031.墓地
マーサに報告を済ませたあと、レイたちは再び山を訪れていた。
それは、アミールが作り上げたデニスの墓を、本当の意味で完成させるためだ。
スペースは小さいけれど、多少の遺品ならば埋葬できるように、墓を作る際に魔法でひと手間掛けていたのだった。
山小屋の扉を押し開けると、内に籠もった空気がゆっくりと流れ出していった。
掃除していた成果か、埃の匂いは薄れて、どこか清らかな空気が残っていた。
「うん。私たちが前に来たときから、荒らされたりしていないね」
リアイは扉を開き、誰も訪れていないことが確認できると、レイたちと共に室内へと足を踏み入れる。
そして、持参したランタンを設置して、灯火を点ける。
薄暗い部屋に淡い光が広がっていった。
レイはバッグから包みを丁寧に取り出し、テーブルの端にそっと置いた。
それは、欠番が埋まったデニスの日記だった。
再び彼の元に返すべく、こうして運んできていたのだった。
「日記の他にも、お墓に入れられるデニスさんの遺品を探そうか」
レイの呼びかけに応じて、メンバー全員が動き出す。
部屋の隅々を探していると、奥にある陽の届かない棚の陰から、小ぶりのナイフが見つかった。
刃には使い込まれた跡があり、柄の革は擦り切れ、握った手の癖が染み込んでいる。
研ぎ澄まされてはいないが、丁寧に手入れされていたことも窺え、放置されていた年月を考慮すると、十分に上物だった。
レイはナイフを手に取って、魔力を送り込んでみる。
すると、刀身を包み込むように淡く発光した。
ナイフには魔石が使用されていることが分かる。
「これって、魔物との戦いに使えるものでしょうか?」
「そうだね。今でも手入れし直せば、十分に通用するはずだよ」
レイは注ぎ込む魔力を止めると、手元を覗き込むノエルにそう答えた。
魔法で記憶を呼び起こすようなことはできないが、刀身を握る手に、彼が歩んだ日々の重みがそっと伝わってくる気がした。
「あの、これはどうかな?」
別の部屋から戻ってきたリアイは、そっとそれを手渡した。
そこにあったのは、金属製の腕時計だった。
時計の針は止まったまま、過ぎ去った時間を封じ込めているかのようだった。
「机の引き出しにあったんだ。きっと、毎日巻いてたんだろうね」
不器用な男がネジを巻く光景を浮かべながらリアイは言った。
その声には、彼の誠実な人柄への情景が滲んでいた。
「これって……」
そして、マナカが棚の引き出しを開けたときだった。
手のひらに収まる小さな木箱がそっと顔を覗かせた。
彼女はそれを手に取ると、レイたちの元へ戻って、木箱のケースを手元に見せた。
一同はマナカの手元に注目する。
彼女は視線を浴びながら、宝箱を開くようにゆっくりと上下の扉を開く。
そこにあったのは、一対の華奢で装飾のない金の指輪だった。
「……結婚指輪かな」
マナカは片方の指輪を手にとって、リングの内側を確認する。
そこには小さくデニスの名前の刻印が彫られていた。
指輪を元に戻すと、長年触れられていなかったはずなのに、二つの指輪は温もりを宿しているように思えた。
「アミールさんはどこまで考えていたかは分からないけれど、もしこれを見つけたなら、きっとお墓に入れたと思う」
レイはケースに収まった指輪をじっと見つめながらそう言った。
「うん」とマナカが頷いた。
「だって、そのために登ったんだもんね。あの人」
レイは、日記とナイフ、時計、そして指輪を、ひとまとめにして丁寧に包みへと移す。
アミールが託したかった願いを、代わりに完遂するつもりで。
「そろそろ行こうか。彼の墓を、きちんと完成させよう」
その一言に、誰も異を唱える者はいなかった。
淡いランタンの灯火の中、彼らは遺品を抱えて静かに小屋を出る。
山小屋を出た一行は、緩やかな坂を登り、木立を抜けて、あの丘へと向かった。
以前訪れたときに行き来しやすいように整備していたので、辿り着くまでの障害は減っている。
岩肌がむき出しになった小さな崖の先には、海を望む風景が静かに広がっていた。
風は穏やかで、いくつもの鳥が高く円を描いていた。
レイたちはロープを使って岩肌を登り切ると、一度は完成させた、あの墓標の前で膝をついた。
「では、早速ですが、レイくんお願いしますね」
ノエルの呼びかけに応じて、レイは地面に手を置いて、魔力を流し込む。
魔力が静かに地面へ染み込み、レイの意のままに固く締まっていた土が、すうっと解けるように崩れていった。
「じゃあ、ここに入れてくれるかな」
「うん」
リアイとマナカは頷くと、遺品が入った綺麗な木箱を手にとって、ゆっくりと顔を顕にした空洞の中へと収めた。
日記、ナイフと時計、そして指輪。
それぞれにデニスがどれだけ思い入れがあったのか、レイたちには知る由もない。
レイたちはそれらを見つけただけだ。
「本当は遺骨もここに入れられれば良かったんだけれど」
リアイはその光景を見て、寂しそうにそう呟いた。
役所に墓の記録がないか問い合わせをしたところ、身寄りもなかった彼は、共同墓地に葬られたとのことだった。
彼の日記には、海へ散骨されたいと願っているような記述があった。
だが、魔法種である彼は、自身の遺骨が魔力の塊であり、自然にばら撒かれるようなことは決してないと理解していたはずだ。
リアイの言葉どおりに、ここに遺骨も一緒に収めることがきっと理想的ではあるけれど、流石に墓地を掘り起こすのは現実的に難しい。
それにもしかしたら、こうやって彼の墓を作ることはとんだお節介かもしれなかった。
けれど、彼が望まなかったとしても、彼女だけにお墓があって、その隣が空席なのは、彼だけでなく彼女も寂しいことだと思う。
ありふれた言葉だけれど、彼らに寄り添いたかった。
だから、この墓が、アミールが用意したもう一つの居場所になればいいと願うだけだった。
木箱の蓋を開いて遺品があることを確認すると、レイは予め用意していた石で作った蓋を被せ、魔法を使いながら盛り上がった残土で埋めていく。
地面をしっかりと固めて均し、最後に小さな風の魔法でやさしく閉じた。
土埃がふわりと舞い、周囲の草がそよぐ。
風の中で、確かにひとつ、完了したように思えた。
「……完成だね」
レイが静かに告げると、全員が無言で頷いた。
そして、静かに手を合わせた。
風はゆっくりと流れ、丘の上に、ひとつの時間が閉じていく。
けれど、それは決して終わりではない。
墓は死者のためだけではなく、これから生きる者がその事実を受け止めて、走り出すためのものでもある。
つまり、それはデニスのためであり、アミールのためでもあり、更には自分自身のためでもあるということだ。
形を変えてもその魂が生き続けることを願いながら、彼らの想いを受け継いで、静かに祈りを捧げた。
木立を揺らす風の音と小波が混じり合って、祈りの後の静寂をそっとなぞっていた。
しばらくして、レイは少し離れた場所に立ち、海の方を見つめていた。
彼らはいつもと変わらず、健康な寝息のように規則正しく寧らかに打ち寄せていた。
父さんは、何を思ってたんだろうな。
突然すぎた死。遺されたギルド。
問いかけることも、確かめることもできない想いが、静かに胸をよぎる。
「……父さんの墓にも行かないとな」
レイはデニスやアミールの姿と、自分の父を重ねながら、小さくそう呟いた。
言葉を投げ掛けても、決して返ってくることはない。
けれど、事実を受け止めて、整理する時間は誰にでも必要だ。
「ギルドに帰ろっか」
レイは振り返って、仲間たちの方へと歩き出す。
それぞれが荷を背負い、視線を交わし、山を下りる準備を始めた。
その足取りは、登ってきた時よりも、わずかに軽やかだった。
進んで、進んでゆけ。
別作品を書きたいこともあり、区切りもいいので一旦ここで完結にしようかと思います。
散らしていた伏線などもあるのでどこかで再開するかもしれませんが、そのときがきましたらよろしくお願いいたします。




