56.魔王殺しについて2
【二日目 12:50】
「まず初めに。今回、十三層で見つかったバラバラの肉片は、『純愛の魔王』のもので間違いない。先日のような、謎の十三人目の死体というわけではないね。これは、シルバくんに確認をとった」
教授は再び手に光を集め、床中に広がっている血の塊を一点にまとめ始めた。その間も、楽しげに口を回し続けている。
「物理的な刃物によって生命活動に支障を来たし、死亡。魔法が効かない魔王に対して、物理攻撃は有効な手段だ。とはいえ、ここまで細かく人体を切断する方法は魔法以外ありえない。それも、一級魔法以上のものだ。最新魔法学を知り尽くしているこのロベルトが断言しよう。魔王を殺したのは勇者だ」
「一級以上の魔法なら、魔力痕ってやつでわかるんじゃないですか?」
「良い着眼点だよ、クローバーくん。一昔前ならば、それだけで判別が着いただろうが、今は違う」
最新の魔法学では、魔力痕がどのようにして残るか解明済みらしい。呼吸と共に魔力は体内で循環し、外に放出する時に痕跡が残る。急に冷たいものを触ると低温火傷するのに似ている。
魔力痕を消すための最も新しい対策方法は、放出方法を変えることだった。魔力で編み出した特殊な服を着ることで、魔力痕は服に刻まれる。肉体に刻まれる魔力痕は、服が発する微量な物だけに留まる。
その服を脱いで仕舞えば、どれだけ強力な魔法を使おうと魔力痕は残らないというわけだ。
「この部屋は魔力の残滓が残っているが、使われた魔法は一種類だ。分厚い扉を破壊し、魔王を八つ裂きにした勇者は、服を着替えて十二層に戻ったと考えられるね。滞在時間は一分にも満たないだろう」
「純愛の魔王は抵抗しなかったんでしょうか。少なくとも、扉が破壊された段階で警戒はできただろうに」
それとも、死を受け入れたのか。望月茜ならどうしただろうか。自宅の玄関が破壊され、強力な魔法使いが殺意を持って入ってきたら。
「……」
どう考えても、望月茜に当てはめることができない。彼女ならば、この事態を想定して事前に対処しそうなものだ。
そもそも、勇者がいるとわかっているならば、十三層に引きこもるよりも、シルバと共に行動をした方が安全だろう。それなのに、頑なに姿を隠し続けた意味がわからない。
彼女は決して目立ちたがりではなかったが、必要とあれば注目を浴びても構わないタイプだ。幼馴染の金城翼がアイドルをやっていた時、彼女もまた前に出て手伝っていた。主役にはならないが、脇役程度なら進んでなる。
魔王だと名乗りを上げながら私の前に現れてもおかしくなかった。奴が死の危険性を許容していたことを理解できない。
登場人物一覧表に名前しか記載されていない。十三層にいると明記され、そのまま死んだ。
「魔王様が訳のわからない動きをしていたのは、トール・クローバー。貴方がいたからです」
私の疑問に的確に答えたのは、部屋の奥からゆっくりこちらに向かってくるシルバだった。隣には、清廉潔白の男クラガン・ステロールとヌル・ファイス。
「できるだけトラブルを減らすために、慎重に吟味してメンバーを決めたんです。魔法学院の教授、警備隊隊長、そして、問題を未然に解決する未来の見える占い師。信頼できる国連の記者と調査員。後から文句をつけてこられないように、ダルフ国の使者も許した。それなのに、トール・クローバー。貴方が来てから全てが狂った」
「突然乱入して申し訳ないとは思います。ですが、シルバさん。占い師は単独行動をして謎に負傷し、傾国の魔王によって国連記者は乗っ取られました。第一王女の来訪に至ってはダルフ国の判断です。私の関係ない部分でのトラブルがほとんどじゃないですか」
「違う! 少なくとも、魔王様が冷静でいられなくなったのは、貴方が原因です。一昨日の夜、貴方が魔王城に来てから純愛の魔王様は全てを軽視し始めた。警戒網を解き、自身の命すら大切にしない。だから、こんなことになったんです!」
多種多様な調査隊メンバーの中で、意外なことにシルバが一番情緒が不安定である。彼の怒号を聞くのは、既に三回目だ。
「トール・クローバー。まさか貴方が異世界人だとは思いませんでした。『純愛の魔王』様を惑わすほどの存在でありながら、どうして迷惑ばかりかけるんですか」
「いや、それは知らないですよ……」
「ということは、クローバーさんも魔王でしたの!?」
セーレ王女は両手を頬に当てながら叫ぶ。流れ作業のように私の正体が露見してしまった。
「違いますよ、多分」とため息をつくも、セーレ王女の興奮は収まらなかった。非常に面倒な事態になった。
不幸中の幸いは、十三層にいるメンバーだった。教授は言うまでもないし、ヌル・ファイスはとっくに私の正体を知っている。シルバは魔王側の人間だ。クラガンは事前に話を聞いていたようで、無表情にこちらを見ていた。ぎゃあぎゃあ騒ぐのはセーレだけだ。
私は彼女の肩を軽くたたきながら、何度か頷いた。セーレ王女は目をぱちくりと開閉した後、辺りを見わたして頬を紅潮させた。一人で興奮していることに気が付いたようだった。まあ、彼女の痴態のおかげでシルバの怒りが落ち着いたので助かった。
閑話休題とばかりに、私は話題を変えた。
「アオストも言っていましたが、勇者が出なければこのような惨劇は作り出せないと思います。シルバさんは、勇者が誰か知っていますか?」
「知りません。ですが、調査隊メンバーの誰かが勇者なのは間違いありません。犯人は、わたくしの動きを的確に把握していたのです。十三層に一人しかいない時を見計らって、魔王殺しをしようとしたのですから」
「私が疑問に思っているのはそこなんです。勇者は、魔王を殺すことをずっと考えていたことになります。でも、それならばいつだってできたと思いませんか?」
これは、ずっと考えていたことだった。
殺人トリックは至って単純。一瞬で地下を駆け抜け、斬撃で扉を破壊し、物理的に魔王を八つ裂きにした。その後、再び一瞬で地下を駆け上った。それだけだ。
魔力痕は服を脱がれたら残らない。つまり、アリバイが成立する人間がいないということになる。
それならば、感情の面で考えるべきだ。
動機ではない。どうせ、魔王に恨みを持っている奴なんていっぱいいる。
殺害方法が単純明確であるが故に、衝動的殺人ではないことは確かだ。それならば、なぜあのタイミングで殺人が行われたか、勇者側の気持ちになって考えて見ればいい。




