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41.傾国の魔王3

【一日目 24:50】


 

「それじゃあ、傾国の魔王。また後でお話に来るので待っていてくださいね。安心してください。この魔王使者シルバは、あらゆる魔王の味方なので」

「それじゃあ、シルバさん。クラガンの阿保がかけた魔法を解いてくださいよー」

「殺人事件が解決し、魔力源の調査が終わりましたら直ぐにでも」



 十二層の最北端。十三層に繋がる螺旋階段の両端にある小部屋のうちの左側。草木のない質素な部屋で、殺人現場の部屋に雰囲気は似ている。扉を開けて直ぐに四畳半程度の空間があるだけで、その真ん中にアオストは横たわっていた。


 クラガンの魔法によって衣服を固められた彼女は、手鎖などをするまでもなく身動きが取れない。魔法を使うことができない彼女を十二層に留めておくことは用意だった。



「じゃあな、アオスト」

「いやだー! 一人で留守番なんてつまんないよー!」

「ただの子供じゃねーか。まあ、殺人事件はこの探偵に任せろ。魔王様は大人しく待っていてくれ」



 とある人間が地球で死に、異世界で転生した。長い年月を生き続け、地球での生活に割り切り、異世界の住人になった。

 心残りは、地球に残してきた家族の存在。異世界からの手紙なんてロマンチックにも程があるが、生身の人間が異世界転移している現状で、与太話にはならない。


 アオストは『純愛の魔王』こそが地球に戻ろうとしている存在だと考えていたが、私という例外を目の前にして目的を達成してしまったのだ。

 「自室に手紙を置いてきた」とアオストは言っていた。もし、私が殺人事件を解決し、地球に帰ることができたならば、手紙の一つくらい持っていってやっても良いだろう。

 だからこそ、アオストの存在価値はもうない。彼女を踏み台に、前に進まなければならない。



「ちょっと待って!」

「なんだよ。もう良いだろ」

「このまま終わるのはつまらない。ねぇ、シルバさん」



 アオストは地面に耳を当てながら、表情を崩す。不貞腐れていたと思えば、悪い笑顔に変わる。忙しいやつだ。



「なんです? 『傾国の魔王』」

「純愛の魔王は、異世界の壁を超えられそう?」

「?」


 思えば、異世界についてシルバが知らないわけがなかった。彼女は最後の悪あがきなのか、やたらと饒舌に話を続けた。



「シルバさん。僕は『純愛の魔王』の出自をよく知っているの。彼が異世界転生した訳じゃないことも」

「クローバーさん、行きますよ。魔王様が待っています」



 シルバが私の手を取る。別に手を取られなくても私の体は出口に向かっているし、寧ろ話をしていたシルバを待っていたくらいだったのだが。

 それでも、アオストは私たちの背中に向けて言葉を放つ。



「『純愛の魔王』は異世界転移してこの世界に来た。そして、この世界で死んで、転生した。だから、零歳児の魔王になれたんでしょう? 意図的に転生するなんて、この世界の仕組みに辿り着いたとしか思えない。どうやったのか教えて欲しいな!」



 「『傾国の魔王』」、とアオストの異名を冷たく呟くシルバ。彼は以前変わらなく穏やかな表情で、ゆっくりと振り向く。

 どうやら、アオストの言葉はシルバを射止めることに成功したらしい。話の内容的に、地雷を踏み抜いたという方が正しい。


 『純愛の魔王』の生誕エピソード、それはプライバシーのど真ん中に値する。その魔王を慕っているシルバに向かって言うべき内容ではないことは、アオストでもわかっているはずだ。


 しかし、直ぐに私は彼女の言いたいことを理解した。彼女はシルバを煽っているわけでも、興味本位で聞いているわけでもない。


 負け惜しみ。ここから先のエピソードに関わらない、登場人物一覧表から降板することが確定した彼女なりの遺言だ。



「『傾国の魔王』。早く貴女とゆっくりと話す時間が来ることを楽しみにしています。どうやら、貴女はこちら側の人間のようだ。だからこそ、今は黙っていてくれませんか」

「じゃあ、モチヅキアカネに早く合わせてよ」



 その刹那、シルバは微笑みながら、アオストに向かって重い蹴りを放った。その動作には一瞬の隙がなく、気がつけばアオストが部屋の奥で動かなくなっていた。

 アオストの衣服は石のように固まっているので、ダメージはほとんどないはずだが、そもそも貧弱な少女である。気を失うのは当然だった。


 だけど、私はアオストの心配なんて微塵もできなかった。寧ろ、私の脳みそが直接蹴り飛ばされたのではないかと錯覚するほどの衝撃があった。


 モチヅキアカネと、アオストは言った。言ってのけた。そして、口封じとばかりにシルバがアオストを蹴り飛ばした。



 『純愛の魔王』が、望月茜。その方程式が、一瞬にして成立した。

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