37.生贄を決めろ4
【一日目 23:40】
「ふん」
魔法学院警備隊長、クラガン・ステロールはいつものように鼻を鳴らす。他人を小馬鹿にするような仕草に、高圧的な態度。そのどれもが、本来なら気に食わない要素になるはずなのに、この男は違った。
見た目や仕草ではなく、行動で示しめした。『純愛の魔王』の使い相手に怯むことなく、調査隊側の意見を押し通した。
「妥協点と言ったところだな。一人、十二層に置き去りにすれば、魔王に会えるらしい。しかも、心優しきシルバさんは、我々に話し合いの時間もくれたというわけだ」
妥協点どころか、百点満点である。文句を言う人間はいない。
元々、裏切り者を魔王に差し出すまで地下に軟禁されている状態だったのだ。調査隊の誰かを生贄に捧げる必要があった。逆に、今回は一人置いて置くだけで良いのだ。
「自由に動いて良いのなら、私が残っても構いません」
「クローバー、それは無理な話だ。飽くまでも、魔王に対するアピールとして一人を置き去りにする。身動きが取れない程度の拘束はさせてもらう」
「ま、そうですよね」
流石に、そこまで甘い話ではない。
十二層を一人で探索することができれば、件の部屋の探索と、地球への帰還方法の模索の二通りを同時に試せる。殺人鬼を懲らしめて、地球に帰るという私の中の百点プランは、もう少し時間がかかりそうだ。
「他にいなければ、現時点で最も怪しい人間を置いておくことにする。俺は犯人はこの中にいないと思っているが、シルバさんのいう通り勇者が紛れているならば話しは別だ」
シルバの言葉に返す人間はいない。
そもそも、勇者という概念を、私はあまり理解できていない。魔王と対をなす存在として彼らは見ているようだが、魔法は使えるらしい。魔法を使わない異常な存在が魔王ならば、魔法を使って常識を覆す存在が勇者、と言ったところか。
魔王が異世界人という仮説をもとに考えると、勇者はこの世界の強者だ。私だけでなく、この世界の住人にとっても想像のつかない魔法を使う。だからこそ、魔王に相手とってもらわないと困る。
結局、今から行われるのは犯人当てではない。魔王へのアピールだ。
一人を十二層に置いていくことで、事件に向き合ってる姿勢を示す。魔王に全て丸投げするつもりはないと暗に言っているのだ。
「勇者の特徴とかはないんですか?」
「並外れた魔力を有していることだな。唯、勇者レベルになるとその魔力すら隠す技量を持っている。見分けることは到底できない。ふん、この腑抜けたメンバーの中に勇者がいるとは思えないがな」
クラガンは小馬鹿にするようにメンバー全体を見渡す。既に彼に不快感を感じるメンバーは誰一人いないだろう。クラガンに一定の信頼を置いているし、彼が十二層に残ることはまずない。
「「それだったら」」
と、声が被る。こういう追放投票が行われる場所で悪目立ちはしたくなかったが、不安にも声を上げたのは私とビナだった。
「おっさん、何だよ」
「すみません。先に喋ってくれても構いませんよ。私は、ビナくん。君が怪しく、十二層に残るべきだと提案しようと思っていただけだからね」
「先に言ってるじゃねーか!」
先手必勝である。申し訳ないが、拘束されることが確定されている以上、私は十三層に向かわなければならない。
魔王による追加情報は、殺人鬼の手がかりと、地球への帰還の両方に効果がありそうだ。ここで足踏みしている場合じゃない。
だからと言って、先程のように雑にビナに指を刺したわけではない。冷静に考えて、この状況で最も不要な存在がビナ・サチラだと考えたからだ。
終始嘘をついていて、怪しいということもある。ただ、存在意義については消去法で決まった。
クラガンと教授は、シルバに口出しできる稀な存在だ。ダルフ国王女一行の二人も、魔王と会うのが目的。ヌルは既に魔王と面識がある。恐らく、魔王も異世界人であることを考えると、同じ存在であるモニ・アオストもいた方が良い。
残るは、助手のルピシエとビナの二人となる。教授の助手である彼女を置いていくのは悪くないが、彼女は怪しいところが一切ない。そうなると、必然的にビナを吊し上げるしかなくなる。
彼は全身で表現し、文句をいう。
「だから、俺はアリバイがあるって言ってるだろ! 怪しまれる要素なんて何もないんだよ」
「アリバイはみんなあるんですよ。それに、貴方はずっと嘘をついているじゃないですか。何の嘘をついているんです?」
「こういう時だけ敬語でかしこまりやがって。さっきから何を言っているかさっぱりわかんねーよ。俺のどこが嘘つきなんだよ」
「ずっと、他人の様子を伺うように目線を動かしている」
私は口を回しながら、静かに彼の元へ歩く。
「地下へ向かう螺旋階段の最中も、君だけが周りと距離をとって歩いていた。警戒するように、はたまた、監視するように。十二層に来てからも、王女たちに付いて動いていましたが、彼女達とは距離を取っていた。それでいて、国連調査員であることを強調し、必要以上に役割を得ようとしている」
「それが仕事だから当然だろ!」
「それにしては、『魔力源』への執着が感じられませんね。調査を行うならば、教授やシルバのいるグループに行くべきだったでしょう」
「そ、それは私からお声をかけさせていただいたの」と、セーレ王女がビナを庇うように口を挟んできたが、私は手を立てて止める。
「そもそも、王女たちは魔王との対話を目的としているのは明らかでした。誘いを受けた時点で、調査するつもりがないということになります」
「そんなことは……」
「それならば、国連調査員ビナ・サチラ。君は、何のためにここに来たのですか? 嘘ではなく、正直にお答えください」
常に嘘を付き続けていると私が思ったのは、彼の立ち振る舞いからだけだ。モニ・アオストと同じく、調査隊として仕事をするつもりない。
モニは、そのことを隠すつもりが全くなかった。対して、ビナは周りにバレないように振る舞っていた。仕事をするふりをして、その場を凌いでいる。それこそが、彼の嘘だ。
「俺はなぁ」
と、声を震わせながら彼は口を閉じる。
言うべきか、言わないべきか。彼は思考して、悩んでいる。何を口に出しても、彼の立場が危うくなるのは確定事項だった。この時点で、嘘をついているのを認めたも同然である。
後に、私はこの行動は軽率だったと反省している。用意周到であることを売りにしている私ではあるが、この世界ではそう上手くもいかない。刹那的に考えて行動しなければならない状況がほとんどだ。
今回も、裏のなさそうなビナを選んで煽っていた。セーレ王女たちのように、関わっただけで火傷しそうな気配がない。国連調査員と身元も保証されている。私なりのリスクヘッジである。
ただ、一点見逃していたことがあるとすれば、ビナ・サチラはモニ・アオストと深い関係があることだった。ビナを叩けば、アオストにもその余波は流れる。
ビナは急に表情を変え、両手を強く握りしめた。まるで、覚悟を決めたかのような。常に周りの目を気にしていた彼が、初めて見せた表情だ。
「わかった。全部話す。どうなっても知らない」
それは、決して追い詰められた人間の悪あがきではなかった。加害者の言い訳でもない。
どちらかというと、被害者が自暴自棄になったような。一線を超え、無敵になった瞬間だった。
「隠していたことは、一つだけだ。モニ・アオストは、国連記者でもなければ、国連の人間でもなんでもない。俺の本来の相方だった国連記者を人質に取られて、嘘をつくことを強いられていた」
私は薮を叩いた。飛び出してきたのが、蛇程度の哺乳類だったらどれほど良かったことか。
「モニ・アオストは『傾国の魔王』だ」




