第109話 聖女と次期皇帝の密談・前編
その日の夜は《聖女生誕祭》として、帝都中で祭り騒ぎになった。夜になっても街並みの明かりは煌めき、笑い声が皇城まで聞こえてくる。
城内でも聖女を歓迎するためのパーティーが開かれていた。
どこもかしこも賑やかで、迫りくる瘴気と魔物に相次ぐ不作──その三つが一時的とはいえ解決したのだから、喜ぶのも無理はない。
シャンデリアが会場内を真昼のように照らし、賑やかな演奏と豪勢な料理が並ぶ。老若男女の表情も明るく、ワインの香りが鼻腔をくすぐった。
ダイヤ国第一王女を隠しているが、聖女である私は壁の花でいることは難しいらしい。
(フェイ様がいないと……こうなるのね!)
「これは聖女様、私と一曲踊っていただけないだろうか」
「いやいや、ここは自分と」
「アレクシス殿下が先だろう。その後で僕と──」
そこに割って入ったのは、神官姿の光の精霊たちだ。
『我が主人様、消しますか?』
(ダメ! 穏便に私がなんとかするから!)
『かしこまりました』
私の傍には護衛役として光の精霊たち神官が三人、女騎士が二人付き添っている。みなテオの眷族らしく、全身真っ白で、髪もシルバープラチナで、瞳は蜂蜜色の美男美女。テオは私のことを我が主人というのだけれど、眷族の子たちは我が主人様で統一されている。
(名前で呼んでも良いって言ったけれど、今は尊死するかもしれないって断られたんだっけ……。うん、光の精霊の子たちはちょっと変わっているのね。あともの凄く過激だわ。他の人たちに聞こえないよう、念話が使えて良かった……)
私は「申し訳ありません」と、ダンスに誘ってきた殿方に首を振って断った。ドレスの裾を片方だけ摘まみ、軽く一礼する。これはダイヤ国式、ダンスを断る際のお作法だ。
これ以上、ダンスを求めるのは「礼儀知らず」の烙印を押されてしまう。聖女に祖素をすることはこの国の滅亡に繋がるとでも思っているのか、大人しく引き下がってくれた。
(喋らずに挨拶をするだけも疲れるし、ダンスを断れて良かった……!)
さすがにアレクシス殿下と一曲だけは踊らないといけない。これは聖女とアレクシス殿下と仲がよいアピールをするためだ。未だ懐疑的な目で見る者も少なくない。
(フェイ様。客室で大人しくしているといったけれど、大丈夫かしら? あの後、酔っ払ったみたいに、ふにゃふにゃしていたし……。早く戻って傍に居たい)
ちなみに私の声は風の大精霊リュートの魔法で、変えているらしい。だからといって多用するのは良くないので、極力喋らないようにしている。あとテオの光魔法で私の姿も光の屈折を使って変えているとか。ベールを被っているけれど、不測の事態も考えての対処だ。
「聖女。遅くなってすまない」
「殿下」
アレクシス殿下が挨拶回りを終わらせて、姿を見せた。
緋色の髪の獅子の亜人の彼は正装姿で、戦場の時と雰囲気がガラリと変わる。見上げるほど背丈は高く、強面の顔立ちは畏怖を覚える。精悍だからこそ余計にそう見えるのかもしれない。
曲が終わるので、私とアレクシス殿下は打ち合わせ通りにダンス会場へ向かった。これでも彼とは幼なじみだ。踊るのも慣れているが、今回は聖女らしく場慣れしてない感じでステップをいくつか間違えておいた。
「一曲終わったら、そのままバルコニーで涼むようにしよう」
「ええ。そうして貰えると助かるわ」
「……まさか、ここで踊れるとはな」
「殿下?」
「いやなんでもない」
パーティー一つでも自国と雰囲気が違うと、やっぱり戸惑うし、疲労感が半端ない。ダイヤ国のパーティーで、私に悪意や敵意のある者は、すぐに強制転移させられる。そのことに慣れてしまったため、様々な感情を内包した視線がどうにも居心地が悪く感じてしまう。
(なにより、私よりも精霊のほうが最初に爆発しそう……!)
『我が主人様。嫉妬に狂うご令嬢数名が我が主人様のドレスを赤ワインで汚すと言っていますが、首をへし折っても?』
(絶対にダメよ。そんなことをしたらパーティーが潰れしまうわ!)
『分かりました。ではパーティーに支障がないかたちで仕置きをしておきます』
(え?)
少し離れたところでご令嬢の悲鳴が上がった。おそらく悪口を言ったであろうご令嬢たちは、ドレスがワインまみれに。
とりあえずパーティーは続行になったので、ホッとした。
(妖精はドカーンとか、ババーンって爆発系が多かったけれど、精霊たちは結構惨たらしく殺すまでがセットなのね……。怒らせないように気をつけよう)
***
私とアレクシス殿下はダンスが終わると、軽やかな足取りで、「パーティー会場の熱気に当てられたから」とバルコニーで涼むことにした。これも根掘り葉掘り話を聞こうとする輩に囲われないための作戦だ。
外の冷ややかな風が心地よい。
(乗り切った……! あとはアレクシス殿下と今後の話を詰めてから、客室に戻る。早く戻ってフェイ様をギュッてしたい……)
私がダイヤ王国の出自だというのは明かしているが、その正体までは知らせていない。テオの光魔法で、私の姿は黒髪の桃色の肌をした貴婦人に見えるらしい。
バルコニーに人影がないのは、パーティー会場からもだいぶ離れたからだろう。
ハート皇国は四季があり今は春から夏の準備期間らしく、春に咲いていた花は枯れ青々とした若葉が芽吹いている。そして夜になると気温もグッと下がって少し肌寒い。
(四季がある不思議な国……。私たちの国が基本的に常春だからそうなのかもだけれど)
「聖女殿、部屋に戻られるのなら俺が護衛をしよう。壁ぐらいにはなるだろう」
「アレクシス殿下」
彼なりに気遣ってくれているのだろう。今日一日は色々なことがあった。作戦会議などをしたがアレクシス殿下自身の姿をマジマジと見ることはあまりなかったので、改めて彼と正面から向き合う。
(最後にあったのは私が十四歳の時だったかしら。それからジェラルド兄様やフェイ様とは交流があったようだけれど、私はあまり関わろうとしなかった。文通なら大丈夫だけれど、会うのが怖かった)
アレクシス殿下が私を殺した時に近い年齢になり、距離が縮むと身が硬直する。今日一日耐えられたのは、傍にフェイ様や妖精たちが居たからだ。
けれど今、フェイ様たちは部屋にいる。
(……あの時のアレクシス殿下じゃないって、わかっているのに)
「聖女殿?」
少し屈んで私を見つめる彼と目が合う。緋色の瞳は片方しかなく、その時になって私は彼の片目の傷の深さを知った。片方だけ前髪が少し長いと違和感はあったが、その理由はこれだったのかと自分の記憶力のなさに愕然する。
(ううん。私はアレクシス殿下の顔をよく見ようとしなかったんだわ)
「どうかしたのか?」
「あ、ううん。その目の傷は魔物にやられたのですか?」
「──っ」
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