14.やるべきこと
少し離れたところから走ってきたヨシュが勢いよくカイトくんに抱きつく。突然のことに驚いたカイトくんは声を上げてよろけたけれど、それでもヨシュは離れようとしない。
「お前! 心配したんだからな! なんだよ、なにがあったんだよ」
そう叫ぶ彼は泣いているようにも見える。こんなにヨシュが取り乱すなんて初めてのことだった。ぽかんと驚く私のもとに、シアちゃんとセレナが駆け寄って来た。
「アリス! 大丈夫だったの!?」
「うん、私は大丈夫だよ。カイトくんが守ってくれたし……。再テストも受けさせてもらえるみたい」
「そう……。二人とも無事だったみたいでよかったわ」
安心したようなシアちゃんはホッと胸をなで下ろす。だけどセレナは真剣な顔をして、じっとカイトくんを見つめている。
それから私に視線を戻した顔はとても静かで、いまいち感情が読み取れなかった。
「本当に、なにもなかったの?」
「う、うん……」
「そう……。わかったわ。アリスになにもなくてよかった」
勘の良いセレナのことだから、なにか気づいたのかもしれない。だけど穏やかに笑った彼女は、それ以上なにも聞かなかった。
それから五人でお疲れ会を兼ねたランチになった。お昼には遅い時間だったからか、学食に人は少ない。
何度も「無事でよかった」と言うヨシュはいつも以上に明るくて、みんなつられるようによく笑った。
カイトくんもずっと笑顔で、私はうれしい反面、みんなに彼の事情を話せないことが苦しくもあった。
***
その夜、ベッドに寝転んだ私はずっと同じことを考えている。解呪方法は必ずある。だけど思い出そうとしても記憶は頼りない。こんなことなら、なにがなんでも原作をやり込んでおくべきだった。
たしか、通常ルートとの違いを弟は熱く語っていたはず。なのに思い出せない。うんうんと、どれだけうなったかわからなくなった頃、ふと頭にひらめくものがあった。
「そうよ、あれだ。ヒロインの愛!」
言葉に出してしまえばお約束な展開だけど、恋愛シミュレーションゲームにふさわしい解決方法。
解呪できるのはプレイヤーのお目当て、つまり主人公が好きになったヒロインただひとり。
「難易度、高すぎない……?」
このルートに私が同行しているということは、もしかすると今のカイトくんには恋愛として好きな相手がいないのかもしれない。本来ならこの場合のペアはシアちゃんか、セレナ。どちらかしかありえないもの。
だって私は彼に告白することができない。つまり「ヒロインの愛」を伝えられない。
悲しいけど、この時点で解呪ヒロイン枠からは外れている気がする。
彼と仲の良い友達なのは間違いない。でも恋愛となると話は別になる。となると、やっぱりカイトくんに誰かひとり、確実に好きになってもらうしかない。
誰か……と言っても、シアちゃんかセレナ。どちらかになるんだけど。
二人とも定められしヒロインだもの。きっかけさえあればすぐに進展するはず。
「シアちゃんか、セレナ……。どうせなら、どっちかに転生できればよかったなぁ……」
ぽつりと本音がこぼれてしまったけど、ぶんぶん頭をふって追い出した。女神様だって、慣れない知識を総動員させてここに転生させてくれたんだもの。優しい友達も出来たし、好きな人もいて幸せだよ。
とにかく今は呪いを解いてくれるヒロインとの恋を成就させる。それが今やるべきことなんだ。
よし! と気合を入れたところで私は「あ」と声をあげてしまった。
そうだった、明後日から四週間の夏休みが始まる。