44.純愛の魔王2
【令和四年 ◾️年◾️月◾️日10時20分】
私の妻は警察官である。社内恋愛といえば聞こえは軽いが、同期なので意味合いは同じだ。正確にいうと、小学校からの腐れ縁みたいなものだった。
私が警察を辞める時、彼女は止めてこなかった。呆れというか、ため息というか。寧ろ、「お前みたいなやつは、最初から警察に向いていなかった」と吐き捨てるほどだ。
幼馴染故に、私の正義感が警察と合わないことを知っていたのだろうか。それとも、本当は正義感なんて持ち合わせていないことを見抜いていたのか。
ともかく、探偵という選択を選ぶことを応援はしてこなかったが、否定はしなかった。
私が警察を辞めた後も、彼女は変わらず警察を続けていた。私が抱いた『警察に対する不信感』は、彼女も十分理解しているはずだったのに。都合のいい協力者が警察内部にいる状態は私からしたらありがたい限りだったが、理解できない部分でもあった。
探偵業務自体は、祝日が主な就業時間になる。平日は昼間から夕方にかけて。八時から十七時までの一般的な勤務形態は、仕事終わりにくる依頼者との噛み合わせが悪いのだ。
そういうわけで、高校生の息子と警察官の妻は早朝から家を出て、私だけが十時過ぎに起床する。依頼の調査などを行っていない時は、家事をしなければならない。
洗濯、洗い物、ゴミ捨て。天気が良いから、布団を干すのも良いだろう。眠気を振り払い、午前中の予定を立てながらリビングに向かうと、「おはよう」と予想外な声が飛んできた。
「おはよう。薫、学校はどうしたんだよ」
「今日は休み……、ううん。しばらく、学校は休みなんだ」
黒羽薫。高校二年生になった私の息子だった。
単色の中学校指定ジャージの姿で、寝癖を直すこともなくソファで寝転んでいる。いつもの明るい息子にしては声のトーンが低く、体調も悪そうだった。
「ふーん。休校か。確かに最近、感染病が流行ってるしな」
「いや、違うよ」
「ん?」
「ほら、うん。ええと、あまり話したく無いから。ニュースにもなってると思う」
「自分で調べてよね」と吐き捨てて、顔を背ける。警察を辞めてから家にいることも多くなり、コミュニケーションは昔よりは取れているはずなのに、こんな息子はみたことがなかった。
我が息子との距離はここまで離れてしまっていたのか。もしかして、いじめられているのかもしれない。それも、ニュースになるほどに。
私は慌てて、息子が在学している高校の名称を検索サイトに打ち込み、ネット記事に目を通した。
昨日から世間を騒がしている『あの』事件に関する物ばかりが書かれている。それだけで、休校にはならないと思うが……。
そう思ったあたりで、最新の記事に辿り着いた。
『ウェルテル効果の危険性。女子高校生が四人、校舎から飛び降り自殺』
「これは……」
目を通すと、納得のいく話しだった。飛び降り自殺をした女子高生らは、何と息子の高校で、しかもクラスメイトだったのだ。そりゃ、休校にもなる。
問題なのは、死んだのが四人だけではなかったところだ。別クラス、別学年でも女子高校生が何人も自殺している。別の高校でも同様だった。
国内で起きた、連鎖自殺。飛び降り、首吊り、そして一番多いのが服毒自殺。性別は女子が多く、年齢はほとんどが若者。
全て、昨夜の『あの』事件に起因する。
令和ならではの事件だ。
『金城翼』という、飛ぶ鳥を落とす勢いで知名度を上げていた若手男子アイドルがいた。
その男が自殺した。
それだけの話である。お手製の薬物を一口飲んで、それで終わり。
大事件に発展した要因は、命を断つ瞬間を動画配信サイトで公開したことだった。
同時視聴者数は一万人を超えていて、あっという間に衝撃の波が世間を襲った。
運のないことに、『金城翼』の母校こそが、私の息子の学校だった。地域密着型のアイドルだった彼は、地元でよく握手会などを行っていたので、若いファンが多かった。
故に、公開自殺を行えば、母校のファンたちは引きずられるように自殺してしまう。
一人の男が自殺をし、引き摺れように何人も自らの命を絶った。本来ならば、それで終わるような話しだった。
しかし、この日から半年間。後追い自殺は日を重ねるごとに増えていった。社会現象にもなる程で、金城翼を追い求める死者の数は減らない。
それは、探偵の私の元に依頼がくるほどだった。
依頼主は、高校二年生の娘を持つ夫婦だった。昨日から娘が帰ってきていないと嘆き、自室から遺書も見つかったとのこと。
中身には、『金城翼に会ってくる』と楽しげなことが書かれていた。両親への感謝と、人生に未練はないこと。死ぬこと自体が、明るい未来への一歩だと心から信じていることが筆跡から読み取れた。
絶望した表情の夫婦は、既に娘の生存は諦めているようだった。それでも、『娘がどこに行ったのか』と、『今、何が起きているのか』という調査を依頼してきた。
随分と漠然とした依頼内容だったが、私は引き受けることにした。金になるから、ということもあるが、私も同じ気持ちだったからだ。依頼がなくても、私は一人で動いていただろう。
自殺は、決して許されない行為だ。命とは、軽いものだからこそ尊いものだ。自ら投げ捨てるなどありえない。まして、人生経験の少ない若者がインフルエンサーの死に引きずられることなどあってはならないことだ。
通常ならば、数日で話が薄れる程度のはずだ。金城翼は若者人気はあったものの、日本トップアイドルというわけではない。
はっきり言って、半年間も自殺者と行方不明者が増え続けるのは異常である。
今、何が起きているのか。
嫌な直感があった。
意図的に、この話題を表に出し続けている人間がいるかもしれない。後追い自殺を絶たせないように、火を燃やし続けている。人の意思を感じざる終えない。
もし、自殺者を誰かが増やしていたら。その結果、得をしていたとしたら。
絶対に許すわけにはいかない。命を軽んじる人間は、罰せられなければならない。
私はすぐさま調査を進めた。息子から、半年前に同クラスで自殺した人間のプロフィールを聞きだし、両親の話を聞くところから始めた。
そして、すぐにそこに行き着いた。
金城翼のファンクラブ。金城翼が自殺して既に半年が経過しているのに、未だに会員数は増え続けている。死人を崇め、ファン活動と評して夜な夜な集会を開いている如何にも怪しい組織だ。
私は潜入捜査として、そのファンクラブに入ろうとした。
そこで出会ったのが、金城翼の幼馴染である、『望月茜』だった。




