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自称魔王の初めての旅  作者: 門外不出
12/12

12.待つさ

 ヤヒロが今日泊まる宿屋をメル様に聞いた俺は、同じ宿屋に泊まることにした。環が無いので瞬間移動も問題なくできる。あとは、ヤヒロに俺の気持ちを伝えるだけだ。今ならカイトもカエデもいない。邪魔が入らない今しかチャンスは無い。俺は意気込んで宿屋に入った。…が、ヤヒロは外出しているようだった。仕方が無いので、荷物を部屋に置いて外に出た。

 この街はそれほど大きくなく、にぎやかなところはすぐに終わってしまった。引き返した時、向こうから歩いてくるのがヤヒロだとわかった。俺の心臓は鼓動を早めた。

「ヤ、ヤヒロ。」

「え? あっ。…魔王さん?」

「そうだよ。…ヤヒロを探してここまで来たんだ。」

「…環が無い。どうして?」

「環はいろいろあって無くなったんだよ。その理由は、メル様に聞いてもらえばいい。」

「メル様に? 一体何があったのですか?」

「いろいろありすぎて答えにくいな。あの本は、あの家ごと大魔王の持ち物だった。俺様がそれとは知らずに、勝手に住んでいたんだ。大魔王は許してくれて、これからもあの家に俺は住むことになった。魂寄せはもっと難しいやり方の方も含めてメル様のお許しが出た。…だから、俺は何の罪も犯していない。俺様は潔白だ。」

 だが、ヤヒロは疑わしそうに俺を見ている。…困ったな。

「ヤヒロさん、魔王さんの言っていることは本当ですよ。」

「メル様!」

 ヤヒロは突然現れたメル様に驚いている。

「どうしたんですか、メル様。」

「魔王さんがきっとお困りでしょうと思って来てみたのです。魔王さんだけでは誤解が解けないかもしれませんからね。」

 メル様、その通りです。困っていました。

「ヤヒロさん、魔王さんが疑われていたものは全て問題無いことがわかりました。環は本来あなたに外してもらわなければならないのですが、ザウスよりも大きな魔力によって壊れてしまったのです。」

「ザウス様の霊力よりも強い魔力?」

「ええ。でも魔王さんではありませんよ。だから魔王さんは何も罪はありません。安心してください。」

「そうなんですか。」

「ええ。魔王さんはいい人ですよ。私が保証します。」

 そう言うとメル様は俺の方を見て、ウィンクした。…ありがとう、メル様。助かりました。

「では、私は戻ります。魔王さん…。」

 最後のセリフは声には出さず、口の動きでわかった。「がんばってね」だった。


「魔王さん、メル様に認められているんですね。メル様がわざわざ来られるなんて、すごいことです。」

 ヤヒロが感嘆している。

「私の誤解だったんですね。…良かった。」

「ヤヒロ。」

 ヤヒロがはっとしたように俺を見た。

「俺様はヤヒロを裏切ったことはないし、これからもそんなことはしない。…俺は、お前が好きなんだ。一緒にいてくれないか、ヤヒロ。」

 ヤヒロは息を呑み、俺を見ている。

「ヤヒロに環をつけられてから、いろんなことがあったんだ。いろいろ考えることもあった。…それでも俺はヤヒロが好きなんだ。ヤヒロと一緒に生きていたい。…俺と一緒に暮らしてくれないか、ヤヒロ?」

 ヤヒロは両手で口を覆って、眼を見開いていた。

「…本気ですか?」

「当たり前だろ、お前に嘘なんかつくことはない。」

 ヤヒロはうつむいて答えなかった。

「ヤヒロ?」

 ヤヒロはうつむいたまま答えた。

「ゴメンなさい。…魔王さんの気持ちはとっても嬉しいです。だけど、今は、…今は受けられません。」

「どうして?」

「…魂寄せを見て、あの蔵書を見て、魔王さんに裏切られたって思いがやっぱり残っているんです。…もちろん魔王さんには非が無いことはわかりました。私の気持ちの問題です。…でも、だから、ゴメンなさい。」

 カイトが言ったように、ヤヒロに会うのがもっと遅かったら、きっとヤヒロの答えはもっとダメな答えだったんだろう。今はこの答えでもいい。俺はゆっくり待つことにしよう。俺の持ち時間は長いのだから。

「わかったよ、ヤヒロ。…でも、俺様はお前のことが大好きだ。お前を愛している! そのことは忘れないでくれ。俺はいつでもお前の力になる。そうだ、ニンジンも好きになったぞ。」

 ヤヒロは少しだけ涙ぐんで、頷いていた。

「これを渡しておくよ。この珠を砕けば俺様に伝わる。いつでも、どこへでも俺様が駆けつけるから。」

 俺はヤヒロの手を取り、小さな珠を手のひらに載せた。俺の魔力を固めたものだ。ヤヒロはそっと手を閉じ、俺を見て微笑んだ。


 セントルに戻った俺様はカイトとカエデに当然ながら首尾を聞かれた。

「師匠、どうだったんですか? やっぱり振られたんですか?」

 カエデ、お前なぁ。

「魔王さん、気を落とさないでください。人口の半分くらいは女性です。大丈夫ですよ。」

 カイト、お前が俺のことをどう思っているのか、よくわかった。

「あれ、師匠なんか余裕ですね。…ま、まさかうまくいったとか?」

「そんなに簡単に上手くいくのなら、私は4回も振られていませ…、確かに魔王さんの顔がニヤついてますね。」

 え、顔に出てます? しょうがないなぁ。

「まあまあ、君たち。魔王さんを見くびってもらっちゃ困るなぁ。」

「うわっ。行く前と全然態度が違う。」

「そうでしたか魔王さん。おめでとうございます。」

 いや、おめでとうはちょっと違う。…どうせバレるんだから、正直に言っておこう。

「あー、誤解されるといけないからちゃんと言っておくが、…実は、振られたんだ。」

「え? なのになんで余裕が? 師匠ひょっとして壊れちゃったんですか?」

「カエデ! お前いい加減にしろ。…俺様は『今は』振られたんだ。この先どうなるかは、わからん。少なくとも『嫌い』では無かった。」

「良かったですね、師匠。」

「ああ。…それにお前たちに感謝しなければならん。」

「何ですか?」

「早く行って良かった。もし先延ばしにしていたら、きっとダメだったろう。早めに誤解が解けたから良かったんだ。メル様も後押ししてくれたからな。」

「メル様が?」

「そうだ。ヤヒロに説明してくれた。…俺が言っても信じ切れなかったみたいだったが、メル様が助けてくれたんだ。みんなのおかげだ、ありがとう。」

 俺は2人に頭を下げた。

「師匠…。」

「魔王さん。」

 カエデもカイトもしんみりとしている。…俺は笑えてきた。

「はっはっは。これで礼は言ったからな。今からはいつもの俺様でいく。」

「もう師匠ったら。」

「その方が魔王さんらしいですね。」

 俺たちはみんなで笑いながら歩き出した。


 俺とカエデはトヅの村に帰ることにした。きっとあの家には本がたくさん増えているんだろう。カイトは東の都に戻ると言ってここで別れることになった。きっとあの女将さんに会いたいのだろう。

「では、私はこのまま東の都に向かいます。魔王さん、カエデさん、お元気で。」

「カイトも元気でな。いつか村にも来てくれ、歓迎するぞ。」

「そうです、カイトさんきっと来てくださいね。練習の成果を見せますから。」

 カエデはカイトに剣術も習いだしていた。俺様の目から見ても、才能がある。俺様から習っている魔力の使い方も上手くなってきているので、将来はうかつに男が近づけない女の子になるんじゃないだろうか。それはそれでイリアさんに怒られるな。

「ありがとう、魔王さん、カエデさん。ええ、きっと来ます。それでは。」

 そういうとカイトは手を振りながら、歩いていった。振り返らないのもカイトらしい。

「さあカエデ、村に帰るか。」

「はい、師匠。」


 村に近くまで来たときに思い出した。もうすぐ結界だ、どうしよう。

「カエデ。」

「何です、師匠。」

「この先に結界がある。悪いがお前先に行って大丈夫か試してみろ。俺様の魔力を使うようになっているから、お前も結界の影響を受けるかもしれん。気持ち悪くなってきたら、すぐに戻れよ。」

「わかりました、師匠。」

 カエデは一歩一歩ゆっくりと進んでいった。…どうやらなんともないようだった。

「師匠! 大丈夫でした。」

「良かった。今から俺様も向かうが、村から出た時のように俺様が倒れたら、…悪いが引きずってでも結界の内側に連れて行ってくれ。頼んだぞ。」

「わかりました、師匠。」

 俺様もカエデのように一歩一歩ゆっくりと進んで行った。

 そろそろこの辺りから、来るはずだ。…あれ? 何ともない。何かを感じるけど、大丈夫だぞ。

「師匠、大丈夫ですかー。」

「ああ、大丈夫みたいだ。」

 この結界は3番目の力を持つ神が作ったとヤヒロが言っていた。きっと今の俺様はその力を上回っているのだろう。環と同じように、より力が強ければ無効化できるんだ。結界は小さな珠で作られていた。もう俺には影響が無いので、そのままにしておいた。他の魔族は入って来られないだろう。…大魔王には全く影響ないんだろうな。


「師匠! 村が見えますよ。」

「ああ、帰ってきたんだな。」

 村のずっと奥の方にある山に祠があるのが見えた。きっとあそこで大魔王は眠っているのだろう。俺様は大魔王の力を借り、大魔王の術を学ぼう。もう暇な時間は無い。…ヤヒロを待つ時間だけはたっぷりあるが。

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