられてもっと怒りを募らせるだけだ。
私は彼女の言葉には答えず、颯爽とお手洗いから出ていった。
それから数日後—。
ブラックヴェッセルの調教の傍ら結婚式の準備をするのは大変な話であった。
そもそも、王子の結婚式だというのに、調教の傍ら、と表現するのも畏れ多い話かもしれないが、私はハンナの力を分析すればするほど彼女の脅威度は上がるばかりで、こういう時だからこそ調教に力を入れなければならない。
殿下も私も多方面に啖呵を切った以上、中途半端な結果を出すわけにはいかないのだ。
ブラックヴェッセルと調教用のコースの坂を駆け上がっていた。
「ブラックヴェッセル、ペースを乱すな!」
私は手綱を握りながら声をかける。
私も少しかかってしまっているのかもしれない。
彼の息遣いの乱れを聞きながら、私も深く息を吸い込み、吐く。
目の前の彼の角に神経を集中させ、雑念を取り払う。
急こう配の坂を駆け上がり切ったところで、次第に私もブラックヴェッセルも息の調子が戻ってくる。
「少し、休憩しようか。」
平坦な道を少し走ったところで彼に声を声をかけると、頷くように首を上下させてだんだんとペースを落としていく。
緩やかに脇に入っていくと、東屋にフレデリック殿下が座っており、こちらに手を振ってきた。
「リア、ひと段落ついたかな。」
温かいお茶を淹れて待っていてくれたのだろうが、カップからは湯気がすっかり無くなっていた。
私は慌ててブラックヴェッセルから下りると、殿下に頭を下げた。
「すみません、殿下。つい夢中になってしまい…。お待たせしてしまいました。」
殿下は、いいよ。とだけ言って立ち上がる。
「休憩がてら、ドレス選びをしないかい?」
私のほうに歩み寄りながら、殿下が提案するが、私は慌てて首を振る。
「休憩がてらって…そんな、失礼すぎます。」
「でも、僕らは結婚も今やっていることも手を抜かない、と宣言しているわけだしどちらに比重を置くとか、ないだろう?」
それはそうですが、という言葉が出かかったが、後ろでブラックヴェッセルが退屈そうにしているので、私は観念した。
「そうですよね、わかりました。是非共に行かせてください!」
そういうと、殿下はそれでいいんだよ、と言って私をドレスがある場所へと案内してくれた。
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次話、いよいよ最終決戦への準備が加速します。
リアはどんなドレスを、そしてどんな未来を選ぶのか。
次回の更新は月曜日の予定です




