36.生贄を決めろ3
【一日目 23:20】
「死体の有無の確認はできなかったが、オーケア教授と入り口の調査を行いました。魔力の流れを掴み、どのような魔法が使われたか確かめるためです。そこで分かったことは、殺人が起きて以降、魔法の上書きはされていないということだけでした」
「このロベルトが補足されて頂く。元々、現場の部屋は通常じゃ考えられないほど強力な魔力痕があった。巨大な魔力源が隠されていた場所なのだから納得はできる。非常に純度の高い魔力痕だ。ビナくんの転写魔法の痕跡は残っていたけれど、それ以外は何もなかったということだね」
数時間前のように、魔王使者シルバは不機嫌そうに口を開いた。荒々しい口調からいつものような敬語に戻っているところから、多少は冷静になっている筈だ。
ロベルト教授もその職種らしく、理路整然と情報を付け足す。とはいえ、手がかりが何もないと言う情報しかなかった。
地下十二層での地震。
十二人目の謎の首無し死体。
時間が巻き戻ったように元通りになった殺人現場。
そして、殺人現場にのみ起きた天井崩落。
偶然と必然が交互に組み合わさり、状況を複雑にする。証拠は何もなく、手がかりは全て消えた。
様々な料理がテーブルに並べられた気分だった。コース料理にしてはカロリーが高めで、揚げ物の主菜が連続で出されている。この状況を意図的に作り上げた人間がいたとしたら、舌馬鹿か、ただの馬鹿だ。
「件の魔力源は今は崩落に巻き込まれて土の下にあります。調査隊を魔王様の城に招き入れてから、連続で不可解なことが起きています。原因は貴方たちにあると、わたくしは考えています」
シルバは先ほどとは違って、我々を諭すように声を抑えていた。その表情は怒りに満ちていると言うよりも、呆れていると言った方が良いだろう。
魔王の信頼を裏切られただけでなく、目的の魔力源も土に埋もれてしまった。掘り返せば再調査はできるだろうが、不愉快極まりない状態ではあるはずだ。
シルバもまた、重なるトラブルに胃もたれしているのだろう。
「シルバさん。俺たち調査隊の結論として、調査隊の中に通常の犯人はいない、と言うことになりました。アリバイがある人間は多く、アリバイが全くないクローバー・トール、モニ・アオスト、ヌル・ファイスの三人はは一切の魔力痕がない。容疑者の三人が魔法を使っていないと断言できる以上、こちらの方でも調べられることはありません」
シルバの前に立ち、クラガンは堂々と説明する。私に魔力痕がないと言う話は聞いていたが、モニとヌルにもないと言うのは初耳だった。
魔法を使えない元異世界人であるモニに魔力痕がないのは当然として、不死の浪人も魔法を使っていない。その不死性を発揮する必要が、今の所なかったからか?
ともかく、彼の言い分が本当ならば、謎の十二人目の首無し死体の捜査は、本格的に打ち止めになる。物理的に犯行を行える人間がいない。
「ですが、純愛の魔王が言うには、『この調査隊に勇者が混ざっている』と言うことですよね。勇者は、我々一般の人間の考える常識を超越しています。対抗できるのは、同じ常識を超えた存在である魔王くらいです。もし、勇者が紛れているとあなた方がいうならば、直接『純愛の魔王』に勇者の対応してもらいたい」
「クラガン・ステロール、わたくしをどれだけ失望させれば気が済むのですか? 調査隊に魔法学院の警備隊長を入れたのは、こう言うトラブルを未然に防ぐためで……」
「お言葉ですが、シルバさん。警備隊の職務内容は治安維持。目的は戦争のない平和な世界を作ること。犯人探しは業務外です」
と、彼は断言する。
「はっきり言って、迷惑を被っているのはこちらの台詞です。調査隊としてここに集まった我々は、それぞれの仕事をしに来ています。それなのに、謎の死体の犯人探しをさせられているんです。シルバさん、魔王側が協力してくれない限り、この状況を解決することはできません」
調査活動の邪魔をしているのは魔王側だと、彼は言ってのけた。確かに、謎の十二人目の首切り死体は調査に関係のないものだ。無視して魔力源のサバイバルナイフを調べればいい。
純愛の魔王が、この場を停滞させた。裏切り者がいるから探せ、見つけるまでは地下に軟禁する。一見、正当性のある発言にも思えたが、クラガンの言う通り魔王側のこじつけでしかない。
彼は一貫して、争いの火種を消そうとしている。私利私欲で動く男だったら、アリバイのない私を犯人に仕立て上げることだってできたはずだ。彼は魔力痕が無いと知っていながら容疑者にして、皆が納得する形で保留にした。推理を進ませなかった。
全て、場を納めるためだ。事実、彼のおかげで調査隊員は冷静に考えることができていた。反発した私には、後に直接話に行くことで蟠りを産まないようにしていた。
彼の真っ当性はひしひしと伝わってくる。数分前の荒々しい所作すらもわざとだったかもしれない。この男、相当の策士だ。
シルバにも伝わったようで、「言いたいことはわかりました」とため息混じりに答えた。
「魔王様の元に案内しましょう。そこで直接話を付けてください。ですが、謎の死体が生まれたのは事実。怪しい人間がいないと断言することはできません。そこで、一つ提案します」
先程までの表情とは異なり、つまらそうに眉を下げていた。シルバの感情釣られるように、わたしのまゆも下がってしまうようなことを、シルバは続けた。
「この中に犯人がいるのは間違いないのです。今、この場で。一番怪しい人間を拘束してください。それが終われば、十三層への扉を開きましょう」
私からしたら、「犯人ではなく、生贄を決めろ」と言っているようにしか聞こえなかった。




