74.調査隊の終わり3
【二日目 16:50】
『謎の十二人目の首無し死体』、つまり未来の時間軸のユア・シフトの死体が眠りし部屋から、人の手が伸びでてきた。
当然ながら、私はユアが生き返ったのかと思った。あらゆる現象を模倣できる概念物質がある世界では、首を切られたとしても生き返ることができるのではないか、と。
しかし、それは背後のセーレの表情によって否定された。彼女は自身のメイドが蘇った可能性を一切考慮していない。
歓喜どころか、焦燥というべきか。先ほど生え終わったばかりの右手を光らせ、臨戦体制に入っていた。
教授も、ビナも、ルピシエも、だ。新たな敵の登場に各々が警戒し、無意味に近い抵抗をしている。どうせ、ここで戦闘になったとしたら全員生き埋めになるだけなのに。
「誰ですか?」
私はアオストを自身の背中で隠しながら、扉の内側に潜む新たな人間に問いかける。誰であっても絶望でしかないが、会話ができるなら希望になる。
私の声を聞いたのか、扉から覗かせている手がびくりと動いた。そのまま、扉の隙間を広げることなく、「お前こそ誰だ」と男性の声がした。
ユアが生き返った可能性はこれで完全に無くなった。しかし、かなり低音で聞き取りづらい。私は一度も聞いたことがない声だ。
その声に反応するように、教授が叫ぶ。
「魔法学院第七教授、ロベルト・オーケアだ! 我々は窮地に立たされている! 助力を願えないだろうか!」
役者地味た自己紹介だったが、手の主には正確に伝わったらしい。教授の名前は彼の警戒を解くのに十分だったようで、ついに正体を表した。
長身の眼鏡をかけた男だった。小綺麗な服装で身なりを整え、髪も纏めている。
彼はゆっくりと十二層に足を踏み込んだのち、我々に目を向ける。少しだけ考えるような素振り見せたあと、声を張った。
「我々は国際連合だ! 時の魔術師の情報により、臨時調査隊メンバーの救助に来た。この地下はあと数分で崩れ落ちる。今すぐ、未来へとつながるこの部屋に入れ!」
その声に反応するように、扉から何人もの男たちが姿を現した。全員が同じ服装をしていて、所属が同じであることがわかる。
そして、最後に姿を表した男。彼だけは、私たち全員が見覚えがあった。長い黒髪が肩にかかり、鋭い目つきが印象的な中年の男。
「ギリギリ間に合った……、とは言い難いな。五体満足ではあるが、傷を負ったものも多い。最高の未来ではないが、最低な現実でもない」
「カラン・ターマ!」
「叫ばなくても私はここにいる。安心したまえ。経緯をを全て省いて簡潔にいうと助けに来た」
それは、誰も想像していない言葉だった。
だけど、誰もが求めていた言葉でもあった。
救助、助け。
逃げ場のない地下十二層に、突如として希望が現れた。
そうか。そういうことか。考えもつかなかった。
国際連合の連中が現れた部屋は、未来と繋がっている。私の思考は、地下が崩落するまでで止まってしまっていた。
冷静に考えれば、わかることだった。未来の時間軸で生き埋めになったのは誰だったか。
魔法学院の第七教授、西国ダルフの第一王女、国連調査員、身分を詐称しているが国連記者もいる。
臨時で組まれた調査隊が崩落事故に巻き込まれたと知ったら、助けが入るのは当然だ。地上から穴を掘り、地下へと繋いだ。
何より、カラン・ターマだけは地上に残って未来を見続けることができた。魔王城が崩壊することも予知のうちだったのならば、事前に国際連合に声をかけることだってできる。
「撤収!!」
他の国際連合の連中が、気絶しているからクラガンを手持ち台に乗せる。非常事態に対する連携が取れていて、彼らの練度の高さがよくわかる。
四肢の回復を終えたとはいえ、未だに治療中のセーレも、同様に運ばれていった。歩けるものは自分の足で、彼らについていく。
カラン・ターマは無言で頷き、大袈裟に翻した。全て未来視通りだったのだろうか。彼もまた、振り向くことなく部屋の中に消えていく。
魔王城の崩壊途中の時間軸から、崩壊後の時間軸へ。崩壊という結果だけを残して過程を省くことができる。
崩れきった未来では、生き埋めになる心配もない。
調査隊のメンバーは一人残らず部屋の中に入っていく。生きるために、未来に突き進むために。その部屋に入ることができれば、死ぬことはない。
「助かったのね、僕たち」
アオストの声が、やけに脳内に響く。活発的な女性らしさを感じる声は普段ならば緊張を解くのに適しているが、今は不愉快にすらに感じた。
助かった?
冗談だろ?
「どうしたのさ? もしかして、残るの? モチヅキアカネのことをまだ引きずっているのかな」
「何でもない。行こう」
アオストが饒舌に喋る前に、話題を終わらせる。私は彼女の手を引っ張って、カランたちに続いた。
こうして、調査隊メンバーは無事に地下から脱出した。未来と繋がるこの部屋から外に出ることで、約一日間タイムスリップしたことになる。
それでも、タイムパラドックスやドッペルゲンガー現象が起きることはない。未来の調査隊メンバーは全員生き埋めになって死んでいるからだ。
地上に戻れば、崩壊した魔王城があるだろう。既に崩れ切った瓦礫の山から地下への道を作ったのだから、今更生き埋めになることもない。
結果としては、散々なものになるだろう。
魔王、勇者がそれぞれ死亡。『純愛の魔王』と西国ダルフの直接対決は無くなったが、他の魔王たちを刺激したことに変わりはない。
クラガンが直接手を下すまでもなく、世界を巻き込む戦争の発端にはなった。どちらにせよ、この世界の終わりは近いのかもしれない。
以上。
現実逃避、終了。
部屋に入れれば、私たちも他の調査隊メンバーと同様助かっただろう。
私たちは魔法が効かない異世界転生者と、魔法を打ち消す異世界転移者だ。
未来へと繋ぐ魔法の部屋に、入る権利があるのだろうか。
「うわあ。やっぱりそうよねぇ。気がついてはいたのだけれど、見て見ぬふりをしていたのよ。お兄さんは……、その様子だと、最初から知っていたようね」
隣のアオストから泣き言が聞こえてくる。今までのような軽薄そうな喋りではなく、本当に落ち込んでいるようだった。
口角は上がっているものの、笑っては居ない。諦めに近い、悲観的な表情だった。
「この部屋の時間軸トリックを暴いたのは私だからな。当然、この部屋の内情も理解している」
「だけどなぁ」と、私は続ける。
おそらく、私もアオストと同じ表情をしているだろう。間抜けにも口を半開きにしながら、呆然と室内の景色を見ている。
私たちより先に室内に入った、国連調査員の姿はない。ビナやセーレ、クラガン、教授……。勿論、カランターマの姿もない。
瓦礫の山もなければ、地上へつながる穴もない。
『謎の十二人目の首無し死体』もない。
そこにあったのは、ただ一つ。赤の要素が一切ない、サバイバルナイフが地面に突き刺さっていた。
私が前に見た景色と、変わっていない。
アオストと来た時とも。
セーレと同時に入った時とも。
何一つ変わらない。
未来へつながる魔法なんて、私達の体が受け入れるわけがない。
調査隊メンバーは未来に逃げることで生き延びたが、私たち異世界人は過去に取り残された。
絶望の地震が、再び大地を揺らした。




