72.調査隊の終わり1
【二日目 16:00】
「走れ! 走れ!」
気絶したクラガンを抱えるビナが先頭。次点ルピシエを抱えたロベルト教授。クラガンの魔法を受けた後遺症が残っているので、ルピシエは未だに体の自由が効かないようだ。
両脇にセーレとアオストを抱えた私が最後尾を走る。
セーレ王女はそれなりの身長を持っているが、未だに四肢の治癒は済んでいない。トルソー同然の彼女は恥ずかしそうに下を見て私も目を合わせてくれない。
腹が立つのは左脇に抱えているアオストだ。こちらは五体満足だし、拳銃を撃つこと以外何もしていない。唯、体力がないだけだ。セーレと対照的に、全速力で走る私の表情をニタニタと見つめている。
そんなアオストの表情が、一瞬にして真顔になった。
「お、お兄さん。天井に亀裂が走ってるよう。次地震があったら耐えられないんじゃないのかな」
「走ってない奴は黙っておけ。だが、まあ。時間的余裕はまだあるはずだ」
勿論、歩いて地上に向かうほどでは無い。走り続けなければならないが、今すぐ地下が崩れ落ちるわけでは無いことは確かだ。
『謎の十二人目の首なし死体』がこの時間軸に出現したのが十八時。そして、現場の部屋の天井が崩落したことをシルバとロベルト教授が確認したのが二十三時前後。
つまり、カラン・ターマが体験した時間軸では、ユアが殺された五時間後に地下が沈んだことになる。
この世界でも同等の時間感覚で崩壊すると考えよう。
「ユアが殺されたのは今日の十三時前後。五時間後の十八時がデッドラインになる。今はまだ十六時だから、あと二時間の余裕があるはずだ」
「ちょっと待ってください! 先程、私とクローバーさんで十二層を駆け抜けた時間が三十分でしたよね?」
セーレ王女は興奮したように手足をばたつかせる。膝から先が自己治療中の彼女が暴れても意味がないが、走りにくいのでやめて欲しい。
彼女は立て続けに計算を続ける。
「初日では、螺旋階段を下るのに二時間かかっていましたわ。つまり、ここから地上に戻るのに合計二時間半かかります。ということは、十八時三十分に地上に到着する計算ですわよ。これ、間に合っていませんわ!」
不安になる気持ちもわかる。ここは地上から離れた地下で、自身の手足がない状態だ。セーレの命は、抱えている私にかかっていると言うことになる。
私にできることは彼女は楽観的なことを言うだけだ。
「その点は心配しなくていいと思います。飽くまで、地下が崩れるだけです。螺旋階段にさえたどり着けばなんとかなると思います。地震による影響だったとしたら脆い下から崩れていくので、階段を登れば登るほど安全になるはず」
「クローバーくん。悲しいことに、そうはいかないかもしれない」
前方を走る教授が、こちらを振り向くことなく悲報を告げた。
「『傾国の魔王』もそうか。クローバーくんたちの世界と違って、西国ダルフ、東国パラス近辺では大地が揺れるような自然現象は起きない。君たちの言う『地震』は異世界の概念なんだよ」
「それじゃあ、さっきから頻繁に起きているこの現象は何なんですか? 誰かの魔法とでも言うんですか?」
「おそらく、その逆だ。『純愛の魔王』使者シルバが作り上げた天を貫く巨塔が崩壊した。そう考えるのが自然だ。あれほどの質量のものが大地に打ち付けられれば、こうして断続的に震駭が起きてもおかしく無い」
「『純愛の魔王』城が崩れた? それは、魔王が死んだからですか?」
「あっはっはっはっ。それは違う。魔王が死んだとしても、シルバさんは生きているからね」
「君だよ」と、ロベルトは首だけこちらを振り向いた。
「魔法をかき消すという、異世界の肉体を持つ君だけの力。それが、シルバが作り出した空間魔法を崩したんだろう。心当たりはないかい?」
「心当たり……」
私は「ありませんね」と嘘をついた。教授は私の嘘を知ってから知らないか、特に追求することもなく頷いて前を向いてくれた。
アオストから冷たい目線が飛んでくる。そういえば、彼女は私の癖を知っているんだった。
初めてくる訪れる場所に対して行う、マッピングという癖だ。魔王城に来た時も、地下十二層を探索する時も私は土地勘を付けるために壁を触れながら歩き回った。
十二層はシルバの空間魔法の手が加わっていない、洞窟そのものだった。しかし、地上の魔王城は違う。シルバの空間魔法そのものと言って良い巨塔の一部の魔法を打ち消してしまったとしたら。
一日かけて、巨塔が崩壊してもおかしく無い。
脳によぎる、一単語。
セーレもアオストも同じだろう。その単語から目を逸らし、走り続ける私の邪魔をしないように口を閉じた。
前を走る教授も、ビナも。走ることで現実逃避をしている。実際、この地下に留まっても生存率はゼロパーセントなので走るしか無いのだが。
地上で魔王城が崩壊しているということは、地上に戻れても生き埋めになる可能性があるということ。
絶体絶命。
私は時間をかけ過ぎたのだ。地下が崩落する可能性を考えながらも、推理を優先してしまった。合理性を第一とする私らしからぬ判断だった。
それも仕方がないと言い訳したい。結局、私は異世界の規模感に適応できなかった。認識が甘すぎだ。地下の崩落くらい魔法で何とかできるのでは無いかと他力本願になってしまっていた。
それでも、ギリギリなんとかなるのではないかと思っていた。螺旋階段には触れていないので、無効化されるようなこともない。十二層から脱出し、魔王城の残骸をどう避けるかが重要となってくる。
幸い、時間はまだある。螺旋階段を登りながら、知恵を振り絞れば良い……。そんなことを考えていた私は、愚か者だった。
希望的観測だったと言わざる負えない。私は地上に戻れた前提で思考していたが、そこまでこの世界は甘くなかった。
時刻は十六時三十分前後。宣言通り、十二層を三十分で横断した我々の目の前に飛び込んできた景色は絶望そのものだった。
全員が立ち止まり、呆然とする。声が出ない。
現実は非情である。
地下十一層に続く階段が崩れていた。




