77.最後の話し合い1
【二日目 17:20】
時を止める魔法は、世界を包む時空を固定する魔法ではないらしい。とある範囲内にある、自然現象を全て静止させるのが主たる効果だ。
指定された人間ーー今回ならば教授だけが静止した空間で動くことができる。
私たち異世界人は、そもそも静止するしないの対象外なので動けた、ということだ。
十三層に向かう道中で、時を止める魔法の範囲外に出た。大地は揺れるし、天井は一部崩落している。振り返ってみると、静止している空間が目に入った。
つまり、地下の崩落自体の遅延にはなっていないということだ。まあ、そこまでの芸当がカランにできたのならば、最初から世界の時を止めて調査隊を救えば良かったのだから、納得だ。
教授と別れて、十三層を目指す。結局、走り出して数分で根を上げたアオストをいつものように背負いながら、全速力で駆け抜ける。
「ロベルト・オーケア、か。魔法学院にもまともな奴がいたのね」
「ん、ああ。今、結構感情に浸っているから茶化さないでくれるかな」
「茶化してないわよ! 寧ろ、僕も感情を合わせてあげたんだけど。魔法学院って頭のおかしい連中しかいないから、本心で感心してたの!」
「結局、魔法学院の隊長であるクラガンも暴れていたしな。どの組織にもまともな奴も頭のおかしいやつもいるのは当然だ。西国ダルフでも、セーレみたいな奴がいたしな。何も異世界だからって話じゃない」
魔法学院、ダルフ国、国際連合。今回の調査隊は三つの組織が重なり合う形で構成され、第四勢力である魔王と対面するという話だったのだ。
こうして後から考えて見ると、全世界が注目するのもわからなくもない。言うなれば、世界大戦時にドイツ、イタリア、オーストリアの三国同盟で組まれた調査隊が、イギリスに入国したようなものだ。
本当に、勇者ユア・シフトのやったことはハイリスクすぎる。『純愛の魔王』を殺すことは、一番やっては行けないことだ。
世界を巻き込む大戦争の火蓋は切って落とされた。戦争を止めれるのは、西国ダルフの唯一の良心であるセーレにかかっている。
もしかしたら、カラン・ターマが地下まで救出しにきたのは、セーレがいたからなのかもしれない。彼女が戦争を止めるキーマンだったのならば、時間移動を駆使して暗躍していた背景も理解できる。
純愛の魔王、勇者、第一王女の三人が死んでいたら、本当に救い用がない。セーレがなんとかしてくれるのを祈るしかない。
「結局、国際連合は何がしたかったんだろうな。カランが一人で暗躍できるなら、調査員と記者は不要だったんじゃないか」
「そもそも、殺人事件が起きるなんて『時の魔術師』以外誰も想定していないわよ。調査員が魔王とダルフの停戦協定を写真に収めて、記者が全世界にばら撒く予定だったんじゃない。随分と平和ボケしているよね」
「アオストが『本物の記者』と成り代わった時点で、その想定は崩れたんだけどな。平和の調査隊に勇者と魔王が紛れていたなんて、最初からうまく行くわけがなかったんだよ」
「だから、カランは最初に離脱したのかもね。地下にヌル・ファイスを置いて、地上で動いた方が自由に動けた、とか。僕だったらそうするかな」
などと、適当なことを言っているアオスト。
好奇心旺盛な彼女が、自分だけ地上に残るなんて選択ができるわけがないだろう。地下十二層に一人取り残されることが確定した段階で、駄々を捏ねていたじゃないか。
「ま、過ぎたことはこの際良いわよ。これからのことを話しましょう。お兄さん、十三層に無事に辿り着いたとして、どうするの? シルバに地上までの道を作ってもらうんだよね?」
「その方針には変わりはない。だけど、そうだな。シルバに『巨大な魔力源』を持ち出せたことを言うのは待って欲しい」
「どうして?」
「おかしいと思わないか。あの魔力源を、アオストが持ち出せたことはおかしいんだよ。誰も触れないことが前提だった」
当初の調査隊の目的を思い出そう。
西国ダルフと純愛の魔王の対戦協定という側面は間違いなくあるが、本命は『魔力源の調査』である。
これはシルバが実際に言っていたことだ。
『我々も困っている。わたくしの魔法が通じない物体があるとは思わなかった』
魔王陣営は魔力源を触ることができない。だから、地下に調査隊を召集して、専門家の意見を伺った。魔力源を動かせないからこそ、現地まで呼んだというのは自然な流れだ。
しかし、アオストの腰にぶら下がっているサバイバルナイフが、今までの前提をひっくり返した。
『傾国の魔王』は『巨大な魔力源』を掴めた。魔力と反発することも、魔力に飲まれることもない。それは、アオストが異世界転生者だから他ならない。
魔法が効かない彼女にとって、どれだけ強力な魔力源でも関係がないのだ。彼女はただのサバイバルナイフを手に取ったにすぎない。
「アオストが掴めたんだ。同じ異世界転生者である『純愛の魔王』も触れたと考えるのが当然じゃないかな」
「それなら、わざわざ地下に来た意味がないじゃない。純愛の魔王が地上に持ってきて、みんなで囲んだ話し合えば死ぬこともなかったのに」
「そう。明らかにおかしい。わざわざ片道三十分かかる十二層を探索させて、調査隊メンバーをバラバラに行動させた。まるで、一連の騒動を誘発したように思えないか?」
魔力源調査も、西国ダルフとの停戦協定も地下で行う必要がなかった。わざわざ地下で調査を行ったせいで、その両方の目的も達成できなかった。
それどころか、悪化している。魔力源はアオストの手に渡っているし、西国ダルフと魔王達の戦争の火蓋はきって落とされたもの同然だ。
「アオスト。生きて帰ろうぜ」
「うん」
言うまでもないことだが、私は敢えてそんなことを言った。アオストも疑問を浮かべる様子もなく、本心で頷いてくれた。
螺旋階段に辿り着いたのは、二十分後のことだった。地下崩落は走り、後戻りはできない。
私はアオストを地に降ろし、螺旋階段に向かった。




