●28 同一個体
面談対策と予期せず踊らされたことで疲れてしまった。身体が糖分を欲している、気がする。
「あのですね、ちょっと甘いものやら、あります?」
下手に出てみる。
「ドクペ」
「また?飽きない?」
「全然飽きひんなあ。腹減ったん?」
「うん、おやつとか?ありませんかねえ?」
時計はちょうど15時になろうとしている。
「ほな、ちょっと待ってな」こういうのはすんなり受け入れてくれる。
「あ、ありがと」
「ええて」
「うん」
よしつねはキッチンへ向かう。何やら確認している。
「あんな、どんくらい食べる?」
「そこそこ食べるよ。踊ったし」
「おう、わかったわ」
「よろしくねー」
何やら焼いている?まあ、楽しみに待っていよう。
その間、部屋の中を見回す。あまり物がない。その分、店の方にいろいろな物が置いてある。なので、この部屋にある物は大切なものなのだろう。そんな中に先日獲った、わたしとおそろいのぬいぐるみを飾ってくれている。
「もうできるわ。手え洗ってき」
「うん」
洗面所へ、手を洗う。鏡に映るわたし、さっきかわいいって言ってくれた。よしつねは嘘をつかないから本当だ、と思う。でも、もっとかわいい人はいくらでもいると思うのだが。いや、せっかく言ってくれたのだから、そんな気持ちはすぐに洗い流そう。
リビングに戻ると、「お待たせ」とよしつねがテーブルで準備し終わっていた。
「ありがと。何これ?」
見ると直径6センチ、厚さ2センチくらいの円形のお菓子が2個、一方はあんこのよう、他方は緑の塊。泡立った茶の入った碗が添えられている。
「きんつばっちゅう和菓子や。トーキョーで買うた。スタンダードなあんこと季節限定の抹茶入りやて。あと抹茶、苦いかもわからんけど、試してみ?」
「へえ。じゃあ、いただきます」食べたことない感じ。緊張する。
まずはあんこの方、つぶあんを薄い生地が包んでいて、中央に黒ごまが載っている。手に持って一口、少し暖かくて表面がパリッとしている。あんこが柔らかく、優しい甘さ、ごまの食感と風味、ほんのりごま油を感じる。
「どう?」
「うん、美味しい、気分が落ち着く感じ。パリってするのもいいね」
「ちょっとごま油塗って焼いてるんや。抹茶もいってみ?」
「どっち?」
「どっちって?あ、お茶やね」
「ふふっ、ややこしいね」
飲んでみる。甘くないけど、思ったより苦くない。
「抹茶ミルクとかじゃない抹茶、初めてだけど、あんまり苦くなくて美味しいね。さっぱりする」
「よかったわ。泡立てるとな、口当たりも良くなって苦味も和らぐんや。あんこに合うと思うで」
きんつばをもう一口。甘さが際立つ。抹茶を飲んですっきりさせて、つぎは抹茶味のきんつば。白ごまが載っている。これも違った味わい。同じ抹茶でも違う面を感じられる。あっという間に食べ終わってしまった。
「ごちそうさまでした。美味しかったよ、意外に」
「ちょっとドキドキしたけどな」
「もしかして、一皮向けさせようと思った?」
「他に甘いもんがなかっただけや」
「ふーん。それも本当なんだね?」
「そら、嘘つかんからな」
「でもさ、何かつまんないな。もっと無茶する人かと思った」
何でこんなことを言っているのだろう。冗談でもないのに。よしつねを傷付けるだけなのに。
「買いかぶり過ぎや。りかおんが思っているよりずっと臆病な人間やで」
「そうだね、トーキョー連れってってくれないし」
違う。それはわたしが無茶を言っているだけ。よしつねは悪くない。
「失望したか?」
「ううん、わたしが勝手にさ、変われるって勘違いしただけだから。平凡なわたしの日常に、急によしつねが現れてさ、普通だったらついていかないのについて行って。そんなことしたんだからさ、変われるって思ったんだ。でも…」
どんよりした気持ちが顔に張り付いているのがわかる。
「トーキョーに行ったら変われるん?」
「うーん…ちょっと違うかな、行きたいと思ったのに行けなくてもいいやって思っちゃう自分、それを変えたいんだと思う」
「トーキョー行くん諦めた?」
「だって、ママ許可してくれないよ」
「聞いたんか?」
「聞いてない。だめに決まってる。よしつねだってさっき、許可しないだろうって」
「あれは連れて行きたくないわしサイドの方便や。せやけど、ほんまに変わりたいんならな、その決めつけをまずやめなあかん」真剣な眼差しのよしつね。直視できない。
「だって、わたしがママだったら許さないと思うし」うつむいて答えるわたし。母の顔を想像する。そんなのだめって言う母の顔、想像できない。そんなこと言わせたらいけないって思っているから。ブレーキをかけているのはわたし自身。
「何でや?」と、依然として真剣なよしつね。
「何でって…心配だから」
「何が心配なんや?」
「危ないし…」
「それだけか?」
「宿題もやらないといけないし」
「あとは?」
「お金がかかるし」
「ほなそれだけか?」
「ホームシックとか」
「他!」
「う、うん…そんなもんかな」
「ほしたら、危険、宿題、お金、ホームシック、これを克服したらトーキョー行きっちゅうことやな」
よしつねが手を差し伸べてくれているような、目の前の霧が晴れるような感覚、だけど。
「そんな簡単に行くかな?」
「他に支障ないんやろ?」
「思う限りはそうなんだけどさ」
「まず、この4つを何とかする前提で考えようや。できたらママを説得や」
「…うん、…そうだね。考えてみる。まずは宿題だね。これはもう頑張るよ。盆踊りまで、いや今月中に終わらせる」
「その意気や。何や早くも変われそうやな?」
「おだててもだめだよ」
「お金はわしがどうとでもできるけど、どう説明するかやな。あと危険っちゅうのもそうか」
「よしつねがついて行くって言っても、信用性ないしね」
「せやな。なぎさを利用するか?」
「一緒に来てもらう?」
「できればそうしたいけどな。考えどころやな」
「ホームシックはわたしの問題。たぶん大丈夫なんだけどね」
「井内さんちにお泊まり会とかは?」
「何か利用するみたいで嫌だな」
「でもお泊まり会したない?」
「したいね」
「なら、言ってみたらええやん。それ自体楽しいやろ?」
「うん、そうだね。楽しそう。お願いしてみる。あと、修学旅行が二学期にあるから、ホームシックとか言ってられないよね」
「それも言うたらええしな」
「何か行けそうな気がしてきた。わたし、変われるかも」
「もう、ちょっとやけど変わったと思うで」
「そう?ありがと。あとごめんなさい、よしつねに当たるようなこと言って」
「かまへん。どうせわしは、りかおんをトーキョーに連れてけんくらい臆病でつまらないただ長く生きているだけのビビリやからな」
「そこまで言ってないと思うけど」
「それに、りかおんにちょっとやそっと言われて心にグサッと来たくらいではへこたれへん鋼のメンタルを手に入れとる、何せ一億万年生きとるからな」
「なにそれ?効いてんのか効いてないのかわかんないし、つまんないよ」
言葉とは裏腹に笑顔を見せているのが自分でもわかる。
「まあ、とにかく、当面の目標が決まったな」
「うん。わたしは宿題とお泊まり会、よしつねはなぎささんにお願い、だね」
「宿題、手伝ったるか?」
「ううん、それだけは自分でやる。あとさ…」
「何や?」
「…こういうの、前世でもあった?聞きたい」
「盆踊りで踊るとは言ってへんかったな。この時期にりかおんとなぎさが仲良うなることがなかったからな、なぎさに踊り教えてもらわへんし、せやからわしも盆踊りは見に行ってへん」
「トーキョーは?」
「今回と経緯は違うけどな、りかおん一人でトーキョー行く計画は立てたことは何遍かあるで。ママを説得できんくて毎回失敗やけど」
「う…何かそんな気はしてた。けどね、わたしさ、ママに強く怒られたり、否定されたりすることないんだよね。最近こことかに来てるのも、ママ何かしてるとは気付いてるけど、言いたくないって言ったら一応許されてるし」
「ええことやないか。信頼されてるんやろ?」
「うん、そうなんだけど、それはさ、わたしが怒られないようにしてるっていうことでもあるんだ。怒らせちゃうのは嫌だから。でも前世のわたしはさすがに怒られただろうね」
「せやろな。がっかりしとったもんな、りかおん、前世で。ほんでな、現世ではトーキョー行くなんて言って欲しなかってんけどな。血は争えんな」
「血っていうか、同じわたし自身だからね。物理的に毛穴の隅々まで同じ、同一個体でしょ?もう。でもそう考えるとさ、前世ではさ、その怒らせちゃうかもしれないっていう怖さを乗り越えてはいるんだよね。頑張ったんだよね?」
「うん。頑張っとった」
「そう考えるとさ、やっぱりハードル高いよね?」
「けど見えたやろ?成長の余地ありや。わしなんかもう伸び代あらへん」
「うん、頑張るよ。前世の同一個体たちの分もね」
「せやな、それに今回はなぎさっちゅうジョーカーがこっちにはあるんやからな」
「そうだね。責任重大だよ?よしつね二等兵」
「はっ!玉砕する覚悟であります!」姿勢を正すよしつね。
「そしたら、少尉くらいにはしてあげる」
こうして、10日後に経過報告とその後の作戦会議を兼ねて会う約束して、この日は帰宅した。母との食事、また異変に気付かれないか心配だったが、何も言われなかった。少し待ってて。必ず説得してみせるから。




