表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/83

67.黒幕は笑わない2

【二日目 15:25】


「このロベルトにも、正義感というものがあってね」


 あまりの光に瞼を閉じていた私の耳に、教授の声が響く。


「クローバーくんを見つけた時、良い研究材料が手に入ったことは事実だよ。それでも、何も知らない君が魔王に堕ちないように、導く義務があると決意したことも紛れもない事実だ。異世界転移する因果を解き明かし、元の世界に送り返してあげなければならないと、高笑いを上げながらも決意していた」


 私の心臓は激しく鼓動し、息苦しさが全身を覆いつくす。静寂が空間を包み込み、時が凍りつくかのように感じられた。ロベルト教授の声だけが私を落ち着かせていた。


「『純愛の魔王』が呼び込んだわけではないのは、シルバさんの反応を見る限り明らかだった。それならば、誰が君を呼んだのか疑問で仕方がなかったが、たった今、理解したよ」


 ゆっくりと、私は目を開いた。ここから始まる地獄を想像しながら。魔法がなくても推理はできる。しかし、暴れ狂う魔王にどうやって対抗すればいい。勇者はもういない。

 ここにいるのは、非戦闘員の調査隊メンバーだけだ。私はもってのほかだし、戦力を期待できるシルバは基本的に魔王の味方だ。


 しかし、どういうことだろうか。私を守るように障壁を張っていた教授は変わらず前にいるし、傷を負っている風でもない。致命傷を負いつつも遺言を述べているわけではないらしい。


 他の調査隊メンバーに何の変化もない。皆、まぶしそうに瞼をあけている最中だった。


 そう、何も変わっていなかった。


 魔法陣は光を失い、中心にいるクラガンが立っているだけだ。そこに、新たな魔王の姿もない。彼もまた、この状況に戸惑っているようだった。


 唯一、状況を理解しているだろうロベルト教授の高笑いだけが、部屋中に響き渡る。クラガンは教授の様子に眉を顰めながら悪態をついた。


「莫迦な。失敗しただと? この魔力源を利用しても、魔王召喚はできないとでもいうのか?」

「あっはっはっは。クラガン隊長、残念だったね。既に、その魔力源は使用済みなんだよ。異世界人は召喚されたあとだ」


 「他でもない、未来の君によってね」と彼は付け足した。


 いや、まて。意味が分からない。さすがの私も、さっきから行われているファンタジーについていけていないぞ。

 唯一共感できるのは、背中から聞こえるアオストの声だ。彼女は魔法陣すら見えていないので、私よりも何も理解していない。「何が起きているのさ」と声が聞こえるが、答えられるわけがないので無視した。


 ロベルト教授は再度高笑いをしたのち、「つまりだね」と口を歪ませた。


「カラン・ターマが時空を超える前に、『誰か』が魔王召喚を行ったんだ。異世界人を次元の壁を超越して呼び寄せた。時空を歪ませた。だから、タイムスリップというこの世界で初の快挙をカラン・ターマが成し遂げたとも考えられる。魔王は時空を超えて召喚されていたのだから、カランもその時空の歪みに合わせるだけでよかった」



あらゆる現象を可能とする魔力によって、異世界の壁を超えることに成功したが、時間軸のずれに巻き込まれた。魔王は過去に送られた。


「それこそが、クローバーくん、君だよ」

「私が魔王召喚の一環で、異世界転移したとでも? まあ、確かに望月茜との因果関係がそうさせたのかもしれませんが」



 あまりよくわからない。

 望月の奴が意味もなく私を呼んだわけがない。魔王召喚し、尚且つ過去に送った理由は何なんだろうか。

 否、そんなことを考えている場合じゃない。理由はなんであれ、私はこの世界に転移させられた。この事実だけは変わらない。

 


 一つだけわかったことがある。クラガンの目論見は失敗したということだ。新たなる魔王を召喚し、西国ダルフを滅ぼすことはできない。


「他人に期待しすぎていた。魔王を召喚したとしても、トール・クローバーのような人間が来ても何の意味がない。最初から、自分で動けばよかった」

「クラガン隊長、君もう失敗したんだ。大人しく投降してくれないか」

「ロベルト教授。これは一時の話ではない。これからの歴史に残る転換点だ。魔王と勇者という強者達が同時に死に、我々一般市民に選択権が委ねられることは今後ないだろう。平和とは程遠い権力者達を粛清できる機会はない」


 クラガンは冷酷な表情を浮かべながらルピシエの方へと向き直った。彼の目には計算された冷たさが宿り、その手からは微かな光が漏れ始めた。


「ルピシエ・ターン。『魔力源を私に寄越せ』」


 声をかけられたルピシエは、突如として体を硬直させ、顔を苦痛に歪めた。クラガンが手を振るたびに彼女の体は不自然なほどに動き、まるで人形のように操られていた。彼女は手元を光らせ、『巨大な魔力源』である黒いサバイバルナイフを空中に浮かばせた。

 そこから先は、一瞬の出来事だった。サバイバルナイフはクラガンの胸元に向かって勢いよく飛び、心臓を貫いた。クラガンは糸の切れた人形のように力を失い、勢いよく倒れる。



 彼が自死を選んだと言うわけではないことは、すぐに分かった。胸部にナイフを突き刺したまま地面に向かうクラガンの体は、重力に従い地面に衝突することはなかった。何の抵抗もなく、宛ら海に着水する時のように地面に飲み込まれていった。


 そう表現するしかない。残されたのは静寂だった。クラガンなど初めからいなかったように、姿を消した。彼に突き刺さったはずのサバイバルナイフも消えた。


「みんな、逃げるぞ!」


 初めに動き出したのは、ロベルト教授だった。教授は力なく倒れるルピシエを支え、彼女を抱えたまま走り出した。次点で、ビナ。後ろを振り返ることなく、大通りに向かっていた。

 これまた私には理解できない事態だが、緊急事態と言うことだからわかった。クラガンが何かしらの魔法を使い、我々に危害を与えようとしている。それが故に、この場から逃げる必要がある……。


「いや、逃げる必要はない」


 しかし、どうやら時間はなかったらしい。

 私が走り出すよりも早く、先にそれがいた。


 いつの間にか、我々の行く手を阻むようにクラガンが立っていた。高速移動や転移とは訳が違う。最初からその場にいたかのように、平然と立っていた。

 それを、クラガンと呼んでいいのかは疑問だった。


 蜃気楼のように時折ゆらめき、存在自体がぶれている。体自体が半透明のようで、後ろの景色が見えている。クラガンではあるものの、その存在は人間を超越していた。



「ふん。もう、他人に頼ることはやめた。魔王召喚ができなくても、魔力源の使い道はある。俺そのものが魔力になった。誰も止められない」


 景色に溶け込むようにクラガンは揺らめく。口が動いていないのに、声だけが地下全体に響く。人間の機能も、もうないのだろう。

 魔力そのものになった。


 ずっと意味の分からない状況が続いているが、一つだけ確かなことがある。クラガンは「あらゆる物質、現象を模倣できる概念物質」になった。それはつまり、何でもできる神同然になったということだ。

 彼は、無機質に終わりを宣言した。


「今から、西国ダルフを滅ぼす」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ