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45.純愛の魔王3

 市内病院院長の御曹司、容姿端麗、身体能力学力共に優秀、人に優しく、自分に厳しい。絵に描いたような超人こそが、金城翼だった。

 人々は、彼のことを太陽のアイドルと呼んだ。


 対して、その幼馴染である望月茜は月のような女だった。太陽の力を受けて月光は力強く輝いていたが、金城翼は死んだ。太陽は失われ、新月となった。


 漆黒の髪を腰まで伸ばし、目の下には隈が残っている。青白い肌は不健康さを見せ、この世界のあらゆる物を憎んでいるかのように、目つきは鋭かった。

 

 後から聞いた話だが、私と出会った直後は精神的に参っている時期だったらしい。幼馴染である金城翼が死に、彼のファンだった妹も自殺した。妹の自死に耐えきれなかった両親は蒸発し、家庭はあっという間に崩壊した。


 偶然にも同じクラスだった我が息子曰く、「前は明るく眩しいくらい元気な女の子」だったらしい。今は、見る影もない。残された望月茜は、亡霊のように学校に通っていた。全てを失う前の行動をなぞる様に。


 減る気配のない後追い自殺の原因を調べるに当たって、金城翼の身辺調査は当然行った。望月茜の存在は知っていたし、何かしら関与していると推測していた。


 しかし、彼女は何も知らなかった。金城翼が死んで以降、ファンクラブに近寄るどころか怪しい動きは何もない。


 寧ろ、その逆だった。彼女もまた、自殺の原因を調べていたのだ。私が後追い自殺だとしたら、望月は『金城翼』が自殺した理由を追い求めている。


 彼女は、数ヶ月経ってようやく事件に向き合うことになった。幼馴染がなぜ自殺したかを調べるために、ファンクラブに訪れた。


 なぜ、愛する幼馴染は自殺した。

 なぜ、愛する妹は自殺した。

 なぜ、自分に相談しなかったのか。

 なぜ、自分を置いていったのか。


 死人に口はない。それでも、推測はできる。現実逃避を続けていた哀れな少女は、満身創痍ながらも立ち上がった。

 知らなければならないと、決意に似た強い意志を感じた。

 哀れな彼女をみて、私は手を差し出した。



「助けてあげようか」



 もちろん、壊れてしまった女子高生に同情したわけではない。可哀想だとも思わないし、助けてあげようと本心で思ったわけじゃない。

 

 望月茜ほど、便利な駒はなかった。それだけである


 金城翼の幼馴染で、能動的に過去を調べている。真実に最も近い彼女を利用しないわけがない。それに、既に心が折れている彼女を動かすには、軽く背中を押すだけで良かった。


 望月茜は優秀だった。金城翼について深く熟知しているからこそ、周りにすぐに溶け込んだ。いつまで経っても尻尾を出さないファンクラブの内部に侵入して、自殺幇助を行っている証拠さえ掴んできた。


 心底最悪な話だが、ファンクラブでは、『金城翼に会える』という名目で自殺を推奨していた。ファン会員ならば貰える自家製の毒薬で自死させ、死体の隠滅まで行ってくれる。操作するまでもなく大犯罪だ。

 自殺ファンクラブ。金城翼を利用し、若者を大量に自殺させる機関。私が今まであったどの犯罪よりも、醜悪だ。



 残る謎は、そのファンクラブを誰が運営しているかということだった。毒薬を製造し、ファン会員に配るのは楽なことじゃない。大きな組織が関わっている。



 個人では相手を取れないほど巨大な何かが潜んでいる。ここまで自由に動けたのは探偵としての柔軟さ故のものだったが、ここからは警察官として動いた方が良い。

 証拠は抑えている。私は妻に連絡をとり、粛々と事件を納めるための手続きを行った。



 それこそが、私の油断だった。



 望月茜を利用したのは、明かりが必要だったから。蝋燭に火をつけた感覚だった。

 火をつけた先が導火線で、爆弾へと繋がっていることは、時間が経たなければわからないことだった。



 望月茜は警察が動くよりも前に、事件の黒幕に辿り着いてしまった。



 市内病院院長の息子、金城翼。


 

 彼こそが、全ての黒幕だった。

 公開自殺を演出して、自らの死を偽装した。市立病院が主体となって行われた騒動は、若者の死を誘致する目的で進められていた。

 

 目的は至極単純。ファン会員を後追い自殺に追い込むことによって、大量の健康的な若い死体が手に入ることだった。

 新鮮な死体から取れる、若い臓器の使い道は無数にある。死にたいと考えている人だから止める必要もない。無法の上に立つ、救世主だった。



 警察内部も、一部関与していることがわかった。そりゃ、そうだ。死体を偽装し、行方不明者の臓器でドナー提供を行う。警察が裏切らないと、半年間も成立できない。



 金城翼は、その全てを掌握していた。ファンクラブを利用することで、表に出ずに死体が手に入る。




 何度も言うようだが、私の計画は完璧だった。あと数日もあれば自殺工作した金城翼にたどり着き、正義の鉄槌を喰らわせることができたはずだ。

 便利な駒としか認識していなかった望月茜が暴走をしなければ、の話だ。現実は違う。



 望月茜は金城翼を愛していた。


 死んだと思っていた金城翼が生きていたことに、望月茜はさぞ喜んだことだろう。二度と会えないと思っていた幼馴染が帰ってきたのだ。

 それ故に、愛を取り間違えた。彼女は、好意と殺意を取り違えた。愛しているが故に、殺したいと思ってしまった。



 それもそのはず。彼が戻ってきても、後追い自殺した妹は死んだままだった。


 望月茜は、とっくに壊れていた。



 警察が来る前に。私が全てを暴く前に。望月茜の刃が、金城翼を貫いていた。


 

 純愛による殺害。



 私が引き込んでしまったから人が死んだ。

 私が、殺人鬼を生んだ。



 元々、金城翼は病院側の工作によって戸籍上は死んでいた。故に、今回の殺害も病院が隠滅した。警察側が望月茜を裁くことはできなくなっていた。



 探偵の私は違う。



 こうして、逃げる望月茜を追いかけ続ける人生が始まった。


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