78.最後の話し合い2
【二日目 17:30】
元『純愛の魔王』城、地下十三層。
螺旋階段から見える景色は以前と変わっていた。勇者によってブロック状に切断された扉の破片は、全て清掃されている。
扉の穴から見える景色も、以前の血の海とは異なり大理石の白で統一されている。その中心で、シルバが忙しそうに歩き回っていた。
手に光を灯しながら、モップのようなもので地面を磨いている。シルバが通った箇所は、鏡のように光を反射していた。部屋の隅で壁に寄りかかっているヌルが、シルバの様子をつまらなそうに見ていた。
後片付け。殺人事件は終了し、調査隊メンバーもこの場を去った。シルバにとって、物語は既に終わったも同然なのだろう。故に、突如として現れた私たちに、彼は驚愕を隠せていなかった。
「トール・クローバー? なぜ、貴方がここにいるのです。調査隊メンバーと共に脱出したのではないですか? それに、傾国様まで」
「生憎、私たち二人だけ脱出に失敗しました。魔法が使えない特性が、ここに来て足を引っ張ってきたんですよね」
「それなら、どうしてここに戻ってきたんですか。地上の魔王城が崩壊し、地下もすべて埋まる。地上を目指すのではなく、更に下に行くのは愚かとしか思えません」
「いや、十三層だけは安全なんじゃないかと思いましてね」
シルバが地下に残ったのは、純愛の魔王を置いて地上にいけないとかなんとか言っていたが、本心ではなかったはずだ。勿論、私が嘘と見抜けなかった時点で、真実ではある。
魔王の亡骸を置いていきたくない上に、安全だから残ったのだ。嘘はついていない。
こうしてシルバが清掃活動を行っている時点で、地下十三層が安全であることは保障されている。シルバが現在進行形で嘘をついていることは、私でなくてもわかるだろう。
崩落することが前提の地下空間で、誰が掃除をするのだろうか。清掃とはもう一度使うから行うのだ。シルバの行為は、地下十三層にまだ用が残っていることを表している。
しかし、せっかくなら私は別の角度で話を合わせることにした。ここから先は、探偵として嘘を暴くことではない。シルバの機嫌を損なわずに、力を貸してもらうのが第一だ。
「ほら。ユア・シフトの死体を見つける前から、大地震が起きていたんですよ。ね、アオスト」
「うん。大体四回くらいかな。本格的に地上の魔王城が崩れ始めたんだと思う」
「でも、十三層にいた私、シルバさん、ヌル、セーレ、クラガン隊長、教授の六人の中で地震に気が付いたものは誰一人いませんでした。十二層に残っていたアオストだけが認識していた。本当は、今も地震が起きているのかもしれません。十三層だけは別空間のように揺れなかった。つまり、この十三層は高度な耐震設計がなされていたんですよね」
「さすがですね」と、シルバは口を歪めながら嘆息していた。
この事実に気が付いていながらも、私が地上を目指した理由は一つ、十三層から脱出できる保証がなかったから。シルバが魔王と共に死のうとしている可能性を捨てきれなかった。
一安心だ。シルバがこうしてゆったりとしている時点で、地上に戻る手段が残されているということだ。しかも、今回は異世界人である私とアオストも利用できるはずだ。
耐震構造にしたのも、地上への脱出手段を用意したのも、純愛の魔王こと望月茜だ。彼、あるいは彼女も利用できる設計ならば、魔法を使用しない物理的なものであるはずだ。
「シルバさん。僕ともお話してほしいなぁ。昨日、すべての事件が終わったらゆっくりお話ししてくれるって約束してくれたよね」
「はははは。そうですね。わたくしとしても、傾国様とは情報共有しておきたいことがいくつかあります。これでも、魔王と関わりをもって長いので」
「ありがとう。ねえ、純愛の魔王が残した手記があるってロベルト教授から聞いたんだけど、僕も見ていいかな。異世界の壁を超えた経験者の体験談を実際に見てみたい」
アオストの無邪気な発言に、シルバは少しだけ黙った。あらゆる魔王の味方と自称するシルバだったが、すぐにアオストに乗り換えるわけではないようだった。
しかし、それでもシルバはアオストには甘い。彼は口元を抑えて、「どうぞ。奥の部屋にあるので」とアオストを奥へ連れて行った。
取り残されたのは、私とヌル・ファイスの二人。
彼はつまらなそうにこちらを見て、口を開かない。私は今ちょうど思い出したかのように、手を叩く。
「そうだ、ヌル。カラン・ターマが未来から来たぞ。さすが、国連公認の占い師だ。私の想像を超える魔法を連発していた。あれだけの力があるんだから、世界中から注目されるのも当然だ」
「カランは、この世界の中でもトップクラスの魔法使いだからな」
「あっはっはっは。そんな魔法使いの護衛をしている君も、本当はすごい魔法使いなんじゃないかって今更ながら気が付いたよ。正直、舐めてたよ」
「気にするな。舐められるのは慣れている」
「少年みたいな容姿をしているからかな?」
「そうだ、な」
普段の饒舌な彼らしからぬ、口数が少ない。私と目線を合わせようともしないし、ちらちらとシルバとアオストが入っていった小部屋を見ている。気が散っているのは明白だった。
さて。アオストのお膳立てはうまくいった。利害関係が一致できているとき、彼女ほど信用できるものはいないな。頭も回るから、臨機応変に対応してくれる。
事前に決めていた通り、アオストならばシルバを押さえつけられるだろう。それ以上だって、できるかもしれない。
私は私の仕事をしよう。
「なあ、ヌル・ファイス。いつまで嘘を付き続けるつもりだ?」
私は、全ての元凶に問いかける。
ユア・シフトが魔王殺しで、ルピシエ・ターンが勇者殺し。
黒幕はクラガン・ステロールで、暗躍者がカラン・ターマ。
それならば、私の目の前にいる人間が、全ての元凶だ。
彼は少しだけ目を見開いて、「なんのことやら」と惚ける。しかし、その言葉尻は弱い。私相手に嘘を付いても意味がないことは、彼が一番理解しているからだ。
「モチヅキアカネ。いや、純愛の魔王。いい加減正体を明かしたらどうだ。お前が最初から入れ替わっていたのは、もう気がついているんだぜ」




