52.ゼロスタート5
【二日目 11:30】
壁に寄りかかりながら、天井をぼうと見ていた。焦点を合わせることもなく、瞼を閉じていないだけの状態だ。
殺人現場の部屋内のひんやりとした空気と違い、洞窟内は生暖かい。想像よりセーレが出てくるのが遅いことに、仮説の証明に対する手ごたえを感じていた。
そもそも、最初の事件はあまりにも複雑だった。
全員にアリバイがある状態で、部外者の死体が突然現れた。次に、死体は消失。重ねて、地震被害によって天井が崩落した。
殺人事件は本来、『誰が殺したか』に注目するべきだ。それなのに、『何で死体が無くなったか』という別の視点に意識をそらされてしまった。
軌道修正を行う必要があったが、今さっき死体が消えたトリックを暴いた。
これでようやく、事件に正面から向き合える。
「ちょっと、クローバーさん!」
静寂は唐突に破られる。扉が勢いよく開き、セーレが顔を赤くして私の前に現れた。
「何なんですか。揶揄うのは辞めてください!」
彼女は叫びながら駆け寄ってくる。「透過魔法ですか?」と疑問を呈しながら私の肩を強く掴んできたが、非力な彼女など軽く振りほどけた。
「急にいなくなってびっくりしたんですから」
「ああ、ごめんなさい。少し外を警戒しようかと思いましてね。先に外に出てました」
「一言声をかけてくれれば良かったでしょう!」
「まあまあ。落ち着いてください」
純粋故に聖人のように心が広いわけではないらしい。まあ、一緒に赤信号を渡ろうと言われていたのに、気がつけば一人になっていたら誰でも怒るか。
結果的に、扉に施錠をしたクラガンを裏切っているわけだし。
私は適当に謝罪文を陳列して、セーレを宥める。彼女が謝罪の押し売りにしどろもどろしている隙に、本題に入ることにした。
「それで、どうでした? 中には何がありました?」
「そ、そうですよ! 大変なことになりましたわ!」
これは想像と違った反応だった。
私の想定だと、セーレには『天井が崩落して、殺人現場までは辿り着けない』光景が見えるはず。シルバとロベルト教授という、調査隊メンバーの中でもトップクラスで信用できる二人が確認した内容だ。セーレが驚く理由がない。
「魔力源が盗まれていますの!」
「はい?」
「だ、か、ら! 魔力源が盗まれているんですの。クローバーさんも見たでしょう? どさくさに紛れて火事場泥棒がいたのですわ!」
秒速十回ほどの瞬きをしてしまった。
意味がわからない。セーレの語彙力がないということもあるが、状況が理解できない。
とりあえず、私は彼女に深呼吸をさせることにした。興奮気味の彼女から、詳細を聞き出すことができるまで、三分かかった。
セーレの話を要約すると、やはり『魔力源が盗まれた』ということになった。何も、彼女の説明不足というわけではなかったようだ。
セーレが殺人現場の部屋に入ると、私ことトール・クローバーの姿が完全に消失した。少しパニックになった彼女は部屋を後にしたが、外にも誰もいなかったので、私が先に奥に進んだと考えた。
部屋は細い廊下の少し先から岩の壁ができていた。シルバとロベルト教授の言っていた通りである。
ここからが、セーレの言う『大変なこと』である。
まず、その岩の壁に大きな穴が空いていた。ちょうど人が通れる程度のもので、奥へと続いている。セーレは不安になりながらも、私を追いかけようと進んだ。
奥にあったのは、死体だった。
「死体は消えたんじゃなかったんですの? ビナさんの転写魔法で見た通りの首なし死体が倒れていました。勿論、所々落石で陥没していて、見ていられないものでしたけど」
「それで、首元に落ちていたはずの凶器のサバイバルナイフ……、つまり魔力源だけがなかったと。崩落した岩に隠れていたんじゃないんですか?」
「いえ。死体の周りは大きな空間がありましたから。まるで、岩の破片でドームを作ったようでした。魔力源が無くなったのは間違いありませんわ」
だから、火事場泥棒。魔力源調査を行うために集まったが、殺人事件が起きて中断させられていた。この状況で魔力源の有無を確認する発想は、私のような手掛かりを集めている探偵くらいしか持ち合わせないだろう。
本当に予想外だ。消えたはずの死体が、元に戻っているところまでは幸運だったが、さらにその上に行くとは。
「セーレさんは、魔力源についてどこまでの理解がありますか?」
「どういうことでしょうか?」
「使い道、です。調査隊の目的は、魔力源調査でした。純愛の魔王からしたら、発生理由や影響などを知りたかったんでしょうけど、最終的には利用方法に終着するはずです。一般的に、魔力源はどのような使われ方がするのか知っていますか?」
一つ解決すれば、一つ問題が発生する。せっかく、死体消失トリックの手がかりを掴んだのに、今度は盗人の動機を調べなければならない。
現状、私が知っている情報は一つ。『あらゆる物質、現象を模倣できる万能の概念物質』魔力の源なのだから、何でもできるということだ。
異世界に帰ることだってできるはず。回復魔法が体に刻まれたこの世界の住人を殺すことだってできる。
しかし、一般的な使い方があるはずだ。魔王城地下にあるのは『巨大な』魔力源だ。例えば、戦争国家ダルフならば、適量の魔力源を軍事利用していてもおかしくない。
そういう意味合いでセーレに尋ねた私だが、やはりこれも斜め上の回答が帰ってきた。
「ええと。魔力源は本当に貴重なので、一般に流通はしていないんですよね。東国パラスでは魔法学院があるので、ダルフよりは流通しているでしょうけど。ともかく、ダルフで魔力源の使い道は、一つしかありません」
あらゆるものを模倣できるとはいって、何でもできるわけではない。少ない魔力では、相応の現象しか再現できない。逆にいえば、巨大な魔力源ならば、常識をひっくり返す現象を引き起こせる。
貴重な魔力源は、巨大な魔力でなければできないことにしか使わない。選りすぐりの魔法使いたちを集めて最上級の魔法を発動する。
「異世界人の召喚ですわ。別世界の常識破りの存在を呼び寄せて、魔王を打ち滅ぼす武器として扱うのです」
嫌な予感がする。
もしかしたら、残された時間は少ないのかもしれない。




