71.黒幕は笑えない
【二日目 15:55】
地球で魔法を見た人間は、どうなるだろうか。
思考を停止し、体が固まるだろう。少し時間をおいて、マジックや手品の可能性を考える。
種や仕掛けを考察しつつ、バラエティ番組のドッキリ企画だろうと、辺りに隠れて居るカメラを探すはずだ。
同じく、異世界で科学を見た人間はどうなる。
魔力痕は残らない。
魔素の流れもない。
魔力は放出されない。
初期動作のない銃弾は、あらゆる魔法の障壁を貫通し、魔力そのものであるクラガンの肉体すら貫く。
異世界の物体に、魔法は通じない。世界のルールが違うから当然だ。
故に、クラガンの腹部に当たった銃弾は、彼の臓器を貫いた。魔力そのものとなっていた彼の一部から血液があふれだす。突然の激痛に顔を歪ませ、彼の周囲に浮いていた血液の槍が瞬くうちに崩れ去った。
クラガンがよろけて膝をついた頃には、私は彼の元に辿り着いていた。
彼の左側に立ち、左手で右腕を掴み上げる。右手は彼の胸元を押さえ、バランスを崩すように力を加えた。彼の体重が一瞬で私の方へ傾くのを感じ、その勢いを利用する。
私は彼の腰に右腕を回し、瞬時に腰を低くして自分の背中に彼の体を乗せた。クラガンの体は私の背後に軽く宙に浮き、そのまま後ろに力強く引く。クラガンの体が反応する間もなく、私は腰を深く落とし、背中で彼を大きく後方へと投げ飛ばす。
投げられる瞬間、クラガンの体が空中で一回転し、その勢いで背中から地面に激しく叩きつけられた。
「確保!!」
地響きがするほどの衝撃で、クラガンは嗚咽を漏らした。
そのままクラガンの背中に乗り込み、両手を後ろで掴む。バチバチバチと閃光を帯びながら、彼の体から魔力が発散されていった。
「ぐおおおおお」
クラガンは雄叫びをあげながら、再度魔法を行使した。霧散した血液が再び形作り、私に向かって矛先が向けられる。
しかし、時は既に遅かった。
再度、鳴り響く銃声。
いつの間にか私の後ろまで近づいていたアオストが、クラガンの足に向けて銃撃したのだ。近距離で鳴り響く銃声に驚く間に、クラガンの体が跳ねる。魔法は不発に終わり、彼の体から力が抜けていった。
「アオスト……。君、その可愛らしい顔らしからぬえげつないことをするんだな」
「拳銃は人を守るためにあるんだよ? 使わないでどうするのさ。あと、僕の可愛さが罪なのは自分が一番理解しているよう」
「ん、ああ。そうだな。助かった」
緊張感のない奴だ。しかし、彼女の容赦のない冷静さは助かった。共犯者がいなければ、異世界の概念など押し付け合いに負けていたかもしれないからな。
次第に私とクラガンの間にほとばしる閃光が弱くなっていく。彼の体は輪郭を取り戻し、通常の人間のように実態を得始めた。これでもう、魔力そのものになるという反則技は使えないだろう。
それどころか、既に気絶してしまったらしい。
「終わった、のですか?」
「一応、ひと段落ですね」
セーレが顔だけがこちらを向かせる。回復魔法だろうか、砕かれた両手と足が煙と共に生え始めていた。ルピシエを抱えたままの教授が近寄り、何かしらの魔法をかけていた。
「あっはっはっは。まさかクローバーくんが『傾国の魔王』と手を組んでいたとはね。冷や冷やしたが、何とかなった。礼を言うよ」
「気を引いてくれたセーレさんのおかげですよ。本当に、土壇場でうまくいってよかった」
辺りを見わたすと、ビナ・サチラがこちらに向かって手を振っていた。クラガンが気を失ったことによって、彼を拘束していた魔法も解けたのだろう。
一件落着。
とは、行かない。
寧ろ、クラガンが魔力源を使ったこと自体が想定外だったのだ。私たちの行く手を阻む障害は、最初から一つだ。
「ビナ! クラガンを背負えるか?」
「え、ああ。何だ? 終わったんじゃないのか?」
「ここからが本番だ! 今から走って地上まで逃げなければならない。地下十二層が崩落するのは、未来が定めた確定事項だ!」




