18.余震3
【一日目 17:30】
『純愛の魔王』城地下十二層、二つある大きなトンネルの左側。私は魔力源らしきサバイバルナイフがあった洞窟から離れて調査を行っていた。
全く知識のない私では何もできないと思っていたが、案外役に立ちそうなことを知れた。
例えば、我々が今いる洞窟。十三層に繋がる螺旋階段が真北な地図で考えると、真東に位置する。この洞窟内では水が流れていて、何かが跳ねる音が反響している。
勿論、調査隊メンバーの誰かが水浴びをしているとかそういうわけではない。清潔さを保つための施設は、十一層に完備されている。
生物がいる。暗くて見えないが、おそらく魚類だろう。
これはとても重要なことだ。この地下内部でどうやって魚が流れ着いたかはわからないが、少なくとも生物が生存できているという事実が重要だ。
鉱山での死亡事故は、崩落か酸欠だ。魚がこうして生きていける環境ならば、酸欠で死ぬことは無さそうだ。
「崩落の心配も無さそうだね。シルバさんの魔法が持続し続ける限りは」
「そうだな」
当然のように私の後ろについてきているアオストに軽く相槌をして、外に向かう。次の洞窟は、草木の生えた森林のような見た目をしていた。もしかすると、この木々が酸素を生み出しているのかもしれない。
そのまま、他の洞窟も探索してみる。どれも自然の要素が詰まっていて、見てて飽きない。最初に入った部屋が土だけで構成された面白みのないものだったが、そういう特徴の部屋だったということだ。
何もない、平穏な部屋。故に、サバイバルナイフがアンマッチだった。
「ねえ、お兄さん。さっきからずっと壁を触っているけれど、何をしているの?」
「部屋の作りってのは、壁を伝っていけば自ずと把握出来る。職業病みたいなものだ」
「部屋って。それは人工物の話じゃなくて?」
「だから、癖だよ。この地下においてはなんの意味もない。設計士の意図なんてわかったものじゃないからな。そういうアオスト記者は何をしているんだ? 調査をしているようには見えないが」
「僕は記者だからね。何か起きてから仕事をするわよ。でも、今は何も起きていないから何もしない」
「何も起きていないわけではないだろ。西国の王女が来ているんだぜ?」
ロベルト教授は、西国ダルフと魔王が調停を結ぶ場合、仲介者が必要になると言っていた。だから、国連の記者と調査員を純愛の魔王は指定した、と。
その観点では、調査員のビナは仕事の最中だ。。セーレ達の調査を協力する程で同じグループとして活動している。
お前はどうなんだ、と遠回しに聞いたつもりだったが、彼女は首を傾げるだけだった。
「それがどうしたのよ。純愛の魔王が思ったよりも知的だったって話? 王女を地下に監禁できたわけだし」
「ちげーよ。いや、違うのか?」
「お兄さんは気がついていないかもしれないけど、僕たちも既に監禁状態になっているんだよ?」
「そりゃ、降りるだけで二時間かかるような螺旋階段だからな」
「じゃなくて、その螺旋階段の入り口が封鎖されてたのよ」
「え?」
アオスト記者はこの時間まで何をしていたかを教えてくれた。彼女は我々のように魔力源の調査のために十二層に向かっていたのではなく、逆に十一層に行っていたらしい。
通称、拠点エリア。シルバの空間魔法の効力が発揮されているので、整備されたホテルのような空間。誰もいないそのエリアを一人で探検し、地上への階段が扉で閉められていることを確認したらしい。
鍵が掛けられているのか、うんともすんともいわなかった、とのこと。
嘘はついていない。つまり、彼女は魔力源よりも脱出口の把握を優先した、ということだろうか。まるで、私と同じマッピングだ。
「仮に、だよ。シルバさんが戸締りする几帳面な性格だったとする。そしたら、今度はカラン・ターマの行動が意味がわからなくなる。彼は僕たちより先に地下に向かって、怪我を負って戻ってきたわけだけれど。戸締りしていたなら、螺旋階段の途中で怪我を負ってきたことになる」
「あー。そのことだが、カラン・ターマは地下が戸締りされていることを知っていたようだぞ。昨夜、地下にこっそり侵入しようとした時呼び止められた」
「その方が意味がわからなくない? 開きもしない扉があるにも関わらず、地下に行って、致命傷を負ったってこと?」
「それだけじゃない。未来視も使えたのに、だ。わかっていても、進まなければならない状況だったのかもしれないが……。というか、あれだな。アオスト記者」
「何よ」
「意外と考えているんだな。正直見くびっていたよ」
パチパチと可愛らしく瞬きをした後、彼女は薄く笑った。
「そりゃあ、こんな謎だらけの調査隊にいるんだからね。楽しくて考えが止まらないのよ」
「まるで、この調査隊にいることが目的みたいだな」
「……」
沈黙。にんまりと笑みをかべたまま、彼女は私を見つめる。なるほど、これは嘘じゃない。
彼女の目的が少しだけ透けて見えてきた。この調査隊にいることが目的。まるで、時の魔術師の当初の目的のようだ。
それならば、私の邪魔にはならないだろう。彼女にとって魔力源なんてどうでもいいのだ。十一層を探索していたことが、その裏付けになる。
大分、調査隊の全貌が掴めてきた。セーレ王女の目的が戦争を止めることだとすれば、現場で魔力源を探しているのは私とロベルト教授だけになりそうだ。あとは、警備隊長のクラガンか。彼とはまだ一言も喋っていないので謎に包まれている。
なんだか、あっさりと日本に帰れそうな気がしてきた。教授は魔力源の争奪戦になるとか言っていたけれど、真面目に調査をやっている人間なんて誰もいないのだ。純愛の魔王に少しだけ同情する。
こうなると、時の魔術師の発言だけが引っかかる。伏線を散らすだけして、一番最初に撤退しやがった。アオストの言う通り、彼が重傷を負っていたのは本当に謎なのだ。
「ねえ、お兄さん。その件なんだけどさ」
「どの件だよ」
「カラン・ターマ。謎を解明する一番手っ取り早い方法があるわよ」
「なんだよ、って、ああ」
アオストが説明をするまでもなく、私は理解した。そうだった。すっかり忘れていたが、彼もまた調査メンバーとしてこの地下にいたんだった。時の魔術師の離脱に紛れて忘れていた。
我々の反対側から、一人で歩いている少年がこちらに気がつく。彼は少し驚いたように目を見開いて、「よう」と手を上げる。
ヌル・ファイス。時の魔術師カラン・ターマの護衛として魔王城に来たが、すぐに守るべき相手を失った男。トレードマークとも言える銀の仮面は、既に彼の手にはなかった。