66.黒幕は笑わない1
【二日目 15:20】
実行犯はルピシエ・ターンである。調査隊全員のアリバイ、状況証拠、本人の自供が物語っている。これは否定できない事実である。
しかし、魔法学院の助手という裏のない彼女が一人でどうにかなることではない。
勇者が次に狙う対象が『傾国の魔王』であることは予想できる。だけれど、それを見越してアオストの元いた部屋に待ち伏せできるか?
勇者を殺す方法を、未来の死体から読み解いた。だけれど、凶器を天井が崩落した部屋から取り出せるか?
問題なのは両方とも部屋が施錠されていたことだ。アオストを幽閉していた部屋も、『謎の十二人目の首なし死体』が放置されている部屋も。扉の材質が鋼鉄に変えられ、開くことができなかった。
言うまでもなく、クラガンの魔法だ。ユア・シフトを殺すにあたって、ルピシエはクラガンの魔法を突破する必要がある。
それだけでない。そもそも、クラガンはなぜアオストを幽閉している部屋を変えた?
アオストには天井が崩落する可能性があるからと言っていたが、その根拠は?
何より、『謎の十二人目の首なし死体』が放置されている部屋を施錠する必要があったのか?
クラガンは、死体が消えていないことに気が付き、未来から送られてきた部屋のからくりに気が付いたんじゃないか?
だからこそ、他の連中にばれないように施錠したと考えれば辻褄がある。
「ルピシエ。君は、クラガンに教えてもらったんじゃないか? 勇者がアオストのいた部屋に来るはずだから、待ち伏せしておけって」
彼女は再び頭を抱える。蹲り、私の目線から逃げる。もはや、それが答えだった。
ルピシエはクラガンを庇ったのだ。自ら名乗り上げることによって、協力者の存在を隠そうとした。
「どうなんですか。クラガンさん」
「ふん。くだらんな。クローバー、お前の言うことは何の証拠もない暴論だ。俺の魔法をルピシエが破った。それだけの話だろう」
「それなら、今、貴方は何をしているんですか?」
皆がセーレとルピシエに注目している間、彼は一人でに動いていた。私たちから目線を逸らさず、ゆっくりと。立ち位置を調整したようにも見えた。
「クラガン隊長。私は、調査隊に入ってから貴方の動きをずっと見ていました。争いを避けて、治安維持を努める。できるだけ穏便に物事を終わらし、全員を無事に地上に返す。それは、全て貴方が言っていた『戦争を止めたい』というもとに基づいていたように見えます」
「当然だ。俺は魔法学院警備隊隊長だからな」
「はい。だから、貴方にも動機はあると思っています。『純愛の魔王』が殺されて気がついたはずです。戦争を生み出しているのは人類の敵である魔王だけではない。勇者も共犯である、と。だからこそ、『戦争を止める』ために勇者を殺そうと考えた。人の命を奪う行為は到底許せることではないですが、理解はできます」
ふと、望月茜の言葉が脳を過る。
『これから先、名探偵は他の殺人鬼にも同情するよ』
そうだ。私は、クラガンに同情してしまっている。この世界に着て、彼の正義に感心していたのだ。人類に歩み寄る魔王を理解し、それでいて人類を守ろうとしていた。裏切った勇者を許せなかったのも、わからなくもない。
もう、私は殺人に怒ることができない。殺人は許せない悪ではあるが、感情は別だ。人を殺さざるを得ない状況だってある。おそらく、ユア・シフトにも事情があったはずだ。そうでなければ、『純愛の魔王』を八つ裂きにしようなんて思わない。
私ができることは、罪を暴くまでだ。
クラガンは私の話を黙って聞いていた。否定することもせず、眉を顰めることもせず。唯、無感情に。
「クラガン隊長。彼方がやることは、罪を認めることです。そうでないと、何も始まりません」
「ふん。クローバー、お前は一つ勘違いしている」
彼は両手を広げた。その手のひらは、なぜか赤に染まっていた。涙のような一筋の血が静かに流れ落ち、下に広がる血液の海に微かな波紋を生じさせた。その波紋はゆっくりと広がり、水面のように細かくうねりを作る。
「異世界人、クローバー・トール。お前は何も知らない。魔王がどうして生まれるか。勇者がなぜ居続けるか。西国ダルフの悪行も、歴史も」
そもそも、魔法至上主義なこの世界がおかしい。魔法がなくては経済的に生活するのは難しく、貧困が生まれる。
異世界人は魔法が全く使えないので、差別される。それ故に人類を恨み、魔王として世界を破壊しようとする。
全て、人類側が最初に踏み出した戦争だ。
その背景を、当事者たちの心情を私は想像できない。クラガンのいう通り、私は何も知らない。
だから、クラガンの言う事に何も返すことができなかった。彼の行動を止めることもできなかった。
クラガンは冷たく、怒りを内包させながら我々を睨みつけた。
「『純愛の魔王』が西国ダルフと停戦協定を結ぶことだけが、新しい常識を生み出す一歩だった。戦争国家であるダルフが平和に近づいただけで、抑止力になる。魔王側が譲歩するのは前例がなく、国連を絡ませることで全世界が注目していた。それなのに、そのダルフがすべてを台無しにした。魔王から差し出してきた手を切り捨てた。事実は消えない。今更、第一王女程度の小娘が何か言ったところで、変わらない」
言葉に胎動するように、ユアの血液の海が流動し始める。生きているかのように形を変え、細い線として辺りに飛び散る。触手の如くうねるそれは地面に突き刺さり、幾何学模様を刻む。
次第に、十二層に飛び散っていた血液がクラガンの足元に集結していた。当然ながら、血液の大本であるユア・シフトの死体も血の縄に引きずられる形で流れ着いてきた。その隣にある巨大な魔力源であるサバイバルナイフもまた、死体と共に部屋から出てきた。
「西国ダルフがいる限り、戦争は終わらない」
クラガンは血の海を指差し、何かを呟いた。それが命令魔法であることは直ぐに予想出来ることだったが、その先で何が起こるからわからない。
クラガンの罪を問えば、抵抗されることは予想していた。だけど、ここまで想像を超えているとは思わなかった。ユア・シフトの血を利用して、何をしようとしている? 想像つかない。
「何をするつもりですか」
「ふん。愚問だな。西国ダルフを滅ぼす。それだけで世界は平和に近づく。クローバー、邪魔をしてくれるなよ」
「ほう」と感嘆の声を漏らしたのはシルバだった。彼は、クラガンが何をやろうとしているか理解しているようだった。それでいて、止めることもしない。周りを見ると、私を除いた全員が臨戦態勢を取っていた。ルピシエはセーレを庇うように立ち、ヌルはシルバの後ろに隠れて居る。
異世界人だから、私が理解できていないのだろうか。私も他の連中に習って拳を構える。こんなことなら、アオストから拳銃をもらっておくべきだったと後悔してるうちに、それが目に映りこんだ。
ユア・シフトの死体を中心に、血液の線が地面に刻まれていた。ミステリーサークル、いやこの世界で言うならば魔法陣だ。血液が踊るように、形を作っていく。
いや、そうか。
ここでようやく、クラガンの目的を理解した。ユア・シフトの死体を使っているのではない。その死体の横にある、黒いサバイバルナイフ、つまり『巨大な魔力源』だ。地面ごと、血の中心に引きずり込んでいたのだ。
魔力源を利用した、魔法だ。
「クローバーくん! これは召喚魔法だ!」
教授が私の前に滑り込んでくる。彼の両手には何やら半透明の障壁が作られていた。
まずい。
何か、何か来る。
よくわからないが、空気が震えている。
ああ、そういえば、セーレが言っていたな。魔力源は主に、『異世界人の召喚』を行うために使うと。
異世界人、つまり新しい魔王。クラガンは、魔王を召喚して、西国ダルフを滅ぼそうとしているのだ。『純愛の魔王』がいなければ、新しい魔王を作ればいい。
平和を作るために、新たな犠牲を生み出そうとしている。
「クラガン隊長! 貴方がやっていることは、勇者と同じじゃないのか。結局、戦争を生み出すことになります!」
「異世界の住人は黙っておけ!」
魔法陣の熱が最高潮に達し、部屋中が真っ赤に染まる。空間が歪み、そこから何かが生まれようとする予兆があった。それは恐ろしいほどの力を秘めており、そのエネルギーは目に見える形で空気を震わせていた。
直後、部屋全体が閃光に包まれた。




