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43.純愛の魔王1

【◾️日目 ◾️:◾️】


「おい」


 眠気が水面を張るように広がっている中、石が投げられた気分だった。波紋のように声が脳内に響き渡り、意識が引き上げられていく。


 どうやら、眠ってしまっていたらしい。直前まで何をやっていたか思い出せない。どれだけ酒を飲んでも潰れることのなかった私にとって初めての経験だった。


 瞼を閉じたまま、記憶の山を掘り起こす。そういえば、望月茜との追いかけっこはどうなったんだっけ。


 彼女の第四の殺人を止めるために、同じ場所の滞在を防ぐ必要がある。こうして寝ている間も、彼女が新たな人を好きになる可能性があるのだ。ゆっくりと寝ている場合ではない。


……、いや、違うか。何を言ってるいるのだ、私は。


 もう、望月茜の逃亡劇は終了した。


 逃亡者の望月茜は異世界転移した。その直後に死に、『純愛の魔王』に生まれ変わった。


 そして、『純愛の魔王』は死んだ。全身がバラバラに切り裂かれ、血の海の上を漂っていた。



 私たちは、もう終わったのだ。



「起きろ。いつまで寝るつもりだ」



 無視をしていた声の主が、ため息をつきながらそんなことを言った。私が少し前に言った時と同じイントネーションだったので、すぐに誰かわかった。


 瞼をゆっくり開けると、白い天井が目に入る。淡い光に、ふかふかの寝心地の良い空間から、ここが魔王城十一層の個室だと遅れながら気がついた。ヌル・ファイスは呆れた様子で私を見下ろしていた。



「こんな状況なのに、随分と気持ちがよさそうに寝ていたな。九時間も寝ていたぞ」

「そうか……。最近あまり寝ていなかったからかな。まだ体はだるいが。ええと、ヌル、君が運んでくれたのか?」

「まさか。クローバーみたいな長身の男を、こんなにも華奢な俺が運べるわけないだろう。あとでクラガンにお礼でも言っておけ」


 クラガンの上昇トレンドはいつまで続くのだろうか。もう彼のことは好きな部類に入ってしまっている。頼れる相棒として背中を任せても良いのかもしれない。

 それに比べて、この少年はどうだろうか。私がじいと見つめていると、「なんだよ」と一歩引いた。



「何で私の部屋にいるんだ?」

「恥ずかしげもなく事実を言うと、俺も血の海にびっくりして気絶した後、クラガンに運ばれたのさ」

「同じじゃねーか! なんで偉そうにしてんだよ」

「俺の方が早く起きたからね」


 威張ってんじゃないよ。『不死の浪人』が聞いて呆れるな。どれだけ命に終わりがない超人でも、心は普通らしい。

 まあ、あの光景を見て正気を保っていられる方が異常である。地球上では文明が崩壊するレベルの戦争が起きなければ見ることができない。


 それは、異世界でも同じことのようだ。少なくとも、悠久の時を生きてきたヌルが気を失うほどの惨劇だ。こんなものが日常茶飯事だったら堪ったものじゃない。



「災難だったな」



 と、彼は申し訳なさそうに言った。



「何がだよ」

「モチヅキアカネとは知り合いだったんだろう?」

「ん、ああ。そうか、ヌルは十三層に一人で行っていたんだっけ」



 そこで恋バナをしたと話していたっけな。あの時は、ヌルも純愛の魔王も頭がおかしいのではないかと思っていたが、今は納得できる。


 望月茜ならば、こういう場所で平気で恋バナをする。空気は読めるし頭は良い女だが、自分のホームグラウンドでは傲慢さが際立つ。


 彼女ならば、私の話をしていてもおかしくはない。これは自惚れているわけではない。高校を卒業することなく逃亡劇を始めた彼女にとって、黒羽徹という男の存在は人生の半分を占める。


 勿論、私たちの間に恋心はなかったと断言できる。私には妻がいるし、彼女が人を愛した時は人を殺した時だ。私が殺されなかった時点で、純愛の対象ではなかった。


 それに、ヌル・ファイスが私と望月の関係性を理解できているのは、カラン・ターマの影響だろう。あの心底不愉快な占い師は、ヌルの目の前で私の正体を看破していた。異世界人であると断定した。


 ヌルに何かを話しても何も意味がないことだったが、眠気が冷めるまで愚痴のように吐き捨てることにした。


「実感が湧かないな。天変地異があっても死なないような無敵性を持った女だった」

「悲しくないの?」

「そうだね。以前も似たようなことがあって、その時は死体のすり替えをしてぴんぴんしていた。悲しみ損ってやつだ。だからこそ、今はなんとも言えない感情に漂っているんだろうな」



 まだ、感情の整理が着いていないだけかもしれない。この年になれば両親はとっくに死んでいるし、知り合いも何人か死んでいる。命は軽く、死は近い。今更、若者のように泣き喚くこともない。



「まあ、今はそれで良いよ。調査隊も事実上の崩壊だ。魔力源の調査も、時間通りに集まらなくても良い。やりたいことをやって、帰りたいやつから地上に帰れる」

「シルバさんは何しているんだ?」

「形としては、主人が死んだからシルバが魔王城の管理者になったんだろうけど。何かいうわけでもなく、十三層に引き篭っているらしい」


 そりゃそうだ。シルバは生まれ変わった純愛の魔王を慕っていた。崇拝と言っても良い。魔法が使えない魔王を守る役目があったのかもしれない。

 私とは違って、責任を強く感じているだろう。殺人はシルバが十三層を離れた瞬間に行われたわけだし、シルバが残っていれば防げたことだ。



「他のメンバーも、全員自由行動しているんだろうな。と言っても、俺もさっきまで寝ていたからほとんど知らないけどさ」

「そうか……。私も少し休んだら、捜査しに行かないとなぁ」



 「じゃ、俺も」と、私のベッドに倒れるヌル・ファイス。モニ・アオストの時もそうだったが、私は少年少女に好かれるようなタイプだっただろうか。

 正確には、子供の格好をした大人だけれど。ヌル・ファイスは不死の浪人だし、モニは転生者だ。見た目と実年齢は一致していない。


「休む間に、せっかくだから聞かせてくれよ」

「君に話すことは何もないけどな」

「あるよ。モチヅキアカネはクロバネトオルの話をした。それならば、クロバネトオルもモチヅキアカネの話をしてくれよ」


 

 私は彼の言葉を無視して、瞼を閉じる。

 他人に望月茜の話をしたことはない。警察連中とは『あの事件』以降、より一層疎遠になった。妻とも、口裏を合わせたように『あの事件』に関することにお互い触れない。


 とうとう向き合う日が来たのかもしれない。望月茜が死んだことで、ようやく過去を振り返ることができる。自分でも言語化し難い、逃亡劇について考える必要がある。



 それでも、いつまでも正義の味方ではいられない。自分でも最初から理解していることではあったが、望月茜が死んだというのに、犯人を断罪する気が起きない。


 人の命を奪うことを一番の悪だと思っているこの私が、だ。十二人目の謎の死体に、頭の血管がキレそうになる程怒りを浮かべていた私はもういない。


 望月茜を起点とした一つの矛盾。ずっと放置していたから、今こうして自分の首を絞めることになった。



 過去と向き合わなければならない。


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