13.呪いと解呪
リタイアした私たちが転送されたのは学園の保健室だった。
怪我をしているかもしれない状況下の生徒が転移される場所としては最適な場所だろう。
それでも私たち以外に、生徒は誰も見当たらない。私と、ぐったりしているカイトくんを見た保健医のシーラ先生が慌てて駆け寄ってきた。
「先生! 助けて! カイトくんが!」
「落ち着いて。もう大丈夫よ。一体、何があったの?」
シーラ先生が取り乱す私の腕に触れる。先生の手は温かくて、背中を撫でられると少しずつ落ち着きを取り戻すことができた。
それから意識がないままのカイトくんを先生と一緒に運んだ。ベッドに横たわる彼は心拍数も体温も問題はないらしい。
だけど、刻印のようなアザを見た先生は息を呑んで、すぐに解呪の呪文を唱えはじめた。
この学園の先生たちはみんなすごい魔法使いだから、きっとこれで大丈夫。そう思ったのもつかの間、顔色の悪いシーラ先生は私に待機するように言って、部屋を出てしまった。
「そんな……」
今の状況が信じられなかった。カイトくんの腕にはまだ、謎の刻印が浮かび上がったままだったから。
何分くらい経ったのかな。すごく長い時間に感じるけど、多分それほど過ぎてはいないはず。
眠るカイトくんをじっと見つめている私の胸はずんと重い。心細くて、気を抜いたら泣き出してしまいそうになる。
「カイトくん……」
そっと手を握っても彼はちっとも反応しない。このまま目覚めなかったらどうしよう。
じわりと浮かんだ涙が、とうとう頬を伝って流れてしまった。泣いてもなにも変わらないのに。止めたくても止まらない。どんどん溢れるしずくを指でぬぐっていると、繋いでいる手が、ぴくりと動いた。
「ん……」
「カイトくん!」
「アリス……? あれ? なんで……」
ゆっくりと身を起こした彼は、気だるそうに部屋を見渡す。それから、ぼたぼた大つぶの涙を流す私を見て、ぎょっと驚いた顔をした。
「アリス、どうしたんだ? 大丈夫?」
大丈夫? だなんて、それはこっちのセリフなのに。大変なのは、あなたなんだよ。
「うわっ! ちょ、どうした?」
思わず勢いよく抱きついた私は、そのままわんわんと大きな声で泣いてしまった。カイトくんは固まっていたけれど、ぎこちない手で背中をポンポンと軽く叩いてくれた。
「カイトくん、目が覚めてよかった……。よかったよぉ……。どこも痛くない? 苦しくない?」
さっき、湖で聞いたのと同じ問いかけをする。とにかく、目覚めてくれて本当に安心した。温かな体温がじわりと心にしみ渡る。
「うん、少しだるいけど何ともない、かな。俺……、湖で倒れたんだよな? 試験は?」
「試験はリタイアしちゃった……。ごめんね、勝手に決めて」
そう告げると、ぴくりとカイトくんの体がこわばった。最後まで頑張ろう、って言ってくれたのにごめんなさい。
だけどカイトくんは「そっか……」と小さくつぶやいた。
「うん、俺のせいだから。アリスを巻き込んでごめん。せめてアリスだけでも受けさせてもらえるように、再試験の申請をしよう」
カイトくんのせいじゃない! そう言おうとしたその時、扉の開く音がしてシーラ先生が戻ってきた。
一緒にいる初老の男性は学長先生だ。二人とも固い顔をしていて、緊張で自然とぴんと背中が伸びた。
学長先生の話では、あの湖には結界が張ってあって、本来ならたどり着くはずのない場所らしい。どうして私たちがそこに行ったのかは、先生たちにもわからないそうだ。
そしてあの場所は、ずいぶん昔に同級生の貴族に恋をした平民の青年が、結ばれない想いを嘆いて身を投げた湖だということ。
いくら浄化してもすぐに澱んでしまう湖は立ち入り禁止となって、いつしか誰も寄らない場所になったそうだ。
あの石を誰がなんのために積み上げたのか、それすらもわからない。でも原因なんかどうでもよかった。 カイトくんの呪いを解く方法。それだけが私の知りたいことだ。なのに解呪の方法は先生たちにもわからないらしい。なんせこんなハプニングは初めてだということだった。
「不甲斐なくてごめんなさい……。必ず解呪方法を見つけてみせるわ。それまでは他の生徒には口外しないで欲しいの」
不安を植え付けたり、面白半分に探しに行く生徒がいるかもしれない。先生の言いたいことはよくわかる。カイトくんも「もちろんです」と頷いた。
「俺も出来れば内密にしたいことなので」
「私も、誰にも言わないつもりです」
二人して頷くと、浮かない顔をしていた先生がたは無理に微笑み、「必ず解呪してみせる」と約束をしてくれた。 そして、ご家族だけには伝えると言った先生の言葉をカイトくんは辞退した。
「しかし、それではあまりにも……」
「いいえ、姉に心配をかけたくないので。俺も解呪の方法を調べるつもりです」
学長先生は最後まで渋い顔をしていたけど、カイトくんの意思を汲んで、当分は保留ということになった。
ただし、三か月を過ぎても改善が見られない場合は、即連絡するという条件をつけて。
そして解呪ができ次第、再テストを受けさせてもらえるみたい。ホッと安心していたカイトくんはすぐに呪いが解けると思っているようで、前向きな姿は私の心を少し安心させてくれた。
しばらく休んで、というシーラ先生の提案を「本当に何ともないから」とカイトくんは笑顔で辞退した。
試験の終わる時間が様々なため、今日は他に授業はない。リタイアしたから合格にはならなかったけど、約束したとおり、ふたりで学食に向かっている。
隣を歩くカイトくんはいつもと変わりがない。謎の刻印は先生がくれたリストバンドで隠れている。
「あの……、本当にいいの? ご家族に事情を説明したほうが……」
「ああ、いいんだ。どうしようもなくなったら打ち明けるつもりだけど、それまでに解呪してみせるよ」
「でも……」
先生たちにもわからない解呪方法がすぐに見つかるとは思えない。言葉をつまらせた私にカイトくんがなにかを言いたげな顔をしたけど、彼が口を開くより早く「カイト!」と呼ぶ声がした。




