●37 決戦前夜
三日間に渡った練習、まいちと一緒なのでみっちりというわけにはいかなかったが、だいぶ良くなったと自分では思う。あとは本番で緊張しないことを祈る。
三日とも休憩時にはよしつねがスイーツを用意してくれた。どら焼き、プリンと来て、最終日は手作りクレープ。
店から掘り当てたクレープ用プレートでよしつねがパリパリに焼いてくれた生地に、生クリーム、キャラメルソース、いちごジャム、チョコレートシロップ、スプレーチョコ、シャインマスカットなどを各自で好きなように載っけて挟む。
まいちが生クリームを入れ過ぎ、食べるときに鼻に付いて、よしつねへ「取って〜」と顔を出して、それをよしつねが「あ…はい」と困りながらウェットティッシュで拭っていた。
格好つけて手作りなどしても、そんなでは様になっていないと思いながら見ていたが、少しドキドキしたのは内緒だ。
いろいろ試して、少量の生クリームとキャラメルソースのみで、パリパリ感を味わうのが一番好みだったが、自分で試行錯誤して行く過程が楽しかった。
何より、まいちとよしつねが仲良く、よしつねが勢いに飲まれているだけの可能性もあるが、会話していたのが嬉しかった。査定とやらには合格したのだろうか。
練習後には、よしつねがまいちとわたしを家まで送ってくれた。さきにまいちの家、そのあとわたしの家へ。
三日目、まいちを送ったあと、雨が降っているので傘を差して二人歩く。
「明日も雨降って欲しない?」ニヤニヤして聞いてくるよしつね。
「何で?」
「踊り下手で」
「ひどい。そんなことないよ、そこそこいけてると思うよ」
「冗談や」
「ならいいけど。前世のときは雨?」
「どうやったかな?盆踊り見てへんし。せやけど一日もやらんいうんはウィルスんときくらいやったんちゃうかな。街中どんよりやったな」
「だったら何回かは踊る機会があるはずだね」
「せやな」
「あとさ、このあと時間ある?あるね」
「いくらでもあるけど、決めつけはあかんなあ」
「ふふっ、ならさ、ごはん作って。ママ夜勤だから」
「りかおんちで?」
「そう。だめ?」
「こっちはかまへん。けど何を?」
「ごはん炊くからさ。おかずになるやつ」
「ラーメン」
「確かになるけどさ、そういうんじゃなくて」
「生姜焼き」
「方向性としては申し分ないけど、昨日食べた」
「牛丼のごはん抜き」
「いいね。って何?ごはん抜きって?」
「牛丼て言うたら、牛丼がごはんのおかずっちゅうことになるやろ?米だらけやって、言いそうやん。りかおん細かそうやし」
「そこまでじゃないよ。いいでしょ。牛丼で。牛丼屋さんみたいなの?」
「いや、ああいうのは食べ行った方が絶対うまいやん。コスト度外視でな、違った味わいのやつを作るんや」
「それがいい。それならさ、明日ママにも食べてもらえるよね」
「ええ子やな。けど…」
「けど、何?」
「そんなん聞いたら緊張するやん。テキトーに作ろ思てたのに」
スーパーに寄って買い物。牛肉、長ネギ、玉子、調味料、サラダ、納豆、キムチ、豆腐、ヨーグルト、アイスクリームなど、必要ないものも含めて、いろいろ買ってもらった。
よしつねが持つバスケットに勝手に品物を入れていると、昔のこと、子どもの頃、母に気付かれないようにお菓子を入れて、レジでばれて戻して来なさいって言われたり、そのまま買ってもらえたりしたことを思い出して、少し感傷的になってしまった。
帰宅。先日のように電気が点いていないかと気にしたが、母は仕事に出ていた。もっとも、もう隠し事はしていないので、母がいたら一緒にごはんを作る姿を想像できて、それはそれで楽しいのだろうと思った。
炊飯器にお米をセット。少し硬めの方が良いと水量を少なめにしているよしつね。そういえばラーメンもクレープも硬いのが好きなよう。
けれど、うちの炊飯器のことはわたしの方がよく知っているから、隙を見て水を足して、いつもの量、よりちょっと少ないくらいにしておく。折衷案。
キッチンでよしつねと並んで料理、わたしは味噌汁を作る。その様子をじろじろ見てくるよしつね。うちにはうちのやり方があると手順を進めていると、どうやら感心した様子。あまり母に料理を作ってもらった経験がないせいか、味噌汁を作るのが苦手だそうだ。少しかわいそうになってしまったが、あとでおふくろの味を教えてあげよう。
よしつねは一方で、食材や調味料の分量をほぼ測らない。経験で何となくわかるのと味見でなんとかなるらしい。少し不安。
出来上がり。テーブルに二人で配膳。牛丼、味噌汁、サラダ、キムチ、生玉子が食卓に並ぶ。一緒に「いただきます」
まずは味噌汁。よしつねが口に運ぶ様子を見ながらわたしも。煮干しで出汁を取って、具材は豆腐、わかめ、ネギ。
「うん、うまいな。ちゃんと手え掛けてるだけあるな。さすがりかおん」
「そう?普通だよ。ママが作った方がもっと美味しいよ」
「嘘つかん言うとるやろ?うまいて、これは」
「うん、ありがと。これがさ、ママの味…まだ全然だからママ風の味だね。さて、牛丼はどうかな?」
どんぶりの上に適度に厚めでほどよく脂身の入った牛肉、長ネギは縦切りと大きめの輪切りの2種類、照りのあるタレを纏っている。一口。ネギの食感と甘みと牛肉のうまさとタレの濃厚な味わいが広がる、これは…ごはんが進む。
「どやろか?」
「んぐ…言わな…あかん?」口角が上がる。
「別にええで」
「んもう、美味しいよ。ん…普通の牛丼と違ってとろっとして濃いけど、ごはんと一緒だとちょうどいいね…んで、何使ってるの?」聞きながら箸が止まらない。
「砂糖、醤油、みりん、これは基本やな、あとオイスターソースやな。硬めのごはんとあうやろ?でかいネギはごま油で焼いてあとから合わせとる。生玉子かけるとまろやかになって味変できるで。ちゅうか、ゆっくり食べえて」
「んぐ…うん。やって…ん…みるよ」ごはんの硬さについては黙っておこう。
サラダやキムチで口をリセットしてから食べると、また美味しい。半分くらい食べ進めたところで生玉子を投入、なめらかな味。わたしの作った味噌汁とも良く合う。それがまた嬉しい。
「どや?りかおんのママ、食べてくれそうか?」
「うん。ばっちりだよ。美味しい。ただ問題がひとつ…」
「何や?」
「わたしも明日食べたいんだよね…」
「ふっふっふ、こんなこともあろうかとな、多めに作ってん。明日のりかおんの分もあるで」
「良かった。けどさ、なんだかんだ言って、相当自信あったんだね?」
「まあな、コスト度外視食材の力や」分量を測らずにこの味が出せるのは確かにそうかもしれない。
そんなこんなであっという間に食べ終わり、一緒に片付けをして、よしつねは帰って行った。
今日を思い出す。母と昼食、まいちと練習、おやつ、よしつねと夕食と賑やかな時間が続いた。
今は家に一人。静か。空調の音しか聞こえない。テレビ点けようかな、明日に備えて早く寝ようかな、気持ちが定まらない。時折聞こえる風で木の葉が擦れる音でさえ心をざわつかせる。
いつもならどうということはない時間のはず。すごく楽しかったから、いなくなるとその分余計に寂しいし、不安。明日の緊張も相まって、それはより一層強く。
「ピンポーン!」
不意にインターホンが鳴る。
こんな時間にいったい誰?部屋の灯りが点いているから家にいるのはわかってしまう。恐る恐る、音を立てないようにモニターを確認しに行く。映っているのは一人。声が出た。
「よし…つね?」
間違いない。気付くと玄関へ駆けていた。解錠してドアを開ける。よしつねがいる。
「あーすまん、りかおん…あ、どない…」様子がおかしいのに気付いたのだろう。
「えっと…」ほっとしているのに言葉が出てこない。
「スマホ、忘れてん。その…持ってきてくれんか?」
「…嫌」
「ほか…んなら、入ってもええか?」
「どうぞ」
迎え入れる。鍵はすぐ掛けた。
「あー、スマホどこやろな?」
「すぐ探さなくてもいいんじゃない?」
「せやな。ちょと休ましてもろてええ?」とキッチンには目もくれず、テーブルを過ぎてソファの方へ。相変わらず一人用に座る。わたしも斜のソファに。
「その…店の鍵、掛けてきた?」
「どうやろな?まあええやろ」
「昔のこと、いっぱい覚えてるのにさ…すぐ忘れ物するよね?」
「そういうのは脳細胞が影響してるんちゃうかな。けど、前世の記憶は脳細胞関係あらへんやろ?理屈的に。魂が覚えてるんちゃうかな」
「そうだね…妄想じゃなかったらね?」
「せやな」
「…うん」
「明日やな。緊張しとん?」
「うん、その…大勢の人に見られるの、経験ないから」
「一人で踊るわけやないやろ?」
「そうだけどさ…」
「ほなら今踊る?踊り損」
「ふふっ、またそれ?だめ。本番の楽しみが減るでしょ?」
「あの変な踊りなら何回見ても楽しいで」
「もう変じゃないよ」
「なら見してみ?」
「だめって言ったでしょ?」
そこから他愛のない会話が続いた。
よしつねは忘れ物のスマートフォンを取りに来たのすら忘れた、いや気付かないふりをして。そのあとも、寝る準備をするわたしを待っててくれた。
「ほな、ゆっくり休みや」
「うん、よしつねはお風呂とかいいの?」
「ああ、その…スマホ取りに来ただけやからな」
「そっか…えと、明日の朝までに見つかったらいいね。ママが9時過ぎに帰ってくるから。あとわたしは8時に起きるからさ。見つかってなかったら一緒に探してあげる。それまで待てる?」
「余裕や。一億万年生きとるんやで」
「ふっ、またそれ?あとさ…ありがと」
「うん…おやすみ」




