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79.因果

【二日目 17:40】


 心の友、ロベルト・オーケアが去り際に教えてくれたことは、私の心の底にある疑念を確定させたものだった。


『この調査隊の中で、一切の魔力痕がない人間が三人いる。クローバーくん、アオストくん。そして、『不死の浪人』ヌル・ファイス。この三人は魔法を一度も使用していないんだよ』


 それだけだ。

 実は、この話を聞くのは二度目だ。初日に私とアオスト、ヌルの三人が容疑者になった直後に、クラガンが教えてくれた。お前たちに魔力痕はないから、最初から疑っていない、と。



 地上から螺旋階段を降りるときに、身体強化魔法を使っていなかった。クラガンが魔力源そのものになったときも、自衛しなかった。それだけの話。

 不死であるがゆえに、あらゆる攻撃を受けても意味がない。だから、魔法を使うのは傷を負った時だけ、という説明をされれば納得はできる。


 だから、教授は事実を伝えただけ。そこに他意はない。


 それでも、私にとっては別だ。


 私たちの前にヌル・ファイスと名乗りを上げた少年こそが、望月茜の転生体である。純愛の魔王であると、私は確信した。


 その証拠に、目の前の少年は一切否定しなかった。私の言葉を聞き、諦めに近い表情で地面に座り込む。


「何でわかったの?」

「芸がないぞ、望月。死んだふりは君の十八番じゃないか」


 望月茜、五人目の殺人の話だ。

 父親と再婚相手の母娘を皆殺しにした後、その娘のになり変わって警察に保護された。彼女は自身の死を偽装して、病院から抜け出すことで逃亡したのだ。その時と、状況があまりにも似ている。


 最初から、なり替わっていた。調査隊メンバーの前に現れた時点で、ヌル・ファイスは望月茜だった。不死の浪人が銀面をつけた正体不明の少年だったからこそできたことだ。

 私たちが時折疑問視していた、シルバが不注意すぎるということも、これで解決する。


 彼は、調査隊メンバーの中に勇者が紛れているかもしれないと提言しながらも、保護対象の純愛の魔王を十三層に置いてけぼりにしていた。故に、勇者は容易に魔王を殺せた。


 蓋を開けてみれば、納得できる。本物の純愛の魔王は、調査隊メンバーのふりをして十二層にいた。不死の浪人を騙ることで、殺す価値の無い存在になったのだ。だから、シルバは十三層を平然と離れることができた。


 おそらく、ユアに八つ裂きにされた魔王と思わしき者こそが、本物のヌル・ファイスだったのだろう。



「初日の朝、致命傷を負ったカラン・ターマを地下から連れてきたよな。あのカランは未来の時間軸から逃げてきたわけだが、本物のヌルも同様に来ていたと考える方が自然だ。そうでなければ、シルバが戸締りしたはずの螺旋階段の扉を、ヌルは突破したことになる」



 シルバを助けに行くために地下に降りたなんて、ヌルは一度も言っていない。地下にシルバが倒れていたと結果だけを語っていた。

 私が見抜けなかったわけだ。ヌルは一度も嘘をついていないし、過程を語らなかっただけなのだから。



 実際は、ヌルはシルバと共に未来から十二層内部に流れ着いた。そこに、本物の『純愛の魔王』が現れたわけだ。

 見つけた時は、シルバは致命傷を負っていた。理由はわからない。ヌルの証言通りだ。その証言をした目の前の男が、ヌル・ファイスではなかったとしても、嘘はついていない。



「傷だらけで倒れているカランとヌル。そこで、君は思いついたわけだ。ヌルを騙って地上に戻れば、正体を偽れるとね」



 ヌルを十三層内で拘束し、カランを地上に追い返した。自身は調査隊メンバーになることで、勇者からの毒牙から逃れられる。


 これこそが、純愛の魔王の勇者への対抗策だ。彼は最初から人類なんて信用していなかった。



「今回の騒動で一番得をしたのは君だ。前世と同様、『純愛の魔王』は死んだんだからな。これで、誰にも追われることはなくなった、そうだろう?」

「流石、名探偵。でも、それだけじゃないよ。勇者も一人、死んだ」


 「ふふふ」と彼、あるいは彼女は笑った。

 全世界が注目した調査隊の結末。西国ダルフは魔王全員から敵対視され、武器の一つである勇者を失った。望月茜は魔王という指名手配から脱却し、自由になった。


 本当に、全て茶番だったというわけだ。


「流石に、クラガンの暴走は読めなかったけどね。いや、本音を言うならば、『傾国の魔王』の参戦どころか、黒羽徹まで来るとは思わなかった。本気で驚いたんだよ。まさか、また会えるとは思わなかったからね」

「私からしたら、三日前振りなんだけどな」

「『ボク』は二十年ぶりくらいかな? 精神年齢では、殆ど名探偵に追いついちゃったよ。ふふふ」


 望月は少しだけ気楽そうに笑った。それは、私の知らない彼女の表情だった。

 

「魔力源を利用して異世界召喚をしたのなら、、未来の『ボク』が名探偵を召喚したってことになるのかな? それともシルバか。どちらにせよ、異世界召喚では呼ぶことはできても帰ることはできない。魔力源の調査という意味では失敗だったかな」

「教授も言っていたな。偶然、異世界転移することなんてあり得ない。私がこの世界に来たのは、やはり望月がいたからなんだろう」



 それならば、彼女は何の因果でこの世界に来たのだろうか。私と違って、呼び寄せる存在が元からいたとは思えない。


 否、それも私の想像に過ぎない。望月茜にもまた、この世界から引っ張られてきたのだろう。彼女の人生を壊した幼馴染、金城翼がこの世界に転生していたのかもしれない。それとも、彼女が人生を壊した両親とか。



 

 私とは違って、彼女はこの世界で何年も生きている。最年少で魔王と定められ、ずっと人類に殺されかけてきたのだ。望月茜ではなく、魔王として過ごしていた。私の知らない経験をしてきた。


 既に、解決している話なのかもしれない。


 もう、私が生み出した殺人鬼という枠組みを超えた。彼女は紛れもない人類の敵だ。


 一人の探偵がどうにかできる話ではない。



「それで、どうするの? 前世みたいに、『ボク』を捕まえる? また逃亡劇でも始める?」


 望月は自虐的に両手をあげる。

 彼女はいつもそうだった。私に捕まるときは無抵抗。私の説教を聞いて、反省したそぶりを見せて、また逃亡。最初から私が警察に引き渡すつもりがないことをしっていて、茶番に付き合っていた。彼女なりの懺悔だったのだろう。

 私も、彼女を正しい道に戻すために、いろいろ模索していた。そのすべてが無駄だとわかっていても、動かざるを得なかった。


 しかし、どうだろうか。


 もう、望月茜は私の手から離れた。シルバという信頼できる相棒を見つけ、一国相手に大立ち回りを見せつけさえした。


 私は少しだけ考えるそぶりをして、肩をすくめた。


「いや、お別れを言いに来ただけだ。これで、私たちの関係は本当に終わった。今までが、長すぎたんだよ」

「殺人鬼に同情するだけでなく、許すんだ」

「人の命は軽い。私が価値を決められないほど、軽いんだ。もう、私に殺人鬼を罰する権利はない。望月、君が独り立ちしたように、私も成長しなきゃいけないな」


 黒羽徹の正義感は崩壊した。

 異世界に来て、事件を解決して。一つだけわかったことがある。


 推理に必要なのは、魔法でも正義感でもない。


「因果だ。繋がり、といってもいい。人には殺される理由があって、殺す理由がある。いろいろ勉強させてもらったよ」


 「そうかい」と、望月は笑った。


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