●36 恩返し
翌々日、昼食後、なぎさのところで練習する前によしつねのところへ寄る。いくつか確認したいことがある。地雷を掘り返さないか心配ではあるが。
いつも通り迎えてくれたので、いつも通りにリビングへ。まずひとつ、写真の看護師を確認する。よしつね母子の周りに5人いるうちの一人に、わたしの母の若い姿がある。
「おう、りかおんのママ、おったやろ?」といつものドクペと氷、グラスを用意して持って来たよしつね。
「うん、近くで見てなかったから気付かなかった。けどよしつね、知ってたの?ここに写ってるのがわたしのママだってこと」
「いや、当時、看護師さんのときな、結婚してへんし、オカンの病院以外で会ったこともなかったしな。
そのあとこっち来て、りかおんからお母さんのことはちょっと聞いてたけど、旧姓は知らんかったし。一致せえへんかったわ。ほんまびっくりや」といつものソファでよしつね。
わたしも喉が渇いているのでソファに座って、ドクペを一口いただいてから。
「けど、お母さんが亡くなってから顔が変わったって言ってたね」
「毎回、スイッチ入れるからな、なぎさを騙す悪へのスイッチ」
「何それ?でもさ、なぎささんに助けられたあと、わたしを助けることをしなかった前世もあるんだよね?」
「何や、そないなこと聞きに来たんか?トーキョー行く話か思たわ」
「そうだよ。これはわたしの憶測でしかないけどね。前にわたしに会ってるよね?」
「せや。前世で何遍も…」
「違う。質問を変える。わたしと初めて会ったのはいつ?」
「うーん、言わな…」
「あかん!」言いたくないのはわたしを傷付けるかもしれないことだからだろう。でも。
ゆっくりと静かに話し始めるよしつね。観念したよう。
「その…前世の知識を活かしてな、ぎょうさん金儲けしてたときの話やな。今みたいに競馬でちょこちょこなんてもんやなくてな。りかおんからしたら大ズルやろな。
トーキョーで会社作ってな、儲けた金でこの辺りにえらい投資とかしてな、なぎさへの恩返しみたいなもんや。んでこの街も今とは比べもんにならんくらい賑やかになってな。その会社にな、りかおんが大学卒業して入って来てん」
「そこで初めて?わたし車にはねられてない?」
「直接会うたんはそのあと2年くらいしてからやな。りかおんがこっちの出身ちゅうのと優秀やったちゅうので、この辺のプロジェクトを任せられるようになったときやな。車にはねられたような形跡はなかったな。
今くらいの時期はわしのおかげっちゅうかせいっちゅうかな、このアーケード街も賑わっとったし、この辺も様変わりしとってな。せやから今といろいろ違うて、はねられへんかったんやないかな」
「じゃあさ、その前世は順風満帆だったの?」
「んー…聞きたいんか?」
「…うん。もう、そうはならない未来だと思うから」
「あんな…りかおん責任感強いからな、うまく行かんかったこと全部一人で抱え込んで、頑張ってな。そんな時代やあらへんのにな…んで、倒れてもうてな、そのままポックリや」
「そんな…前世のわたし、かわいそう。報われない…」
自分なのかは他人なのかわからないけれど、そのわたしがあまりにも悲しくて、涙がすぐそこまで来ている。あとは表面張力だけ。
「せやな」
「ママは?ママはどうしてたの?」
「わし、会ったことなかったって言うたやろ。りかおんのママ、もう亡くなっとってな」
「嫌…そんなの絶対…」
耐えられないのはわかっていたから、下を向いて目を抑える、買ってもらったおそろいのタオルで。
「その辺の事情はわからんけどな、りかおんを育てるためにごっつ苦労したんやろな」
「うん…知ってる。もう負担かけないようにする」よしつねの方を見る。
「ええ子や」
「ううん。この前ママのこと見て泣いてたように見えたからさ、わたしを助ける理由も他に何かあるんじゃないかと思って。ごめん」
「いや、もうこの際やから話してまうけどな。その…りかおんが死んでな、身寄りがないからな、わしが骨引き取ることになってんけど、ちっちゃくなってもうてな。そんときに、もうこんなことにはならんようにって、また繰り返すんやけど」
「次の人生、ループ?」
「せや。りかおんの仕事セーブしてたら逆に冷遇されてると思たんかで、辞めてもうたり…まあ、何遍もやったけどな」
「でもうまく行かない?」
「こうしたらうまく行くちゅうのはだんだんわかってきたけどな。わしが大ズルで無理にこの辺発展させたり、金儲けしたりしてもな、どっかに歪みが生まれてまうし、他人の人生に悪い影響があるんやな。
せやから、そういうんはよして今みたいに慎ましやかに暮らしてるっちゅうわけや。就職先潰してもうて、すまんな」
「それくらいいいけどさ、結果、車にはねられるようになるわけね?」
「せや、この辺の様子が変わらんからな。けどここを乗り越えたらあとは死ぬようなことはないと思うで。わしが生きてる範囲でやけど。せやから現世のりかおんはもう心配あらへん」
「だといいけどさ、ママの話だと、よしつねがお母さん亡くなってすぐ自殺してたらさ、ママ結婚しなくなってわたし、生まれてすらない可能性あるよね?」
「どうやろな?そんなことくらいで左右されへんやろ?」
「わからないでしょ?よしつねは死んでるんだから」
「まあな」
「だからさ、このさき絶対自殺禁止だからね。ママがかわいそうだから。来世でもだよ」
「もうそのつもりあらんしな。りかおんも車に気ぃ付けや」
「現世では大丈夫だけどさ、来世以降は本人に言ってね」
「せやから今言うてんねんけどな。まあしゃあないわ、任しとき」
「あとさ…」
「もうそろそろ行った方がええんちゃう?ママの前で変な踊りする羽目になるで?」
「あー、今変なって言った?」
「言った」
「うー、絶対見返してやるから」
なぎさのところへ行く。まいちも待っていたようで、久しぶりと言われた。まだ4日しか経っていないのに。
今日はなぎさと最後の練習、本番用の衣装を着る。白と桃色のゆかた、薄い桃色のすそよけ、黒い帯、編み笠、手甲、足袋、下駄など、本番同様に着て、いや、着せてもらった。
まいちがこちらを見て、かわいいと言いながらずっと撮影している。そっちの方がかわいいのに。言ってあげないけれど。
衣装を着て踊るとやはり勝手が違う。足元が気になってうまく踊れない。
一方のまいちは隠れた才能を発揮し、かなり様になっている。できれば隣で踊らないで欲しいとも思うが、他の人たちも同じくらいかもっと上手だろうから、結局まいちにそばにいて欲しいという結論になる。わたしが上手くならないとだめ。
練習する方法ならわかっている。手を綺麗に上にあげる。足は大きく蹴り上げる。リズムに乗って。あとは反復練習するのみ。方向は合っているはず。努力した分報われて欲しい。
本番まであと4日。直前になってもっと練習をしたいと思い始めたわたしの気持ちを知ってか、なぎさから予期せぬ提案があった。
御代史堂の2階に広いフローリングのスペースがあるので、そこを使えば良いとのこと。鍵も渡された。よしつねには連絡してくれるようだが、断っても名義はなぎさのものだから、追い出せば良いと言っていた。
お金はよしつねが出しているからそう簡単なものではないと思うが、よしつねのことだから断ることもないだろう。翌日から本番前日までの三日間、昼過ぎからまいちと一緒に練習することにした。
そして翌日、練習開始は13時からだが、まいちとよしつねの1対1にすると何やらよろしくない気がして早めに御代史堂に着いた。いつも通りリビングに上げてもらい、お礼と挨拶をする。
「あのさ、わたしが上手くならなくて、迷惑かけてごめん」
「あの踊り、披露したらええやん、変ダンス」
「もう。変だから改善したいんだよ。変って言ってるし」
「ごめんて。わしだけの思い出にするからな」
「忘れて。それでさ、なぎささんが使えって言ってくれたんだけど、本当に大丈夫?」
「なぎさの名義やしな、ここ」
「でもよしつねのお金で買ったんだから、実質的所有者はよしつねだよ?」
「どっちにしろかまへん。怪我せんでな」
「うん。あと絶対見に来ちゃだめだからね」
「わしゃ鶴か?」
「それを言うなら鶴はこっち、そっちはおじいさん」
「おじさん拒否したらおじいさん言われるんか、世知辛いのう」と杖をつく真似をするよしつね。
「どっちでもいいけど、本番まで見られたくないからね」
「別に本番も見いひんでもええけどな」
「それはだめ。ママと約束したし」
「はは、わかっとるわ」
「あと、まいちに余計なこと言わないように。鋭いから」
「ん、おう」
「それと、休憩は15時から、ここで」
「何や、お菓子とか用意せえっちゅうことか?」
「うん…」
「上持ってったるで」
「それだと寂しいでしょ?」
「まあな」
「ふふっ、素直でよろしい。だからここで、三人分同じの用意して、ください」
偉そうなことを言ったのに気付いて頭を下げる。
「ええけど、同じのがええんか?」
「うん、違うのだと、まいちが、その…面倒臭いから」
「ごめんくださーい!」とまいちの声が響き渡る。聞かれてはいないだろうか。
「はい、はーい」と店の方へ降りていくよしつね。
さあ、練習、練習。見てよかったって思ってもらえるようにしないとね。




