表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/83

51.ゼロスタート4

【二日目 11:20】


 道中、セーレ王女とはくだらない雑談を交わした。彼女が胸に秘めた思いと、平和を望む強い意志。それに反して、何もできない非力な自分への絶望。


 兄妹たちは一級魔法をいくつも使い、戦場で活躍する天賦の才能があった。王族自ら戦地に赴き、魔王を滅ぼす。戦争国家ダルフは血筋で成り立っていた。

 しかし、第一王女セーレだけは、三級の魔法しか使うことができない。それだけではなく、よりによって斬撃の魔法だ。

 これが、勉学にも転用ができるものならば救いようがあったが、攻撃に特化したものでは何もできない。精々、庭の整備に応用できる程度だった。


 といっても、王女に求められるのは魔法の才能ではない。外交や国民との交流など、王族としての職務が一番重要である。



「わたしは、運が良かったんです。魔法の才能が全てであるこの世界で、王族だけが魔法を求められない。皆さんのように一般の家庭に生まれていたら、能無しと捨てられていたでしょう」


 そう呟く彼女の表情は暗い。私はいちいち新鮮な反応を装ったが、内心は納得の連続だった。

 調査員メンバーの中で、三級魔法のみを所持していたのはセーレだけだ。教授の助手というサブの立場であるルピシエでさえ、才能がある。なんだかんだ言って、調査隊メンバーに選ばれた奴らはエリートなのだろう。


 それに、教授のいう『異世界人とバレない方がいい」という意味も変わってきた。魔法至上主義のこの世界で、魔法が使えない異世界人の立場は言うまでもないのだろう。闇堕ちして魔王になるのも、納得だ。


 つい最近魔王になったばかりのアオストも、東国パラスのとある村長の娘だとヌルが言っていた。立場があるものだからこそ、魔法がなくてもここまで生きて来れたとも考えられる。


「クローバーさんも、さぞ立派な魔法をお使いになられるのでしょう」

「あっはっはっはっ。なに、私の魔法など大したことありませんよ」


 いよいよ、地球に帰らなくてはならないな。私程度の人間は、一瞬で魔王に仕立て上げられて殺されかねない。あの望月茜ですら、こうして殺されたわけだし。

 私は流れに任せて、「ユアさんは、どんな魔法を使われるのですか?」とプライベートに関する質問をしてみた。セーレは特に表情も変えることなく、「知りませんわ。聞いたことがないですもの」と言った。



「といっても、ユアの仕事は凄まじい程の腕前です。当然のように一級相当の魔法を使っています。わたしもすっかり依存してしまって、身の回りのことは全て任せてしまっています」

「へえ。付き合いは長いんですか?」

「ええ。わたしが幼い頃から、従者として一緒にいますの。お父様からも認められているので、わたしのわがままもユアがいるから許されたんです」



 『わたしのわがまま』、というのは、調査隊メンバーに志願したことだろう。やはり、彼女の動きはダルフ国内でもズレている。まあ、こんな純粋な王女様が幅を利かせていたら、戦争国家に成り果てることもなかったはずだ。


 しかし、こんな奴が第一王女なんて、ダルフ国が心配になってきた。聞いてもいないのに情報をペラペラと喋り倒してきて、逆に罠なのではないかと警戒すらしてしまう。

 他の調査隊メンバーが嘘と隠し事ばかりしていたので、落差が酷い。適当な相槌をするだけで情報が手に入るので、何か悪いことをしている気分になってきた。


 そうこうしている内に、殺人現場の部屋に着いた。


「クローバーさん、ここで何をされるんですか? 天井が崩落していて、現場は見れないはずですけど」

「まあまあ。それならそれで良いんですよ」


 「はあ」と納得のいかないふうに首を傾げながら、扉に手をかけるセーレ。そのままドアノブを回し、引く。予想と反して、彼女の体だけが後ろにのけぞるだけだった。

 既に見た光景だ。アオストを幽閉した時と同じ、クラガンの『物質に命令する』魔法。扉と壁を一体化させて、施錠を行なった。

 昨夜、私が現場の部屋にこっそり侵入したからだろうか。天井の崩落は想像以上に大きく、扉付近まで来てしまっていたのかもしれない。

 どうしたものかと私が黙って考えていると、セーレが「ふふん」と笑った。



「さっきも言いましたけど、私の固有魔法は斬撃魔法。三級で庭整備にしか使い道がありませんけど、止まっている大木くらいならば、簡単に切断できます」

「つまり?」

「これくらいの扉なら、私の魔法で開けれますよ。中を見たいんですよね?」



 自信に溢れた表情で彼女はそんなことを言ってのけ、両手を重ねる。宛ら、胸骨圧迫を行うように扉に手を重ね、押し込むと同時に淡い光が溢れ出た。

 光が収まった後には、十三層の扉の如く四方形にバラバラになった木片が辺りに散って……、いなかった。扉は以前と変わらない姿で閉じていて、傷一つ着いていない。


「扉そのものの材質が変わっているようですわね……。私の三級魔法じゃ、クラガンさんの一級魔法は突破できないということですか。すみません、お役に立てそうになくて」


 「お気になさらず」と言ったものの、心の底から申し訳なさそうにする彼女の姿に、私の方が申し訳ない気持ちで一杯になった。まあ、利用できる限り、頼りまくるつもりではあるけれど。

 とはいえ、本当に困った。他の調査隊メンバーの目がない今のうちに、中の確認を行いたかった。ここで行えないのならば、解決編の時に土壇場で賭けに出る必要が出てくる。できれば避けたい展開である。


 軽くノックをするように、扉の材質を確認する。確かに、木製の見た目をしているけれど、冷たく硬い。材質は鉄に近い。無理やり押し倒すこともできなそうだ。

 それに、何やらドア枠が歪んで見える。半透明な靄のような、浮遊物。枠と扉を固めているように見える。これも、クラガンの魔法の一つなのだろうか。気体に命令したとか?


 何気なく靄に手を突っ込むと、一瞬にして霧散した。静電気のような軽い痛みが手のひらを走る。

 そのまま、ドアノブに手をかけ、引く。扉は何の抵抗もなく、ゆっくりと開いた。



「え! どうやったんですか?」

「ん? まあ。裏技ってやつですよ」



 と、興奮するセーレに対して虚勢を張ったものの、私も内心ではかなり驚いていた。裏技なんてない。何で開いたんだ?

 クラガンが、タイミングよく魔法を解いたのか?

 いや、扉の材質は未だに硬いままだ。扉と枠組みの接着部分だけが、元通りになっているように見える。枠と扉を接合していた半透明の靄だけが消えている。

 別の魔法使いがかけていた魔法。クラガン以外にも、この部屋を施錠しようとしていたやつがいたのか?


 「反転魔法を使えるんですね!」と感心するようにいうセーレを無視して、内部を見渡す。廊下付近は、崩落した岩石などが転がってきているわけではなさそうだ。前に見た時と同じ、何ら変わりない。


「それじゃあ、セーレさん。一緒に中に入っていただけますか?」


 扉が開いたなら、それで良い。これで、仮説の証明ができる。



 私は彼女の手首を掴み、二人で同時に部屋の内部に入った。



 その瞬間、セーレ王女の姿が消えた。

 文字通り、跡形もなく。彼女の細い手首の大きさだけ、私の手は空を掴んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ