結婚初夜。
「はぁ、無事結婚式を終えたわね。何も無くてよかったわ……。」
結婚式が始まってからオディロン様の機嫌はあまり良くなかった。
公爵家当主と言うこともあり、機嫌の悪さを表に出しているという訳では無かったが、五年も婚約者をしていれば、声色でなんとなくわかる。
「ジェラルディーナお嬢様。いえ、奥様。お疲れ様でございました。」
私が一息つくと、後ろからそっと付いてきたのは侍女のエルダだ。
エルダはフローライト伯爵家にいた頃から私の専属侍女をしてくれている。
お母様と同年代で男爵家の出ということ、お兄様たちと同じ年代の子供がいたという事もあって私の乳母をしてくれていた。
私にとってはもう一人の母親的存在で、一緒にいるととても落ち着く。
もしかしたら私の前世の気持ちが少し作用しているのかもしれないけど……。
私には前世の記憶がある。
この世界とは違う世界で九十八歳まで生きた記憶だ。
死因は覚えていないけど、九十八歳まで生きていたのだから老衰と考えるのが妥当だろう。
眠るように死んだはずが、この世界で赤ちゃんとなって生まれ変わった時は正直驚いた。
今までいた世界とは全く違うのだから当たり前だろう。
孫が遊びに来たとき、“異世界転生”について教えてくれていたから、すぐに落ち着くことができたけど、気持ちが落ち着いたからと言って、生きていくのが“簡単モード?”とやらになったかと言われたら、そんなことはなかったと思う。
と、いうのも……。
精神年齢と、身体がちぐはぐしているからだ。
今までできたことが出来なかったり、周りの子供が楽しそうに遊んでいる遊び事が楽しく感じなかったり……周りの子が話している事に着いていけなかったり……。
それでも周りに合わせられるように努力はしたけれど、それはそれでかなり辛かった。
なんなら、勉強したり、お母様達と話しているほうが楽だと感じた程である。
今思えば、傍から見た私は“ませた子ども”だっただろう。
だからだろうか。
乳母であるエルダはなんだか、友達、親友、家族と言った方がしっくりくる。
「エルダもお疲れ様。それに……付いてきてくれてありがとう。でも……本当に良かったの? 貴女の旦那、子どもはフローライト伯爵家に居るのに……無理して付いてくる必要なかったし、残っても良かったのよ?」
「良いんですよ。会えない訳でもないですし、子供って言ったってもう成人してるんです。それにマルクは旦那様の、マルセル、マルコスはラルフリード様と、フレデリク様の面倒を見るので忙しいですからね。それにジェラルディーナ様のことも娘のように大切ですから。」
マルクとはエルダの旦那で、ジェラルドお父様の従者として働いている。
ジェラルドお父様は財務官局長であるため、そちらの補佐もしてくれているそうだ。
マルセルとマルコスはエルダの息子だ。
マルセルはラルフリードお兄様の、マルコスはフレデリクお兄様の従者として働いてくれている。
エルダの家族全員フローライト家に仕えてくれていて、フローライト家にとってもとても強い味方だ。
「そうだったわね。娘だなんて……でも……エルダにそう言って貰えるのは嬉しいわ! 本当は一人だと少し心細かったのよ。邸に来てからというもの、侍女や従者はどこか余所余所しいし……」
結婚式を終えて、結婚パーティーの前に一度公爵邸に寄った時のこと……結婚式をしている時以上にオディロン様の機嫌が悪く、馬車の中ではずっと無言だし、こちらから話しかけても「あぁ」とか「はぁ」くらいしか返事をしなかった。
そして、邸に着いたら着いたで一人でズカズカ進んで勝手に部屋の中に入っていく始末……。
その後、結婚パーティーの軽い段取りを相談しようと思っていたのに、結婚パーティーまでの間、私の前に顔を出すことは一度もなかった。
何かあったのかと侍女や従者に話しかけようにも、話しかける前に「用事が……」「忙しいので……」と言って逃げられてしまう始末……。
この時だろう。
この邸の全員、私が来たことを明らかに歓迎していない……という感じだった。
「確かに、なんだか様子がおかしいですよね。オディロン様は元々気分屋なところがありますし、あまり人混みも好きでは無さそうでしたから。もしかしたら、結婚式で疲れていたのでは無いですか?」
確かに、人前に立たなくてはならないし、公爵家当主という立場で、今回は王族の方も来ていたから気疲れしていたのかもしれない……。
「さっ、暗い話はこのくらいにして。少し時間を置いていますし、機嫌が良くなっていることを祈りましょう。それに、ジェラルディーナお嬢様はこれから一番大切な初夜が待っているんですから……お身体を綺麗に清めなくては。」
軽く両手をパチンと叩くと、暗い雰囲気を変えるように明るい声でエルダが話し出した。
初夜ね……。
これでも前世で沢山の子供がいたのだから、何をするのかくらい心得はある。
ただ、世界観が和風と洋風で違いすぎて、本当に自分が思っているものであっているのかは分からないけど。
「そう……だったわね。初夜があるのよね……少し気が重いけど、これも妻としてのお役目だし。準備しましょうか。」
貴族である以上、世継ぎは必要だ。
特にスフェレライト公爵家は現在、オディロン様しかいない。
お義父様もお義母様も三年前に流行病で亡くなっている。
だからこそ、なるべく早く世継ぎを作る必要があった。
エルダの言葉にゆっくりお湯に浸かり、軽くマッサージなどをしてもらう。
初めてなのだから綺麗に整えた方がいいだろう。
身体を綺麗に清めると、セクシーなネグリジェに着替え寝室に向かった。
寝室に入ると、部屋は真っ暗なままで誰も来ていないようだ。
私の方が先についていてよかったと少しほっとする。
それでなくても機嫌悪かったのに、これ以上機嫌悪くなると手が付けられなくなる可能性があるからだ。
もうお亡くなりになっているお義父様やお義母様に言いたくは無いが、出来ればもう少しわがままを言わない子に育てて欲しかった……。
「それにしても灯りも着いていないなんて……一体どうなっているのかしらね。」
布団は綺麗に整えられているが、灯りも着いていないし、侍女たちは何をしていたのだろうか。
「はぁ……この時間に誰か呼ぶのもね……。たしか今日は満月だったわね。」
カーテンを開けると月の光が部屋の中に入り込んで、先程まで真っ暗だった部屋も、少しばかり明るくなった。
「これはこれで神秘的だし、このまま待ちましょうか。」
ベッドにちょこんと座り、オディロン様が来るのを待つ。
が、しかし……。
待てども待てども、オディロン様が寝室に現れることは無かった……。




